「司令官さん、報告したいことがあるのです」
私の発言に司令官さんは眉間に皺を寄せた。
「重要なことか?」
「司令官さんにとってはかなり」
「…わかった。聞こう」
「はい。単刀直入に言うと、司令官さんの冤罪の話が艦娘の間で広まっています」
司令官さんは天を仰ぐように背もたれに身を預ける。
その反応も当然だ。司令官さんが悪者になることを厭わずに口を閉ざしてきた事実だから。
「電、誰かに話したことか?」
私は首を大きく横に振った。そんなことするはずがない。
「だろうな。バラす気ならもっと早くにやってるだろうし、簡単にできた」
「もしかして、司令官さんには心当たりがあるのです?」
「ある」
司令官さんの短い返答に少し驚いた。死ぬまで秘密にするはずだったことを誰かに話すなんて予想外だ。
「青山中将に問い詰められたから話した。黙秘して下手に動かれるより、何もしないことを条件に喋った方が都合がよかった」
青山中将は若くしてその座にまで登り詰めたエリートで、人望が厚く人柄も高く評価されていると聞いている。
確かにそんな人になら話しても恐れている事態にはならないだろう。きっと約束は守ってくれる。
「その時に誰かに聞かれていたということでしょうか」
「まあそうだろうな」
「盗み聞きだなんて、誰がそんなことを…」
「犯人捜しはいい。俺が警戒を怠ったのが原因だ」
司令官さんが周囲の警戒を怠った?普段ならまずないことだ。
疲れているのだろうか。いや、疲れているに決まっている。艦娘に囲まれ、まともに眠れない生活がもう数ヵ月続いているのだ。
その上、中将という立場の人間から隠していることを問い詰められている現場だ。誰かが隠れて話を聞いているということを気にするには気力も体力も足りてなかっただろう。
「通信記録を見る限り、誰も外部にはこの話は漏らしていない。俺の知らない回線や連絡手段があるならわからんが、その可能性も低いだろう」
「とりあえず、箝口令を敷くしかないのです」
「ああ」
不意に扉がノックされる。
「長門だ。入っても構わないだろうか」
「入れ」
部屋に入ってきた長門さんは少し緊張しているようだった。
「何の用だ?」
「報告のようなものだ」
「…そうか、お前か」
睨み付ける司令官さんを、長門さんは真っ直ぐ見つめ返している。
「俺の冤罪を広めたのは理由があってのことだろうな?」
「な、長門さんが?」
「ああ、私が皆に打ち明けた。もちろん理由もある」
「聞かせろ。その為に来たんだろ」
司令官さんの言葉に小さく頷き、長門さんは口を開いた。
「提督に関しての調査報告書を皆に公開してから、艦娘の中で調子を大きく崩す者が増えた。原因は言わずもがな。作戦のおかげで轟沈などの大きな被害は出ていないが、それも時間の問題だろう」
「長々と説明しなくていい。要するに、そいつらの精神的安定の為にバラしたんだろう?」
「まあそういうことだ」
司令官さんが苦虫を噛み潰したような顔をした。
「俺と青山中将の話を聞いていたんだったな?」
「ああ」
「聞いた上で艦隊にこの話を広めたということか。外部に漏れるリスクを犯してまでお前たちのメンタルケアを優先…いや、世界中のクズに虐げられている艦娘より自分たちを優先したんだ、お前は」
司令官さんの声は静かだったが、明らかに怒りの感情が含まれていた。
みんな、司令官さんのように強くはなれないのです。自分を犠牲にしてまで見ず知らずの誰かの身を心配できるほど。
しかし、長門さんは司令官さんの怒りを気にしていない様子だった。
「誤解があるようだ。提督が危惧しているようなことはない」
「どういうことだ?」
「私たちには外部との通信手段はない。この話を外に漏らすことはそもそもできないんだ」
「合同作戦はどうする。他の鎮守府の艦娘や司令官との接触は避けられんぞ」
長門さんは発言を止めた。反論できなくなったのだろうか。
ふと長門さんの顔を見る。
何故かすごく呆れた顔をしていた。
「他に話そうなどと考える艦娘はいない」
「何を根拠に…」
「この話を聞いて私たちがどう思うか、提督は考えたことはあるか?」
「…いいや、ない」
司令官さんの覚悟。それを知ってどう思うか。
感動するに決まっている。尊敬するに決まっている。この人を支えてあげたいと思うに決まっている。
私は確信した。
この鎮守府の艦娘たちは司令官さんの本当の味方になったのだ。
「魂を揺さぶられた」
「…は?」
「魂を揺さぶられたんだ、提督。皆が提督の味方になりたいと心の底から思っている。そう考えられるだけの強い想いと大きい覚悟を抱えているんだ、提督は」
理解できない、という顔をする司令官さんに、長門さんはさらに続ける。
「その抱えているものを無駄にすることは、私たちにはできない。だから、真実が白日の下に晒される心配はしなくていいんだ」
少しの間、執務室には沈黙が訪れた。
言いたいことは言った。長門さんはそんな表情をしている。
対する司令官さんは呆然と長門さんを見つめ返している。
「…信用できない。だが、言い分はわかった。今回の件で罰則はない。情報漏洩がないように務めろ。バラした奴の責任だ」
「了解した。少しでも信用して貰えるように努力しよう」
「…用が済んだなら退室しろ」
長門さんの表情から緊張感が完全に消えた。
「ああ、そういえば」
長門さんはドアノブに手をかけながらこちらに振り向いた。
「私以上に心を動かされたという者も多い。皆からのコミュニケーションも増えると思うが、対応してやってくれ」
「おい、ちょっと待て」
「よろしく頼んだ。ちなみに、そんな彼女らを冷たくあしらっても効果はないだろうと1つ助言をしておく。では失礼する」
司令官さんが止める間もなく、長門さんは出ていってしまった。
執務室に残されたのは、ポカンとしている私と眉間に皺を寄せて見るからに困っている司令官さんだけだ。
「…念のため言うのですが、話しかけるな、なんて決まりは艦隊指揮に支障が出るので命令できませんよ」
「わかっている」
※
真実が伝えられてから1週間が経とうとしていた。当初は困惑していた艦娘たちも冤罪を事実として呑み込み、落ち着きを取り戻している。
ほとんどの艦娘はもはや提督を恐れてはいない。何の憂いもないと任務や訓練に没頭する子。提督と良好な関係を築きたいと交流を図る子。そして、私のように提督を誤解していたことに罪悪感を覚える子。
「どんな顔で会えばいいのか…」
「全然わからないっぽい…」
「いつも通りでいいと思うよ?ていうか、夕立は何となくわかるけど、加賀もそういうこと考えるんだね」
「貴女は私をどういう目で見ているのかしら」
私の問いを鈴谷さんは笑ってはぐらかす。
「で、なんで2人は提督との関係改善を考えてるの?別に顔会わせなくても問題ないでしょ」
「実は相談したいことがあるのよ」
夕立さんもうんうんと頷いている。
「翔鶴が危ない戦い方をしてるから、どうにかしてそれを止めさせたいの」
「由良もずっと調子が悪いっぽい」
「なるほど。なんか榛名もヤバいって聞いたし、名前の出てた子がダメになってる感じみたいだね」
「…貴女は平気なの?」
「あー…」
鈴谷さんが視線を外して苦笑いをする。何か困ったことがあるのだろうか。
「悩んでることはあるけど、まあ切羽詰まってるわけじゃないし大丈夫だよ」
「それならいいのだけれど」
「そういえば、浜風も平気そうだった。戦果も悪くないっぽい」
「あの子も鈴谷と同じような悩みがあるみたいだけど、浦風とかが上手くフォローしてるんでしょ」
「同じ悩み?」
夕立さんが首を傾げる。
「北方鎮守府の鈴谷と浜風、提督の冤罪をでっち上げた張本人なんだよね」
「同じ艦でも別人なんだから鈴谷さんたちが気にすることではないでしょう?」
「提督がここに着任した時、別人だからって信用しようとした艦娘がいた?」
「…いないわね」
確かに、提督を『提督という役職の男性』と見て、前任者と同じだと決めつけたことはある。別人だというのに、だ。
そう考えると提督は強い人だ。私たちにはもちろん、『自分を嵌めた艦娘』と全く同じ外見をした子たちに対しても、報復的な言動をしなかったのだから。
「報いたいんだよ、提督に」
「そう」
「ま、私のことはいいでしょ」
鈴谷さんはそう言ってはにかんだ。それに釣られて私の口角も僅かに持ち上げられた。
「まあいいわ。鈴谷さんが提督に想いを寄せていることは置いといて、今後私たちはどうするべきなのかしら」
「置いとくなし。ていうか、別に好きって訳じゃ…」
「誠心誠意お願いするしかないっぽい。でも、聞いてくれるかな…」
「夕立にまでスルーされたんですけど?」
鈴谷さんはほんのりと赤らんだ頬を膨らませた。しかし、怒っている感じではない。
提督のことが好きというのが図星だったのだろうか。冗談のつもりだったのだけれど。
「提督のことだから、頼めば何かしらのアクションは起こしてくれると思うけどね。戦力的にも改善した方がいい問題だし」
「戦力的に、ね。それなら頼みやすいかもしれないわ」
「早速言ってみるっぽい?」
「それじゃあ鈴谷と一緒に来る?」
「鈴谷も提督さんの所に行くつもりだったっぽい?なんで?」
「日課みたいなものだよ」
え、日課?
まさか毎日提督の下に通っているの?
夕立さんもポカンとしている。
「ちなみに、提督の所で何をしているの?」
「別に何も。鈴谷が一方的に喋ってるだけかな」
「怒られないっぽい?」
「鬱陶しがられるけど怒られはしないかな」
鈴谷さんはニコニコとそんなことを言ってのけた。初めて見たと確信するほどの晴れやかな表情だ。
私は思わず夕立さんと顔を見合わせた。
「…鈴谷さん、自分で今どんな顔で喋ってるか自覚しているのかしら」
「それで『好きじゃない』は無理があるっぽい」
「え、鈴谷そんな変な顔してた!?」
書きたいシーンがあるのにそこまでの過程が書けない。あるあるだと思います(言い訳)
次の話も時間かかります。申し訳ない。