異世界キャメロット【現代編】    作:粗茶Returnees

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ノア・ヴェンダー

 

 

 8月7日──

 

 イギリスという国は、革命以降貴族制がなくなっている。日本の天皇のように、国を動かす実権を持たぬ王族こそいるが、貴族という存在はついぞ姿を消した。しかしそれは貴族の滅びを意味しない。制度がなくなれど、家系を辿れば貴族だったという家は当然存在する。

 魔術の世界は一般のそれとはズレが生じる。世間の常識が魔術世界の常識ではないように、こちら側では家柄の意義が大きい。有名な魔術師の家系と貴族を見比べた時、一般人では見分けがつかないことだろう。

 

「この店に思い入れでもあるのかい?」

 

 服装、佇まい、雰囲気。どれをとっても「あの人は良い所の家の人なのだろう」と思わせる。貴族の家系だろうかと思わせる。そんな女性に無骨な男が話しかけた。

 庶民が来るような店。裕福な者たちでは来ないような店で、さらには客の入りは疎ら。店主が余生を楽しむためにある店だ。彼女はそこの奥の席に座っており、話しかけた男とは面識があるようだ。対面に座るように視線で促した。

 

「なに、兄上と縁のある店主でね。ここなら話しやすいというだけさ。あぁ、ここのコーヒーを気に入っているというのも理由の1つだがね」

「なるほど。たしかにここは話がしやすそうだ」

 

 女性の名はライネス・エルメロイ・アーチゾルテ。エルメロイ家の一員であり、ウェイバー・ベルベットをエルメロイ2世に仕立て上げた張本人である。彼との契約なら既に完了しており、本来なら当主の座を譲り受けている。だが彼女はどうしてかまだその座に着いていない。サディスティックな笑みと共にその話をした時、エルメロイ2世の胃はやられた。

 対面に座った男は獅子劫界離。死霊魔術(ネクロマンシー)に長けた人物であり、その才能と技量は折り紙付き。彼が着ているジャケットも自分で作った礼装である。

 

「本来なら兄上本人から頼むべきなのだけどね。愛しの兄上は今猫の手も借りたい状況だ」

 

 妹を顎でこき使うなんて酷いものだと溢すライネスに、獅子劫は肩を竦めるだけだった。魔術師でありながら魔術世界の事柄に疎い獅子劫でも、エルメロイ2世の話は知っている。「お互い様だろ」というのが獅子劫が胸中で呟いたものだ。

 

「話し相手は誰でもいいさ。仕事の話をしに来たんだから、本題に入ってくれ」

「ふむ、時間は急いで損もないからね。いや、今回は急いだ方がいい案件だ。だがね、1つだけ断っておかないといけないことがあるんだ」

「なんだ」

「君がこちらの依頼を受けた時、()()()()()()()()()()()()()()()()ということさ」

「厄介な案件のようだな」

「聖杯戦争」

「なにっ!?」

「正確にはその紛い物のようだけれど、それに巻き込まれるという話さ」

 

 いくら獅子劫でも聖杯戦争の存在は知っている。極東の地、獅子劫家が辿り着いた日本。そこにある冬木市にて行われていた儀式。先代のロード・エルメロイも参加し、そして命を落とした戦争。

 それに近い何かにエルメロイ家は関わっており、それに纏わるものを依頼しようとしている。この話はつまりそういうことだ。

 最悪命を落とすぞという警告。その配慮を彼女がしているのは、エルメロイ2世が口酸っぱくそこを言い含めていたからである。

 

「構わねぇよ」

 

 煙草の煙をぷかぁと天井に吹き、彼は落ち着いた口調でそう言った。そもそも命の危険など何度も潜り抜けてきた。だから大丈夫、と言いたいのではない。()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 

「依頼には応える。巻き込まれたとして、どう動くかは任せてもらうぜ」

「いいとも。こちらとしてもその方がありがたい」

「それで、内容は?」

「調査してほしいことがあってね。この記事は読んだかい? 小さく載る程度のものだが、今回の件には大きく関わってくる」

 

 新聞をテーブルの上で滑らせて獅子劫に近づける。件の記事を指で示し、獅子劫が新聞を受け取るとその指をどけた。

 

「…………こいつは」

「我々よりは、君のほうが適任だと思ってね。まぁ、人手が足りていないというのが正直なところだが」

「エルメロイ家ってのは、厄ネタが好きだな」

「おいおい、エルメロイ家じゃないぞ? 兄上だよ」

「ははっ、そうかもしれねぇな」

 

 新聞を片手に、獅子劫は店を後にした。

 依頼を片付けるために。

 

 

 

□□□

 

 ──同日

 

 モルガンとの話し合いにより、戦闘は夜間にのみ行われることが確約された。懸念すべきはバーサーカーではあるが、それもアグラヴェインが責任を持って制御するという。堅物である彼がそれをすると言うのなら、それが破られる心配はない。騎士王に忠誠を誓う騎士の1人なのだから、たとえ主催者たるモルガンが相手でもその言葉が揺らぐことはない。

 そんなわけで、日中は自由行動である。夜間に備えての体調管理は欠かせないが、軽く出歩く程度なら問題ない。無論、ノアが1人で街中を出歩くことはない。アルトリアが必ず同行するし、今はべディヴィエールも同行している。

 

「活気が溢れていますね。かつての都と同じ、いえ今の方が上ですか」

「違いは人の多さと、出身地の多様さくらいだと思いますよ。特に今は平和の祭典オリンピックがあるので」

「だとしても、人の本質は変わりません。あの都でも、ここでも同じですよ」

 

 違いは分かりやすいものだけだ。大事なことは変わっていない。円卓のあったあの時代でも、武力を求められない今の時代でも。

 2つの時代を体験してきた2人だから言える。英雄の影法師たる英霊に。あなたの生きた時代でも、人々は心豊かに生きられたのだと。

 

「ありがとうございます。お2人はこれからどちらへ?」

「アルトリアがジャンクフードを食べてみたいそうなので、チェーン店にでも行こうかと」

「お恥ずかしながら興味がありまして。えへへ」

「恥じることではないですよ。今の時代にしかないものを堪能してください」

「ベディさんもどうですか?」

「そうですね。せっかくですから私もご相伴に預かります」

 

 護衛だからと断るのは容易いが、ベディヴィエールは諸々を考えた上でそれをしなかった。彼は騎士王に「民に寄り添える騎士」と称された人物だ。名実ともに英雄たる偉人たちの囲う円卓に唯一、高名な武勇を持たない騎士。その在り方は死後であれ変わらない。

 これから向かう店はハンバーガーの店だ。世界を股にかけて商売をしている大企業。それにライバル心剥き出しで対抗している企業もある。キングを名に入れるほどに強気な姿勢の企業である。主にこの2つがこの国では多いのだが、アルトリアたちが向かうのは前者。子供向けのセットもあり、他社に比べて安めの値段ということで庶民に人気な店だ。

 

「ノア。あの赤毛の人固まってるけど大丈夫なの? 魔術で固められているわけではなさそうだけど……瞬きもしてないし」

「ロナルドだな。あれはクラウンを模した人形だから気にしないで」

「そ、そうなの? 生きた人が固められたわけではないんだよね?」

「うん。っていうか魔術ってそんな事もできるの?」

「可能ではありますね。そのような術もあると私も聞き及んでいます」

「こっわ」

 

 「これ人形なんだ。よくできてるなー。現代ってすごいなー。近くで見ると結構怖いなー」と呟きながら観察し、不思議そうにしながらも店の中に入る。入ってみると意識も人形からハンバーガーへと変わり、アルトリアはメニューを眺めては目を輝かせている。

 

「どれも美味しそうですね。魚を使ったやつもあるんだ。え、こんなに大きいやつもあっていいんですか!? しぇいく? よくわからないけど美味しそう! ノア! ここすごいですね!」

「来て正解だったな。気になったやつを選べばいいけど、食べ残さないように気をつけろよ」

「もちろん! どうしよ。どれがいいかなー! ガレスちゃんに何か持って帰れるかな~」

「……我が王にも、このような可能性があったのでしょうか」

「それを選ばなかったから、騎士王なんでしょ」

 

 メニューだけではしゃぐアルトリアをべディヴィエールは眩しそうに見つめる。彼らは騎士王が村娘だった頃を知らない。選定の剣を抜いた後の彼女しか知らない。その生き様を敬いこそすれ否定なんてするわけがない。

 けれど、べディヴィエールはふと考えてしまった。自分の王にもその可能性が、年頃の娘らしく生きられた可能性があったはずだと。

 

「ベディさんは後悔してるの?」

「後悔はしました。しましたとも。皆で守っていたはずの国が2つに別れたのですから。ですが、今に繋がっているのならそれも受け止められましょう」

「だよね。俺、空いてる席探してくるから、ベディさんはアルトリアをよろしく。ベディさんと違って現代の知識は与えられてないから」

「席探しは私がやります」

「いやいや、ベディさん1人になると女性陣がね」

 

 そう言われて周りを見渡す。視線を感じてはいたが、それはそういうことなのだろうか。いわゆる逆ナンというやつで、自分はその危機に瀕しているのか。

 それを理解したベディヴィエールにノアは苦笑し、それじゃあと言って席探しに出かけた。それに気づいたアルトリアは首を傾げ、べディヴィエールから話を聞いて納得する。何かあってもすぐに駆けつけられるし、マーリンが用意した礼装をノアは今も持っている。もしもはないのだ。

 

「今日は日差しもいいし、外の席がいいか」

 

 イギリスの緯度は高い。したがって年間での平均気温も低くなる。冬は当然寒く、夏は暖かい程度だ。30度を超えようものなら世界の終わりだと騒がれるものだろう。

 

「おい」

「はい?」

 

 空いている席を発見し、そこに行こうとしたところで後ろから声をかけられた。気が抜けていたし、気づかなかっただけで誰かに当たっていたかもしれない。そんなことを考えながら振り返ると、セミロングの髪を後ろで1つに纏めている少女がいた。

 その目は勝ち気で、風格や佇まいから只者ではないと思わされる。王をしていた頃のアルトリアに似ているなと思いながら、ノアは何かしてしまったのかを聞いた。

 

「勘違いさせてしまったか。道を聞きたいだけだ」

「そうでしたか。この街に住んでいるわけではないので、お答えできるかは怪しいですけど」

「構わない。その時は別の者に聞く」

 

 地図アプリでちゃんと出る場所なら、道順くらいは教えられるが。

 

「して、ジャンクフードの王の店とやらはどこだ」

 

 何だその店。

 反射的に出かかった言葉を喉元でなんとか留めた。相手の目を見れば明らか。謎かけをしてきているわけではなく、本人の中ではいたって真剣なのだ。ならばその意図を汲み取ってやるしかない。困っている相手に親切に応じたいものだから。

 王と言っているのだから、キングという単語が店の名前に入っているはず。そしてジャンクフードでそれとなると、思い当たるものが1つだけ。

 

「ジャンクフードってハンバーガーのことでいいんですよね?」

「そうだ」

「少し待ってください」

 

 思い当たるものが間違っていなかった。そうと分かればアプリを開いて検索だ。見事にヒットし、現在地からの道順を表示させる。整備されている街並みだから、説明も楽である。

 

「この通りを真っ直ぐ行ってもらって、3個目の角を右です」

「そこだったか。すまない。手間をかけさせたな」

「これぐらい当然ですよ」

 

 よっぽどハンバーガーに飢えているのか、その人物は颯爽とその場を去っていく。決して急いでいるようには見させない足取り。人の間を流れるように歩いていくその姿は、川を流れる木の葉のようだ。そしてそれはすぐに見失った。人の目に留まる存在感があったのに。

 

「こちらにおられましたか」

「ベディさん。会計も無事に終わりました?」

「ええ、滞りなく」

「ノア、早く食べましょう!」

 

 べディヴィエールの後ろからひょっこりとアルトリアが姿を見せる。その手にはトレーがあり、注文したメニューが乗せられている。2人分のセットと、べディヴィエールが飲むコーヒーが1つ。にこにこと浮かべるその笑顔に、ノアも頬を緩ませた。存外、先程の会話は緊張していたようだ。

 

「ノア?」

「……本当にそれ食べ切れるの?」

 

 何かあったのだろうかと小首を傾げるアルトリアに、ノアは思考を切り替えて目の前のことを指摘する。そう、アルトリアが頼んだメニューがまさかのメガ盛りなのだ。2段どころではない。齧り付くことすらできない。10段ほどあるハンバーガーなのだ。べディヴィエールが困ったように笑っていたのもそのせい。

 

「え、えへへ、せっかくだからお腹いっぱい食べたいな~って」

「俺は一応食べ切れるけど、アルトリアの分を手伝うのは胃が厳しい」

「大丈夫! 責任を持って食べきるから!」

「だといいけど……」

 

 若いノアでも結構厳しい。友人と挑んでみて「あ、これやべぇ」となった記憶がある。それ以降は腹八分の食事を心掛けているのだ。

 

「もしもの時は私が手伝いましょう。サーヴァントなので食事は必要ありませんが、残しては料理人に申し訳ないですから」

「まぁ、その時はお願いします」

 

 食べ切れますよと頬を膨らませるアルトリアを受け流し、さっそくメガ盛りハンバーガーに取り掛かる。ナイフとフォークがある時点で、手軽に食べられるジャンクフードとは呼べない。これはもはや競技である。

 崩れないように切り分け、フォークで刺し、口に運ぶ。やることはその繰り返し。

 手を止めてはならない。時間をかけてはならない。体が満腹感を覚える前に、胃が限界を訴える前に、喉が拒む前に食べるのだ。今必要なのはスピード。ゆっくり味わう心は置いていけ。

 

「美味しい……! 口の中で味が広がって──」

 

 目の前の少女はそんな事分かっていないが。

 先に言っておくべきだっただろうか。今言ってもまだ十分間に合うか。

 

「一般の方でも気軽にこれを食べられるなんて……! すごい時代!!」

 

 目を星々のように輝かせ、幸福感溢れる笑顔を咲かせている。それも一口ずつ食べるごとにだ。そうする少女に、早く食べろだなんて言えない。そんな精神性をノアは持ち合わせていない。

 

「俺が作ってるわけじゃないけど、そんなに喜んでくれると嬉しいな」

「ノアはこれを作れるの? 私これからも食べたいかも!」

「自己流なら一応」

「ぜひお願いします!!」

 

 ノアの手作り料理を食べられる。それだけのことでもアルトリアは幸せそうに笑った。それを見るとノアも腕がなるというもので、どういう味付けにしようかと頭を働かせる。

 

「ヴェンダー殿は料理が得意なのですか?」

「得意ってほどじゃないですけど、それなりにはできるつもりです」

 

 自覚はないが、記憶上ノアの料理は友人間で評判がいい。誕生日パーティーをする際には、ノアに料理をしてくれと主役が頼むほどに。本人はまったく気づいていないが。極めつけは、マーリンにアップルパイを振る舞って以降、まだまだだなと思っている点だ。

 

「性別関係なく選択肢の幅が広い。本当に素晴らしい時代ですね」

「そこは先人のおかげですね。……社会問題は次から次へと出てきますが」

「それはもう人類の運命でしょう」

 

 ゴールなんてない。理想の社会など存在しない。人は人の定義を確定させることもできないから。可能性を信じるのなら、人を固定化させることなどできない。少なくとも現代の多くの人々は、自由を求めているのだから。

 

『ボクはね、アヴァロン(あそこ)が人類の目指すべき未来だと思っているんだ』

 

 キミはいつか辿り着けるかい。微笑みと共にそう問いかけられたことをノアは覚えている。それをどう答えたかも覚えていて、キミらしいねと返されたものだ。

 

「た、食べきりました……」

「どこにそれだけの量が入ったのやら……。あ、ケチャップ付いてる」

「ん。……えへへ、ありがとうございます」

 

 満腹で苦しいのか、背もたれに項垂れるアルトリアの口元をナフキンで拭う。子供のような扱いで恥ずかしかったようで、彼女は少し赤らめながら笑った。

 

「あ、ノア」

「ん?」

「えい」

「……なにしてんの?」

「ノアも付いてるよ。私が取ってあげるね」

「今つけられたんだが?」

「取ってあげるね」

「はぁ。よろしく」

「任せて!」

 

 彼の口元につけたケチャップを今度は自分が拭う。ナフキンを持ち、彼の口周りを綺麗にした。汚れが残っていないか確認すると、当然意識は彼の口元に向き、ナフキン越しとはいえそこを触ったんだなぁとぼんやり考えた。

 

(ノアのを、私が……。あれ? ということは私も)

 

 当然アルトリアの口だってノアに触れられているわけだ。そこに思い至った瞬間、アルトリアの顔はさらに赤くなっていく。

 大切な人、愛おしく思う相手。けれど未だ男女の関係ではなく、友達以上恋人未満の関係だ。肌を重ねるのは愚か、キスだってしていない。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「アルトリア? おーい」

「ふぁぃ! なんれしゅか!」

「え、アルコールでも入ってた?」

「か、噛んだだけだからぁ!」

「なら安心……? まぁいいや。動けるなら帰ろうか。ガレスと遊ぶんだろ?」

「そ、そうですね。……はい、私は大丈夫です。行きましょうか」

「大丈夫じゃなさそう」

「大丈夫なの!」

「はいはい」

 

 ベディヴィエールを連れ、ガレスが待つ場所へと歩いていく。自然と2人は並び、どちらからともなく手を伸ばし合った。手を重ね、指を絡め、視線を軽く交えてはにかみ合う。

 

「ノア」

「どうかした?」

「ううん。今こう思うのはおかしいのかもしれない。でも、私は今幸せです」

「うん」

「ノアとこうして一緒にいられることが。こうやって何でもないことを一緒に過ごせることが、本当に幸せ」

「うん。俺も、こういうことを重ねていきたい。これからも、ずっと」

「うん! これからもよろしくねノア!」

 

 

 

□□□□

 

  

 8月X日──

 

 

「セイバーは人の、生命の根本は何だと思う?」

「随分抽象的な問いだね」

「そうかしら?」

 

 テムズ川沿い。ビッグベンの北側。かつての王家の庭園として使われていたホワイトホール。そこに植えられている花から彼へと視線を移し、全能少女は首を傾げた。そこから僅かな思考の末、そうかもしれないわねと笑みを溢す。

 答えを分かっている者とそうでない者とでは、認識の差が出てくる。アーサーが抽象的だと思ったのなら、この問いは誰しもがそう思う問いなのだろう。

 

「動物も植物も、生命活動をしているのだからそこに差はないでしょ?」

「そうだね。違いはあっても差がでる事ではないね」

 

 命に大小はなく、優劣もない。どんな存在であれその価値は計り知れないものであり、掛け替えの無いものだ。

 悪であるならば討つしかない。そんな生活をしていたアーサーであっても、それは正しく認識しているつもりだ。

 

「差がないのだとしたら、本来死すべき生命はいないわよね? 食物連鎖、自然の摂理。()()()()()で片付けられることばかり」

「……」

「あ、意地悪を言ってるつもりじゃないのよ?」

 

 『仕方がない』

 まさにそれで命を奪い合っていた。長年続いた内乱、民族の大移動、人を脅かす魔物、巨人とも呼ばれたピクト人。ブリテンは血で血を洗い続ける魔境と化していたのだ。

 それが良いことか悪いことか。愛歌はそれを話したいわけじゃなかった。アーサーの行いが悪だと微塵も思ってもいない。彼は正しく生き抜いたと思っている。

 

「ね、セイバー。生命の根本の話って、言い換えると死についての話なの」

「生きるものはいずれ死を迎える。そういうことだね?」

「そうよ。生と死。人はそれを対として捉えるでしょう? 生きているから死ぬ。いつか死ぬから生きているとも言える。こんな感じに。例外はいるけれどそれは置いときましょう」

 

 数少ない例外。アーサーはかつて自分を導いた夢魔を思い浮かべ、たしかに例外だなと頭から追いやる。死を知らない彼女は、どれだけ経とうと人類を見ているのだろうなと思いながら。

 

「人の考えって不思議よね。()()()()()()()()()()()()()()

 

 死後について。それ即ち天国と地獄。キリスト教においては最後の審判があり、そこで天国行きか地獄行きかが決まると言う。ヨーロッパ諸国に根付いているのは、この宗教だ。

 世界三大宗教の1つであり、残りはイスラム教と仏教。イスラム教なら生前の行いによって死後が決まる。仏教においては、本来のものなら輪廻転生の輪から抜けることを目的とされている。日本の仏教では閻魔大王をはじめとした十王がいるが、それは今は詮なきこと。

 

「紀元前でも、エジプトとかが有名よね」

 

 天秤に心臓がかけられ、それによって死後の沙汰が決まるとされていた。

 なんにせよ、世界を見渡しても死後の世界が存在するとされている。

 それはつまり──

 

「魂が存在するということよ」

「それは僕もそう思っているけれど、それがどうしたんだい?」

「これってつまり、()()()()()()()()()()()()()()()?」

「え……?」

 

 そんなことを考えたこともなかったようで、アーサーは言葉を詰まらせた。会話を思い返し、愛歌が言いたいことをおおよそ理解し、そう考えるのならそうだろうと納得する。

 

「肉体の死と魂の死は別、ということだね」

「そういうことなの」

 

 理解してくれた。その事に愛歌は喜び、年頃の少女の笑顔を浮かべる。

 

「けれどね、どちらが本体かという話でもないのよ。だってそれは意味がないもの」

「意味がない?」

「そうよ。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 それはそうだ。なにせ人は魂を認知できない。それを認知できるのは神々──ひよっとすれば全知全能である愛歌のような例外もあるいは──ぐらいのものだろう。

 つまり、どちらもが本物であるということだ。ただ、人は肉体しか分からないからそれで判断し、死後をも知る神々は魂で判断する。神々が個々人を判別しているかは別として。

 

「英霊は聖杯によって呼ばれる。英雄本人ではなく、座に登録されたその人の影法師が英霊として呼ばれる。()()()()()()?」

「……まさか……」

「座に登録されていないような人間、すなわち英霊ではない者が聖杯で呼ばれたら? 座に情報がない以上、一次情報を使うしかないわよね」

 

 即ち、当人の魂そのもの。

 

「セイバー。あなたが知りたがっていた今回の件の核心よ。あのお兄さん、ノア・ヴェンダーは聖杯によってその魂を異世界に飛ばされた存在。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

□□□□

 

 

 8月8日──

 

 

「本気で……本気でそうだと言うのですか。ガウェイン卿!」

 

 信じられない。信じたくない。

 あまりにも荒唐無稽。あまりにも現実味のない話だ。ベディヴィエールは冷や汗をかき、ガレスは呆然としている。

 

「私も母上から聞いたに過ぎません。が、疑う理由も特にないのです。我が母……異世界の我が母ですが、彼女が嘘をついていないことは分かります」

「……嘘ではないのだとしても、彼を見捨てる理由にはなりません。彼を討っていい理由にはなりません!」

「彼は特異な存在になり過ぎたのですよ」

 

 ひと目見ただけだ。ガウェインはノアと僅かにしか言葉を交わしていない。伝言を伝えた時だけ。

 それでも十分だった。ノア・ヴェンダーがどんな人格なのか。どんな性格なのか。それは手に取るように把握できた。

 あまりにも普通だ。どこにでもいそうな少年で、特徴は親しみやすいぐらい。優しい少年で、ガウェインも好意的に捉えることができた。

 

 そんな少年が偉業とも呼べることを達成している。英雄に届かない程度の少年なのに。アルトリアの助けがあったとはいえ、マーリンの助けがあったとはいえ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 英雄になれないはずの者の英雄譚。これほど異常な現象もないだろう。

 

「今の彼は人理を、この世界を害する存在です。……たとえ本人にその気がなくとも」

「だから討つと?」

「無論です。それが我々の決定なのです」

 

 そうすべきだと考え抜いてから決めたこと。

 そのために呼び出された。特異点のカムランの戦いで、モードレットとランスロットが召喚されたように。

 

「我々英霊が守るべきなのは何ですかベディヴィエール卿! 彼が存在するだけで世界に害をなしてしまう存在ならば! これを討つ他ないでしょう!」

「ですが彼もまた1人のブリテンの民なのですよ……!」

「世界に害をなすのは則ち、他の民への弊害に繋がります。その真実を知って一番苦しむのは、他ならぬ彼ではないのですか?」

「……っ!」

 

 心優しい少年だ。ほんの少ししか知らないガウェインですら言い切れるくらい、分かりやすく優しい少年なのだ。彼はきっと苦しむだろう。自分を呪ってしまうかもしれない。

 それならばいっそ、人理と彼のためにも。

 そう判断することは、間違いでもなく難しいことではない。

 

「それでも……。それでも私は貴方がたに抗います」

「……なぜですかベディヴィエール卿」

「私は彼が普通であると貴方より知っているからです。友と笑い、好いた相手と共に生きようとする。それだけを望む少年だと知っています」

 

 下げていた剣を構え直し、鋭い視線でガウェインを見抜く。

 

「私は民の声に寄り添う者であり、この剣は民を守るためにあるもの。そこに例外などあり得ない! それこそが、我が王に与えられた役目! 今尚変わらぬ忠節の証!!」

「…………いいでしょうベディヴィエール。ならば私も全霊を持って応えましょう!!」

 

 

 

 

 

 

 聖杯によって肉体を作られた一般人? それ自体は聖杯ならあるいは可能なのかもしれない。サーヴァントを受肉させることだって、聖杯には可能なのだから。過去の聖杯戦争でも、1体の英霊が受肉した事例だってある。

 サーヴァントは英雄本人ではなくその影法師。生前の最盛期の再現。新たな肉体という点では、ある意味ノアと同一と言える。

 そういった1歩踏み込んだところまでは、今のノアに考える余裕がない。

 

「なん…………」

「理解が及ばないか。それとも理解したくないのか。だが現実だ」

 

 今のノアはおおよそ人間とは呼べない存在だ。英霊でもなく、亡霊でもなく、妖精でもなければ、夢魔でもない。この地球上に存在する呼称。そのどれもに該当しない存在。

 

「噛み砕いて言おうか? そもそもだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「っ!!」

 

 レイシフトでもなければドリフトでもない。そもそもこの2つも、1つの世界という枠組みからは出ない。だがノアの場合、完全に世界を移動している。神代の遠のいたこの時代で、魔術師の家系でもない少年が。

 もっとも、神代であろうと魔術師であろうと、世界ごと移動するのは容易ではないのだが。

 

「貴様がどう渡ったのか知ったことではないが、私は私の役割を果たさせてもらう」

 

 オルタが黒い聖剣を眼前に構える。収束する魔力は先程の比ではない。あれも魔力を惜しまない力技だったが、今回は文字通り全力。サーヴァントであれば誰しもが持つ能力。

 それ即ち──宝具。

 本来ならば収束するのは光だ。美しく輝かしい光。それは見る影もなく、オルタの聖剣に集うのは光すら呑み込む闇。

 

「ノアぁーー!!」

 

 離れた位置で、ランスロットに取り押さえられながらもその名をアルトリアは叫んだ。右手はアロンダイトで地面に縫い付けられ、背にのしかかる足は岩並に重い。

 それでも、そんなのは関係ないと言わんばかりに、アルトリアは前進を試み続ける。這いつくばろうと、傷が広がろうと。

 

 ──それを止めたい。発動を阻害したい。

 ──諦められるわけがない。失いたくない。

 

「なん、で……」

 

 共に生きるのだと約束した。彼を守るのだと誓った。

 隣りで笑ってくれる。一緒に歩んでくれる。振り返って手を伸ばしてくれる。笑顔にしてくれる。

 予言なんて関係なく、立場なんて関係なく。同じ目線でいられた。

 初めて、愛おしいと感じた。

 そんな彼と──

 

「ただ、一緒にいたい……だけなのに……。なんでそれも……私には赦されないの……?」

 

 目尻から頬へ。音もなく伝う雫が、振り下ろされる黒の聖剣を写した。

 

 

 

□□□

 

 

 

 ──王は人の心がわからない

 かつて1人の同胞はその言葉を最後に円卓から身を引いた。

 

 ──怒りを覚え、裁くことで人の心を知ってほしい

 今思えば浅はかな考えだった。

 

 ──サー・ランスロット。あなたは愛を知っていますか?

 あの方は……きっと──

 

 

 たとえかつて忠義を誓った王ではないのだとしても。

 たとえ我らが忠義を誓った王に刃を向けることになっても。

 

 

縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)!!」

 

 

 彼女の願いは決して間違ってなどいない。

 

 

□□□

 

 

 

 清らかな青い光が奔る。

 

「……なるほど」

 

 常人には追えぬ速さのその光をオルタは捉えた。自身が持つ聖剣と並ぶ神造兵器。迫り来るその剣に、オルタは狙いを変えて振り下ろす。

 激突する宝具と宝具。込められていた魔力同士が爆風を生み、近くにいたノアは後方に吹き飛ばされた。

 

「そちら側についたか、ランスロット」

 

 オルタの宝具は剣に込めた魔力を放出するもの。対するランスロットの宝具も、本来ならば似たものだ。それをランスロットは魔力を剣に込めたままぶつけた。他の剣であれば自滅して剣が砕けるやり方だが、アロンダイトは「決して壊れない剣」である。それを利用し、自身の剣技として放っている。

 エクスカリバーが「外部から壊す攻撃」ならば、このやり方は「切断面(内部)から壊す攻撃」だ。今回は宝具の相殺狙いのため関係ないことだが。

 

 生み出された爆風の中を、オルタはものともせず突っ切る。邪魔な要因は手早く取り除くためだ。

 よく知っている相手だからこそ、次の機会など設ける気はない。その実力、技量も認めている。であれば、敵対した時の厄介さも容易に想像できるというもの。

 爆風を突き抜け切る前に剣を振り抜いた。弾かれる音、その感触。互いに知っている相手だからこそ、ランスロットもまた備えている。

 

「はぁっ!」

 

 ランスロットが一歩踏み込み、オルタを押し切る。その力に逆らわず、大きく後退したオルタは、剣を構え直しながら目を細めた。

 

「やはり厄介なものだな」

 

 ランスロットが、ではない。事前に与えられた知識でわかっていたことだが、目の当たりにするとその厄介さがよく分かる。

 人理がノア・ヴェンダーの消滅を望むのも納得だ。

 

 剣に魔力を込める。それを横薙ぎに振るおうと、ランスロットは僅かな隙間を縫うように駆け抜ける。超低姿勢での高速移動。もはや低空を跳んでいるとすら言えるその移動で、ランスロットはオルタに迫った。

 何度も刃を交えれば理解もできる。英霊となった身であるからこそ、その基礎能力は外的要因に左右されやすいと。聖杯戦争においてそれはマスターの力量の差。

 だがオルタにマスターはいない。彼女の魔力供給源は、魔術師ではなく世界そのもの。この星自体が、彼女に力を貸している。この役目を、ノア・ヴェンダーの消滅を完遂させるために。

 

「逃げたまえヴェンダー!」

「……っ!」

「その程度の時間であれば稼いでみせよう!」

「ランスロット卿……」

 

 決して長い時間は稼げない。ランスロットに魔力供給を行っているのはモルガンだ。魔術師として神域にまで届いている彼女であっても、世界そのものには魔力量で拮抗できない。何より、ランスロットは今モルガンをも裏切っているのだ。いつ供給を断たれてもおかしくはないし、何かしらの攻撃を受けることも考えられる。

 

「無駄なことを」

 

 肉体の筋力であればランスロットが勝る。だがそこに魔力が加われば逆転だ。竜の炉心を持つオルタに、出力勝負で挑んでも勝てない。身体強化でさえ、その差は大きくなる。

 オルタ相手にせめぎ合いは叶わない。今のランスロットに許されるのは、オルタになんとか食らいつくことだけ。今思えば、宝具を防げたのも──

 

「アルトリア!」

 

 恐怖を抑え込む。気持ちを強く持ち、ノアは血を流して倒れているアルトリアへと駆けていく。オルタとランスロットを挟んでほぼ反対側。巻き込まれないためにも、迂回して行かないといけない。

 剣のぶつかり合う音。超人同士のそれは、甲高い金属音では収まらない。続け様にノアの耳に響いてくる音はどれも轟音に等しかった。よく聞けばその音の質も何度か変わっているが、そこを聞き分ける余裕も、戦いを見届ける余裕もノアにはない。

 どういうわけかランスロットが味方になり、さらに捨て身で時間を稼ぐつもりでいる。それに対する後ろめたさはあるが、今は甘えるしかない。オルタに対抗できる力がないから。そして、アルトリアが負傷しているから。

 

「騒々しくなっているな」

「!!」

 

 空から灰が降ってきた。漠然とだが察知もした。

 何より、声を聞いただけでもわかる。

 

「モル、ガン……」

 

 つまらなさそうな顔をしながら彼女は、ノアとアルトリアを遮るように間に姿を現した。その背は無防備にアルトリアに向けていて、それが罠であることはわかりやすい。

 

「ご安心をノア。まだあなたは解放()しません」

「それじゃあ狙いは──」

「裏切り者には相応の罰が必要でしょう?」

 

 青いラインが入った黒の杖。もはや魔槍と化したそれを、モルガンは目の前の空間に突き刺した。

 それは転移だ。目の前の空間を刺しているその槍は、青白い光にその先を突っ込んでいる。その光の先は無論、オルタと交戦しているランスロット。

 

「ぐっ……! さすがに2人相手は……」

「今のモルガンの奇襲で致命傷を避けたのは見事だサー・ランスロット。だが、その傷ではもう食らいつけまい」

「……っ!」

 

 聖剣が振り抜かれる。防ごうとするランスロットの腕を、モルガンが容赦なく切り飛ばす。それにより防ぐ手段を失ったランスロットに、オルタの聖剣が深く切り込まれた。その深さは的確に霊核を裂いている。

 

「がっ……。時間を稼ぐと言っておきながらこれとは……ですが!」

「むっ」

 

 振り抜かれた聖剣を追い左手で掴む。ランスロットが持つ宝具の1つ。逸話を元にしたその力。

 ──騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)

 手にしたものを何であれ自身の宝具とする能力。たとえそれが他人の宝具であろうともだ。

 眉をひそめたオルタが、ランスロットの手を放させるために蹴りを腹に叩き込んだ。負っていたダメージからそれには無防備で、その代わりランスロットは足を踏ん張らせた。動いたのはほんの数cm。衝撃によって聖剣から手が離れてしまったがそれは瑣末なこと。

 目を逸らさせればよかったのだから。

 

「お覚悟を。縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)!!」

 

 持てる魔力の全てを放つ。モルガンからのパスはもうないのだから、それを出し切れば消滅する。だが、放っておいても消滅する。

 要は終わり方の違いだ。それをランスロットは選んだ。最後の1秒まで戦い抜くことを。

 ほんの僅かな差しかない。一瞬だけ、仕掛ける側であるランスロットの方が早く動いていた。その差は、猛者であれば決定的なものだと納得する。「惜しかった」なんてない。「運が良ければ」なんてない。全てはその場の要因で決まること。起こったことが全てだ。

 

「見事だサー・ランスロット」

 

 その言葉と同時に、()()()()()()()()()()()()()

 

「私が並のサーヴァントとして現界していたならば、その刃は私に届いただろう。だが今の私は人理から派遣された身。この程度なら覆せる」

 

 魔術による身体能力のブースト。それをオルタは行っただけだ。ただし、本来の出力を今回の現界では上回れる。魔力量だけではなく、その出力も増えたというわけだ。

 

「困ったお人だ──」

 

 黄金の淡い光と共に、ランスロットが姿を消した。サーヴァントが消滅する時の反応だ。

 それを見届けたオルタは、自身の左腕を見て小さく笑みを溢した。

 

「だが、さすがは湖の騎士だ。一矢は報いられたか」

 

 斬り落とされてはいない。傷自体も大きなものではない。しかし、ランスロットの宝具は内部から破壊するもの。小さな傷に見えようとも、その実内側の被害は大きい。

 とはいえ、片腕が戦闘に支障をきたすくらいだ。まだ右腕が残っている。これなら、まだノアの命を切り取ることが可能だ。

 

「止まるがいい」

「……モルガン?」

 

 それを静止させたのは、ノアに呪いをかけているモルガンだった。彼女はノアを庇うように前へと踏み出て、オルタを睨みつけた。

 

「ノアは手順を踏んで始末する。余計な横槍は不要だ」

「手順? それこそ不要だ。魂ごと消滅させればいいのだからな」

 

 両者が睨み合うのを、ノアは呆然と見ていた。どちらもノアの命を狙っていることに変わりはないが、今だけで言えばモルガンが守ってくれている。殺すと明言しているのに。いったい何が彼女をそうさせるのか。

 それを聞ける空気ではない。ひりつき、まさに一触即発である。

 そんな空気の中、1体の英霊が割って入った。

 

「それはまだ待ってほしい」

「っ!? 貴様は……」

 

 その英霊に両者が目を向け、とりわけオルタの方が大きく反応を見せた。それもそのはずだ。抜き身のその剣を目にしたのだから。

 

 黄金に輝く剣。妖精によって造られし神造兵器。ガラティーンのような姉妹剣でもなければ、アロンダイトのような同類でもない。

 その輝きを、他でもないオルタが見間違うはずもない。その剣を知らないわけがない。

 詳細こそ違えど、眼前にあるその聖剣は自身が持つものと同じ。それの担い手もまた、自分と同じ存在。

 

「なんとも奇妙な体験だけど、名乗らせてもらおう。私はアーサー・ペンドラゴン。貴殿と同じ騎士王であり、貴殿とは異なる世界を歩んだ」

「……これはこれは。お初にお目にかかるアーサー・ペンドラゴンよ。我が真名はアルトリア・ペンドラゴン。かつては便宜上、騎士王としてアーサーも名乗った存在だ」

 

 それは起りえぬはずの現象だった。本来であれば、たとえ英霊であろうと騎士王同士が会うこともない。それぞれが生きた世界が違うのだから、登録される英霊の座もそれぞれの世界のもの。たとえ2人が同じ場所に召喚されることがあろうとも、互いに視認できないはずなのだから。  

 その制約が完全に崩壊している。と言っても今更な話だ。騎士王アルトリアと魔術師アルトリアもまた、互いを認識しあっているのだから。

 ただ、やはり騎士王同士が相見えるというのは、本来あり得ぬこと。

 それが叶うことは、ここが異常だということの証左だ。

 

「アルトリアとはまた異なる騎士王か。こちらは男なのだな」

「お久しぶりです姉上」

「あね……」

(あ、モルガン照れてる)

 

 口には出さなかったのに、ノアはモルガンに睨まれた。アルトリアといい、妖精はノアの心を読めるらしい。

 

「お変わりないようですが、私の知る姉上とも違うのでしたね」

「……何をしに来たアーサー。お前はそこの(騎士王の)アルトリアとは違って、マスターに召喚された身。場合によっては」

「ええ。場合によっては敵対します。ですが、マスターはどちらに付くかを決めていない。私にそれを委ねると言いました」

「して、その答えは?」

「それを今から得るつもりです。今回の中心。問題の核たる彼に問うことで」

 

 聖剣を向けられる。アルトリア・ペンドラゴンとはまた違う聖剣。同一にして異なるエクスカリバー。

 ノアにそれを向けられ、モルガンが僅かに槍に力を入れた。先ほどと同じだ。モルガンの計画では、まだノアを死なせるわけにはいかない。今はまだ問答でしかないが、アーサー・ペンドラゴンが「すぐに討つべし」と判断した場合、モルガンは2人の騎士王を相手取ることになる。

 

「君はなぜ彼女(マーリン)を求めるんだい?」

「……」

「……」

「……へ?」

 

 予想だにしなかった質問に、モルガンもオルタも言葉を失った。問われた本人であるノアだけが、辛うじて気の抜けた言葉を発している。

 

「マーリンは基本的に不干渉を決める夢魔だ。輝けるものを観られたらそれで良しとする存在。実力自体は高いけどね。今なお世界有数のキングメイカーと称され、その気になれば世界さえ騙せる大魔術師」

 

 かつてマーリンに導かれたアーサーだからこそ、その実力の高さと危険性を認知している。仮にマーリンが世界を相手取ったら。碌なことにはならない。その予感もある。

 だからこそ、世界から危険だと認識されているこの少年が、そんな夢魔をなぜ探し続けているのか。彼女と再会したとして、いったい何をしようというのか。

 それを知ることで、アーサーは今回の戦いでの立場を決める気でいる。

 

「彼女といったい何をする気なんだい?」

 

 下手な口答えはできない。口調こそ穏やかで、その表情も優しい青年のものではあるが、真っ直ぐな瞳が物語っている。答えによっては容赦しないと。

 

 だが、迷う理由がなかった。

 特別な理由だってない。

 

「……俺はマーリンに側で見ていてほしいだけだ」

「……?」

「この命はマーリンのおかげで今がある。だから俺は、俺のできることでマーリンに恩返しがしたい」

「それは世界を脅かすことで?」

「違う」

 

 そんな力なんて望んだこともない。

 

マーリンが美味しいと思える料理を作ることでだ

 

 自信作が通じなかった。ならもっと腕を磨けばいい。いつかきっと、それは叶うと信じて。

 

「それは……」

「世界なんてどうでもいい。俺は、俺の大切な人と生きていたいだけなんだ!」

 

 いつだって望んでいるのは平穏だった。

 争いなんて嫌いだから。痛いことは怖いことだから。傷つけず、笑い合って。手を合わせあって。

 そうやって生きていきたい。持っている願望などその程度のことなのだ。

 

 淡い光がノアの隣で収束する。形式が違えど、それが何であるかは誰もが直感的に理解した。

 

「いけないなぁノア。夢魔相手に本気になっては」

 

 甘くて、華やかで、澄んでいる声だった。

 たった数日。されど数日。体感的にはもっと長く感じていた。

 

 それが誰かなど、問う必要などなかった。

 このタイミングで現れることができる人物。独自のやり方で現界できるチート存在。

 

「けれど、うん。素直にそれは受け取ろう。嬉しいよノア」

 

 見た瞬間に抱く印象は白。

 その髪色や服装が相まってそう感じ、次第にその魅力に目を奪われる。夢魔とはそういう存在だから。人間にとって、魅惑的に映る存在だ。

 

「マーリン……」

「ふふっそうだよ。数日離れている間に大変なことになっているね。トラブルメーカーかな?」

「うるさい……!」

「嬉しそうに言っちゃって」

「嬉しそうになんて言ってない!!」

 

 否定はするけれど、口元が緩んでしまう自覚はあった。再会できたことが、本当に嬉しいのだから。

 そんなことを考えていると、ひんやりとした柔らかな手が頬に添えられた。美しいその瞳は、どこか茶化しているようで、けれど真剣な目でもある。

 

「ノア。君がボクの特別(マスター)だ」

 

 目を見開いて、数巡してから笑みを浮かべる。まさかマーリンにそんなことを言われる日が来るとは思ってもいなかった。

 添えられた手に触れ、頬から離させたら包み込む。優しく、慈しむように。

 

「ありがとうマーリン。これからもよろしく頼む」

「うん。任せたまえ」

 

 

 

 

 

「君たちの再会はひとまず祝福するけれど、その間に彼女たち(モルガンたち)が姿を消したよ」

「……アルトリアもいない」

「騎士王の方ならバイクで颯爽と消えていったね。……ノンヘルって捕まるんじゃなかったっけ?」

「どうとでもしそう……。ってそっちじゃなくて!」

「もう1人の方なら、モルガンに連れられてたね。いや止めたほうがいいとは思っていたけれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「?」

 

 そうなのかとマーリンに目で問うと、夢魔はこくりと頷いた。

 サーヴァントはそれぞれの逸話を元に能力を決められる存在。当時からの弱体もあれば、要因の付与もある。当時は持っていなかったはずの武器が、サーヴァントになると持っていたりなど。

 英霊召喚というのも、実は無茶苦茶な部分があったりするものなのだ。

 

「ボクらも一旦帰ろうかノア。大丈夫、アルトリアが殺されることはないし、彼女がなぜ大人しくモルガンに付いて行ったのかも見当はついてる」

「最悪が起きないのなら、まぁ……」

「むしろ覚悟を決めるのはキミだよノア」

「……」

 

 夢魔がいつになく真剣な目でノアを見た。その目で視えるものもあるから。

 

「世界を敵に回す覚悟が、キミに持てるかい?」

 

 

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