認識がおかしくなる。正しく認識していると確信できるのに、間違った認識をしていると解っている。
矛盾のすり合わせをする。使い古したビデオテープのようにブレる思考を、解像度を上げて鮮明にしていく。
──ここはアヴァロンだ
それを言葉にした。口から発した。自分の声すら耳に届かなかったけれど、言ったことは間違いない。その瞬間、視界が晴れていくように脳の認識が統合されていく。
そこには視界を埋め尽くすほどに花が咲き乱れていた。地平線の先にまで続く美しい花たち。その上空に浮かんでそびえ立つ塔。
──
ひと目でそれの意味を見抜く。ここは
『初めましてだね。
薄っすらと笑う。同じでありながら違う存在。異なる自分。そんなものと話す機会なんてまずない。こちらの私はどうやら男のようだね。趣味じゃないな。
『
失念はしていたね。あの特異点はまだしも、こちらの世界の
世界における魂の数は決まっている。それぞれの席も決まっている。代わりなんてない。だから当然、
──姉離れも必要だったからね
──これはこれで有りだよ
『この終わり方はボクの主義に反するんだよね。このまま辿ればビターエンドだ。世界にとってはハッピーエンドだけど、ね』
世界は
もしノアがそれを乗り越えたら。召喚されている騎士たちを押し退けられたら。
それこそ、
それにしてもそこを面白くないと感じるとは。
──
私よりマシなんて思ってるなら愉快だね。
『ははは。彼は元々こちらの世界出身だからね。そして、彼は自身と世界双方にとってのハッピーエンドを目指せる子だ。
自分も生きる。特異点も荒業であれ解決させる。ノアはたしかにそれをやろうとした。いや、それができたんだ。
ただ、その選択から更なる問題が出ただけ。
──
──そう言いたいのかい?
『そうだとも。これを延長戦とするのなら、エンディングがまだなんだよ』
私は
『
逃げ? 同じマーリンだからってお見通しとでも思っているのなら甚だ遺憾だよ。
『どっちでもいいさ。
足元に陣が浮かび上がる。転移させられる。どこに、なんて疑問は浮かばない。
『特別に席を譲ってあげよう! なーに、
声が聞こえる。
聞こえて、胸の内がほんのりと熱を帯びるのを感じた。そんなもの、夢魔が感じるはずもないのに。
──まったく。しょうがない子だね、ノア
□□□□
8月10日──
2人の騎士王の登場。ランスロットの脱落。マーリンの現界に、アルトリアの消息が不明。
一夜にして起こった出来事は、戦況を一変させた。それの整理と今後の方針の協議のため、一同はエルメロイ2世の屋敷に集っている。マスターたちが椅子に座り、英霊たちは側に立っていたり離れた位置にいたりと様々だ。そんな部屋の空気は決して良くない。
ノア・ヴェンダーという存在が、どうしても空気を重くする。
エルメロイ2世は会ったときから引っかかっていた。生身で特異点を行き来する人間など本当にいるのかと。しかし聖杯戦争に巻き込まれた以上、そちらに集中しなければならない。だからライネスを通じて、獅子劫に調査を依頼したのだ。
果たしてその結果は予感を的中させていた。
かつてキャメロット城だったとされるティンタジェル城。そこで起きた転落事故。その当事者がノアであり、その遺体は葬儀の後火葬されている。
その事実は不信感しか抱かせない。今いるノア・ヴェンダーは何なのかと。
そして増えた情報に注目せざるを得ない。世界にとって悪影響だという話に。
「話は少し長くなりそうだね。ノアのこと、今回の騒動のこと。先にノアの話をした方がスムーズに進められるかな」
話の主導権を握っているのはマーリンだ。ノアが探し続けていた相手。昨夜ひょっこりと現界した夢魔。死なないからこそ英霊にはならず、サーヴァントの真似事をしてここにいる。
そのマーリンに口を挟む者はいない。すべて把握できているのが、この場にはマーリンと沙条愛歌しかおらず、その内の1人が全貌を話そうとしているのだから。モードレッドは壁にもたれながら耳を傾け、アーサーは「本当にちゃんと説明するのかな」と怪訝そうだ。
「その前に確認作業だ。モードレッド。キミは今回味方なのかな?」
「オレは今マスターのサーヴァントだからな。マスターの指示に従うだけだ」
「なるほどね。次にガレス。キミがいた場。ベディヴィエールはガウェインに討たれ、そのガウェインは騎士王アルトリアに付いた。そうだね?」
そこに感情など篭っていない。淡々とした声は薄情にも思えるが、それはかえってガレスを落ち着かせた。自責の念はあれど、相手がマーリンともなると「こういう奴だしなぁ」と思えるからだ。これが他の人物だったらそうはいかなかっただろう。
ガレスは1つ深呼吸を入れた。背筋を伸ばして真っ直ぐマーリンを見る。
「はい。ベディヴィエール卿は全てを知って、それでもなおヴェンダーさんの味方だと言い切りました。それで……ガウェイン卿との決闘の後……」
「なるほど。キミは迷ったわけだ」
「っ!」
「マーリン」
ハッとガレスは息を呑み、ノアがマーリンを窘める。それはあまり効果をなさないが、口を挟まずにはいられないのがノアだ。たとえガレスが迷おうと、ノアはガレスを友人だと思っている。
「いやむしろ安心したのさ。ガレスはそういう騎士だからね。身内との争いを避ける。たとえ自分が殺されそうになったとしても、だ」
「……それは……」
「私としては、迷い続けてくれる方が嬉しいね。ノアの敵が減るのだから」
「ヴェンダーさんの敵だなんてそんな……!」
「けれど味方として戦うこともできないだろう? 相手に兄であるガウェインがいるし、別側面だろうと騎士王アルトリアもいる。モルガンも母親だ。ほら、君が戦える相手はいない」
「マーリン」
今度はさっきより語気が強かった。これにはマーリンも肩を竦めて黙る。身を案じてくれているとノアも分かっているが、友人を困らせたくもない。
「さてと、ガレスも答えは未定として、それでは次の話に入ろうか」
空気が張り詰めた。主にエルメロイ2世たちの方で。気を緩めているのは、マーリンと沙条愛歌くらいだろう。
「事実確認からいくと、ノアは人間ではなく元人間だ。記録にある通り事故死している」
「……」
「そこはあまり重要ではないのだけどね」
「……ん!?」
食いついたのは他ならぬノア自身で、目を丸くして隣に立つマーリンを見上げた。彼女はそれを予見していたのか、小さく笑ってノアの髪をくしゃりと撫でる。
落ち込んでいる彼を見るのは、面白みがない。
「結論から言っても分からないだろうから順を追って話すよ。丁寧に話すのは私の趣味ではないけど、今回は特別だ。その代わり1度しか言わないよ」
「いいからとっとと話せ」
「やれやれ。せっかちだねモードレッド」
わざとらしく肩を竦めたマーリンは、一拍おいてから語り始める。
1人の少年の軌跡を。それに関わり、運命が変わった妖精たちの話を。
前提として、異世界は決して時間軸が同じではない。何年何月何日。それが重なるのは一定範囲の平行世界のみ。暦の名称すら異なり始めると、多少なりとも時間軸もズレる。だがある程度は近くなるものだ。同じ星の中での物語なのだから。
それすら異なる異世界では完全にかけ離れる。時間軸が大幅にズレていたって何もおかしくない。本来なら交わることもなく、それによる影響も出ないのだから。
「そのはずだったんだけどね。ある日世界同士が接触してしまった。それはほんの小さな穴を作ってしまったんだ」
「世界同士の接触だと? ミスマーリン。そんなことがあり得るのか?」
「当然の疑問だねロード。無論本来はあり得ないことだったとも。けれど事実だ。ただ、ここと接触したその世界は真っ当ではなかった」
真っ当な世界の方は、今もこちらとは接触していない。
「あちら側にとっても異世界。剪定される世界。要は異聞帯だったんだよ」
「っ!!」
「異聞帯?」
首を傾げるノアにマーリンはふわりと微笑んだ。予想の範疇だ。
「ノアには難しかったかな。丁度いいからアルトリアで話そうか。キミが物語で知ってる通り、彼女は騎士王になるはずの存在だ。そこのアーサーみたいにね。けれどキミの知る彼女は魔術師だろう? そういう異なる歩み。進歩が止まるような展開を世界は望まないんだ。そうなってしまうと、それは異聞帯として剪定され、世界に捨てられる」
「……ぇ、じゃあ……」
「そうだね。
その言葉にノアは声を詰まらせた。その事実を受け止めきれるほど、今のノアに余裕はない。
けれど言い切ったマーリンに不満も抱かない。はっきりと言ってくれる方がまだマシだ。
「その事はひとまず置いといて。剪定された異聞帯がこちらと接触してしまった。その時に生じた小さな穴。そこに居合わせてしまったのがノアだ」
「えっと……待ってくれマーリン。俺にその記憶が、一切ないんだけど?」
「そうだろうね。キミは
「2回目……?」
特異点でのループの話だろうか。たしかにあの繰り返しの中で、記憶は何も保っていなかった。今ある記憶も、カムランを乗り越えた時の記憶、最後のループの記憶だけだ。
「そうじゃないわお兄さん。あなたは異世界に2度渡ったのよ」
「…………え?」
くすくすと微笑みながら告げた少女の言葉に耳を疑った。余裕があれば「思考を読むな」とか言えたのに、そこまで今は頭が回らない。
「1度目はマーリンが今言ったタイミング。当然だけどその渡航に耐え切れるわけがない。あちらでお兄さんは死にかけだったはずよ」
「死んではいないのな」
「じゃないとこちら側にお兄さんの遺体が残らないでしょ?」
「……いやな説得力だよ愛歌ちゃん」
グレイとガレスが気まずそうに目を逸らす。魔術師としても、騎士としてもまだ未熟で、周りと比べれば1人前とは言い切れない2人だ。必要があれば非常に徹していられるが、まだ真っ当な心も持っている。
そんな2人を気遣うことなく、マーリンは話を続けた。時間は有限なのだから。
「ノア。どういう経緯かは私も知らないけれど、キミは異聞帯でモルガンと出会い、命を救われた。キミの性格なら恩を返そうとするだろう。結果、キミはモルガンに寄り添い、紆余曲折を経てこちらに帰還した」
流れるような情報を、ノアはなんとか呑み込む。
「戻れたのは……モルガンのおかげだろうね。彼女の性格からは考え難いけれど、説得したのか何なのか。ともかくキミはこちらに帰還した」
「それが1回目」
「その通り。そして2回目はすぐに起きた」
ノアがティンタジェル城に訪れたという記憶までしか持たないのは、2回目までのインターバルが短さも影響している。
「それを起こしたのが、魔術師であるアルトリアだよ」
「…………は?」
思考が止まる。理解が追いつかなくなる。
ノアにはそれが呑み込めない。他人を巻き込むようなことを、あのアルトリアが望むはずがないのだから。彼女はどこにでもいるような、心の優しい少女だ。
「キミを再度向こうに引き込んだのは、聖杯の力。それを使ったのがアルトリアという話だよ」
「なん、で……?」
「ささやかな願いだとも。キミにだって想像はつくんじゃないかい?」
アルトリアが願ったことは何なのか。
この状況にまで繋がるような願い。いや、戦いは望まない。彼女が望んだのはそういうことではなく──。
「
答えを言ったのは愛歌だ。小鳥が歌うような声で、まるで恋話をしている女の子のように。少し照れているのは、すぐ隣りにいるアーサーを意識しているのだろう。
「いや……でもアルトリアは、聖杯があれば身長伸ばしたいとか言ってたぞ……」
「それはだって、すでにお兄さんが隣りにいたからでしょう?」
「……っ」
「違いはあれど予言の子。少ししか観察してないけれど、使命に燃えるような人だって印象は受けなかったわ。そんな彼女が、もし旅の中で聖杯を見つけたら」
普通の子が、普通ではない使命を背負わされていて。そんな中で万能の願望器を手にしたら。
年頃の少女らしく、それを願う可能性だってあるだろう。
「アルトリアは恋をしたいと願った。そして聖杯はそれに応えて、それを叶えられる人物を引っ張り出すことにした」
「それが俺なのか? でもなんで」
「キミがモルガンさえも惚れさせたからさ」
「……え?」
「まず向こう側に、アルトリアに応えられる相手がいなかったんだろうね。けれど、大妖精たるモルガンを惚れさせた男はいた。その実績を買われてノアが再度向こう側に飛ばされた。一度向こうにいたという縁も働いたんだろうね」
異聞帯のモルガンは、汎人類史のモルガンと違って誰とも結婚していない。子をもうけることもなかった。そうなるはずだったモルガンが、心を開いて迎え入れた相手。それがノア・ヴェンダーだ。
□□□
「ノアが私と出会った時、まずノアは自身のことを一切覚えていなかった」
異世界への漂流。平凡なノアにはそれを耐え切れるものでもなかった。あるいは、モルガンが見つける前に襲われていたことで、記憶が飛んでいたかだ。
命からがら逃げ、倒れ伏したところでモルガンと出会い、ノアはモルガンに助けられた。記憶もなかったせいなのだろう。大恩をモルガンに感じていた。
「それでノアは私に同行することになった。共に並び、歩み。やがて私は彼を伴侶として迎えた」
「伴侶!?」
「助けてすぐではない。長い旅の果てに、だ」
「そういうことじゃなくて……」
アルトリアの言いたいことが分からないでもない。だがモルガンはそれを無視した。
「その際に私はノアに、ノア・ヴェンダーという名前をギフトした」
それはモルガンが、ノア自身が思い出せない記憶を長年かけて何度も覗き、思い出させるのも兼ねて付けた名前である。
本人の名前。それをギフトという形にして。しかしそれによってノアに1つの特性が付いた。それが『非人間への
なんにせよ、そういうノア・ヴェンダーだから、聖杯もアルトリアの願いを叶えるためにノアを引き込んだというわけだ。
「私はノアが生きられることを望んだ。戦いの似合わない、血の似合わない彼を側にいさせ続けられない。だから彼と話し、半ば強引にノアを元の世界に送り返した。そのための研究も進めていたからな」
どうすればノアが確実に元の世界に戻れるのか。どこをどう保護しておけばいいのか。それを分析し、作り上げ、そして送り返した。
それに何も思わなかったわけがない。苦悩の末の選択だ。当然だ。だって、
モルガンは本来、大切なものを手の届く範囲に留めたがる。側において、共に時を刻みたいと願う。
そんな彼女が、自身の想いを殺してまでノアとの別れを選んだのだ。
──そうしなければ、ノア・ヴェンダーが変質してしまうから
別れを惜しみたい気持ちも押し殺した。ノアを恫喝するようなやり方で、追い出すようなやり方で送り返した。そうしないと、ノアがまた来てしまうかもしれないから。
後悔は……なかったと言えば嘘になる。後悔をしないようにしようと心に蓋をするまで、どれほど自分を殴りたくなったことか。どれほど、胸が張り裂けそうな思いをしたことか。どれほど…………。
そうやって、最愛の人と別れたのに──
「それを貴様が呼び戻した」
──どれほど打ちひしがれたことだろう。
「ノアの記憶を奪い、彼の想いを自分へと刷り込ませた」
「ちが……わたしは……!」
「何が違うというのだ!」
最愛の人が、自分の敵となる妖精と仲睦まじくなっていた。そんな光景を見せつけられ、怒りを覚えないわけがない。嫉妬はやがて憎悪へと変貌した。
だがすぐには殺せなかった。聖杯によって生み出された特異点のせいだ。異聞帯の上に作られた特異点。あるはずのない円卓が作られ、それぞれに
それがあるからアルトリアは、
それを待ちきれるほど、憎悪は優しくなどない。恋路を汚されたのだから。
そしてそれの矛先はやがて、ノアへと向けられた。
『
今思い出しても、やはり堪える。ショックは大きかった。彼と接すれば接するほど、「彼は別だ」と叩き付けられた。
容姿や声は当然同じ。人柄も性格も何1つ変わってなどいなかった。
ただ違うのは、
この上ない絶望だった。
妖精は何をしようと無意味だと、守ることも救うことも無意味だと理解させられたあの日より、それの方が心が傷んだ。
冷徹になっていたはずなのに。冷え切った心だったはずなのに。
彼の存在はそんな自分を狂わせる。しかしそれこそ、彼を愛し続けていた証。
「ギフトを与え、人間という型に戻し、元の世界に帰らせたというのに! 貴様が呼び寄せたことでノアの
渡航の時点で、ノア・ヴェンダーは人から離れ始めていた。そこに特異点でのループも加われば、崩壊は加速していく。聖杯の力をほぼ一身に受け続ける人間が、真っ当な人間で居続けられるわけがないから。
それでも人の形を保ち続けられたのは、皮肉にも聖杯の力だ。アルトリアの願いを叶えるために。マーリンとの"つながり"もそれを手伝った。
だが、根本的に何よりもノアを守ったのは、「ノア・ヴェンダーは人間だ」とするモルガンのギフトだ。それが最も強かった。
そもそもアルトリアの願いを叶えるだけでいいのなら、人間である必要がない。そこを耐えさせたのもまた、モルガンの
「目を背け続けるのもそこまでだアルトリア。貴様が
違う。覚えていなかったのは、本当のことだ。それが無意識なのか意識的なのかは分からないけれど、その記憶は蓋をされていた。
けれどこちらに来てからは、その蓋が無くなっている。すべて思い出している。
自分の育った
(私は願った。こんな現実なんていらないと。誰かを心から好きになれて、一緒に過ごせるような、ささやかな毎日が欲しいと)
ただモルガンという明確な脅威もあったから、その叶い方は変則的になったけども。
「私は……誰かを好きになって、好きになってもらって。それだけでよかった」
「……。その結果がこれだ」
篭った力を、抑えながらモルガンは突きつける。現実を。アルトリアが取るべき責任を。
「貴様のその願いは、ノアを世界の敵へと作り変えた。無論、私にも責任の一端はあるがな」
「……ぇ?」
「何を驚く? ノアの持つ特性は、私が付けてしまったものだからな」
『非人間への
対象はピンポイントだ。現代社会なら圧倒的に人間だらけ。だから意味を成さない特性。だが、
その力は、相手を惚れさせる場合もあるがそれは小さな可能性。大部分は、出会った英霊を味方に付けるということ。
人理にとって厄介でしかない。始末しようと英霊を送り込んでも、その英霊がノアの味方になる可能性があるのだから。それはたとえ、守護者だろうとも。
「だから私はノアを
モルガンの愛したノア・ヴェンダーは
認めたくはないが、彼が死んだのならその死は妨げられてはいけない。その魂は、次の生へと向かわなければならない。
だからモルガンは、彼を愛するが故に彼を自身の手で殺す。その魂が、個人によって歪められるのを見過ごさない。その在り方を、人理に決めさせたりなんかしない。
「今のノアは不安定だ。その魂の形は崩れている。私やお前であれば妖精。マーリンであれば夢魔。そうやって魂にはそれぞれの定義がある。それが今のノアにはない」
世界中の何処を捜しても同じモノはない。この星に定められた生物ではなくなっている無形の魂。
世界にとっての異物だ。そして、
言い換えれば、
彼の存在そのものが、特異点を生み出す原因となっている。そして英霊にさえ干渉できてしまう特性。人理にとってこれほど脅威なモノもないだろう。
だから人理は、その魂ごと無に還すために騎士王を召喚した。このブリテンにおいて、彼女以上の存在がいないから。
彼女の持つ
「まったく迷惑な話ではあるがな」
ノア・ヴェンダーを殺す。この一点ではモルガンは騎士王アルトリアと手を組めたことだろう。だが、そのやり方が異なる。アルトリアの、人理の狙い通りにさせたら、ノア・ヴェンダーの魂に次がない。
「私の目的は、今のノアを人として再定義して殺すことだ。ノアの異常性を極限にまで抑え込み、ただの人間に戻してから殺すことで、ノアに次を与えられる」
「ノアの、次の人生……」
「そのための仕掛けは既に施してある。それも明日には叶う。……マーリンとの"つながり"や礼装のせいで時間を要したがな」
そのための呪いだった。
「アルトリア。もう分かっているな。貴様が何をすべきなのか。真にノアを想うのなら、どうするべきか」
答えは、言わなくても明白だ。
「わかっているからこそ、貴様は私に同行したのだろう?」
「私は──」
□□□
「ふむ、休憩ももういいだろう。なんだったかな。たしか兄上が童貞という話で止まったのだったかな」
「捏造された余計な話題を投げ込むなライネス……!」
心底嫌そうな顔だった。ライネスは小悪魔のように笑い、チラッとグレイに視線を送る。グレイは静かにフードをさらに深く被った。
「ロードが童貞という話はさておき」
「決めつけないでくれるかね
「セイバー初夜はいつにしようかしら?」
「悪ノリはよしてくれ愛歌……」
休憩を終える気があるのかないのか。まだないのだろう。喫煙のために部屋を出ている獅子劫と、同行したモードレッドがまだ戻ってきていないのだから。
「……マーリン」
「どうしたのかなノア」
「俺も少し外に出ていいかな。ちょっと、まだ整理に時間がかかりそうだから」
「ふむ……まぁいいよ。ではこうしよう。一旦解散だ。ノアは整理ができたら私の所に来たらいい。そしたら全員をここに呼び戻そう。皆もそれでいいかな?」
「私は構わないわ。急ぐ理由もないもの」
「キミはアーサーとイチャついていたまえ」
「そうね!」
空気を読んで、それを利用することで愛歌はアーサーの手を引いて早速部屋を出た。彼女の力があれば、瞬時にこの場に戻ることも可能だ。どこへなりとも行っていていい。
「私はこの場に残っていよう。ミスター獅子劫が来た時に事情を説明できるように」
「ではまた後ほど」
エルメロイ2世に合わせて、グレイもライネスも部屋に残った。彼らは彼らで話すこともあるのだろう。マーリンをノアの手を引いて部屋の外へと連れて行く。
「ボクの居場所はキミならわかるだろう? 好きに外を歩いてきたまえ」
「ありがとう、マーリン」
「どういたしまして」
鮮やかな花びらと共にマーリンは姿を消し、ノアは屋敷の外にまで移動する。
どこか公園にまで行きたい気分だが、徒歩で行くには時間がかかる。愛歌のようなワープもできないのだから、余計な時間は増やさないほうがいいだろう。そうなると、敷地内をぶらぶら歩くしかない。
そう思ったところで、後ろから誰かが走ってくる音がした。
「ガレス?」
「よかったまだ近くにいて。ヴェンダーさん、少しお時間を貰ってもいいですか?」
「いいよ」
正面玄関から屋敷をぐるりと回って裏側へ。負債が大変だったエルメロイ家ではあるが、今の屋敷でも庭がある。一般的な家の庭よりも当然大きく、金持ちの屋敷に比べれば幾ばくか小さな庭だ。キャメロットに慣れてしまったノアにとっても、やはり小さく感じる。
陽の光を遮れるように、庭に生えている木の影へと2人で入った。
こういう時間の使い方も、アルトリアとしたなぁと思い返していると、ガレスが隣りで柔らかく微笑んだ。
「ヴェンダーさんはアルトリアさんが好きなんですね」
「ん。まぁね」
今となっては、それが運命られたものだと判明しているが。
「手段を選ばず、とは言えないけど。アルトリアのためなら何だってしたいぐらいに」
「それが……もし身内と敵対するとしても、ですか?」
たとえば、マーリンと敵対することになったら。その時ノアは戦えるのだろうか。親と敵対する場合でも、戦えるのだろうか。
ノアは一度それを想像してから、こくりと頷く。
「戦うよ」
「なぜですか」
「俺はその運命と戦う。敵は
「っ!」
「傷つけてしまうこともあるかもしれない。下手したら絶縁かもしれない。それはもちろん嫌だし、怖い。けれど、少しでもそれを回避できるように、その運命に抗う。俺にできる戦いって、それしかないから」
誰かを護るために誰かを殺める。それはガレスの時代において当たり前のこと。そして結果的にそうなってしまうのも、現代にだって起こり得る形。
だけれども、そうならないための努力が前提にある。話し合いの席を用意する努力がまずある。それが今の世界の主流。だからノアも、傷つけ合う戦いは極力避けて、違う可能性を模索する。
「ヴェンダーさんは凄いですね」
「そんなことはないよ。できることが限られてるから、それに突き進むしかないだけ。…………うん、それしかないんだよ」
「?」
「いや、ガレスと話してたら、段々整理できてきただけだよ」
「そうですか。……私は、円卓の第七席にこそ加えていただけましたが、王の力になれたものか。兄様たちやランスロット卿のように、王のお役に立ていたか自信がないんです。もちろん私なりに全力を尽していましたが」
騎士ガレスが加わったのは、その時代の末期だ。円卓の騎士は王を入れての13人。何度かの人員の変更もあり、最初から最後まで同じメンバーだったわけじゃない。
ガレスの槍術は決して侮れない。それは王にも認められたものだ。他の騎士たちも同様である。だが、ガレスが仕えることができた期間は、他の騎士たちよりどうしても短い。立てられた功績も比例して少なくはなる。
それ故に、ガレスの瞳は誰よりも輝いていた。その手は美しいものだった。
「ガレスは騎士王の力になれていたはずだよ」
「そうでしょうか……」
「君の強さは本物だし、戦闘だけじゃない。その真っ直ぐな姿勢と向上心の塊。その在り方が、あの円卓を支えていた。力強さだけが、すべてじゃないんだ」
「ヴェンダーさん」
「じゃなきゃそれこそ、俺は役立たずだし」
「あ…………。すみませんそんなつもりじゃ!」
「あはは、うん。わかってるよ」
慌てて弁明するガレスを、ノアは穏やかに笑って受け止める。今ならわかる。ガレスの存在は、場を和ませる力があるのだと。それがあるから、円卓にある程度のゆとりがあったのだ。
「ガレスがどうするのかも自由だ。アーサー王やモードレッドみたいに、俺の答えを聞いてから選べばいい。きっと正しいのは、騎士王アルトリアだけど」
世界を背負って現界している。かつてブリテンを背負った彼女が。それの助力を、ガウェインは買って出ている。
そのことを思い返し、ガレスは立ち上がって空を見上げた。あの頃より美しく見える空。追い求めた平和な空だ。
「ヴェンダーさん」
「うん?」
「決めました。もう迷いません」
その真っ直ぐな瞳に力を宿して。
「私は私の戦いをします」
騎士は宣言した。
───────
屋敷にあるテラス。そこにある手すりに肘を置きながら、獅子劫はタバコを揺らしていた。巻き込まれる危険性はライネスが事前に言っていた。それに文句はないし、現状に不満もない。変則的な聖杯戦争だから、聖杯がいったいどこにどう現れるのかも不明だ。
わかっているのは、この戦いが「大規模な内輪もめ」だということ。「好きにしてくれ」と思わなくもない。一応、特異点のことも把握している。だが、それもあまり響かなかった。
「モードレッドお前さんはどうする気だ?」
手すりに両腕を乗せ、背中からもたれているモードレッドに聞いた。それが意外だと思ったようで、モードレッドは眉をひそめて獅子劫を見る。
「あん? オレはマスターの指示に従うつったろ」
「参考意見ってやつだ。お前さんは特異点とやらでの記憶もあるんだろ?」
「……まぁな」
あちらでの記憶は、ランスロットも持っていた。だからこそ、ランスロットは狂化を強引に解いて、ノアの力になったのだ。
モードレッドもそれがあるから、ノアへの猶予を与えている。
「アイツはオレに勝った。"生きたい"って願いでオレの全力を真正面から押し返してだ。そんな奴相手に、『もう一回召喚されたから今度こそぶっ殺すな』なんて言えっかよ。アイツの主張ぐらい聞くさ」
「騎士の矜持ってやつか」
「オレの流儀さ。……筋は通すもんだろ? マスター」
「違わねぇな」
実に実直。叛逆の騎士として名高いというのに、伝承からイメージできるモードレッドとは違った。そんなモードレッドに獅子劫は軽快に笑う。こんな戦いでの召喚でなければ、それこそ違う聖杯戦争であれば、もっと楽しく共闘できただろうなと。
「となると、見せてもらうしかねぇな。あの少年の覚悟ってやつを」
「だな」
所変わってこちらは部屋の中。エルメロイ2世たちも、どういう立ち位置を取るかの話を詰めていた。契約しているサーヴァントはガレス。彼女の気持ちを優先することは決めているが、それ以外の部分では大忙しだ。
なにせ彼は時計塔のロードの1人。その筋では当然の有名人。今はなんとかやり過ごせているが、全てが終わった後こそ、彼にとっての戦いが始まる。
「根回しが大忙しだな兄上」
「お前にも動き回ってもらうほどにはな」
「昔に比べればやりやすいものさ。兄上の元生徒たちも協力してくれているからね」
「……この戦いのことは?」
「もちろん伏せているとも。フラットあたりは感づいていそうだがね」
「あいつの嗅覚はどうしようもない」
とっても優秀な問題児。その筆頭なのだから。
「わざわざ首を突っ込んでくるような生徒はいない。引き続きそちらの対応は任せたぞ」
「構わないが、兄上はそろそろ相手を見つけてほしいね。この年になって兄が独り身の童貞というのはちょっと。なぁグレイ?」
「えぇっ!? せ、拙は……その……」
「余計なお世話だライネス! お前こそ魔術刻印の継承のためにも相手を見つけてはどうなんだ! 自分の代で終わらせる気はないのだろう」
「今の時代ではセクハラ発言だぞ兄上。それに、相手がいないと言ったことはないと思うが?」
「「……え?」」
師弟揃って目を丸めた。アッドはこの展開を愉しんでゲラゲラ笑っている。
「い、いったいいつ……。いやそれよりもどこの馬の骨だ! 私は何も聞いていないぞライネス」
「過保護か。これだから相手を見積もれないというのに」
「ラ、ライネスさんにお子さんが……」
「おっとグレイ話が飛躍し過ぎているぞ。まったく、冗談の通じない師弟だ」
「冗談……。はぁぁー、人騒がせが過ぎるぞ」
ドッと疲れたようで、エルメロイ2世は椅子に深く沈んだ。
「お名前は何にされるのですかライネスさん」
「グレイ……現実に帰ってきたまえ」
ペチペチとライネスが何度か頬を叩き、ようやくグレイもライネスの冗談を認識できた。盛大な勘違いに顔を真っ赤にし、部屋の隅っこに蹲っている。
「兄上、ガレスがヴェンダーに味方すると言ったら、どうするつもりかな?」
「どうもしないさ。どう転ぼうと、最悪に備えておくだけだ」
───────
ガレスと別れた後、ノアはマーリンの下へと訪れた。"つながり"は切れていないから、彼女の居場所はわかるのだ。より言えば、彼女がずっと側で見守っていたことがわかっていた。だから、マーリンと2人で話ができるように、ガレスと別れたのだ。
花びらと共にふわりとマーリンが現れる。156cmあるのに体重が20kgしかない彼女はとても軽い。だからこそかえって慎重になる。花が散りやすいように、力を加えたら消えてしまいそうで。
その力加減を、ノアはもう把握している。しっかりと受け止め、そっと地面に足をつかせた。わざわざ空中に現れたのは、彼女の気まぐれだろう。
「答えは決まったのかい?」
「うん。元々、俺は決めてたんだろうな。整理していったら、それしかないって考えに至ったよ」
「またキミは、自分を辛い道に進ませるんだね」
「楽な道なんてないだろ。それを踏破するために、また力を貸してほしい」
「いいとも。キミはボクのマスターなのだから」
マーリンにも予感はある。彼が選ぶ道がどういうものなのか。
それを明確にするために、サポートするためにもマーリンはノアに問う。これから何をしようというのかを。
「マーリンなら、モルガンのこの仕掛けを利用できる?」
「どういう狙いかは分かっているから、分析を済ませればおそらく可能だね。……キミ、まさかとは思うけれど」
「それで合ってると思うよ」
「…………はぁ。決めたこと、なんだね?」
「うん」
「ならボクが何を言っても、キミの意見は変わらないわけだ」
少し、寂しそうな声色だった。
「ごめんマーリン。でもたぶん、これが最適なんだ。誰にとっても。
「キミは
「それこそ今さらだろ?」
モルガンがやろうとしているのは、ノアの再定義。人間という形に整えること。そんな魔術を完成させたのだから、やはりモルガンは天才だ。彼女に並ぶ魔術師はいても、彼女以上の魔術師はいないだろう。
そう思うほどに、ノアはモルガンを偉大だと思っている。
だからこそ、そんな彼女の願いを踏み躙りたくはない。だが自分の願いも通したい。それならば、それができる可能性にかけて突き進むだけだ。
「全員に説明した後、一度ホテルに戻らないといけないね」
「あそこが今マーリンの工房だもんな」
「そういうこと。時間はかかるだろうけれど、深夜までには間に合わせよう。今夜で、この戦いを終わらせるために」
「いつになくやる気だなマーリン」
「明日のサッカーの決勝戦を観たいんだろう? アルトリアも連れて」
「! ……ははっ、ああ。そうだな!」
ようやく笑えたノアに、マーリンもくすりと微笑む。ノアの頬をそっと撫でて、触れる程度に唇を重ねた。
「
□□□
2つの陣営から始まった戦いは、今では三つ巴の戦いへと変貌している。ノア・ヴェンダーに"次"を与える気がない騎士王アルトリア。それに対して、再定義することでノアに次を与えられるようにしたいモルガン。そして、違う道を突き進みたいノア。
この形がさらに崩れる可能性はある。モルガンの施した再定義が完遂したとき、騎士王アルトリアとモルガンが敵対する理由がなくなるからだ。
「2面作戦なんて、わざわざする必要ないのに」
不満を感じさせない軽い口調。どうでもいいと思っていることは明白で、それでも足取りが軽いのは少しでも楽しみがあると思ったからか。
「話し合う時間が欲しいのだろうね。あちらの騎士王は時間をかけたくないだろうし」
「分かっているわセイバー。でも、それであなたが傷ついたりしたら……」
「私自身が決めたことだ。君も認めてくれたことだろう?」
「理屈と感情は別なのよ」
好きな人が傷つくところなんて見たくない。それを見て喜ぶような変態性を、
「相手にマスターがいればセイバーの助けをできたのだけど」
「彼女は世界そのものから供給を受けているからね。そこを絶つとなるとこの星を滅ぼさないといけなくなる」
「……やっちゃおうかしら?」
「やめてくれ愛歌。それはしないと言ってくれただろう?」
「ふふっ、冗談よセイバー」
くすくすと花のように微笑むも、彼女ならやってもおかしくないことをアーサーは知っている。自身の世界にて、ビーストを従えたのが沙条愛歌という少女だから。
「やはり貴殿が私の前に立ち塞がるか」
歓談する2人の前に、黒い甲冑をつけた騎士が現れた。アーサーと同じ騎士王にして、細部の異なる歴史を歩んだ予言の子。その別側面。アルトリア・ペンドラゴンのオルタ。
此度はノア・ヴェンダーを消滅させるために、人理によって派遣された英霊。
「問答は不要だな」
「ええ。あなたにはここで私の相手をしてもらいます」
抜き身の聖剣。モルガンの策略によってその鞘は、騎士王の手から離れた。その代わりを務めるのが風王結界。刀身の長さを隠し、さらにはそれが聖剣であることも隠すもの。
だが、それも今は意味を成さない。その聖剣のことを誰よりも知っている者同士が相対するのだから。
聖剣を低く、腰の高さで構える。
篭められた魔力の放出。それはジェット機の代わりとなり、爆発的な加速を見せた2人が、次の瞬間には聖剣を叩きつけ合っていた。
ぶつかり、混ざり合う2人の魔力が、行き場を求めて上空に迸る。
それが、この戦争の最後の戦いの狼煙となって。
□□□
輝ける光。それを飲み込まんとする闇。
その2つが喰らい合う竜のように上空に上がるのを見て、モードレッドは軽口を叩く。
「オレもあっちがよかったぜ」
「文句を言わない。適材適所よモードレッド」
「わーってるよ。父上とオレとじゃバックが違う。世界の後ろ盾がある時と、魔術師のマスターがいる時の違いは、オレがよく理解してるからな」
特異点では、モードレッドがそれを受けていた。その時の力の漲りと、今の力の違いはこの上なく実感できるものだ。
並の魔術師がマスターでは、抵抗ができても対抗ができない。だからこそ、今のオルタに対抗できるのはアーサーしかいないのだ。
彼のマスターもまた、生まれながらにして根源に接続している怪物なのだから。
「ガレス。私の前に立ち塞がるのなら、相応の覚悟ができているのですね? 今度は見逃せませんよ」
「ケッ。テメェも甘ちゃんだな。見逃さないんじゃなくて、見逃せないってきたか」
「……モードレッド。あなたはまた、王を裏切るのですね」
「母上を裏切ったテメェが言えた口かよ」
「……」
言い訳はしない。その誹りを受ける覚悟はとっくにしてある。生前もまた、母親の思惑に反した人生ではあったとも。不義理と言われればそれまでだ。
だが、彼の中核を担うのは騎士王への忠誠。それが全てであり、たとえ理に叶わないのだとしても、王の決定に従うのが太陽の騎士ガウェインだ。その決意の固さは、忠節の騎士と呼ばれたべディヴィエールに、「あなたこそが」と言われるほどである。
「兄様……いえガウェイン卿。円卓の騎士としては、きっと私の行動は間違っているのだと思います。ですが、何もせず、何もできずに事が終わるのは一度だけでいい。あれを、もう一度経験するつもりはありません」
「それが、我らの王への敵対になるのだとしても?」
「はい。私は私の意志で決めました! 私は友を助けます!」
ガレスが槍と盾を出現させる。その槍はマーリンによって何重にも魔術をかけられた槍。一種の魔術礼装にまでなったもの。
それを操るのは、「いずれ円卓の中核を担う」と期待された騎士。美しい手のガレス。
「その覚悟を、私に見せてみよ!」
対するは、数ある武勇を持つ円卓の中でも、上位に位置する太陽の騎士ガウェイン。その手に持つは、太陽の騎士の由縁たる剣ガラティーン。日中においては使用者の戦闘力を上げ、正午には本来の3倍にまで引き上げる。
日が暮れればそれは意味も成さない能力だが、ガウェインが承ったギフトがそれを覆す。
「野郎……」
ガラティーンを掲げた。頭上に現れたのは、ギフトによって可能となった疑似太陽。そしてそれは、ガラティーンの能力を最大限に引き出す。
つまり、「日中において3倍」の逸話の再現。
「ハッ! いいじゃねェか!」
構えるガレスの横で、モードレッドはくつくつと笑った。そうでもしてくれなければ、退屈な戦闘になると思っていたから。
これなら、ガレスと共闘してもやり甲斐のある戦いになる。
「ハッタリで終わんなよ、ガウェイン!」
□□□
何が正しいのか。どうするべきなのか。
本来迷うはずもないそれを迷っていた。
我がままが許されるから。彼がそれを受け入れてくれるから。そんな甘い蜜に、気づいてないフリをして。
歪めてしまったのだから、どう責任を取るかも視えている。それを行おうとするモルガンは正しい。使命を放棄しても、彼を放棄できなかった。それだけ、彼のことを愛しているから。
その気持ちが負けるだなんて思ってない。彼を思う気持ちは誰よりも強い。自分が一番だと言い張れる。
だからこそ、逃げてしまった過去の自分と向き合って。取るべき責任を取るために行動する。
道はもう、示されたのだから。
「来ましたね、ノア」
「うん。君と真の意味で向き合うために」
いつもの軽口はない。今のアルトリアは、魔術師としてではなく、王としてノアと向かい合っている。あらゆる宝剣を魔術触媒とし、選定の杖は火の神に鍛えられた神話礼装マルミアドワーズと化している。
その姿が、彼女の本気の表れ。星に住む生命を優先するもの。
それに対峙するノアに、目立った変化はない。マーリンから貸し与えられている剣を持っているぐらいだ。
だが、アルトリアの眼にはそうは映らない。マーリンの幻術のせいで正確には視えないが、何かが起きていることぐらいはわかる。アルトリアはそれを念頭に置きながら、魔力の衝撃をノアへと放った。
「っと」
それを横に避ける。透明ではないから、範囲は視認可能だ。マーリンとの"つながり"が戻ったことで、魔術の運用も可能。ノアにできるのは簡素なものだけだが、身体強化がとても役立っている。
魔術に長けるアルトリア相手に、中距離戦など愚行である。ノアにできることは、結局のところ近距離戦だ。それも決して秀でているわけではない。マーリンとアルトリア。2人のサポートがあって初めて、ノアは円卓の騎士に食らいつけたのだから。
「痛くても泣くなよ!」
「それはこちらのセリフです」
アルトリアの攻撃を掻い潜り、時には手に持つ剣で魔術を弾く。全てが紙一重。ギリギリの直進。
アルトリアが魔術を使う度に、ノアはどこかしらに軽傷を負っていく。その見返りとしてあるのは、1歩ずつ着実に前へと進めていることのみ。
「剣に限度あるのかな」
「試しますか?」
独り言のつもりが返事をされた。それも
「っ!」
「遅いですよ」
詰めようとする相手に、逆に自ら仕掛ける。相手の意識外から仕掛けられればそれは奇襲となり、それを見逃さなかったアルトリアはノアの反応を待たずにマルミアドワーズを振り抜いた。
防御が遅れれば耐久も脆い。聖剣エクスカリバーすら超える火力を持つマルミアドワーズが相手では、マーリンが貸し与えた剣でも耐えられない。その剣が砕ける音と、ノアの鮮血が散るのは同時だった。
─────
斬撃を転移させる。それをあっさりと防がれ、反撃として5つの光弾が放たれた。目標に追尾する光弾を、飛び回りながら直線上に並ばせ、並んだところで槍を飛ばして一撃で破壊する。
爆風を突っ切って飛んでくる魔力の鳥も、冷静に両断した。そこで一旦互いの攻撃の手が止まり、同じ高さを浮遊しながら相手を睨む。
戦闘中だろうと、平時のように浮かべる笑顔。異性を籠絡させ、戦闘意欲さえ失わせる夢魔。花の魔術師マーリン。モルガンが最も忌避する存在だ。
「貴様。ノアに何をした」
「何って?」
「ノアに何か施したことは分かっている。でなければわざわざ幻術も使うまい」
「妖精眼って便利で不便だよね」
「答えよ。ノアに何をした」
槍を突きつけるモルガンに、マーリンはやれやれと肩を竦める。自分のマスターは、愛の深い女を惚れさせたものだ。
「キミの呪いを利用させてもらっただけさ。ノアの願いを叶えるためにね」
「…………、っ!? マーリン貴様……!」
「おや、それだけで感づくのか」
「今すぐそれを解け!
「うん。普通なら、ね。だから私も、いつになく本気なのさ。小さな可能性を掴むために」
「貴様……」
失敗した時のリスクだって理解している。その上でマーリンはそれを引き受けた。
そんなことをしなさそうなマーリンが、それをすること。その変化が、彼の影響を受けたのだと見抜くモルガンは苛立ちを見せ、対してマーリンは変わらずにこにこと微笑む。
「ノアがどういう性格なのかは、キミがよく理解しているのだろう? 言っても聞かないよ」
「知っているとも。だからこそ私は──」
「強引にやって、自分は理解されなくてもいいと? 不器用だねぇキミは」
「……貴様に何がわかる! 感情すら真似事である夢魔に!」
「ノアのことなら分かるさ。可能性が低くても、それが良いと思えば突き進む。愚直な少年だ」
モルガンが魔力の波を放つ。嫌いな存在に、好きな相手のことをさも理解しているように話されるのは、我慢の限界を超えてくる。
その波に呑まれたマーリンは、花びらを散らせて姿を消した。マーリンの幻術の1つで、今度はモルガンの右側に、ある程度距離を取ったところに姿を見せた。
「相変わらず怖いなキミは」
「アヴァロンに幽閉されていろ」
「あはは。私はあそこに送られようと気まぐれに出てくるよ? それに、今はノアがマスターだからね。仕事をこなすさ」
「そんなことはさせるものか」
マーリンは杖を横向きに浮かせ、そこに腰掛けた。手を杖に添えており、すぐに魔術を使えるようにはしているが。
「キミの魔術は神域に至っている。あれを思いつくとは驚嘆に値する」
「固執することのない、誰かに惚れることもないマーリンには理解できぬことだ。掛け替えの無い存在がいかなるものなのかを」
「……そうかもしれないね。所詮私は、人類のナビゲーターに過ぎない。感情というものも、真にはわからないさ……ん゛っ!」
「!?」
「……あぁ、時間だね」
マーリンの白い衣装が、内側から赤く染まっていく。変わらず上がっている口角も、その端から赤い血が垂れていった。
モルガンの攻撃を受けたわけではない。モルガンはまだ仕掛けていなかったのだから。その傷は、この戦場のものではなく、魔術を弄った反動でもない。そんなトラップはホテルで解除した。
それでも負ったこの深い傷は、主戦場の戦況を表していた。
「もはや貴様に構っている暇はない」
「おっと」
移動しようとするモルガンの平衡感覚を狂わせる。即座に光弾を放ち、モルガンの行く手を阻んだ。
「付き合ってもらうよモルガン。ノアの旅路の、その始まりまで」
「この悪夢め」
□□□
返り血が頬を伝う。白く輝く鎧にも、その赤が伝っていた。
驚愕しているのは、斬られた側ではなく斬った本人だ。アルトリアが、それを信じられないと言いたげに瞳を揺らしている。
「なぜ……ですか?」
あの瞬間。アルトリアは直感的に理解していた。
「アルトリアを斬るなんて、俺にはできない」
「~~っ!!」
声にならない声だった。ぐしゃりと顔を歪めた彼女に、ノアは優しく笑う。彼女の手に触れ、剣の持ち手と手のひらの間に指を潜り込ませていく。そんなものは似合わないと言わんばかりに。
見た時から理解していた。今のアルトリアの姿は、それになることで気持ちを奮わせていたのだと。本来ならたどり着けなかった姿。幻想の現れ。特に今であれば、その中身がアルトリアそのもの。
「1人で、抱え込まないで」
「だっ、て……。わたしが……私のせいでノアが……!」
「それは結果、だろ? アルトリアは、そうする気は……なかった」
「でも……私のせいなのは、事実なんです……」
「それを、罪に思うのなら。一緒に背負っていこう」
「……ぇ?」
震える彼女の肩を、そっと抱きとめる。
鎧が傷に当たって痛いし、血で汚してしまうけれど、それは今は見ないふり。
「俺はアルトリアが、好きだから。アルトリアの抱えるものを、全部一緒に、背負いたい」
「……それだって、その気持ちだって本当は! 本当は植え付けられたもので!」
言いながら胸が傷んだ。一切負傷してないのに。ズキズキと胸が傷んで、それに耐えられなくて涙が溢れていく。
「ノアの気持ちを私は……! わたしは……」
「違う! っ、この気持ちは俺のものだ。俺が心から、自分の意志で、アルトリアを好きになったんだ」
「そんなことない!」
「ある!」
「なんで! なんで言い切れるの!」
「俺にとっての真実だから」
誰にどう言われようとも。それを譲るわけにはいかない。
「それをきっと俺は証明する。長い時間をかけても」
話が飲み込めないアルトリアは、涙を拭いながらノアを見上げた。その姿もまた愛らしいと思い、これはちょっとヤバイときめき方ではとノアは静かに反省。
そして、アルトリアを嵌める形で事を成すことに、後ろめたさを感じる。
『俺を、英霊にしてほしい』
『英雄ではなく英霊、か。分かっているのかい? なろうと思ってなれるものじゃない。座に登録されないといけない。それは選べることじゃない』
『わかってる』
『キミはたしかに特異な人間だった。異世界に行って帰ってきた。それだけでも偉業だ。それで終わっていれば、登録されたかもしれない。けれどキミは2度渡り、そして存在が崩れた』
『だから、モルガンの再定義を利用すれば、可能性が出てくるはずなんだ。マーリンの幻術とかも使えば……なんとか、なるはず』
『キミはボクに言葉が足りないって言うけれど、キミはキミで無茶振りが酷いよね。……アルトリアのケアは、ボクがしておこう』
『ごめん。それとありがとう。マーリン』
崩れた定義を、再度固める。その際に、ただの人間とするのではなく、英霊になれるように弄る。成功率を上げるために、世界をも騙せるマーリンに幻術を使ってもらう。
それを、アルトリアを利用して実行する。決意を固めているアルトリアが相手なら、戦闘になることを見越して。たとえノアがマーリンのサポートを受けていても、足掻ける程度で負けるのは時間の問題。力量差は、初めから明らかだった。
それも利用した。「ノアは諦めない」とアルトリアが信じているのも利用した。試合に勝つために、勝負を捨てた。まさか"つながり"を通して、マーリンにまでダメージがいくとは思っていなかったが。神話礼装の一撃は、伊達ではなかったというわけだ。
「ノア。傷の治療を」
マーリンの魔術により、ノアは本来以上の力を出せるはずだった。それも踏まえて交戦したアルトリアにとって、先程入ってしまった一撃は想定外。深過ぎる傷だ。
アルトリアがそれを癒そうとする中、ノアがそれを拒む。一撃で沈めなかったあたり、一時的な強化とのバランスが悪かったようだ。
「なんで拒むの……」
「アルトリア。俺は──」
言い切る前にビンタされた。押し倒されて、ぽつぽつと雨が降り注ぐ。
「ノアのばか」
「……ごめん」
アルトリアは気づいた。気づけてしまった。ノアとマーリンが何をどう準備したのか。目的が何なのか。それがひどく、アルトリアにはショックでもあった。
ノアなら、きっと違う道を開拓してくれる。死ぬ以外の選択肢で、運命を乗り越える手段を見つけてくれる。
心のどこかで、アルトリアはそう思っていた。それなのに……。
「他は……ないんですね?」
「たぶんこれが、丸く収められるやり方だから」
ギュッと彼の襟を握った。唇を噛み締め、受け入れたくないそれを受け入れる。その手のことを受け入れるのは、結局いつものことだから。しんどくてもキツくても、最終的にはそれを選ぶ。
何か言うのは、それこそ我がままだ。無責任なんだろう。
責任を取ると決めたから。本当は覚悟を決めていたはずなのに。でも揺らいでしまうのは、やっぱり彼が好きだから。一緒にいることを願っていたからだ。
取り出した宝剣を、震える手で突き立てる。ガチャガチャと揺れて、下手したら手からずり落ちてしまいそうで。
「アルトリア」
「ぁ……」
その手をそっと重ねられた。
大好きな手。自分より大きくて、硬い男の人の手。包み込んでくれて、引っ張ってくれて、繋げていてくれた手。
それが重ねられて、震えも止まった。止まってしまった。
「ノア……」
「愛してるよ、アルトリア」
「……っ……はい……。私も、愛しています」
□□□
「はぁぁー終わった終わった」
荒れた瓦礫の山の上に、モードレッドはどさりと腰を下ろした。見下ろした視線の先には、剣を弾かれた上に壁にめり込んでいるガウェインと、そんな彼をオロオロと心配するガレスが映っていた。
あの頑丈な男が、その程度でどうこうならないのはガレスも知っていよう。だからこそ、まったく動かずにいるガウェインを心配しているのだ。
「ガウェイン兄様……。とりあえずそこから出しますね」
「……やっぱガウェインの妹だわ」
肩を貸すとかではなく。足を掴んでズルズルと引きずる雑さ。普段の彼女からは想像できないものだが、意識があっても動かずにいるガウェインが悪い。揶揄っているように見えなくもないから。
「見事な戦いぶりでした。ガレス」
「そんな……。いえ、ありがとうございます」
「相手の武装を弾いて無力化する。それは甘さではありますが、それを叶えるには強さがいる。完敗です」
「モードレッドがいたからです。私だけでは、ガウェイン卿には勝てませんでした」
「あなたのその成長は、同じ円卓の騎士として、何より兄として誇らしい」
それは胸を張って言えることで、ガウェインは清々しい笑顔で歯をキラーンとさせている。モードレッドがその場にいたら1発入ってそうだ。
「戦い方は1つじゃない。ヴェンダーさんからそう聞いたので」
「そうですか。彼が。……彼なら婿として紹介されても許します」
「兄様!?」
「シスコンが認めるとは、あいつも気に入られたもんだな」
「モードレッド。改めてお礼を言わせて」
「いいよんなもん。オレは先に帰ってるぞ。マスターたちに報告も入れといてやる」
全てがうまくいったのなら。主目的が達成できたのなら、いつ英霊の座への帰還が始まってもおかしくないのだ。逆に言えば、それが1つの証明でもある。それも兼ねて、モードレッドはマスターの獅子劫の下へと帰るのだ。
「あーそうだ。ガレス」
「なに?」
「お前の槍術。見事だったぜ」
「どうしたのモードレッド」
「うっせぇ! 人がせっかく褒めてやったのによ!」
「ふふっ。モードレッドも凄かったよ」
「ったりめーだろ」
ガレスはその悲劇的な最後こそ有名だが、その実力の高さを見せる逸話だってある。その中でも特にわかりやすいのが、「日中にガウェイン相手に2時間戦った」というものだろう。無論模擬戦ではあるだろうが、それで手を抜くような騎士でもない。
そう、ガレスもやはり
「ところでガレス」
「なんですか兄様?」
「そろそろ足を放してもらいたいのですが」
□□□
その機嫌の良さを鼻唄で表し、蝶のように軽やかな歩みを少女はする。愛しの彼の勇姿を目に焼き付けれたこと。騎士王同士の激突という、もう二度と見れることない戦いを見れたこと。何より、
「まさかどさくさに紛れてやられるとは」
「あらいいじゃない。私だってあなたと過ごしたいわセイバー。あっちでは綾香とよろしくしたそうだし?」
「いやしてないしてない」
「どうかしら。綾香の入浴姿を見ようとして壁に向かって宝具を撃とうとしてたじゃない」
「な、なんのことやら……」
にこにこと可愛らしい笑顔で揶揄っているが、愛歌の目は一切笑っていなかった。冷や汗を流すアーサーを見つめ続け、「まぁいいわ」と愛歌はアーサーを許した。過ぎたことをとやかく言っても仕方ないのだ。これからそれを上回ればいい。
「ふふっ。それにしても、お兄さんはやっぱり面白かったわね」
「……愛歌。君はどこまでわかっていたんだい?」
「
くるりとスカートを靡かせ、1回転した愛歌が詠うように紡ぐ。
「喜劇でもなければ悲劇でもない。英雄譚でもなければ復讐劇でもない。お兄さんの物語はいつだって、"お伽噺"が適してるのよ」
─────
辺り一面に花が咲く幻想的な風景がそこにはあった。他の何もないことが美しく見え、同時にそれはどこか寂しくも見える。
その風景の中を、1人の少女が進んでいく。目的地があるのか一直線に進んでいき……途中で方向を変えるからやはり適当だろうか。おもむろに持っている杖を立てたかと思うと、手を放してその杖が倒れた方向を見る。何がよしなのか、元気に頷いてから杖を拾ってその方向へ。
「わっ」
しばらく歩いたところでまた立ち止まり、再度杖を立てる。今度は手放さずに、むしろ両手で持って地面に打ち付ける。呪文を唱え、魔術の行使へ。
目を覆いたくなるような強風が吹き荒れた。いくつもの花びらが宙を舞い、それが晴れるといつの間にかそこに1人の少年の姿が。どこにでもいそうな少年で、特筆するような特徴もない。
けれど彼こそ、彼女にとっての唯一無二だ。
「ただいま、でいいのか?」
「なんだって、いいよ」
目に涙を浮かべ、少女は彼へと飛びつく。
「おかえり、ノア」