艦隊編成が発表されてから数週間後、遂に作戦が始まった。
私たちは既に目的地であるA島に向かって出撃している。
「10時の方向に敵艦隊捕捉。重巡2、軽巡1、駆逐3。全艦黄色のオーラを纏ってるわ」
「了解。瑞鶴はそのまま索敵を継続。神通と鈴谷は戦闘準備」
「既に完了しています」
「こっちもオッケー」
長門さんから指名を受けたのは私と鈴谷さん。たった2人だが、フラグシップクラスの群れだろうと負ける気はしない。
「2人は奴らを叩いてくれ。その他は進路そのまま」
「「了解」」
艦隊の仲間も私と同じ考えなのだろう。誰も心配そうな表情をしていない。
「神通、どっちがどれを狙う?」
鈴谷さんが隣でそう尋ねる。
「私が全て倒します」
「言うと思った。腕試しのつもりなら却下だけど」
「いえ、鈴谷さんには敵本隊との決戦まで弾薬を温存しておいてほしいので。重巡級の火力は残しておかないと」
「オッケー。じゃあ瑞雲で援護だけするね」
「お願いします」
手短に打ち合わせを済ませ、私たちは敵艦隊に向かっていった。
敵はこちらに気付いたのか、単縦陣で迎え撃とうとしている。
「敵重巡が砲撃体勢」
「回避後、こちらも砲撃を開始します」
敵の砲撃音の後、少し離れた場所に水飛沫が上がる。
初弾は外れたがここから修正してくるだろう。
「神通、行きます」
「敵軽巡、駆逐が魚雷発射。気を付けて」
鈴谷さんの忠告を受けて、私は回避を続けながら敵に近付いていく。
敵重巡が次の攻撃を始める前に、私は砲撃を始めた。
結果は命中。撃った弾は全て敵重巡の片割れに吸い込まれていった。
「重巡1隻、撃沈確認。やるじゃん」
「ここからです。突撃用意」
「敵艦、砲撃体勢。しっかり避けてよ」
「問題ありません」
敵の数が減ったことを機にどんどんと距離を詰めていく。
さあ、集中しろ。
敵の砲撃によって、私の後方や左右に大きな水飛沫が上がった。
狙いが私の動きに追い付いていない。この程度の攻撃ならば避けるのは容易い。
「神通、波は大丈夫?」
「平気です。ありがとうございます、鈴谷さん。駆逐艦の皆さんとした訓練に比べれば大したことありません」
「…水雷戦隊の訓練、エグそうだね。特に神通のとこは」
鈴谷さんの呆れたような声を聞きながら主砲を構えた。
いきなり重巡をやられた敵艦隊は明らかに浮き足立っており、隙だらけだ。
「よく狙って…!」
撃つ。そしてまた撃つ。
狙い通りに軽巡と駆逐艦の1隻に命中した。
砲撃直後の回避しづらいタイミングに合わせた攻撃だ。私がミスをしない限り、それは必中となる。
「軽巡と駆逐1隻撃沈」
「残るは3隻…!」
今度は魚雷を発射する。狙いは敵駆逐艦2隻。
数的有利をあっという間に無かったものにされて焦っているのが見て取れる。足元がお留守だ。奴らに足があるかはわからないけれど。
そんな状態で私の魚雷を躱せるはずもなく、大きな水飛沫と共に敵駆逐艦は全滅した。
「あとは貴女だけですね」
残った重巡を睨み付けた。それに反応するかのように、相手は怒ったように突撃してくる。
戦場で冷静さを失えばどうなるか、知らないわけでもあるまいものを。
「次発装填済み、これで終わりです」
1発目の砲弾は避けきれず右腕に。バランスを崩した敵はそのまま2発目、3発目をモロに受ける。
「敵艦隊の全滅を確認。お疲れ、神通」
「鈴谷さんも周囲警戒と戦況把握のサポートありがとうございました」
「サポートが必要だったかはビミョーだけどね。最初から最後まで完璧に命中させるの、流石って感じ」
必死に繰り返した訓練のおかげだろう。それがなければ、もう少し時間がかかっていたかもしれない。
「提督に勝利を捧げるためです。こんな所で時間を無駄にはできません」
「提督に勝利を、か。やっぱ神通もライバルかな?」
ライバル?何のことだろう?
きょとんとしていると鈴谷さんは不思議そうに続ける。そして、私はその言葉に固まってしまった。
「神通もケッコンカッコカリを狙ってるんじゃないの?」
ケッコンカッコカリとは、練度をさらに向上させるためのシステムであり、私たちにとっては提督への忠誠を示す方法の1つ。
というだけであればこんなに気になるものでもなかったはず。
「わ、私なんかが提督と結婚だなんて」
「結婚じゃなくてケッコンカッコカリね」
「あ、嫌というわけではないです。そんなことあるはずありません。ただ、私のような一介の軽巡が提督の妻として相応しいかどうかわかりません」
「いやだから結婚じゃなくて…」
「もちろん提督が私を選んでくださるなら喜んでお受け致しますし、妻として精一杯主人を支える覚悟です。提督はお忙しい身ですから家庭のことは私がやることになるでしょう。となると、私が艦隊を離れがちになっても大丈夫なように後進の育成もやらなければいけませんね。大井さんと北上さんの訓練内容も見直してみましょうか。ふふ、この作戦が終わっても休む暇はあまりなさそうです」
「話がめちゃくちゃ飛躍してるよ、神通」
「え?あ、そうですね。話が脱線してしまいました。家庭のことと言えば、提督の好物はなんでしょう。お料理の勉強もしなければいけませんね」
「脱線したままだよ!選ばれる気満々じゃん!」
「鈴谷、随分疲れた顔していますわね。苦戦していたようには見えませんでしたけど」
「なんでもないよ、熊野」
「神通さんが気まずそうにしてるのと関係が?」
「そっとしておいてあげて」
※
「彩雲から通信。前方に敵水雷戦隊を確認しました」
私の報告に赤城さんが頷く。
「全艦攻撃準備。敵主力にぶつける余力を残しつつ、確実に敵艦隊を殲滅します」
赤城さんの指示で全員が戦闘態勢に入った。
那智さんと足柄さんは水上偵察機の発艦準備をしており、時雨さんと夕立さんは主砲を構えている。私も攻撃機を発艦させる準備を終えていた。
「まずは私と加賀さんの攻撃機で先制攻撃を行います。その後は那智さんたちにお任せ致します」
「心得た」
「私たちにも獲物は残しておいてよ?」
「それは加賀さんに相談してください」
「鎧袖一触よ。心配要らないわ」
「残す気ないっぽい」
「僕は別にそれでもいいんだけど」
不満そうな足柄さんと夕立さんに赤城さんはクスリと笑う。
「それでは参りましょう。第一攻撃隊、発艦してください」
「赤城さんに続きます」
弓を引き、艦攻を放つ。綺麗な隊列を組んで飛んでいく光景は我ながら壮観なものだ。
敵艦隊は私たちの攻撃に気付くと、すぐに迎撃態勢をとった。対空砲や機銃で艦攻を落とそうとしている。
しかし、私たちの艦載機の熟練度は並大抵ではない。連携によって敵の狙いを分散させることで、ほとんど被害もなく飛び回っている。
「攻撃開始」
赤城さんの合図に合わせ、私たちの攻撃機が魚雷を発射した。
そして、水飛沫が上がる。
「命中確認しました。各艦は追撃をお願いします」
「獲物は残っているようだぞ。良かったな、足柄」
「ちゃんと見てた?今ので敵艦隊ほぼ壊滅してるわよ」
那智さんに足柄さんは軽口を返す。
2人が話している通り、敵艦隊の被害は大きかった。駆逐艦は全て沈み、残った軽巡たちも満身創痍だ。
「やらないなら夕立が貰っていいっぽい?」
「やらないとは言ってないわよ。ここは射程の長い私がやるわ」
「夕立の方が足が速いから射程は関係ないっぽい。やっぱり貰うっぽい」
夕立さんの提案に足柄さんは苦笑した。やる気満々なのは結構なことだけど、戦闘中だということを忘れないでほしい。
私がやってしまいましょうか。
「提督に認められたいのはわかるけど、弱い敵を倒しても大した戦果にはならないわよ」
「ないよりはあった方がいいっぽい。というか、認められたいのは足柄さんも同じでしょ」
「別にどっちがやってもいいが、早くしないと時雨に全部取られるぞ」
「え?」
那智さんの言葉にハッとする夕立さん。視線の先には魚雷を放つ瞬間の時雨さん。
赤城さんからは既に追撃の指示が出ていた。僚艦同士がじゃれていて攻撃する様子がないとなると、こうなってしまうのは自然とも言える。
遠くで水飛沫が上がり、残っていた深海棲艦は全て撃沈された。
隊列に戻ってきた時雨さんを、夕立さんは呆れたように見つめる。
「時雨に横取りされるとは思ってなかったっぽい」
「油断して足柄さんとふざけ合ってたからだよ」
「油断なんかしてないっぽい。ちゃんと敵の動きを警戒してたよ」
時雨さんは、そうじゃないよ、とクスリと笑う。
「夕立が考えてる程ライバルは少なくないよ」
時雨さんの一言に夕立さんは絶句した。自分と同じようなことを考えていたとは予想していなかったようだ。
「戦果を稼ぎたいなら慢心は禁物ということですね」
「
「はい…え?」
咄嗟に振り向くと、そこにはやる気満々といった表情の赤城さんがいた。
時雨さんの言葉に触発されたのだろうか。
今回の作戦は激しい戦いになりそうだ。これから相見える深海棲艦が可哀想になるくらいに。
※
「周囲に敵影なし。このまま目的地まで前進します」
鎮守府を出発してからそれなりの時間が経った頃、旗艦の由良さんが偵察機からの情報を告げる。その声で艦隊は僅かにスピードを上げた。
私たちが目指すのはC島の資源集積地だ。
事前情報によると、敵主力は陸上型の深海棲艦。であれば、対陸上型の兵装を装備できる私と妹たちの働きが攻略の要になる。
集中してことに当たらなければ。
「それにしても、全く敵を見ないわね。敵の重要拠点に攻め込むっていうのに肩透かしされた気分」
「あらあら、油断は禁物よ霞ちゃん」
「そういうアンタもね」
「うふふふ。心配しないで、満潮ちゃん」
「別に心配はしてないわよ」
だというのに、妹たちのなんと呑気で賑やかなことか。
「そろそろ静かにしないと姉さんの雷が落ちるよ」
大潮が困ったように笑いながら言う。
しかし、その程度では彼女らのお喋りは止まらない。止まるようならそもそも最初からこんな注意は受けないだろう。
「小言を言うつもりはないわ。ちゃんと索敵は出来ているんでしょう?」
「もちろんよ、朝潮姉さん」
「お喋りしながらでもわけないわ」
「私もしっかりやってるわよ〜」
そんな様子に旗艦の由良さんは微笑む。
「流石は精鋭の駆逐艦隊ね」
「ありがとうございます。由良さんの評価に相応しい戦果を上げてみせましょう」
私の言葉に妹たちは三者三様の反応を見せた。
荒潮はニヤリと笑い、満潮は澄まし顔。そして、霞は真剣な顔でコクリと首を縦に振った。
「この作戦を成功させれば、今後の大規模作戦でも出撃艦隊に編成されるかもしれないもんね」
大潮がニコニコと言う。
その通りだ。私は頷きを返す。
「幸か不幸か、陸上型深海棲艦に効果的な攻撃ができる駆逐艦は多くないわ。今回の任務を果たせば司令官の信頼を得て、今後さらに頼って貰えるようになるかもしれない」
「うふふ、それはとっても素敵ね〜」
「私は別にどうでもいいけど」
「そうね、私も別に…」
満潮に同調しようとした霞に皆の視線が集中した。
「アンタがそれ言うのは無理あるでしょ」
「指輪のニュースを聞いた時の貴女の表情、見せてあげたいわ〜」
「超アゲアゲって感じだったよ。必死に隠そうとしてたけど」
「う”…」
霞の顔が赤く染まり、視線が右へ左へと動く。こんなにも動揺する彼女は滅多に見られない。その姿はとても可愛らしく、私はつい頬を緩ませた。
「恥ずかしいと思うことはないわ、霞。司令官を慕う艦娘は多いもの」
「その分競争相手は多いけどね〜」
「戦艦や空母の皆さん相手は流石に分が悪いよ」
「そんな弱気でどうするの」
私の一言に皆が驚いた表情をする。
「朝潮姉さんもケッコンカッコカリを狙ってるの?」
「へえ、意外にそういうの興味あるんだ」
「何だか面白い展開ね~」
「私とて司令官を慕う艦娘の1人なんだから当然よ」
忘れもしない、初めて司令官の指揮で出撃したあの哨戒任務。もうダメだと思ったあの戦いに、司令官は空母まで出して私を助けてくれた。
本人はたまたま私が助かっただけだと言っていたが、それでもこの感謝と尊敬は日に日に大きくなる。
「司令官の信頼の証という例の指輪を得られるのならば、駆逐艦朝潮、この身を捧げる覚悟よ」
「朝潮ちゃん!?」
私の宣言に声を上げたのは由良さん。
「朝潮ちゃん落ち着いて、そういうのは良くないわ!そんなことをしても得られるのは信頼とはちょっと違う、こう、何というか…」
「?」
「とにかく、女の子としてその手段は使うべきじゃないからね!ね!?」
「ちょっと由良さんが何を言っているのかわからないのですが…」
女の子であることと信頼を得ることはどんな関係があるというのだろう。
私の疑問を完全に見て見ぬふりをする大潮達が、必死な様子の由良さんに声を掛けた。
「姉さんは由良さんが考えてるようなこと考えてないと思いますよ」
「朝潮姉さんはそっち方面の知識ないものね~」
「身を捧げるって普通に肉体労働のことでしょ」
「あ、そうなんだ。ちょっと安心…」
由良さんの心配事が解決したようでよかった。私を見る呆れたような視線が気になるが。
そんな中、霞が私に近付いてきた。
「朝潮姉さん、ありがとう。ちょっと勇気出たわ」
「いつも強気な貴女がらしくない。でも、元気が出たならよかったわ」
「うん」
霞はニヤリと笑った。
「あと、私は朝潮姉さんにも負けないから」
「ふふふ、望む所よ。お互い頑張りましょう」
指輪争奪戦はもう始まっている。
まずはこの作戦を成功される。私たちは前を見据え、気合いを入れ直した。