俺が着任して1ヶ月が過ぎた。
「司令官さん、本部からの指令が届いたのです」
電が1枚の書類を机の上に置いた。すぐにそれを手に取る。
「演習任務?この鎮守府にそんな余裕があると思っているのか」
「報告書は本部にも送っているのですが…」
毎日どれだけの深海棲艦を相手にしているのか、こちらからの報告を聞いていればわかるはずだ。
想像力が無いのか、報告を見ていないのか。
「はたまた、うちに対する嫌がらせか」
「い、嫌がらせですか?」
「本当に嫌がらせが目的なら俺も相当嫌われたものだ。海域の奪還と防衛より優先していることになるからな」
ハワイへの航路の確保を目的とした作戦の前準備という体ではあるが、この任務を指示した奴の思惑は想像できない。
霞たちが出撃した日以来、西方から深海棲艦が侵攻してきた様子はない。
また油断させる作戦かもしれない。だが、短い期間では攻めてこないだろうから、しばらくは安全なはずだ。任務実施が不可能というわけではない。
「まあいい。上からの指令だ。無視するわけにもいかない」
「司令官さんがそう仰るなら」
まだ時間があるとはいえ、今のうちに演習中の哨戒のローテーションを調整しておかなければならない。こんな余計とも言える仕事、資材や資源といった特別報酬がなければやっていられない。
それに、ここの艦娘たちは毎日激戦を潜り抜けてきている猛者ばかりだ。演習をしたところで得るものは少ないだろう。
俺の表情を見て察したのか、電が話し掛けてきた。
「司令官さん、電に何かできることはないですか?」
「お前はいつも通りの仕事をしろ」
「…了解なのです」
哨戒や護衛任務のローテーションは俺が管理している。手伝ってもらいたい気持ちは少しあるが、これの調整となれば俺がやるしかない。
電は恐らく俺を労ってくれたのだろう。気持ちはありがたいが、彼女にできることはない。
そんなことを思っていると、執務室のドアがノックされた。
「失礼致します」
神通だった。東方海域への哨戒任務の報告書を提出しに来たのだろう。
俺が着任してから度々東方海域への出撃をさせているが、毎回しっかりと活躍してくれる艦娘だ。最も信頼できる戦力の1人である。
「報告書を提出致します」
「ご苦労」
「はい。それでは失礼致します」
ふと神通が駆逐艦の訓練に携わっていることを思い出す。
そして、ある考えに至った。
得るもののない演習なら、いっそのこと全て駆逐艦だけで行えばよいのではないだろうか。備蓄資材や資源が大きくプラスになるのなら悪いことではない。
「神通、聞きたいことがある」
※
この1ヶ月、誰よりも果敢に戦い、誰よりも多くの敵を倒したつもりだ。東方海域の敵は強かったが、それでも私は勝ち続けた。
全ては艦隊の仲間を守るためだ。
今までの頑張りが功を奏したのか否か、報告書を提出しに執務室へ行ったときに呼び止められた。
「聞きたいこと、ですか?」
「ああ」
艦娘と関わろうとしなかった提督だ。何かを聞かれるというのは不思議な感じがする。
「お前の目から見て、東方海域での戦闘で活躍できている駆逐艦を教えてくれ」
「あの激戦海域ですか…」
出撃するだけならば何とかなるとしても、戦闘でまともな戦果をあげられる駆逐艦は数えるほどしかいないだろう。
「暁さん、ヴェールヌイさん、時雨さん、夕立さん、霞さん、浜風さん、磯風さん、あとは八駆の4人でしょうか」
「そうか」
「何故そのようなことをお聞きになられたのですか?」
以前は恐る恐るだったが、提督に質問することにも慣れてきた。鎮守府全体で叱責や暴力がないことが普通になりつつある。
「演習任務の指令が本部から届いた。それを駆逐艦たちだけでこなそうと考えている。今挙げてもらった駆逐艦の中からその演習に出てもらうつもりだ」
「なるほど。相手には戦艦や空母はいるのですか?」
「恐らくいるだろう。この演習は、新たに海域を奪還する作戦の前準備のようなものだからな」
ということは、他鎮守府の主戦力が相手ということだろうか。それを駆逐艦だけで戦うつもりなのだとしたら、余りにも無謀だ。
せめて私だけでも演習に参加させてほしい。
「戦艦や空母が相手ですか。駆逐艦の子たちだけで演習になるでしょうか?」
「むしろ駆逐艦だけじゃないと相手にならない」
「…え?」
「…お前は他の鎮守府の艦娘を見たことがあるか?」
提督の言葉にハッとする。
建造された当初はまだどこの鎮守府に配属になるか決まっていなかったから、他の艦娘とどこに行くんだろうと話した記憶はある。ただ、ここに来てからは1度もない。
「いえ、ここに配属になってからは1度もありません」
「だろうな、その様子じゃ」
提督がある資料を手に取り、私に表紙を見せた。
「俺はお前たちの実力をこの資料の数字でしか把握していないが、それだけでもここの艦娘が異常なことはわかる」
「私たちってそんなに強いんですか?」
「参考までに言っておくが、そこにいる電は俺が前にいた鎮守府では駆逐艦のエースだった艦娘だ」
電さんと目が合うと、彼女は恥ずかしそうに俯いた。それは照れからくるものではない。
「お前の目から見て、電の実力はどうだ?」
「…電さんには悪いのですが、性能の低い睦月型の子たちよりも劣っているように見えます」
「うぐ…」
「ご、ごめんなさい…」
電さんは、気にしないでください、と困ったように笑っているが、エースとして活躍していたはずなのに、実力が劣っていると言われるのは辛いことだろう。私なら悔しくて泣いてしまうかもしれない。
「ともかく、次の演習は駆逐艦隊で実施する。明日にでも編成を発表するから、駆逐艦全員にこのことを伝達しろ」
「了解しました」
私は敬礼で応え、執務室をあとにした。
※
神通さんから演習のことを聞いた翌日、食堂の前の掲示板に編成の書いた紙が貼ってあった。
「直接じゃなく掲示物で知らせるって…どうなってるのよ」
「あらあら、結局私たちは出番なしなのね~」
「他の鎮守府の艦娘に会えるかもと、気分アゲアゲで期待してたんですけどね」
「確かに残念ですが、司令官にも何か考えがあるのでしょう」
姉たちが掲示を眺めながらそう話しているのを横目に、私は自分の名前があるかを確認する。
そして、見つけた。1番上に書かれている。即ち、旗艦は私だということだ。
「霞」
朝潮姉さんが私を呼んだ。
「何?」
「今度の演習任務、霞が旗艦ですね」
「そうみたいね」
「霞、頑張ってください」
4人とも私を見つめて微笑んでいる。
「あんたがどれだけ成長できてるか、試すにはいい機会ね」
「うふふふふ、しっかり見守っててあげるわ~」
「アゲアゲで参りましょう!」
「みんな…ありがとう」
姉さんたちは私に期待してくれている。そう考えると、不思議とモチベーションが上がってきた。
あの日、司令官から言われたことは尤もだと思った。彼を信用しているわけではないが、あの時の言葉だけは何故か信じられたのだ。
「必ずいい結果を残すわ」
同じミスを繰り返さないように頑張ってきた。きっと大丈夫だ。
これから哨戒任務だという姉4人を見送り、私自身も訓練の準備に行こうとしていた時、演習任務の僚艦となる駆逐艦にばったりと会った。
「浜風、磯風、ちょうどよかった。演習のことはもう知ってるわよね?」
「ええ、知っているわ」
「霞が旗艦だったな。よろしく頼む」
2人は前の司令官から特に酷い扱いを受けていた駆逐艦だった。今は司令官との関わりもほとんどなく、徐々に本来の雰囲気に戻りつつある。
「ところで、霞は演習相手について何か知っていますか?」
「演習相手?他の鎮守府の艦娘じゃないの?」
「それはそうなんだが、掲示には編成しか書かれていないからな。霞なら何か知っているのではないかと思ったんだが」
言われてみればそうだ。編成しか知らされていない。
あの司令官がそんなミスをするとは思えない。何か思惑があるのだろうか。
そんな考えが顔に出ていたのか、2人の表情に怯えの色が見えた。
「なあ、霞。大丈夫なのか?」
「大丈夫って、何が?」
「司令のことだ。私たちは遠くから見たことがあるだけだが、霞は話したこともあるんだろう?」
「ええ、そうね」
「マトモなのか?」
磯風はさらに心配そうな顔をしており、浜風に至っては顔を青くしてしまっている。
とは言っても、ここで嘘をついてしまうと、もしもの時のショックがさらに大きくなるだろう。私は今の司令官の印象を正直に話すことにした。
「性格とか性癖とか、そういうことはよくわからないわ。司令官は艦娘を自分の周りに近付けさせないから」
「隠れて誰かに暴力を振るっていることは?」
「ないと思うわ。それだったら私が真っ先にやられてるだろうし」
2人の表情がいくらか柔らかくなった。
「とりあえず、演習でいい成績を残しましょ。優秀な所を見せれば、司令官も私たちを無下には扱えないはずよ」
「それ、神通さんの理論ですよね」
「霞も脳筋になったものだ」
「…アンタには言われたくないわね」
ストーリーは何となくでしか思い描いてないので、希望する展開や場面があれば、是非お聞かせください
お話やおまけ話で入れられるかもしれません