海域を奪還すると決めてから数週間。哨戒任務中の交戦記録や偵察機による索敵の結果から、強襲する場所を絞り込むことができた。
俺は早速主要メンバーを集め、作戦会議をすることにした。
「戦艦長門、以下、赤城、妙高、神通。定刻通りに集合した」
長門が敬礼をしながら告げ、俺は頷いて応える。
それを合図に、電が数枚の紙が綴じられた資料を長門たちに手渡した。
「では早速作戦会議を始めるのです」
「資料にある通り、今回攻略するのは東方面海域。ここを彷徨く深海棲艦を排除するのが目的だ」
「完全に排除しようとするなら奴らの拠点を潰す必要がある。敵の居場所は判明しているということでいいのか?」
「もちろん目星は付いている。A島、B島、C島。ここが深海棲艦の巣だ」
机に広げられた海図に丸印を付けていく。
「A島とB島には戦艦と空母を中心にした主力艦隊、C島には燃料などの貯蔵地とその護衛艦隊が居座っているようだ」
「敵編成は…豪華な面子ですね」
「選り取り見取り、と言った所でしょうか」
資料を見た赤城の呟きに対して、神通は挑戦的な笑みを浮かべている。
訓練や高難易度任務への参加を志願し、精力的に強くなろうとしていた艦娘だ。自分の実力を試してみたいのだろう。
「神通さんくらいですよ。この資料に書いてある敵編成を見て笑っていられるのは」
「あら、妙高さん。貴女の顔にも楽しみだと書いてありますよ」
神通に釣られたのか、赤城と妙高も不敵な笑みを浮かべる。
敵拠点には戦艦棲姫や空母棲姫、軽巡棲姫、駆逐棲姫といった強敵がいるはずだ。他にいる可能性もある。
それらを相手にする未来が待っているというのに、場の雰囲気は全く暗くなっていない。なんとも頼もしい
「今回の最優先目標はC島の制圧、そしてA島B島にいる主力深海棲艦の撃滅だ」
俺の声に全員が笑みを消してこちらに顔を向ける。
「C島は敵の最重要補給ラインだ。ここを押さえられれば深海棲艦は補給地点を失い、海域から撤退せざるを得ないだろう」
「上手くいけば奴らが集めた資源をこちらが奪い取ることもできそうだ」
「長門の言う通りになれば完全勝利と言ったところだな」
資源は潤沢と言えるほど保有しているが、多くて困ることはない。是非とも確保したい所だ。
「次にA島B島だが、ここにいる深海棲艦は全て倒さなくてはいけない」
「姫級は特に頭がいいので海域の地形や気候も把握しているでしょうね。一時的に追い払ってもまた侵略される可能性があると考えられます」
赤城の予測に全員が頷いた。
「奴らの思考能力は甘く見れない。撤退や増援といった判断力もある。それ故に、比較的難しい戦略を取らざるを得ない」
「練度に関しては問題ない。そのために鍛えたのだからな。で、どう攻める?」
「3拠点同時攻略だ」
その場にいた全員が言葉を失う。練度は問題ないと言い切った長門も目を瞑って黙り込んだ。
しかし、彼女たちに暗い雰囲気はない。
「今回の作戦も編成に制限がかかるのでしょうか?」
妙高の問いに頷く。
「大艦隊では敵へ辿り着くことが難しい。そして、通常の艦隊で各個撃破を狙えば、敵の増援に挟み撃ちにされるか撤退する時間を与えてしまうか」
「その通りだ、妙高。挟撃や撤退を防ぐための同時攻撃。これで奴らを潰す」
「なるほど、提督の考えは理解した。難しい作戦にはなるが、提督が遂行可能だと判断した編成であれば問題ないだろう」
しかし、と長門は続けた。
「1つ心配事がある」
「言ってみろ」
「撤退する間もなく敵を撃滅するということは、反復出撃はできない。仕留め損なうつもりはないが、不測の事態もあり得ると思う」
「可能性は0ではないな」
「もしそうなった場合、提督がまた前線まで出てきて直接指揮を執るなんて言い出さないかどうかが心配だ」
「…は?」
イレギュラーによる作戦失敗ではなく、それによって俺が前に出てくるのが心配、と。
「気にする必要のないことだろう」
「そういうわけにはいかない。もしもまた無謀なことをしようものなら、この長門、作戦を放り出してでも提督の盾になるぞ」
何を言い出すんだ、このアホは。
「敵を撃滅したとしても提督の身に何か起きてしまえば、それを勝利とは絶対に言えません。私たちは勝ちをみすみす手放すような二流艦娘ではありませんよ」
「この作戦が失敗し、敵を仕留め損なうようなことがあっても、提督が健在ならまだ負けではないはずです。戻ってきた敵はまた叩き潰せばいいだけですから」
赤城と神通もそう言って同調した。訓練のしすぎで頭がおかしくなったか。
「那智と足柄からも聞いています。ハワイ方面海域攻略の際に自らを囮にして夜戦に臨んだと」
「お前もおかしくなったか」
「いいえ、提督。誰もおかしくなってなんかいません」
妙高は苦笑する。
「提督が大きな存在になっているんですよ。この鎮守府の艦娘にとって」
※
作戦に参加する艦娘が通知された。
鎮守府に娯楽を取り入れるという、以前なら、というか普通の軍隊ならありえない動機が発端だった。
しかし、いつからだろうか、そこに『提督のため』が加わった。それが私たちを強くし、士気を上げている。
いい傾向だ。
「私も貴女もA島艦隊に編成されていますわね」
「そうだねー」
「なんとも気の抜けた返事ですこと」
熊野の呆れ顔から私は目を逸らした。
私の中には作戦への不安がなく、むしろ作戦完遂後を想像してわくわくしている。
提督は褒めてくれるだろうか。私たちを信用するに値すると認めてくれるだろうか。そんなことばかりを考えてしまう。
「鈴谷、捕らぬ狸の皮算用という諺をご存じ?」
「知ってる。ていうか、心の中でも読んでるの?」
「鈴谷はわかりやすいですから」
そう言って熊野はニヤリと笑う。
なんかムカつく。私が提督の所に行く時、いつも付いていきたそうにソワソワしてるのを指摘してやろうか。
「提督との関係改善を期待するのもいいですけど、それは作戦成功が大前提なんですからもう少し緊張感を持った方がいいですわよ」
「わかってるよー。でも、正直このメンツで負ける方が想像しにくいっしょ」
A島攻略艦隊、旗艦長門と陸奥の戦艦2人に航巡の私と熊野、軽巡神通、そして空母瑞鶴。過剰とも思えるほどの火力を備えた艦隊だ。
「油断大敵。思いがけない難敵もいるかもしれませんわ」
「提督の推測が外れるって?ないない」
「…まあ、それもそうですわね」
仮に想定外の敵がいても対処できるように編成してくれているはずだ。
「性能とか能力とか、そういう面ではちゃんと信用を得てる気はするんだけどなあ」
「戦果としてある程度は数字で見えるものですから。人としての信用も目に見えるといいんですけれど」
「明石に頼んで作ってもらうか」
「またそんな無茶を…」
「できますよ」
背後からかけられたその言葉に勢いよく振り向いた。
「明石、今できるって言った?」
「はい。まあ私だけで作るわけじゃないんですけど」
「マジ!?」
「そんな都合のいいものがあるんですの?」
明石は頷くと手に持っていた茶封筒を私たちに突き出してきた。
「ついさっき提督から渡された書類、というか設計図みたいなものです。あ、機密とかじゃないので見ても平気ですよ」
「なるほどね。さっきまで提督に会ってたからいつもみたいな汚い格好じゃないんだ」
「やっぱりこれ見せません。失礼します」
「わー!冗談だから!」
そんなに気にするくらいなら油汚れのついた作業着で過ごすの止めればいいのに。そんなこと言ったら本当に見せてくれなさそうだから絶対言わないけど。
「まったくもう…はい、これがその代物の説明書です」
明石が取り出した1枚の書類。そこには小さな図と説明書きがびっしりと記されていた。
「ここに描かれているのは、指輪とかいうアクセサリーですわね」
「アクセサリーなのは見た目だけで、こう見えてちゃんとした兵装なんですよ」
「これを装備すれば信頼度を測ることができるってこと?」
「厳密には違います。この指輪は装備することで艦娘としてのあらゆる能力を向上させることができる、いわばブースターのようなものなんです」
パワーアップアイテムか。今よりもっと強くなれるのだとしたらかなり興味がある。
でも、それと信用の可視化がどう関係するんだろう。
「そして、この指輪の効力を十分に発揮させるには2つ条件があります。1つ目は十分な練度であること。2つ目は提督への強い想いです」
「提督への強い想い?」
「簡単に言えば、忠誠心とかそういうものです」
「なるほど。指輪で能力が向上すれば、それらの想いを提督に示すことができるというわけですわね」
これがあれば証明できる。私たちは提督を裏切ったりしないということを。
絶対に手に入れたい。手に入れなければならない。そう強く決心した。
「明石、それいつ作れる?」
「時間さえあればいつでも。と言いたいけど、これは私が勝手に作って勝手に配れるものじゃないんですよね。提督の許可が必須なところが厄介で…」
明石は頬を搔きながら目線を逸らした。
「しかもこれの名称、
ケッコン…?
結婚!?
「提督と夫婦になるってこと!?」
「あくまでカッコカリです。明らかに遊んでますよね、このネーミング」
なんだ、本物の夫婦じゃないのか。ちょっとガッカリ。
「それ、提督から装備の許可下りますの?ただの名称とは言え"結婚"なんて名前じゃ」
「げ、確かに」
「まあその辺は大淀とかに言いくるめて貰いましょう。艦隊強化の為、とか何とか言って」
「明石のその大淀への無茶振りは何なんですの?」
熊野はため息をついた。
「それともう1つ。これ絶対競争率高いですわよ」
「それはそうでしょうね。戦艦や空母はもちろん駆逐艦の中にも鈴谷さんと同じ気持ちの艦娘はたくさんいるでしょうし」
「大量生産できるとも思えませんし、装備するに相応しいと提督に認められる必要がありますものね」
「っ…!明石、これ他の人に見つからないように隠しといてくれる?」
「いやーきついですね」
明石は私の背後をチラリと見た。咄嗟にそちらに振り向く。
そこには私もよく知る艦娘がニヤニヤしながら立っていた。
「青葉、いいこと聞いちゃいました♪」
今日の夜には鎮守府中に指輪のことが知れ渡るのが確定した。