私の目の前で司令官は報告書を読んでいた。感情のわからない顔のまま視線だけ動かしている様子をぼんやりと眺める。
黙々と書類を読み込んでいる姿は少し恐そうにも見えるが、頼もしくも見える。きっと、この感情が司令官という役職に就く人間に対しての正常なものなのだろう。
そんなことを考えていると、ふと司令官が顔を上げた。
「霞、机のすぐ前でジロジロ見られていると気が散る。俺の顔に何かついているのか?」
「目と鼻と口」
「ぷふっ」
電の吹き出す声が聞こえ、司令官は眉間に皺を寄せた。
ふざけた返答なのは間違いないが、呼び出しておいて放置されてるのでそれくらいは許されるはずだ。
「そんな顔しないでよ。暇なの」
「ここに来るのが早すぎだ。指示した時間まであと15分ある」
「艤装の整備が思いの外早く終わったから。遅れるより早く来た方がマシでしょ?」
「それはそうだが」
司令官はチラリと部屋の端にあるソファを見た。応接室のものより簡易な来客用のものだ。
「座って待てばいいだろ。そこに立って待機する必要はない」
「司令官も電も仕事してるのに座って待ってるなんてできないわよ。それに、別に邪魔してるわけじゃないし」
「結果的に邪魔になってるんだが」
視線を横に移して知らん顔する私に、司令官はより困惑の表情を強くした。
うん、おもしろい。
「ほら、細かいこと言ってないで早くやること済ませなさいよ」
「ああ、もう終わった」
司令官はそう言うと、持っていた報告書を電の方に突き出した。
電もいつの間にか机の横に立っており、それをすぐに受け取る。
阿吽の呼吸だ。感心する。
「もしかして、急がせちゃったかしら?」
「気にするな」
さて、と司令官は1枚の紙を取り出した。どうやら任務命令書のようだ。
「本部から任務が来た。護衛任務だ」
「その旗艦を私にしろってことね」
「ああ」
「内容は?」
「護送船1隻をこの南東鎮守府まで安全に送り届けるという任務だ」
それって普通は向こうの艦娘の仕事ではないのか。その護送船とやらの行き帰りで、私たちは2往復するハメになる。
「連中はここら一帯の深海棲艦を恐れている。故に精鋭揃いのウチに任せたいらしい。まあ、報酬と消費する分の資源はたんまり頂くがな」
私の疑問を察したのかはわからないが、司令官が答えを言ってくれた。
確かに深海棲艦は強いと思うけど、資源や食料品の輸送は出来ているんだからそんなに怯えなくてもいいのに。本部の艦娘はそんなに弱いものなの?
「で、その護送船には誰が乗ってるの?」
「新しく配属になる艦娘だ。
「新戦力ってわけね。使えるかどうかが問題だけど」
「すぐにここのレベルになるのは不可能だ。まあ長門がなんとかするだろう」
「ふーん」
長門がなんとかするだろう、ね。随分と信頼してるものね。
そういえば、司令官の冤罪を信じてみんなに伝えたのは長門さんだった。それで司令官が心を開くとは思わないが、関係構築のきっかけにはなったということだろうか。
「何か気になることがあるのか?」
「え、なんで?」
「そういう顔をしていた」
顔に出したつもりはなかったんだけど。
この司令官、意外と人の表情とか見てるのよね。
「別に。なんでもないわ」
「…そうか。ならいい。さて、本題だが」
「本題?」
任務の事前打ち合わせではなく?
「お前には別の任務を与える」
「私だけを呼び出してそれを言うってことは、秘密の任務ってやつ?」
「まあ、そうだな」
司令官は真剣な表情で続ける。
「ここに配属になる4人を調査してほしい」
「どういうこと?」
「その4人は全員
「わざわざここに?物好きもいたものね」
「本当にただの物好きならいいんだがな」
つまり、害意があるかどうかを調べてほしいということ。
何かを企んでここに来るのなら、標的は十中八九司令官だ。司令官は当然警戒されるだろうから難しいが、艦娘の私になら口を滑らせてその企てを聞き出せるかもしれない。
ここであることに気付く。
「ねえ、その4人が何かを企んでたとして、私がそっちに乗るとは思わなかったの?」
「…考えたがその可能性は低いと結論を出した」
「何よ、今の間は。考えてなかったんじゃない?」
「そんなことはない。他に聞くことがないならさっさと退室しろ」
司令官はそう言ってまた何かの資料を読み始めた。誤魔化しているようにも見える。
でも、それは別にどうでもいい。
少なくとも、裏切ることはないだろうと思われている。味方と認められたのだ。気分がいい。
司令官は私を信頼しているのね。その台詞を口に出せば目の前のこの男はどんな顔をするのだろうか。
※
「全員補給は終わってるわね」
霞さんの言葉に全員が頷く。
「じゃあ私と由良さんは輸送船内で待機。周囲警戒は夕立たちでよろしく。後で交代するわ」
「了解っぽい」
どうやら私は待機のようだ。輸送船へと進む霞さんの後を追った。
「由良さんは次の交代まで休憩してていいわよ」
「霞さんはどうしますか?」
「私はやることがあるから」
そう言ってスタスタと歩く霞さんはどこか緊張しているように見える。大事な用事のようだ。
頼りになる旗艦でも、霞さんは駆逐艦だ。軽巡の私が助けてあげなければ。
「もしよかったら私も手伝わせて。ね?」
「え、別にいいけど」
「ありがとう。私は何をすればいい?」
私が尋ねると、霞さんは荷物から数枚の紙を取り出した。
「うちに転属になる4人はみんなうちに来ることを希望してるそうなの。で、司令官はその意図を知りたがってる」
「なるほど。それを聞き出せばいいのね」
「そ。まあ話は私がするから、由良さんは相手の様子を見ておいて。気になったところは後で私か司令官に言ってくれればいいから」
「え、提督さんに直接…?」
「嫌だった?」
私は首を横に振った
嫌なわけではない。むしろ、会って話をしたいと思っている。
でも、やっぱり緊張する。私は
「さて、それじゃあ顔合わせと行こうかしら」
いつの間にか目的の部屋の前に来ていたようだ。
霞さんが扉をノックする。中から返事が聞こえてから、私たちはその部屋に足を踏み入れた。
部屋に入った瞬間、4人の内の3人から鋭い視線を向けられた。金剛さん、北上さん、大井さんだ。
睨まれるようなことした覚えはないのだけど。
「南東鎮守府の霞よ。早速で悪いんだけど、ちょっと聞きたいことがあるの。いい?」
「Of course」
金剛さんがそう答える。緊張しているのか警戒しているのか、少し表情が固い。
「ここにいるみんなは全員うちへの転属願を出してるわよね。はっきり言って、進んで来るような所じゃない。動機を聞かせてほしい」
「Umm…」
「どうしても言わなきゃダメ?あんまり言いたくないんだけど」
北上さんが困ったように笑いながらそう言う。
「ダメよ。言わなきゃ司令官の近くには置いておけない」
「それは
「そうよ」
「それが理由ということは、霞さんはあのことを知っているのね」
大井さんの言う『あのこと』とは、十中八九提督さんの冤罪のことだろう。
霞さんはムッとした表情で言葉を返す。
「へえ、認めるんだ。他でもない元北方鎮守府の艦娘が。また司令官に嫌がらせでもするつもり?」
「まあ待ってよ。誤解してるって」
「私たちが提督のことを知ったのはつい先日のことよ」
「それを知って、あそこからescapeするためにここにいるんデス」
そこから十数秒間は無言のにらみ合いが続いた。
いや、睨んでいるのは霞さんで、金剛さんたちは不安そうに彼女を見つめている。
「まあいいわ。とりあえず信じることにする。由良さんをつい睨んじゃう所を見るに、北方鎮守府を見限って司令官の側に付きたがってるのは本当っぽいし」
そうか、あの視線はそういう意味だったのか。
私に頭を下げる3人を宥めながら、そんなことを考えていた。
「さて、次は貴女よ」
「ひゃい!」
みんなの視線が部屋の隅で存在感を消しながら縮こまっていた最後の1人に向けられる。
彼女の名前は鹿島。練習巡洋艦だ。
ツーサイドアップに纏められたふわふわとした銀髪に、同性でも見惚れてしまう程の美貌とプロポーションを持った艦娘。
「鹿島さんが1番ウチに来る理由がわからないわ。練習巡洋艦が必要な程練度の低い艦娘や妖精はいないもの」
「えっと…」
「それに、建造されてからそんなに日が経ってないわよね。戦闘経験を積もうにも敵が強すぎて何もできないと思う。どうして南東鎮守府に…って、え?」
鹿島さんは顔を青くして目尻に涙を浮かべていた。
「な、南東鎮守府ってそんなに大変な所なんですか…?」
「…私たちが今から行く鎮守府はforemost lineデス」
「まさかそれを知らずに転属願を…?」
「この子、アホなのかしら…」
金剛さん、北上さん、大井さんが順番に投げ掛けた言葉は、鹿島さんの表情をさらに可哀想なものにした。
今にも泣き出しそうだ。どうにかフォローしてあげなくちゃ。
「霞さんの言う通り、私建造されたばかりなんです。だから全然知らなくて。ど、どうしよう…というか、それならなんで申請通っちゃうの…」
「まあまあ、そんなに落ち込まなくても大丈夫ですよ。提督さんならきっと上手く運用してくれます」
「時間はかかるだろうけどね。あの司令官なら大した問題じゃないわ」
それより、と霞さんは続ける。
「転属の動機を聞きたいんだけど?」
「あ、そうでした。ごめんなさい」
目尻の涙を指で拭い、鹿島さんは語り出した。
「南東鎮守府に行きたい理由は、私を艦娘として正しく使ってくれる提督さんがいると聞いたからです。練習巡洋艦は運用方法が特殊らしく、最初にいた鎮守府では1度も出撃しなかったんです」
「戦闘で活躍がしたかったの?それなら他の鎮守府でもいいと思うけど」
「もう1つ理由があるんです。実は前の鎮守府でその…性接待を強要されて」
「っ…!」
場の緊張感が高まった。
そんなバカなことをしている人間がまだいるのか。
昔を思い出してしまい悪寒が走る。胸にモヤモヤが溜まっていく感覚と吐き気を覚えた。
「皆さんどうかしましたか?」
「いや、何でもないわ。続けて」
「は、はい。まあそういう経緯もあって、艦娘として使ってもらえてエッチなこともされたくないなら南東鎮守府の黒田少佐が適任だと助言を貰いました。それで今に至ります」
鹿島さんのいう条件なら確かに提督さんの下に配属になるのは悪くないのかもしれない。まあ他の鎮守府がどんな感じなのかはわからないのだけど。
と、そんなことを考えていると、ふと気がついた。今、鹿島さんは誰かに助言を貰ったと言わなかったか。
「鹿島さんに助言をした人って誰?」
霞さんも同じ疑問を持ったようで、そう質問する。
鹿島さんはそれに即答した。
「はい。大本営の赤松大将閣下です」
予想外の大物の名前にその場が静まりかえった。
主人公たちがいる所を南東鎮守府ってことにします。
あとポンコツ鹿島概念もっと流行れ。