「艦隊帰投。戦果のご報告に参りました」
俺の目の前には、総勢10名の艦娘が敬礼をして並んでいた。
赤城が1歩前に出て、頼んでもいない報告をする。
「西方海域にて、ル級1体、ヲ級1体、リ級2体、ホ級1体、ロ級4体、イ級1体を戦闘にて撃沈」
「待て。誰が任務の結果を報告をしろと言った?」
赤城の表情と体が一瞬硬直した。
「…任務から帰投した後は戦果報告せよと」
「それは前任の指示か?」
「はい」
「こうやって出撃した艦娘全員を揃えることもか?」
「はい」
開いた口が塞がらない。前任者がアホしかいないことはわかっていたが、よもやここまで無能だったとは。少しは効率を考えてほしい。
俺は思わずため息をついた。
「…どうかなさいましたか?」
俺が怒っていると思ったのか、赤城が恐る恐る質問してきた。
「前任のアホさに呆れていた。お前たちがどうこうというわけではない」
「どういうことですか?」
「今回のような緊急性のない報告は口頭でする意味がない。後から文書で提出させるから二度手間になる。そんなことをしている暇があるなら机に向かえ。俺ならそう言うだろうな」
怯えていた赤城の表情が次第に驚愕の色に変わっていく。後ろの艦娘たちもポカンとしていた。
「その上に全員揃って報告?今回は朝潮だけだったが、損傷した艦娘が多かったらどうするつもりだったんだ?順番にさっさと入渠して次の任務に備えるべきだろう」
「…確かにそうですね」
艦娘の制服は艤装と同じだ。損傷すれば穴が空いたり、破れたりする。
艦娘を性欲処理に使っていたようなクズ共だ。肌が露出した姿を眺めようと補給や修理をせずに出撃していた艦隊を呼びつけてもおかしくはない。
「お前たちは疑問に思わなかったのか?」
「そこまで考えが及びませんでした」
「なら考える癖を身に付けろ。お前だけではなく、所属艦娘全員だ」
「了解しました。全体に周知致します」
「戦果報告のことについても、全艦娘に必ず伝達しろ。今後は口頭での報告を早急に対処が必要な事に限定し、文書での報告を原則とする」
赤城たちは敬礼で応えた。
いずれは電子メールで全て済むように設備を整えよう。
「では解散。各自補給を済ませ、朝潮はすぐに入渠をしろ。それ以外は自由だ。ただし、いつでも出撃できるようにしておけ」
「ちょっと待って」
そう言って前に出てきたのは霞だった。
※
司令官の目の前まで歩み出た。緊張で頭と心臓がおかしくなりそうだ。
「なんだ?」
「…どうして私たちを助けたの?」
「…どういう意味なのかわからないな」
司令官が僅かに目を細めた。
「そのままの意味よ。赤城さんたちが到着した時間を考えたら、まだ戦艦を見つけていない時に出撃したはず。資源が無駄になるかもしれないのに、なんでそんな命令をしたの?」
「まず赤城たちを出撃させたのは敵を倒すためで、お前らを助けるためではない」
お前らが勝手に助かっただけだ、と司令官は私の目を見つめた。
「資源に関しても問題ないと判断した。敵艦隊に侵攻されるより、杞憂で資源を無駄にする方がマシだからな」
司令官は無表情でそう言った。
出撃前はこの顔がとても怖かった。でも、今はそれほど怖くはない。少なくとも足がすくむほどではなかった。
「ふーん、そういうこと」
「気が済んだか?」
「いいえ、まだよ。謝ることが2つある」
緊張が最高潮になる。息が詰まりそうだ。
「まずは昨日の歓迎会で司令官のことをクズと言って悪かったわ。ごめんなさい」
「そんなことか」
「そんなこと、で済まされることじゃないわ。司令官はちゃんと考えて最善の手を打とうとしてくれていた。それなのに、私は司令官をクズと決めつけて罵倒したの。最低よ」
恥ずかしい。穴があったら入りたい。
司令官は司令官としての仕事をしっかりとこなしていた。そんな彼を前任の司令官と同じだと決めつけ、あろうことかクズと罵った。
羞恥と情けなさで私の顔は熱を帯びていった。
「で、2つ目は?」
「…今回の任務のことよ。今回、朝潮姉さんが中破したのは私の判断ミスと実力不足。ごめんなさい。できれば、罰則は私だけにしてほしい」
「霞…!」
小さな悲鳴が背後から聞こえた。朝潮姉さんの声だ。
自分が中破したせいで私が罰せられるのは、姉さんにとっても辛いことだろう。でも、どうしても庇わずにはいられなかった。そもそも中破したのは私のせいなんだから。
一方、司令官は不愉快そうに私を睨んだ。
「お前はこの任務、失敗したと思っているのか?」
「朝潮姉さんの損傷は防げたことよ。夕立や時雨と一緒に敵の狙いを分散させるなりできたはずだから」
「そうか」
その短い言葉と共に司令官の顔からは負の感情が一切読み取れなくなった。私が自分の判断ミスを認めたというのに。
「お前がそれを失態だと考えるなら勝手にすればいい。だが、俺はそれが失態だとは思わない。よって、罰則はない」
「…え?」
司令官の言葉を理解するのに数秒を要した。
そして、理解した途端、体の力が抜けていくように感じた。
「…殴られなくてもいいの?」
「殴られたかったのか?」
眉を歪ませてバカにしたように笑う司令官の言葉を、私は首を横に振って必死に否定した。
※
今までの提督とは何かが違うという僕の直感は間違いではなかった。
朝潮が損傷したことに罰則がないどころか、咎める言葉がたったの一言もなかった。
そして、僕たちが退室する直前に提督が霞に言った言葉。
『失敗をしたと思うなら、それを次に活かせ。罰を受けて楽になろうなどと考えるな』
建造されてから1度たりとも言われたことのない言葉だった。
「時雨、ホッとしてる?」
「何が?」
「そんな顔してるっぽい」
夕立にそう指摘されると少し恥ずかしい気分になった。
「夕立は違うの?」
「…まだわからないっぽい」
でも、と夕立は続ける。
「任務はちゃんとやってくれそうだとは思った」
「そうだね。それだけでもこの鎮守府はいい方向に向かってると思うよ」
「ぬか喜びにならないといいっぽい」
「よお、時雨。夕立」
夕立と話していると、天龍さんが話し掛けてきた。彼女は駆逐艦みんなのことを気に掛けてくれているお姉さんのような艦娘だ。
「朝潮が中破したって聞いたけど、提督からは何もされなかったか?」
「大丈夫だよ」
「ならよかった。まあ、さっき暁たちにも聞いたんだけどな」
天龍さんがニヒヒと笑った。
「天龍さんはどう思う?提督はいい人だと思う?」
「まだわかんねえな。直接しっかり話したわけじゃねえし。お前らはどうなんだ?」
「前よりは良くなると思ってるよ」
「夕立はまだそんなに…」
そこまで言うと、夕立は黙ってしまった。
そんな夕立を天龍さんはガシガシと撫でる。
「まあまだあいつが着任して2日目なんだ。そんなもんだろ」
「もー、痛いっぽい!」
「悪い悪い、あははは」
よかった。少し雰囲気が暗かった夕立も、いつも通りの表情になった。天龍さんは流石だ。
ただ、今度は僕の心に影が差した。
出会って2日目の提督に希望を持つことは浅はかな考えで、本当はもっと警戒しなきゃいけないのだろうか。今の夕立のように。
そんなことを考えていると、天龍さんと目が合った。
「時雨、そんなに気にすることないと思うぜ?」
「え?何を?」
「夕立の様子を見て、自分が提督に気を許しすぎてるとか思ってるだろ?」
「…どうしてわかったの?」
「顔に書いてあるぜ」
夕立もコクコクと頷いている。
僕の表情はそんなにわかりやすいのだろうか。自覚はないのだけれど。
「朝潮の件で提督への警戒心をある程度解いてる奴は結構いる。時雨だけじゃねえよ」
そう言いながら、天龍さんは今度は僕の頭を撫でてくれた。
「提督との距離が縮めば、新しくわかることもあるだろうしな。お前はお前の距離感で接すればいいんだよ」
何かあれば俺が守ってやるよ、と天龍さんは笑った。僕と夕立を安心させるには十分すぎる笑顔だ。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。