発見した敵は私たちだけでも簡単に撃沈することができた。
「他に敵は…いないっぽい」
「霞、鎮守府への連絡はしましたか?」
「夕立がしてくれたわ」
夕立は鎮守府との通信内容を私たちに話した。
索敵を厳としながら、ゆっくりと撤退すること。敵を見つけたら撃破、もしくは足止めをすること。
「足止めですか…増援の見込みはあるんですか?」
「知らないわよ」
「僕たちがピンチになってからだったりしてね」
「それじゃ間に合わないっぽい」
「…とにかく、命令が下った以上は従うしかないですね」
朝潮姉さんが私を見つめる。やることが決まっていても、指示を出すのは旗艦の私だ。
「じゃ鎮守府に戻りましょ。敵艦隊と言っても、どうせさっきみたいな弱い水雷戦隊しかいないわよ」
「霞、油断は禁物だっていつも言って…」
「電探に反応!」
朝潮姉さんの小言が始まりそうなその時、時雨の声が無線機から私の耳へ届いた。
敵の反応があったという方向を自分の電探で探る。
「ちょっと、何よこれ…」
敵艦隊の編成は戦艦ル級、空母ヲ級、重巡リ級が2体、駆逐ロ級が2体。ル級とヲ級は青いオーラを、他の4体は黄色いオーラを纏っていた。
逆立ちしても勝てない相手だった。
「冗談じゃないわ!逃げるわよ!」
「霞、待ちなさい!司令官の命令を忘れたんですか!?」
ハッとした。このまま逃げ帰ることができても、命令違反の罰則が待っている。きっと厳しい罰だ。
私たちが選ぶ道は、戦って死ぬか死ぬより辛い目に遭うかのどちらかだ。
「…鎮守府からの通信は?」
「こっちからは今したばっかり。鎮守府からはホ級たちを見つけた時の通信が最後っぽい」
「今から援軍艦隊が出撃しても、僕たちがやられる前に来るとは思えないね」
夕立も時雨も顔を青くしている。この絶望的な状況では仕方ないだろう。
ふと、私の頭に司令官の顔が浮かんだ。その顔は、俺にクズと言った報いだ、と言わんばかりににやけている。
「…霞、行きなさい」
「え?」
「私が残ります」
朝潮姉さんが私たちに背を向けて主砲の様子を確認している。
頭が真っ白になった。
あの司令官は知っていのだ。私を1番苦しませる方法を。
だから私を旗艦にした。そして、責任感の強い朝潮姉さんを一緒に編成し、戦艦や空母がいるとわかっていながら駆逐艦4人で出撃させた。
「嫌よ!私も残るわ!」
「ダメです。駆逐艦が囮や盾になることは今までもやってきたでしょう?」
「だからって、なんで姉さんが…」
「私の番が来た。それだけのことです」
朝潮姉さんは寂しそうに微笑んだ。
「霞は生きて。死ぬほど辛いことがあっても、きっといいことはあります」
「そんなこと…」
「時雨さん、夕立さん、お願いします」
朝潮姉さんの言葉で、時雨と夕立は私の両脇を抱えて海の上を走り出した。
遠ざかっていく姉さんを見ながら、時雨たちを説得しようとした。だけど、できなかった。
時雨と夕立の頬は、海水以外のもので、私と同じくらいに濡れていた。
※
「…これでよかったんです」
離れていく仲間を眺めながら、自分に言い聞かせるように呟いた。
死にたかったわけではない。だから、こうして口に出さないと、何もかもを恨んでしまいそうだと思ったのだ。
もうすぐル級の射程圏内に入る。私は主砲を構えた。
燃料が尽きるまで敵の弾を避け、弾薬が尽きるまで砲撃と雷撃を続ける。それが、今の私の役目だ。敵が私の方を向かないと、1人で残った意味がなくなってしまう。
「さあ、来なさい深海棲艦!朝潮型1番艦、この朝潮が相手をしてあげます!」
届かないとわかっているが、私は叫んだ。そして、敵へと向かって突撃を開始する。
ル級は不意を突かれたのか、最初の砲撃を大きく外した。ヲ級も慌てて攻撃機を発艦させている。
どうやら私が逃げ出すと思っていたようだ。
「なめられたものですね」
対空射撃でヲ級の攻撃機を撃ち落としていく。ル級の次弾も回避する。
リ級やロ級の砲撃で海面は大きく揺れているが、激戦を生き残った私にとってはできないことではなかった。
しばらくすると、突然敵の砲撃が止んだ。
不審に思い、敵の動きを確認する。ヲ級とリ級2体、そして片方のロ級が攻撃を止めて移動していた。
方向は霞たちが撤退した方向だった。
「まずい…!」
回避に意識を割きすぎた。敵は私の攻撃を脅威ではないと判断したのだろう。
私はヲ級に向かって主砲を向ける。青いオーラのヲ級を倒すことは私にはできない。だが、直撃させれば侵攻は止められるかもしれない。
ほんの一瞬、攻撃に意識を向けた。その隙を突かれたのか、偶然だったのかはわからない。
私はロ級が放った魚雷に気付かなかった。
「きゃあ!?魚雷!?」
運良く直撃は免れたが、足の艤装を損傷してしまった。目に見えて機動力が低下している。
「まだ…まだ沈むものか…!」
主砲をこちらに向けているル級に私も主砲と魚雷発射管を向ける。
足のダメージを考えれば、敵の砲撃は避けられそうもない。それなら、全てを撃ち尽くして少しでも戦艦にダメージを与えてやる。
そして、いくつもの砲撃音が響いた。
「ここまでですね…」
私はそう呟き、目を瞑ってル級の放った砲弾が降るのを待った。
しかし、
目を開けた。そこに広がる光景に、私は何が起こったのかわからなかった。
明後日の方向を睨むル級。炎上し、沈んでいくロ級。艦載機を次々と繰り出すヲ級。
「姉さん!」
「朝潮!」
「大丈夫っぽい!?」
私を呼ぶ声で、やっと何が起こったのかが把握できた。
※
「ここからは私たちの出番ですね」
「ええ。那智さんは霞さんたちとル級の足止めを。足柄さんは暁さんたちとリ級への攻撃を行ってください」
赤城さんがみんなに指示を出す。
「私たちでヲ級を仕留めるということですね」
「そういうことです。さあ、一航戦の誇りを見せましょう…全機発艦!」
私と赤城さんの放った艦戦がヲ級の艦載機を次々と撃ち落としていく。青いオーラを纏っているとはいえ、激戦を生き残ってきた私たち2人を相手取るのは厳しいようだ。
偵察機から得た情報をチラリと確認した。
中破した朝潮さんの確保は成功している。霞さんが彼女を守り、那智さん、夕立さん、時雨さんでル級の相手をしていた。
足柄さん、暁さん、ヴェールヌイさんも問題なくリ級と砲撃戦を繰り広げている。
「制空権確保!このまま敵攻撃機を撃墜しつつ、ヲ級への爆撃を行います!」
赤城さんの声と同時に、私もヲ級への攻撃をさらに強める。
リ級やロ級が対空射撃をしているが、足柄さんたちを相手にしながらでは、まともにこちらの艦載機を墜とすことはできない。
しばらくすると、ヲ級が逃げるような素振りを見せた。艦載機も尽き、自身も中破していて何もできないからだろう。
その姿には誇りも何もなかった。
「逃がしません…!」
「加賀さんはそのままヲ級への攻撃を続けてください。私はル級への攻撃を開始します」
「了解です」
赤城さんはル級へ攻撃し始めた。
戦況は圧倒的にこちらの優勢だ。 ヲ級を護衛していたリ級は両方とも中破に追い込まれ、ロ級は既に撃沈している。
こちらの被害は、朝潮さんが中破しているが、他は軽微な損傷で済んでいる。
「不意を突いたいい作戦でしたが、運が悪かったですね。今度からは私たち一航戦を倒せる戦力を用意してきなさい」
私はヲ級に向けてそう呟き、爆撃機から爆弾を投下させた。
青いオーラのヲ級は炎上しながら海の底へと消えていった。
ヲ級を倒したことで、優勢だった戦況がさらにこちらに傾く。足柄さんの砲撃でリ級が沈み、もう片方も暁さんとヴェールヌイさんの魚雷で轟沈した。
残るは戦艦ル級のみ。
「赤城さん、加賀さん、助太刀感謝します」
中破した朝潮さんが、霞さんと一緒に私たちの所へ来た。
「無事で何よりです」
「間に合ってよかったわ」
「はい。ですが、どうしてこのタイミングで?私は絶対に間に合わないと思っていました」
「提督の指示です」
赤城さんが朝潮さんにそう伝えると、彼女は目を丸くした。
強力な敵艦隊の侵攻を予測したことに対してだろうか。それとも、駆逐艦を助けるために空母まで駆り出したことだろうか。
何れにせよ、今までの提督たちとは違うのかもしれない、と感じているようだ。私たちと同じように。
「ル級撃破確認。損傷被害を確認してから鎮守府に帰投します」
赤城さんの声で我に返る。
朝潮さんたちの表情から恐怖と不安が抜けていく。
それを見た私は、それなりに期待しているわ、と提督に向かって心の中で呟くのだった。
だんだん明るくなってきたかな?
まああと2、3回暗い方に落とすけど♥️