「共有しておきたいことがある」
ハワイ近海の作戦が終わり、提督たちが帰ってきた。その翌日に、早速長門さんから呼び出しを受けた。
私の他に集められたのは、妙高さんと大淀さん。そして、何故か鈴谷さんもいる。彼女がこの場に来るのは初めてではないだろうか。
「提督の過去について、新しいことがわかった」
「もしかしなくても、例の件でしょ?」
「ああ、鈴谷の睨んだ通りだったよ。提督と青山中将が話し込んでいたのを偶然聞いてしまってな」
なるほど、鈴谷さんは事情を知っているようだ。
「長門、早く話して」
「待て、鈴谷。その前に伝えることがある」
「何?」
「この件は軽々しく広めていい話ではない。できれば、ここにいる者たちだけで留め、皆には知らせない方がいいと考えている」
長門さんの言葉に私たちは怪訝な表情を浮かべた。
提督の調査報告書についてもこんな議論をしたことは、昨日のことのように覚えている。結果的に、あれは失敗だった。
また同じことをするのだろうか。また私は取り乱す皆さんを見ることになるのだろうか。
「前と同じことになりませんか?」
私と同じ心配をしていたのだろう。妙高さんがそう尋ねた。
咄嗟に私も同調する。
「私も心配です」
「妙高と鳳翔が心配する気持ちもわかる。だが、これは提督自身が口止めをしていることなんだ」
「口止めをしているということは、また悪い話なんでしょう?だったら…」
「いや、悪い話ではない」
私の言葉を長門さんは遮った。
「提督は無実だった。調査書にあった罪状は、全てでっち上げられたものだ」
場が静まり返る。それだけの衝撃だった。
私はなんとか口を開いた。
「…どういうことでしょう?大本営の調査が間違っていたということですか?」
「証拠や証言は提督を陥れるために作られたものだったそうだ。取り調べで提督は自分の罪を否認しなかっただろうから、より詳しい調査もされない」
「否認しなかった…?」
「提督の無実が世に知られるのを、提督自身が危惧している」
濡れ衣を着せられたのに、無実の主張もせず大人しく罰を受け入れた。そんなことをするなんて、余程重要な理由があるのだろう。
しかし、私には全く思い浮かばない。
「待ってください」
黙っていた大淀さんが声を上げる。
「長門さんはそのことを提督と青山中将の会話から知ったんですよね?」
「そうだ」
「提督が中将に嘘を言った、ということはありませんか?」
なるほど。そう言われてみればその可能性はある。
しかし、それに鈴谷さんが反論した。
「それはないんじゃないかな。提督は青山中将に嘘ついても意味ないってわかってるよ」
「意味がない?」
「うん、ない。今まで黙っていた癖に今さら無実を訴えても覆せないよ」
今度は妙高さんが口を開いた。
「長門さんの推測が外れていて、提督は取り調べの時に罪を否認していたということはありませんか?それで、今回の作戦で中将に会えたから…」
「それなら本部の誰かがもっと詳しい調査をしてるよ。それでダメなんだから中将に取り入っても無駄だってわかるはず。それに、罪を認めなかったのなら、反省の色がないとか言われて左遷じゃすまないよ、きっと」
鈴谷さんの反論にさらに反論する言葉を、私は持っていない。意見した大淀さんと妙高さんも同じ様子だった。
「本当に、提督は無実の罪を背負わされたということなんですか」
私の呟きに長門さんが静かに頷いた。
「この場にいる者には知っておいてほしい。何故提督が自分の無実について口を閉ざしているのか」
長門さんは淡々と語り始めた。その真剣さに私たちは息を呑んで聞き入る。そして、提督の覚悟に愕然とした。
「これが私が聞いた話の全てだ」
長門さんの話が終わっても、誰も言葉を発することができなかった。
自らを犠牲にして艦娘を守る。正気を疑うような話だ。もちろん、海を取り戻すという大きな目的のため。しかしそれでも、無実の罪という不名誉を背負ってまで、
しかし、提督はやった。艦娘という存在そのものに対して不信感を抱いてしまうような仕打ちを、よりによって自分の部下だった艦娘から受け、それでもなお、提督はやってみせた。
私の頬に涙が伝った。
国のために自らを弾丸とし、敵に突撃して玉砕した若者たち。彼らと提督が重なって見えた。
※
真実と提督の覚悟を聞かされた私たちは混乱していた。提督が無実だと推測していた私はまだマシだったが、それでも衝撃的だったことには変わりない。
しかし、いつまでも固まったままではいられない。私たちはさらに重要なことを決めなければならないから。
「長門はこの話を他のみんなに知らせないつもりなの?」
私の問いに長門はゆっくりと頷いた。葛藤していることがその表情から察せられる。
「この話が広まれば、それだけ外部に漏れる可能性が高くなる。知る者は少ない方がいい」
「良くない!」
つい声が大きくなる。
「提督は
「…提督自身が望んでいることなんだ、鈴谷」
世界の海を取り戻すために自らを犠牲にして艦娘を守る。今までもこれからも、それは誰にも知られることなく、提督は独りで戦うのだ。
大義のためとはいえ、そこまでできるものなのか。いや、できない。発狂する。あるいは、狂っているからこそそんなことができてしまうのか。
「鈴谷は嫌だ。提督がそれを望んでいたとしても、秘密にしたくない」
自分の言っていることが正しくないことはわかっている。それでも私の口は閉じなかった。
「提督が何も悪いことをしてないことも、艦娘を守ろうとしていることも、提督の下で戦うみんなは知っておくべき。知って、本当の意味で提督の味方にならなくちゃ」
「鈴谷さんはどうしてそこまで提督のことを…?」
妙高の口からそんな疑問が漏れ出る。
「…提督が濡れ衣を着せられたってことはさ、提督を嵌めた艦娘の中に"鈴谷"がいるってことなんだよ」
長門以外がハッとしたような表情をした。
「絶対に恨んでるはずなんだ。私に怒りが向いてもおかしくなかった。でも、提督はそれを堪えて、この鎮守府を建て直した」
1度だけ提督の怒りを買ったことがあるが、あれは私が悪かったから仕方ないことだ。わざわざ言う必要はない。
「怒りも恨みも自分の中に押し留めて、真実を明かさず独りで戦ってた。私はそんな提督に報いたいし、悪人だなんて思われてるのが我慢できない」
「…なるほど」
「わがままだって言いたいんでしょ、妙高」
「そんなことありませんよ。鈴谷さんと同じ立場なら私も同じことを思っていたでしょうし」
意外だ。妙高もそんな考えをすることがあるのか。
「長門さん、私もみんなに知らせることに賛成します」
「妙高もか。何故だ?」
「艦隊の士気を高めるためです。特に駆逐艦ですが、未だに提督に対して恐怖心を抱く艦娘も多い。それを解消する手段になり得るかと」
「外部に漏れるリスクを鑑みても知らせる価値はあると思うのか」
妙高が頷く。
思わぬ援護射撃、嬉しい誤算だ。
「私も鈴谷さんと妙高さんに賛成します。そもそも情報漏洩の可能性はそれほど高くないと思います」
今度は大淀から声が上がった。
「高くない?」
「はい。まず当鎮守府は前線に近い離島にあり、本土や他の鎮守府と関わることがかなり少ないです。それに、現状私たちが自由に使える遠距離通信の手段も限定されています。つまり、私たちが何かを伝え広めようとすること自体困難な状態なんです」
「…確かに」
「加えて、提督の想いを知りながらわざわざ真実を明るみにしようとする艦娘がいるとは思えません」
どうやら私が望む結論に至るようだ。妙高が合理的な理由を挙げ、大淀がリスクの低さを示した。
「…わかった。そういうことなら皆に知らせることにしよう。鳳翔もいいな?」
「異論ありません」
「よし。では、明朝に出撃予定のない全艦は講堂に集合。集会を行う」
私の気持ちをぶつけた甲斐があった。
これで提督と私たちの関係が良くなっていくことを、私は心の底から願った。
お待たせしました。