異世界キャメロット【現代編】    作:粗茶Returnees

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聖杯戦争

 

 伸ばされた手に剣を振り下ろす。

 地面に縫い付け、一切の動きを封じた。

 その足は少女の背を押さえ込んでおり、足掻きを止めさせるために加えられた力が、少女の骨を軋ませる。

 

「かっ、は……! ……ノ、ぁっ……」

 

 肺に十分な酸素が届いていないのか、その声は掠れ、絞り出すように発せられていた。

 剣に穿かれた手の痛みさえ、骨を軋ませる自身の身体のことさえ一切見向きもせず、少女の視線はただ前を向いていた。彼女が守ると誓った相手。助けると誓い、一緒にいようと約束した大切な人。

 

 その彼に向けられている剣を止めたい。収束されていく魔力を阻害したい。

 その一心がこれでもかと如実に現れている。

 組んでいた魔術の行使はたった今阻害された。物理的にも騎士によって身体を抑え込まれている。

 それでもなお少女は諦められない。彼に迫る脅威を取り払わんと、その細い身体に力を加えていく。

 

『私はただ、彼と共に在りたいだけなのです』

 

 果たしてその願いは虚しく。

 その騎士は充填された魔力を放つべく、彼という存在を魂ごと消滅させるために、その聖剣を振り下ろした。

 

 

 

□□□□

 

──8月X日

 

 夜景を見ながらのディナータイムというのは、年頃を迎えれば誰もがときめくものだろう。落ち着いた年齢層であれど、それは「大人の嗜み」と言い方が変わるだけ。人間誰しも夜景を好むのだ。

 全能少女も例外ではない。今はまさしく恋する少女でもあり、この瞬間も愛しき人と共に食事をしている。それだけでも少女の胸は張り裂けそうなほどに、彼という存在に恋い焦がれている。

 騎士であり、紳士である彼の面持ちも仕草も声色も。何もかもに少女は惹かれていた。

 

「お味はどうかしら? 張り切って良いお店を選んだのだけど、お口に合うかしら?」

「うん。どれも美味しいよ愛歌」

「よかった。本当なら私が手料理を振る舞いたいのだけど、イギリスに家があるわけでも別荘があるわけでもないからそれができなくて……」

「愛歌の手料理か。どれも美味しいのだろうね」

「ふふっ。ええ、きっとそうよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……それは楽しみだ」

 

 少し意地悪だったわね。そう言って反省する少女に、気にしないでいいと彼は返した。

 そう、アーサー・ペンドラゴンは沙条愛歌を知っている。しかしそれは、今目の前にいる沙条愛歌ではない。少女の実像が、彼の中にある記憶と少しだけズレを見せるのだ。

 具体的には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()愛歌から感じ取れたものを、目の前の少女からは一切感じられないという点だ。

 恋する少女の姿は相違ない。けれど、あどけなさが残る故の危うさがないのだ。盲目的な恋でもない。どこか落ち着きを感じている。

 

「愛歌。先日言っていたことは本当なんだね? 君はビーストの降臨を企てないというのは」

「誓って本当よセイバー。あなたに乙女としての秘密は作っても、嘘はつかないわ。それに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「君は……」

 

 アーサーの知る沙条愛歌はビーストを降臨させようとした。それはただ、彼の願いを叶えるために必要な手段だったから。全能なれど、魔術回路は多くない。出力が足りないから、他で補おうとした。それだけのこと。

 この世界では聖杯とビーストに繋がりがない。なら、わざわざビーストを使う理由がない。

 沙条愛歌の本質は変わらない。アーサーの中で記憶とのズレが生じるのは、同じ人物であっても世界が違うからだ。この世界の聖杯戦争に無関係で、時の過ごし方も少し違う。ただそれだけだ。

 

「……ビーストが関わらないのならそこは安心だ」

「そう。それじゃあ、今回の聖杯戦争……円卓決戦と呼んでもいいわね。それの話の続きをしましょうか」

「君の話では、2つの陣営があり、片側はモルガンが、もう片側が一般人の少年が率いていると」

「モルガン側はその言い方でもいいわね。けれど、お兄さん側は大将首がお兄さんというだけよ。率いてはいないわね」

「その人物は魔術も使えないのだったね。それにモルガンの呪いもかけられていると。僕としては見殺しにしたくない」

「まだ駄目よ」

 

 ただの一般人で現代社会を生きる彼は、守らねばならぬ民だ。民のために戦ったアーサーにとって、見殺しにする道理がない。

 それを呑み込んだ上で、マスターである愛歌はそれを止める。ノアの陣営に行くなと。しかしモルガンの方に味方しろという話でもない。まだ静観する時だというのだ。

 

「あなたは()()()()()()()を知らない。無知で動くのは得策ではないでしょう?」

「……君が少しずつしか話してくれないのも、理由があるのだろうね」

「ええ。大事な大事な理由があるの。私、あなたを困らせたいわけじゃないもの」

 

 単に少しでも多くの時間をアーサーと過ごしたいだけである。

 しかしこれは恋する乙女にとって最優先事項。古今東西の乙女たちの不変の願い。誰に諌められる理由もなし。正義は乙女(愛歌)にあり。

 そして嘘もついてない。大事な理由であり、困らせたくないから少しずつでも話すのだ。知識を与えるのだ。彼が判断を誤らないように。

 

「今回の聖杯戦争の簡単な構造は話したわね? 2つの陣営があり、私たちはまだどちらにもついていない」

 

 円卓の席は13席である。アーサーを抜けば12席。半分に分ければ6対6。頭数では拮抗する。

 つまり、この2人がどちらかにつくことで、そのバランスが容易く崩れるというわけだ。尤も、今回の戦いで13体の英霊が呼ばれるかは不明だが。

 

「次は、()()()()()()話しましょうか」

「世界?」

「そうよ。疑問に思っていたでしょ? 今回の聖杯戦争。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だってことを」

「……君に見させてもらって確認できた中では、そうだね」

「安心して。あなたの騎士たちが狂ったのではないの。()()()()()()()()()()()()()()

「違う……世界……」

 

 衝撃はあった。けれどそれはすんなりと受け入れられた。自分の知らない顔の騎士たちが、円卓の騎士であるというのだから。そうなのかもしれないと、心のどこかで予見もしていた。  

 ならばなぜ自分はこの世界に来たのか。直接の原因はどう考えたって目の前にいる沙条愛歌だ。呼んだのは彼女なのだから。  

 だが、それだけで済む話ではないらしい。

 

「平行世界があるでしょ?」

「もしもの世界だね。ここもその1つと?」

()()()()()()。平行世界ではない。文字通りの異世界よ」

「それはどういう意味だい?」

「そうね。丁度いいから、このティーカップで例えましょうか」

 

 食後のデザート。それと共に運ばれてきたティーカップ。紅茶を飲むわけだが、どの葉を使うかは席で決められる。なんなら、自分たちで紅茶を作るというオプションもあったりする。愛歌はそれを選んでおり、今はお湯が運ばれてくるのを待っている状態だ。

 

「このティーカップが世界だと思って。宇宙規模で、構造も全て決まっているの」

 

 彼女の手元を見る。そのティーカップはもちろん空で、運ばれてきたお湯を使って、これからそこに淹れるための紅茶を作るわけだ。

 

「私がここにアールグレイを淹れるか、それともダージリンを淹れるか、あるいは紅茶じゃなくてコーヒーか。平行世界というのは、この器の中で起こり得る可能性なのよ」

「君が紅茶を淹れた後に味に変化を加えるかどうか。それもそのティーカップという世界の中でのみ起きること。それが平行世界というわけだね?」

「そうよ。そしてそれは、あなたの世界(ティーカップ)には関係のないこと。それが異世界なの。本来交わらない世界ね」

「……しかし現に僕はこの世界にいる」

 

 本来交わらないのなら、こんな事は起りえない。異世界というのも納得できよう。アーサー自身が体験した聖杯戦争。それはその世界で二度だけ。しかしこちらはどうだ。ビーストとは無関係の聖杯で、第五次まで行われたというではないか。

 完全に異なる世界だ。

 だからこそ腑に落ちない。交わらないというのなら、今の状況はいったい何だというのか。

 

「それはね、()()()からよ。正確には()()()()()()()、だけどね」

「繋がって、開いた? なんの話だい?」

「もちろん世界の話よ。ある特異点が生まれた。その特異点は、異世界の間で発生したの」

「それはおかしいんじゃないかい愛歌。なぜなら特異点というのは、人類史に発生するものだ。世界があってこそだ」

「その通りよ。だから、この世界とあなたの世界。その間にあった世界で特異点が生まれた。そういう話なのよ」

「……第三の世界、というわけかい」

 

 平行世界に限った話ではない。平行世界はそれこそ無数に存在するが、異世界もまた一定数存在するのだ。隣り合わせに並ぶわけでもなく、上下でもない。そもそも異世界に並びも位置もないのだから。

 しかし、結果から語るしかない現状において、その前提が崩れる。本来位置も何もないはずの異世界が、並びという定義を当て嵌められ、そこの間に挟まった世界があった。

 それが先なのか、それとも特異点が出来上がるためにそうなったのか。これは流石の愛歌でも把握しきれないこと。もっとも、愛歌はある程度の憶測を立てられているようだが。

 

「繋がったというのは、その第三の世界が間にあったことで、僕のいた世界とこの世界、そして間の世界が3つ繋がった。そういうことでいいんだね?」

 

 正直に言えば、アーサーですら実感が湧きづらい話だった。外敵を払い続けた騎士たちの王。人類悪にすら打ち勝った英雄。そんな彼であっても、この話のスケールは大き過ぎると感じてしまう。いや、彼はいつも脅威から護るべき者を護るために戦ってきた。そもそもスケールの大きさなど特別気にしていたわけでもない。

 だから、この手の話への理解には少し時間がかかる。受け入れる器の大きさがあってこそ、()()で済んでいるわけだが。

 

「そんなところね。さすがセイバーだわ」

「さすがと言われるほどではないよ」

「そうかしら?」

 

 アーサーが謙遜しているのか。それとも愛歌が過大評価しているのか。どちらもありえそうで、そしてありえなさそうな話である。

 くすくすと笑う愛歌は自分の分とアーサーの分の紅茶を注ぎ、息をかけて少し冷ましながら口に含んだ。紅茶はイギリスで生まれたものと言われている。いわば本場の味。それを堪能しながら飲み込んだ。

 

「この聖杯戦争(円卓決戦)は、その3つの場所から参加者が選出されているのよ。そもそも特異点の続きだから、その特異点も3つの世界から人を引き込んだというわけね」

 

 

 

□□□□

 

 

 

 聖杯戦争──この呼称の通り、聖杯をかけて争う戦争である。この呼称で指されるものは、日本の冬木という地にて行われる戦争を指す。と言うのも、それしか起きてないからだ。

 アインツベルン、遠坂、間桐の三家が作り上げたシステム。聖杯戦争ではこの三家と、聖杯によって選ばれた魔術師4人の計7人がマスターとなる。

 マスターは3画の令呪を持ち、それぞれサーヴァントと呼ばれる英霊を召喚し、この戦争に挑む。英霊は正確には英雄本人ではないが。

 

 生死を問わずの殺し合い。サーヴァントが消滅すればそのマスターの令呪が消え、資格を失う。その場合は中立の立場にある魔術協会の土地に行き、保護してもらうことになっている。

 サーヴァントは令呪があることでマスターから魔力供給を得られ、現代にその姿を保つことができる。そのため、先にマスターを殺されてしまうと、魔力供給が途切れて敗退となる。

 そしてサーヴァントにはそれぞれクラスがあり、「セイバー」「アーチャー」「ランサー」「ライダー」「キャスター」「アサシン」「バーサーカー」の7クラスがある。

 

 しかし、今回の戦いが、そのクラスに当てはめての召喚とは限らない。

 通常のものを頭に入れつつ、目の前の事柄を受け入れて即座に対応していかなければならない。

 

(っていうのをロードに言われたっけ……!)

 

 認識するよりも先にノアの体は動いた。地面を這うように姿勢を下げ、ゼロコンマ数秒後に頭上を1.5mほどの石柱が通過する。地下通路というのもあり、石柱が壁を擦りながら進んだことで回避が間に合った。

 

「うぁっ!?」

 

 遅れて発生した衝撃波。そして同時に放たれる蹴り。ノアは後方へと飛ばされた。だがそれは願ってもない展開だ。生身の人間である彼が、敵の目の前にいるという最悪の状況を脱せたのだから。

 

「はぁァッ!」

 

 鋭い声とともに剣が奔る。隻腕なれどその剣は速く、その一撃は重たい。されど敵はそれを難なくと石柱で弾いた。あちらも剛力の持ち主だ。太い石柱ではないとはいえ、片手でそれを自在に扱うのだから。

 

「ヴェンダーさん、大丈夫ですか?」

「な、なんとか……」

「もう少し下がりましょう。ここも危険です」

「でもアルトリアが……!」

「今はご自身の身を優先してください!」

 

 グレイに咎められ、ノアは歯噛みをしながらさらに距離を取った。ノアを守るようにグレイは一歩前に立っており、その手には魔術礼装であり彼女の武器であるアッドが盾の形態で握られている。

 魔術礼装「アッド」が変化した姿。鎌や弓矢など他の形態もあるが、ノアを守ることを優先し、この形態としている。

 

[おいおい。()()()()()()()()()()()()()()()()!]

 

 現在対峙している敵。それはアッドが言うようにバーサーカーである。鎧と兜により素性は分からず、それすら覆う黒い靄が不気味さを増している。しかしそれはホラー映画のような遅い動きではない。達人のような身のこなし、石柱を自在に操る巧みさ。理性が奪われた狂戦士とは思えない。

 現にグレイのサーヴァントたるベディヴィエールが苦戦している。他の円卓の騎士とは違い、武勇伝も英雄伝も持ち合わせていないが、それでも円卓に名を連ねた者だ。その強さは隻腕なれど侮れない。

 そんな彼でも、バーサーカーに付いていくのがやっとだ。

 

「せめて、あと何か一手があれば……」

 

 2人の攻防を見ながらグレイが呟く。

 ただの石柱のはずがベディヴィエールの剣を弾いている。黒く染まったその石柱、アッドの見立てではもうただの石柱とは呼べない代物らしい。

 

「なぜあなた程の方が……!」

 

 ベディヴィエールの剣が相手の石柱を分断する。素人の目では追えない攻防の中でも、同じ箇所を狙い続けた結果だ。石柱を斬り、その刃はそのまま敵の鎧に届く。

 

「■■■ッ!」

「しまっ──!」

 

 刃は届いた。だが、鎧を砕くよりも先にバーサーカーの掌底がベディヴィエールの剣を弾き、流れるように拳が彼の腹に吸い込まれた。石柱の限界を理解し、()()()()()()()()()()()()()。本命は拳であり、隻腕の彼では防げない右側から叩き込む。

 

「がはっ!」

 

 壁に打ち付けられ、肺から空気が叩き出される。ベディヴィエールは酸素を求める体を無視し、バーサーカーを目で追いながらノアたちに叫んだ。

 

「……っ……逃げて!」

 

 バーサーカーの狙いは初めからノアの首だ。ベディヴィエールから隙を作れた以上、全速でそこに接近する。

 バーサーカーは落ちた瓦礫をいくつか拾い、それを砲弾のように投げる。バーサーカーの手に触れられれば、"なんであれそれは彼の宝具となる"。ランクが低かろうと、生身の人間には必殺に等しい。

 

「私の後ろへ!」

 

 ノアを背後に立たせ、盾にしたアッドでそれを防ぐ。

 だができるのもそこまでだ。防ぐことが手一杯であり、バーサーカーの接近を止められない。

 砲弾が止むとすぐにグレイはアッドを鎌の形態へと変えた。弓矢の牽制が効く距離でもなく、バーサーカーとは思えないほどの動きを今しがた見たばかりだからだ。

 

 アッドを見てバーサーカーはそれを脅威と認めた。無視していい相手ではないと。あるいは、戦意に優先的に反応したのか。

 どちらにせよ、バーサーカーの意識はグレイに向いた。アッドを使うグレイの身体能力は、英霊に引けを取らないほどに上昇する。バーサーカーの動きを見切り、音速の拳を躱し、鎌を振るう。鎌はその形状からして扱いが難しいが、敵としても防ぎ難い武器だ。

 それをバーサーカーは腕で防いだ。刃の無い棒部分にぶつけることで。

 

[グレイ!]

 

 このバーサーカーの脅威とは何か。それはまず狂化を疑うほどの戦いぶりだろう。だが、最も分かりやすく驚異的なのは、やはりその能力だ。自分の手で触れればいい。それで自分の宝具とできるのだから。

 だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 アッドの警告と同時にグレイは距離を取ろうとする。それをバーサーカーは許さず、鎌の刃の部分を掴んだ。籠手が砕けることに躊躇わず、手が切れることもお構いなしに。

 

(アッドが!)

 

 奪われる。そう思い、焦った瞬間にグレイの体は宙に浮かんだ。アッドごと投げられたのだ。

 グレイが飛ばされた先には、こちらに来ようとしたベディヴィエールがおり、彼への足止めともなる。そして、これでチェック。ノアの側にはもう誰もいない。

 

「■■■■■!!」

 

 バーサーカーを覆う靄が晴れる。腰に携えられていた剣が見える。

 

「アロンダイト! ……やはり!」

 

 騎士の中の騎士。湖の騎士。かの円卓にして最高にして最強の騎士と謳われた男──ランスロット。

 狂化によってか黒く染まったのは剣も同じ。輝かしき剣は今はなく、最高の騎士は無力な少年へとその刃を振りかざす。狂化していようと洗練された技術は消えない。一切の無駄なく、空を斬るようにその暴威が振るわれた。

 

 間に合わない。

 ベディヴィエールもグレイもそう思った。

 

「この! そこを動くなぁ!」

 

 そんな彼らの耳に轟音が響き、それよりも速く雷が奔る。その高速の雷撃がランスロットの体をかけ巡り、彼の動きを止めた。その雷撃の威力は神代のもの。遠慮を一切捨てた少女の()()

 

「ううぅぅぁぁ!」

 

 続く一撃は豪快だった。ランスロットが感電して痺れている間に接近し、魔力を凝縮させた杖を振り抜く。アルトリアの魔力量は妖精としては低いが、現代の魔術師基準では遥かに高い。遠慮を捨てたその彼女のそれは巨人のひと振りより重くなる。鎧を砕き、肉体にその衝撃を直接叩き込む。

 メジャーリーガーも拍手するような見事なホームランだった。ランスロットは天井を擦りながら数十メートル飛ばされ、何度か身体を跳ねながら地面を転がる。

 

「大丈夫ノア!? 怪我は!?」

 

 それを最後まで見ることなく、アルトリアはノアへと駆け寄った。手応えがあったからだ。それだけで倒せるとは思っていないが、軽く話をする時間はあるとわかっている。

 

「おかげさまで大丈夫。それよりアルトリアの方が怪我してるじゃん」

「ちょっと、出てくる時に引っかかっちゃって。えへへ」

 

 気をつけて。そう言いたかったが、おかげで助かったのだ。ノアは言葉を飲み込み、ハンカチを彼女の頬にあてがう。

 

「ありがとうアルトリア」

「ううん。元はと言えば私のせいだし」

「そこはほんと気をつけて」

「うっ」

 

 この地下での戦闘は偶発的なこと。中世に作られたこの地下通路で、アルトリアが仕掛けをちゃっかり押してしまったことから始まる。

 隠し部屋か隠し通路か。なんにせよ隠された空間が出現し、アルトリアがそこに引き込まれた。そして代わるように出てきたのが、現在戦闘中のランスロットなのである。

 チラッと後方を見ると、通路の一部が崩壊している。アルトリアが出てくるために壊したのだろう。

 

「なんにせよ、アルトリアが無事で何よりだよ」

「それは私のセリフ! 私のせいだけど!」

「お互い様ってことで」

「……うん。ほんと、無事でよかった」

 

 杖を構えながらノアの手を握る。彼が無事なのだと実感を得るために。

 ノアもその手を握り返す。彼女に無事を実感させるために。

 

「ノアを狙うのなら、私は手加減できませんよ。セクエンス!」

 

 魔力で作られた円状のカッター。それを4つ展開させ、起き上がるランスロットに警告する。

 

「そこまでです。ランスロット卿」

 

 動こうとしたランスロットが押さえ込まれた。彼の後ろから現れた騎士が、力づくで彼を地面に叩きつけているのだ。

 逞しい肉体を持ち、好青年という印象を与える素顔。その力は円卓でもトップレベルであり、日中では通常の3倍の力を発揮する男。太陽の騎士と謳われ、エクスカリバーの姉妹剣たるガラティーンを持つ騎士。

 

「ガウェイン卿……」

「ベディヴィエール卿、あなたはそちら側ですか……。いえ、ランスロット卿がこれでは話もできませんね」

 

 まだ戦おうとするランスロットに苦笑し、ガウェインは一瞬浮かべた悲しげな顔を消した。その意味は誰にも、ベディヴィエールにも理解できない。

 

「この戦闘は我らとしても本意ではありません。互いにこれで手打ちとして引きましょう」

「そうしていただけるのなら、こちらとしてもありがたいです」

「それとヴェンダー殿」

「はい?」

「我が母モルガンからの伝言です。正確には異なる存在ですが、それは置いといて」

 

 よいしょと物を横にずらすジェスチャー。彼なりに雰囲気を和ませようとしているらしい。少なくともノアはそう受け取った。

 

「明日の午後に2人で話をしようとのことです」

「駄目ですよノア。危険過ぎます」

 

 即座にアルトリアが止める。ノアに呪いをかけた張本人からの誘い出しだ。警戒するなという方が難しい。それはモルガン側であるはずのガウェイン自身も同感のようで、うんうんと頷いている。

 

「我が剣に誓って母上単独で行かせますが、どうするかは貴方次第です。確かに伝えましたよ」

「ガウェイン卿、なぜあなたがそちらに!」

「……ベディヴィエール卿、貴殿ともいずれ話をしましょう」

 

 夜闇に紛れる烏のように、ガウェインはランスロットを連れて姿を消した。どちらも英霊。霊体化してこの場を去ったようだ。

 

「……やはり、英霊との戦いとなっては地下は危ないですね。生き埋めになるかもしれませんし」

「我々英霊は霊体化すれば避けられますが、マスターたちは危険ですね。戦場に同行しないことが最適ではありますが」

「敵の狙いはヴェンダーさんですし、難しいところです。……戻って師匠と話し合いましょう」

 

 それを見送ったグレイは、埃を払いながらベディヴィエールと言葉を交わす。神代が遠のいた現代において、魔術の秘匿は重要性が高い。いや、必須だ。

 過去の聖杯戦争でも魔術協会は、中立の立場を取りながら秘匿のために奔走した。その戦いの経験があるエルメロイ2世がそこを考慮しないわけがなかった。だから候補となる場所を探し、現地を見に来ていたというわけだ。エルメロイ2世本人は、他の懸念事項への対策と対処に東奔西走している真っ最中である。

 

「ノア、身体は大丈夫?」

「うん。今のところは。数字は6になってるけど」

「……必ずそれを取り除いてみせます」

「ありがとう。でも無茶はしないで。俺だってアルトリアのことが心配なんだから」

「……うん。ありがとう」

 

 ストーンヘンジにてモルガンにかけられた呪い。カウントダウンは始まっている。優しいことに分かりやすくタイムリミットを刻まれているそれは、7だった数字が6に減っている。つまり猶予が残り6日ということ。

 

 聖杯戦争──別称円卓決戦。

 その初戦は、どちらの陣営も予期していない形で始まり、両陣営共に被害無く終わるのだった。

 

 

 

□□□□

 

 

 

 裏で大規模な戦闘が起きていることを露知らず、世の中はオリンピックに浮足立っている。競技会場を持つ都市の1つであるここロンドンでも、当然ながら旅行客が多い。実に多国籍だ。言い方が悪いが人類博覧会と呼べるほどに、世界中から人々が集まっている。

 そんな状態なのだから、普段のロンドンでは見かけないような人がいたっておかしくない。アジア系だろうとアフリカ系だろうと、目立つこともなければ注目もされない。

 

 それにも拘わらず、彼女は注目を浴びていた。人々の視線を集めていた。と言っても、彼女を見た次の瞬間には誰もが目を逸らしている。

 何も知らなくても、関わってはいけないのだと本能で察するのだ。

 

「実につまらんな」

 

 そんな様子に辟易として、モルガンはため息をついた。自分から指定しておいてなんだが、場所と時間を間違えたなと少し後悔もする。

 

「思ったより早い……」

「ふん。来ましたか。私を待たせるとはいい度胸ですね、ノア」

 

 そんな彼女に話しかけたのはノアだった。ガウェインからの伝言を聞き、正直に堂々とモルガンに会いに来たのだ。

 相手は最高位の魔術師。対してノアはド素人。敵対しているのにのこのこと会いに来るのは自殺行為である。事情を知らない通行人たちですら、関わるべきではないと確信しているのに。それでもノアは、特に得物も持たずに来ている。しかも単独で。

 

「アルトリアたちを説得するのに時間がかかったからさ」

「そうでしょうね。私は別段、ノアが単独でなくとも構いませんでしたが」

「いや~、フェアじゃないかなって」

「はぁ。あなたは馬鹿ですね。……相変わらず

 

 こてんと首を傾げたノアに、モルガンは僅かに微笑んだ。遠巻きに見ていては気づかない程度。目の前にいるノアですら、「笑った、のかな?」と疑問を抱くくらいだ。

 そんなノアをモルガンは招いた。彼女が用意した話し合いの場。富裕層が訪れるような憩いの店に。

 露骨な派手さはなかった。見るからに高級な置物は特になく、雰囲気自体はとても質素だ。けれど使われている素材は、それぞれ値をはるものばかり。椅子やテーブル、店の一角にあるカウンターまでもが、一般には見られない。

 

「もしかして貸し切り?」

「当然です。あなたにとっても私にとっても、こちらの方が良いでしょう?」

「それはたしかに」

 

 話す内容が内容だ。エルメロイ2世から、魔術は秘匿するものだと聞いているノアは、戦いの話も一般人に聞かれたくなかった。モルガンとしても、今の時代の人々が煩わしいらしい。

 店のマスターすらいない。この店にいるのはモルガンとノアだけ。

 

「飲み物はご自由に」

「それは気が引けるし、見える範囲でも種類が多いんだけど」

「仕方ありませんね」

「……便利な魔術だなぁ」

 

 どこからともなく2人分のグラスが用意され、ボトルで飲み物も用意された。ワインである。昼から飲むのかとノアは苦笑いするも、自分が招いた結果だ。文句は言わない。モルガンの対面の席に座り、ワインを注がれたグラスを受け取る。

 

「あちらとこちらでは大きく違うものですね」

「ん? あぁ、時代も違うからな。モルガンにとっては受け入れ難いか?」

「現実は受け入れないといけません。……思うところは無論ありますが。それはこちらの私がしくじっただけのこと」

「……やっぱり、モルガンもまた違うわけだ」

「当然でしょう。あの特異点はあべこべでしたから」

 

 魔術師のはずのアルトリアが、騎士王の座につく。本来の物語から大きく逸れた、独立した世界。モルガンもまた、そこに巻き込まれた被害者と言える。本来なら異聞帯の王として君臨していたのだから。

 

「ところで今回の本題は?」

「あなたから切り出してもいいのですよ? 持ってきた話題があるのでしょう?」

「お見通しか」

 

 それならありがたくと一言挟んで。

 

「戦闘で一般人を巻き込みたくない。あと民衆の目に触れない方がいいらしいから、戦闘は深夜だけにしたい」

「いいですよ」

「モルガンは関係ないって言うかもしれ…………今なんて?」

「その提案をのむと言ったのです。思い込みで話を進めないでください」

「ご、ごめん」

 

 モルガンが不満を顕にし、ノアは戸惑いながら謝罪した。予想外なのだ。モルガンがこの提案をのむ理由などなく、むしろノアたちの危惧を逆手に取れば優位に戦いを進められるのだから。

 

「その程度の条件はデメリットにもなりません。それに、私が戦うのですからこちらが勝つのは当然のことです」

「挑発じゃないのがなんとも」

「むしろあなたはどう勝つつもりで? ()()()()()姿()()()()()()()()()()

「っ!」

「それぐらい把握していますよ」

 

 モルガンにとって、最も警戒すべきはマーリンだ。魔術の師にして死を知らぬ者。その気になれば世界すら幻術にかけられる大魔術師であり、世界で指折りのキングメイカー。逆転の目を作り出せる存在。

 それが今はいない。そのうちひょこっと出てくる可能性も考えているが、そうなろうとも勝ちは揺るがない。

 

「さて、今度はこちらの話ですね」

 

 ワインをくいっと飲んでからモルガンが口を開く。様になっていて、1つの芸術のような光景だ。

 そう思われているのを感じ取ったのか、モルガンがふっと笑った。

 

「ノア。こちらに下りなさい」

「……は?」

「あなたが下れば、他の者を見逃すことを約束します」

「何を、言って……」

 

 モルガンの真意を読み取れない。なぜそんなことを言うのか分からない。何か裏があるのかと勘ぐってしまう。

 

「私の目的はノアだということです。それ以上でも以下でもない」

「説明になってないが?」

「返答次第で、詳細を話しましょう」

 

 本気でそう思っているのだろう。モルガンのその目は、真摯にノアの目を捉えていた。それはノアでも読み取れる。嘘偽りない言葉だと。

 それでも、やっぱり説明が足りない。そういうところは師弟揃って同じだ。そんなことを言えば、モルガンは怒るのだろうが。……いや、モルガンが今説明を省いているのは、ノアが断った時を想定してか。

 

 迷いは、なかった。

 モルガンの考えは読みかねるが、迷う要素ではない。

 返答は決まっている。

 

「答えはNOだ。俺はアルトリアと生きると決めている」

「……そうですか」

 

 そうなるだろうとは思っていた。予想の範囲内。むしろそうなると踏んでいた。それでもこの場を設けたのは、"もしも"を捨て切れなかったから。

 

「少しだけ、教えてあげましょう」

「狙いを?」

「ええ。私の目的はノアだと言いましたね?」

「呪いをかけてるぐらいだしな」

「そうです。それも全て、あなたを解放する(殺す)ためです」

「ニュアンスがおかしいんだよなぁ!」

「ふふふ、本当の事ですから」

 

 口元を隠しながらくすくすとモルガンが笑い、ノアは引き気味に笑った。

 

綺麗だよな

 

 無意識に言葉を発していた。ノア自身言ったことに気づいていない。自分の言葉が耳に入っていない。

 それを聞いていたのはモルガンだけで、軽く目を見開いて驚いている。

 女性すら羨む美貌のマーリンに劣らない美しい容姿。その柔らかな唇を僅かに震わせ、モルガンが何か言おうとする前にノアが話題を振った。

 

「てかなんでその服装?」

 

 それはどこか呆れた調子で。

 

「……。おかしな点でもありますか?」

 

 喉元まで出かかっていた言葉を飲み込み、違うことを口にした。

 

「いや、目立つじゃん」

「問題ないでしょう。私の正装です」

 

 黒を基調としたドレスのような服。青いラインやリボンもあって華やかさもある美しさ。モルガンという素材を活かす服装なのだが、これもまた目のやり場に困る。素肌を見せる分マーリンよりも質が悪い。胸元や太ももだけでなくお腹まで露見しているのだ。

 現代のファッションに近いものが無いとは言い切れないが、日常風景に溶け込むものではない。だが、本人が正装だと言って着るのならこれ以上は言えない。

 

「まぁ……」

「それに、なぜ私が人間に合わせないといけないのですか」

「……ははっ。愚問だったな」

 

 モルガンならそうする。

 当たり前のことだ。分かりきっていることだ。

 

 そこでノアは疑問を抱いた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 1人で来ても大丈夫だと予感していたのはなぜか。

 

「ノア」

 

 声をかけられてノアはハッと顔を上げた。

 気づかなかった。モルガンが目の前に立っていることに。

 柔らかくひんやりとした手が頬に伸ばされる。

 身体がピクリとも動かない。モルガンに術をかけられているのではない。彼女の瞳の色のせいか、凍てつかされているだけだ。

 逸らすことができない。真珠のような綺麗な肌が。幻想的な美しいライトグリーンの髪が。淀みのない氷の瞳が。ノアの視線すら固定させる。

 

「あなたがなぜ人ならざる者の気を引き、そして惹かれるのか。理解していますか?」

 

 「何を言っている」という言葉が出なかった。

 思考さえ止まった。考えることができなかった。

 そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あなたは覚えていないでしょう。幾度もの繰り返しに、あなたは耐えられなかったのですから」

 

 細い指が、頬を伝う。  

 撫でるようにズレていき、やがて一度だけ彼の唇をなぞった。

 それは何かを確かめるようで。懐かしむようにも。

 モルガンも、ノアも視線を絡め合わせる。他の何も映さずに、目の前の相手だけを。

 やがて2人は──

 

「ここだなァァァ!!」

 

 ──何を始めることもなく、その前にアルトリアが店のドアを破壊した。

 モルガンがちゃっかり張っていた結界を壊しての突入。その騒々しい登場に、モルガンは眉を顰めてノアから離れた。

 

「静かに入れぬのかアルトリア」

「なにをぅ! ノアに色仕掛けなんてするなよ年増ァ!」

「ふっ。負け犬がよく吠える」

「負け犬!?」

「そうでしょう? その小さくて貧相な身体が何よりの証拠」

「こ、これからまだ成長するから! 私だってナイスバディな大人になるんだぞ! ねぇノア!」

「え!? そこで振るの!?」

 

 アルトリアの登場のおかげで、思考が止まっていたノアも復帰。彼女がこの店にいることに混乱しているが、大人しく待ってるわけないかと勝手に納得した。

 

「だいたいあなたなんて長生き過ぎるのよ! 人間からしたらドン引きの長さ! お婆ちゃんどころじゃないんだぞ!」

「愚かな価値観しかないようだな小娘。年齢で測るなどと」

「うるさい恋愛処女お婆ちゃん! 高説垂れたいなら恋人の一人でも作ってみやがれー! でも横取りは趣味悪いからノア以外で」

「……はぁー」

「うわっ、なんか哀れな目で見られた……」

 

 女性同士の言葉での殴り合い。ノアはなんとかそれから免れ、モルガンも大人の対応(本人談)をすることでアルトリアを黙らせる。

 

「熱くなることあんのな」

「黙りなさい。豚になりたいですか?」

 

 それはゴメンだ。

 ノアはまだまだ言いたいことがありそうなアルトリアを宥めて鎮静化。言い過ぎだと少しお説教も加えた。

 今日の目的自体は達成しているのだ。これ以上この場にいても事態が面倒な方向に進むだけ。ノアはアルトリアを連れて引き上げることにし、モルガンも特に何をするまでもなく見逃した。

 

「あと5日。必ず解放()してあげますよノア」

 

 彼女の名はモルガン・ル・フェ。異聞帯にて絶対王政を敷き、女王として君臨し続ける大妖精。

 そして、かつて瀕死の少年を助け、彼にノア・ヴェンダーの名を与えた(ギフトした)》偉大なる魔術師である。

 

 

 

□□□□□

 

 

 8月8日──

 

 

 

 2つの陣営に分かれた変則的な聖杯戦争だとしても、どのみち取れる手段というのは限られてくる。

 確認できているサーヴァントは、敵側にモルガン、ガウェイン、ランスロット。味方側にアルトリア、ベティヴィエール、ガレス。グレイもサーヴァントに劣らず戦えるが、円卓の騎士が相手となると技量で劣ってしまう。前線には出せない。

 エルメロイ2世は、まだサーヴァントが増えると想定してこの戦争を考えている。それは敵味方共にであり、そうなると下手に攻勢を仕掛けることができない。

 

 夜であれば話が別だが、陽の下で3倍の戦力になる太陽の騎士ガウェイン。最強の騎士と名高く、騎士の模範とすら謳われた湖の騎士ランスロット。この2人だけでも戦力として大きいのに、モルガンは"ギフト"を使えるという。その効力でガウェインの枷が外れたら……。

 人数差は無くとも戦力差が大きい。そう言わざるを得なかった。

 味方の英霊は、本来であれば英霊の座につけないはずのベティヴィエール。いずれ円卓の誰よりも強くなると評されたものの、その前に命を落としたガレス。

 英霊としては申し分なくとも、現実は非情なものだ。

 

 それでも、エルメロイ2世は手を打たなければいけなかった。モルガンにかけられたノアの呪い。そのタイムリミット。

 そこを考慮し、既に打ってある手も踏まえ、敵陣営とどう戦うのか。

 マスターの経験はあれど軍師ではない。戦争の専門家でもない。ロードの名を冠していても、それは戦上手を意味しない。素人に毛が生えた程度。少なくとも、専門家たちにはそう見える。

 

「はぁァァ!」

「っ!」

 

 現実は厳しいが、望みがあるとすれば敵にバーサーカーがいること。湖の騎士ランスロットが、再度暴走すればという望み。それはあまりにも都合がいい展開だが、釣りをすれば可能性はある。

 ダメ元でやってみた。

 そしたらなんか釣れた。

 

 ガウェイン付きで。

 

「敵の狙いを利用する。あなたがいてそこを警戒しなかったのですか? ベディヴィエール卿」

 

 鍔迫り合いの中、ガウェインは疑いの目を向けた。同じ円卓に席を並べた身。これぐらい警戒して当然ではないのかと。

 

「無論考えましたとも……! ですが我々に取れる手はない。そちらの拠点も分かっていない以上強襲も狙えない」

「苦肉の策と? これは愚策に他なりません!」

 

 弾かれるように距離を取り合う。詰め直し、何合も剣をぶつけ合い、薙ぎ払う。隻腕のベディヴィエールでは、両腕で振るった時のガウェインの一撃を受けとめきれない。

 崩された体のバランスを、わざと転がることで立て直す。スキを消し、跳ね上がりながら距離を取る。

 正面を捉え、ベディヴィエールは目を見開く。

 

「ガラティーン!」

 

 迫りくる炎の一撃。斬撃の軌跡を表すように。それが真っ直ぐと伸びてくる。

 

「ベディヴィエール卿!」

「っ!?」

 

 防ぎ切れるか。剣に力を込めていたベディヴィエールの前に、健気な声を鳴らしながら少女が躍り出た。全身を鎧で覆い、右手には槍を。左手には盾を。いずれ最高の騎士になると期待されていた騎士。ガレスだ。

 ガレスが盾を構え、槍を地面に突き刺す。迫る炎の一撃に怯まず、それを迎えた。

 正面から受け、踏ん張り、それを凌ぎ切った。

 

「ガレス卿なぜこちらに!」

「ガレス……」

 

 受け切ったのも束の間。ベディヴィエールは動揺を見せてガレスに問う。ガレスがこちらに来れば、ランスロットと対峙しているのがアルトリア1人になるから。

 そもそも彼女の性格では、兄であるガウェインとも、尊敬するランスロットとも槍を交わえたくないはずなのに。

 それはガウェインも同じなのか、剣を一旦止めて困ったように眉をひそめている。

 

「すみませんベディヴィエール卿。これは……私の甘さです」

 

 円卓の騎士同士での殺し合いを見たくない。あの時代の終幕。ランスロットのあの時の顔。その悲しみも混乱も困惑も。何も忘れられない。

 忘れられないからこそ、時代を超えて再び円卓の騎士たちが刃を交えることに、ガレスは悲しさを感じていた。今度こそ手を取り合って1つのことをできないのかと、そう訴えたいくらいだ。

 

「ガレス。迷いを持っているのなら戦場から立ち去りなさい」

「っ! ……ガウェイン兄様」

「なぜ私の一撃を防いだのです。信念があるのならそれを貫きなさい。そのために行動しなさい。……あなたは、なぜこの戦いに参加しているのですか?」

 

 召喚されたから、などという答えは許されない。そんな甘さなど、今の一度しか許されない。

 ガレスは腕の力を抜き、だらりと盾を下げて兄を見つめた。敬愛する騎士王の役に立つのだと、日々鍛え、戦場を駆け抜けた偉大な兄を。

 

「では兄様はなぜ戦うのですか? なぜ、1人の少年を狙って剣を振るうのですか? 私は……友人を見捨てることなどできません」

 

 そこにはいったいどんな正義があるというのか。

 まさか母への義理立てという理由ではないだろう。

 その問いにガウェインは目を伏せ、その剣を鞘に納める。

 

「……やはり知らないのですね」

 

 それなら丁度いい。可能なら、愛する妹を手にかけたくはない。

 

「いい機会ですから話しましょう。私の知る限りの真相を。ガレスが友と呼んでいる彼の正体を」

 

 

 

 

 

 

 ガウェインたちから3ブロック離れた広場にて、もう1つの戦いが行われている。ノアが夜中に出歩いていることに反応し、飛び出してきたランスロットがいる戦場だ。モルガンの狙いとしては、まだこの日にノアを死なせるつもりがない。それでもランスロットを拘束しなかったのは、信頼の裏返しだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ノア・ヴェンダーは決して強くない。身につけている剣術は円卓の騎士に及ばない。擬似的な魔術回路も、マーリンが姿を消したことでまともな運用ができない。したがって魔術の行使も叶わない。

 今のノアは、戦闘が不得手なエルメロイ2世にも勝てない。それを把握していて、その上でモルガンはノアが死なないと判断している。

 

「ノアはそこから動かないで」

 

 1つは、アルトリアが必ず側にいるから。

 選定の杖に選ばれた予言の子。たどり着く先はモルガンに並ぶ強大な王。特異点にて一度そこに至っており、その経験が活きていた。

 ノアを物陰に待機させ、その位置から動かさないことで、守るべき位置を固定化。そうすることで、アルトリアの意識はよりランスロットに割くことができる。

 

「■■■■■ーーッ!!」

 

 狂戦士が吠える。投げた棒はアルトリアが的確に粉砕し、ノアへの被害をゼロに。アルトリアをどうにかしなければ、ノアを討つことができない。それを再認識したランスロットは、アロンダイトを手に持った。

 ランスロットは接近しなければ決定打を打てない。対してアルトリアの得意距離は中距離。今確保している優位な状態を保つ必要がある。

 

 果たしてアルトリアは、それを保ち続けることができていた。特異点にて理性を持っていたランスロットと戦っていること。狂戦士となった彼と先日相対したこと。その情報が、アルトリアを優勢にしている。

 魔力の刃が空を切る。左右から2つずつ。上下にも分かれ、時間差で襲いかかる。それをランスロットは躱し、アロンダイトを荒々しく打ち付け迎撃。詰めるために足を踏み出したところで、地面に設置されていた宝石が起爆。その爆風に乗って加速した狂戦士を、アルトリアは新たな宝石を5つ射出。狂戦士らしからぬ対応力で4つまで対応されるも、最後の1つがその顔に直撃。兜が砕かれ、その素顔が晒される。

 

「ランスロット卿……」

 

 アルトリアは異なる可能性の自分を疑似体験している。騎士の中の騎士と呼ばれた彼がバーサーカーになれるのも、その理由を予想するくらいはできる。騎士王はきっと──。

 

 

「一難を凌ぐくらいはできるようだな」

 

 

 低く、そして澄んだ声だった。

 

「…………え?」

 

 人払いを済ませている区域を、その人物は鎧の音を重く鳴らしながら闊歩している。全体的に黒い装い。ランスロットのアロンダイトのように、その騎士が右手に下げている剣も黒く染まっていた。

 ランスロットとの違いは、黒いからと言ってその人物が狂戦士ではないという点だ。

 

「■■■■」

 

 起き上がった狂戦士が、その騎士を見て動きを止める。バイザーを付けていようと、円卓に名を連ねたのならひと目でわかる。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()

 ランスロットも、この場にいないガウェインも、そして離れた位置から戦況を視ているモルガンも。誰もがその騎士の参戦を知らなかった。

 誰の敵で、誰の味方なのか。

 

「それが忠義の果てだと言うのであれば、それを示せ」

 

 狂戦士にどこまで言葉が届くのか。そもそも言葉を正しく認識できるのか。そんな疑問はすぐに解消された。狂戦士が動きを止めたから。その姿は、指示を待っているようにも見える。

 

「あなたは……」

「異なる自分、というやつだな。私はその別側面……そうだな。オルタとでも名乗っておこう」

「オルタ……。それはつまり騎士王の──」

「自分の顔をした相手とは奇妙なものだが、役割を果たすとしよう」

「……っ!!」

 

 アルトリアの言葉を無視して、オルタがその剣に魔力を溜めた。別側面と言っても騎士王。ならばその剣は、妖精たちによって造られた神造兵装。聖剣エクスカリバー。

 本来なら星のように光り輝くその聖剣も、オルタ化の影響で闇に沈んでいる。光さえ呑み込まんとする黒い闇。ただ魔力を込めて薙ぎ払っただけだが、それは圧倒的な一撃となる。

 まずリーチが伸びた。離れていたノアも伏せなければ巻き込まれるほどに。当然それはアルトリアに届く。

 次に威力が増大している。魔力放出の延長というだけだが、込められている魔力量が計り知れない。これにはアルトリアも伏せて回避を選んだ。

 

 範囲内にあった街灯や建造物が破壊される。魔力での一撃ともなれば、それはもはや切断ではない。切断面と呼べる箇所はない。抉りとられ、跡形もなく破壊されている。

 

「ふん」

 

 腕を止めた位置。聖剣を止めたその先では、強大な魔力刃を眼前にしつつも身動き1つ取らなかった狂戦士の姿がある。

 オルタはそれを受け、ランスロットの処遇を決めた。

 

「サー・ランスロット。そいつを抑えておけ」

 

 返事は咆哮だった。

 オルタが聖剣を振り下ろし、魔力の波を作ることでアルトリアの移動範囲を制限。その一瞬のスキでランスロットが距離を詰め、アルトリアと武器を交える。

 

「貴様がノア・ヴェンダーだな」

 

 2人の攻防を見届けることなく、オルタは即座にノアとの距離を詰めて物陰から投げ出す。サーヴァントに投げられたノアは、なすすべ無く地面を転がり、それが止まって顔を上げたところで首に黒き聖剣を突き立てられた。

 

「ノア! ぁっ……!」

 

 それを見たアルトリアに生まれた決定的なスキ。それを見逃すランスロットではない。アルトリアを地面に叩きつけ、足で押さえつける。

 オルタはそれを一瞥もせず、剣を突きつけた相手を見下ろす。この状況でもなおその目は死なず、憎むでもなく恨むでもなく、怒りも篭っていない目。ただ純粋に、真っ直ぐとしたその目は、何も諦めていない者の証だ。

 その目にオルタは小さく口角を上げた。

 

「良い目だ」

「あなたは何なんですか」

「ほう、何と来たか」

「モルガンの味方……というわけでもないのでしょう? ランスロット卿の反応しか根拠ないけど」

 

 当てずっぽうではない。だが、根拠は1つしかなくとも、その考えは当たっている。答えを補ったのは直感か。

 

「私の役割は貴様を確実に消滅させること。今回に限れば、掃除屋の代行というところか」

「掃除屋の……代行……? それってどういう……」

「モルガンと会った時に聞いたのかと思ったが、そうでもないらしい。……また何か企んでいるのか」

 

 知っている姉と異なろうと、やはりモルガンかと1つ頷いた。

 

「ふん。奴への嫌がらせとして教えてやろう。貴様がなぜ命を狙われるのか。貴様がいったい、何者なのかを」

 

 

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