嫁艦だったらごめんなさい。
「発言いいかしら?」
私は司令官の許可を待たずに前に出た。司令官の冷たい目線が鳳翔さんから私に移る。
怖い。自分の肩が震えるのを感じる。
「お前は…霞か。発言を許可する。手短に話せ」
「単刀直入に言うわ。私たちは貴方を信用していない」
「で?」
予想外の短い返答だった。
どうせこの司令官も、私が生意気なことを言えば怒鳴り散らすと思っていた。むしろ、わざと怒らせようとしていた。
虚をつかれたが、私はこう続けた。
「こ、言葉でいくら取り繕っても何の意味もないわ」
「その通り。だからお前の今の発言も意味のない行為だったわけだ」
「…はぁ?」
私は思わずそう口走った。明らかに上官に対する態度ではない。
内心焦ったものの、司令官は、そんなことどうでもいい、と言わんばかりに続けた。
「俺が着任したのは今日だ。信用もクソもあるか。前任と違うと言ったのは鳳翔にそう聞かれたからというだけで、俺は今後の体制について語っただけだ」
「酷いことをしないって約束も何の意味もないって言うの!?」
「ああ、ない」
司令官の目がさらに冷たいものになる。
背中に悪寒が走り、私は思わず1歩足を引いた。背後からいくつか小さな悲鳴が聞こえる。
「さ、最低ね。この…クズ!」
言ってやった。ついに言ってやった。
殴られて、蹴られて、反抗する気力も奪われていた数日前とは違う。
「霞!なんてことを…!」
「あいつ何言ってやがるんだ!」
「あんなこと言ったら提督に…」
私の一言にみんながザワついた。
でも、これでいい。反抗できる所は見せた。ヘイトが私に向いて、今日のことで鳳翔さんや他の子たちが睨まれることもないはずだ。
そんなことを思っていたが、またしても私の予想は外れた。
「俺に前任者の影でも見たか、霞」
司令官は口の端をほんの少し上げてそう言った。
「…は?それ、どういう…」
「話は終わりだ。俺は執務室に戻る」
「ちょっと…」
「料理はお前たちで食べればいい。俺は要らん。食事係は誰だ?」
「わ、私たちです」
「間宮と伊良湖か。今後も俺の食事は作らなくていい。全て自分で…」
「無視しないで!」
私の叫び声に食堂は静まり返った。
「俺に強い態度を取ることで、反抗できなかった以前の自分を必死に否定しようとしている。哀れな奴だ」
「なっ…!」
「お前の気持ちの整理に付き合ってやるほど俺は暇じゃない」
司令官はそう言い残し、食堂から出ていった。
※
一時はどうなることかと思ったが、歓迎会(と呼んでいいのかわからない顔合わせ)は無事に終わった。
部屋に帰る子、料理を食べる子、提督についてコソコソと話す子。みんなが様々な反応を見せている中、私は霞さんの下へ駆けていた。
「霞さん!」
「神通さん…」
「どうしてあんなことをしたんですか!?下手をすれば解体されるか、また酷い罰を受ける所だったんですよ!?」
「あ…う…ご、ごめんなさい」
俯く霞さんを私は思わず抱き締めた。相当怖かったのだろう。まだ肩が震えていた。
そんな私たちに1人の艦娘が近付いてきた。
「司令官さんは罰なんか与えるつもりはないのです」
秘書艦で前の鎮守府から提督に付いてきた電さんだった。
「それは本当ですか?」
「なんでそんなことわかるのよ?」
「ずっと一緒にいましたから。司令官さんが新人の頃からの付き合いなのです」
電さんは困ったように笑う。しかし、その表情に提督への嫌悪は全く感じられない。やんちゃな兄を持つ妹のような顔だ。
「あの司令官は信用できないけど、あんたの言葉なら多少は信じるわ」
「ありがとうございます、霞さん」
「電さん、聞いてもいいですか?」
「どうかしたのです?」
結局、ほんの数分しか提督と会えず、彼がどんな人間なのかがわからなかった。だから、思い切って電さんに聞くことにした。
「黒田提督はどのような人なんですか?」
電さんの表情が曇った。聞かない方がいい質問だったのかもしれない。
「お人好しで正義感の強い人なのです。以前は私たち艦娘のことを1番に考えてくれる素晴らしい司令官でした」
「信じられませんね」
私の言葉に霞さんもコクリと頷く。
「その気持ちはすごくわかるのです。今の司令官さんは、効率を重視し、海域を奪還するという使命感だけで艦隊指揮をしているのです」
「効率重視、ですか」
「はい。待遇が改善されるかは私たち次第だと言ったのも、みんなのモチベーションを上げて戦果に繋げるつもりだと思うのです」
「私たちが勝ち、安全な海域が増えれば増えるほど、この離島での暮らしも良くなっていくと」
「はい」
電さんは首を縦に振り、肯定した。
それを見た私はある決心をした。
必ず戦果を上げる。誰にも文句を言わせない程の戦果を。
そして、提督に暴力を受けそうになったり夜の相手をさせられそうになっても、「出撃をしない」ということを盾に使えるくらいの戦力になる。
「なるほど。それは…訓練に身が入りそうです」
幸い、戦うことは私の唯一と言っていい得意分野だ。
※
歓迎会から数時間後。外はすっかり暗くなっている。
私は執務室に籠っているであろう提督に会いに行く心の準備をしていた。
「よし…行きますか」
「何処へ行くつもりですの?」
ドアノブに手をかけた私の背中に声がかけられる。声の主はルームメイトの熊野だ。
さっきからピクリとも動かなかったから、もう寝たものだと思っていた。
私は振り返らずに熊野に答えた。
「提督のとこだよ」
「何のために?」
「…熊野には関係ないじゃん」
体を起こしたのか、布の擦れる音が聞こえた。
「鈴谷、行かないでください」
「なんで?」
「貴方がしようとしている事を
「本当にわかってるなら止めたりしないはずだよ」
着任したときから、いや、艦娘として建造された時から私たちは一緒だった。そのおかげか、お互いが何を考えているのかは大体想像できる。
それ故に、私は振り返って熊野の顔を見れなかった。
私は熊野の次の言葉を待たず、部屋から出ていった。
「ごめんね、熊野。鈴谷にはこれしかできないから」
そう呟くと、私は提督の部屋へ向かった。
当然ではあるが、道中では誰にも会わなかった。
私の目的は、提督が他の艦娘に暴力を振るったり、夜の相手をさせないように仕向けること。代償は私の体だ。
私の見た目は男の人にはとても魅力的に見えるらしい。それを利用し、提督を私に夢中にさせて、他の子の被害を少しでも減らすのだ。
きっと熊野はそれに気付いて止めようとしてくれていたのだろう。でも、抱かれるだけでみんなを守れるなら、私はそれで構わない。
そう考えながら歩いている内に、執務室の前まで来た。照明が点いているのを見るに、予想通りまだ提督はいるのだろう。
ふう、と一息ついてからドアをノックした。
「鈴谷だよ。提督、いる?」
中からの返事はない。
もう1度ノックしようとした時、ドアがゆっくりと開いた。
「鈴谷さん、どうかしたのですか?」
「電か、びっくりした。ちょっと提督とお話したくてね。できれば二人きりで」
「…ちょっと待っててください。司令官さんに聞いてみるのです」
電は執務室へ入っていき、数秒後にまた出てきた。
「二人きりはダメですが、それでもよければ大丈夫なのです」
「そっかー…ま、いいや」
執務室には嫌な思い出しかないが、それを顔に出さないようにして提督の前に立った。
「話とはなんだ?」
「提督さ、鈴谷のこと抱いてみない?」
全く想定外だったのだろう。提督は怪訝な表情を浮かべ、電は目を丸くしている。
「なんだと?」
「だから、鈴谷を抱いてって。別に今夜じゃなくてもいいから。鈴谷、色々仕込まれてるからきっと満足できるよ」
「何が狙いだ?」
「別に何も。提督って結構かっこいいしタイプなんだよねー」
自分でも呆れるような嘘だ。
しかし、その甲斐あってか、提督は椅子から立ち上がり、私の下へと歩み寄ってくる。そして、その手が私の胸の方に伸びていき…
胸ぐらを掴まれた。
「きゃっ」
私の短い悲鳴も気にせず、提督は私を睨んでいた。
こめかみはピクピクしていて、眉間に皺がより、眉を吊り上げ、歯を食いしばっている。大激怒だ。
男の人がこんなにも怒っている姿を見たことがなかった。
私はすっかり怯んでしまい、謝罪の言葉も拒絶の言葉も出せなかった。
「司令官さん!」
「…っ!」
電の言葉で提督は私を突き飛ばすように解放した。
椅子に座り直した提督は、立ち上がる前と同じ声色で言った。
「済まなかった、鈴谷。こういうことはもうするな。次は罰を受けてもらう」
「は、はい。すいませんでした。失礼します」
一刻も早く執務室から逃げたかった私は、慣れない敬語を使い、そそくさと部屋から出ていった。
私の頭の中は恐怖でいっぱいだった。
今のやりとりもそうだが、今夜のことがきっかけで熊野に、他の艦娘に被害が及ぶことが何より怖かった。
作戦は失敗だったどころか、逆に現状を悪化させてしまったかもしれない。
私は足早に自分の部屋へと戻るのであった。
嫁艦ロシアンルーレット(ただし扶桑姉様は作者の嫁のため除外)