東京喰種:VENOM   作:ワンちゃん二世

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 これは最初、一話限りの短編のつもりで投稿したものです。


序章

 

 

 

 

 

 

 俺は流れ星を見た。

 

 

 街明かりのせいで星の見えなくなった、真っ暗な夜空を切り裂く鈍い光の一閃。

 

 その切っ先は、街角を二つ曲がった先の公園に差し込まれている。

 

 流れ星を見ること自体は特段珍しいことではない。

 

 しかし、それが地面に刺さった瞬間を見てしまうなんてことは珍しいどころの騒ぎではない。

 

 俺は公園の柵を越え落下地点まで歩みを進めた。

 

 流れ星──(もと)い隕石は丁度公園の砂場に落下したようで、この公園の売りである大型砂場がクレーターと化してしまっている。

 

 そしてそのクレーターの中央にそれはあった。

 

 プスプスと煙をまだ若干吐き続けているそれは身長約170cmの俺が両手で抱えれるほどの大きさの卵型。

 

 外観は、流石空から降ってきただけのことはあると言わざるを得ないほど、どこをとっても岩石。

 

 

 不思議だ。

 

 いかに隕石とて、ここまで綺麗な卵型になるだろうか。

 

 それに落下した瞬間だって隕石にしては爆発も小さかったというかほぼ無かったし、普通の流れ星のように眩い光を放っているわけでも無かった。

 

 さらに、周辺住民が誰も様子を見にきていないことも不思議だ。いや、もしかすると誰も気がついていないのだろうか。

 

 不思議であり、不気味である。

 

 

 

 ボコッ

 

 

 突如、夜空の落とし物から石が割れるような音がした。

 

 俺は思わず一瞬身構えるが、隕石は煙を一服吐いただけで特に変化は無いように見える。

 

 いや、少し変化している。隕石の側面の岩板が一部分剥がれており中の様子が見えそうになっているではないか。

 

 

 覗くか。いや、辞めておくべきか。

 

 無用心に中を覗いて何か得体の知れないものが潜んでいたら──

 

 そこまで想像してすぐに馬鹿馬鹿しいと思考を中断する。

 

 このご時世宇宙人なんてものを信じるのはよっぽどのオカルトマニアかバカだ。

 

 あいにく俺はそのどちらでもない。……後者はそうでないと信じる、だが。

 

 そもそも猫サイズの隕石に何か生物がいる可能性なんてごく僅かだ。

 

 

 

 そう結論付けて俺は隕石の穴の中を覗いた。どうせ中身は空っぽだろう。そう勝手に判断して。

 

 しかし、そこには────

 

 

 

 何か、黒いスライム状のモノが飢餓状態のアメーバのように蠢いていた。

 

 

 ソレは、まるで生きているかのように波打ち、それでいて機械のように無機質であった。

 

 

「──え?」

 

 

 そして

 

 

 それは

 

 

 俺の顔目掛けて

 

 

 獲物を見つけた捕食者のように

 

 

 襲い掛かった。

 

 

 

 そこからの記憶は、無い。

 

 

 

 気づいたら俺は日光が建物に遮られて下まで届かない暗い路地裏に立っていた。

 

 そして眼下に────死体。

 

 それも原型を留めずただの肉の塊と化してしまっているほどグチャグチャの。

 

 辺りには生臭い血の臭いが充満しており、それは自身の口からも発せられていることに気がつく。

 

 口に手を当ててみると何かヌメっとしたものが指に付いた。

 

 それらの状況証拠が示すもの。それは一つである。

 

 とにかく、ここを離れなければ。

 

 臭いを嗅ぎつけて、飢えた "鳩" が寄って来る前に。

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

 『あんていく』。

 

 それは20区にある喰種(グール)が経営する変わった喫茶店。

 

 同時に20区に住む喰種達の貴重な社交の場でもある。

 

 

 

 そのカウンターの内側に一人、壮年の男性がコーヒーカップの汚れを丁寧に拭いとっていた。

 

 男性の名前は芳村(よしむら)。この『あんていく』の店長であり、喰種である。

 

 時刻は夜も更けて午後10時ごろ。この時間帯は普段から客も少なく店員も割りとのんびりできる時間である。今だって店内には芳村ただ一人。だから一人物思いに更けることもできる。

 

 芳村には近頃、一人の青年について心配事があった。

 

 その青年の名前は赤時(あかとき)(かける)。彼もこのあんていくに身を寄せる力無き喰種の一人だ。

 

 彼の昔からの知り合いでもある四方(よも)蓮示(れんじ)によれば、赤時は戦闘を得意としないひ弱な喰種であり、そのため他の喰種のように満足に狩りができず、食事はあんていくの供給に頼りきっていた。

 

 彼は義理堅く正義感の強い喰種でもあり、あんていくに食事の面で頼りきりなことに罪悪感を抱いているようであった。なので食事が世話になっている代わりとしてなのか、供給用の人肉を人間の自殺死体から回収し、あんていくに率先して寄付してくれていた。

 

 そんな彼からの肉の寄付が先月から途絶えている。

 

 あんていくで働いてくれている霧島(きりしま)董香(とうか)は「どうせどっかで野垂れ死んでんじゃないんスか?」と、あまり気にしていない様子だが、芳村の中ではそう単純な話ではなさそうな予感がしていた。

 

 もちろん根拠なんて無い。ただ、長年の勘のようなものがそう告げている。そんな気がした。

 

 四方が彼の自宅を知っているので一度訪ねたことがあるようだが、まるで応答が無かったのだと言う。

 

 つまり、寄付が途絶えた時期から家に帰っていない可能性がある。

 

 仮に白鳩(ハト)──喰種捜査官に殺されてしまった場合でも、少なからずこの20区の喰種達の社交場、あんていくまで噂話が届くはずだ。「○○でどこぞの雑魚喰種が鳩に処理されたらしい。お前らも気を付けろ」という具合に。同じ喰種に殺された場合も同様だ。だが、それも今のところ無い。

 

 自分達に黙って20区を離れた可能性も、彼の性格から皆無だと推測される。

 

 つまり、完全な行方不明なのだ。

 

 そして、芳村には同時に別の心配事も存在していた。それは高際は姿を消したのと同時期に現れたという20区に隣接している区での無差別殺戮事件のことである。

 

 事の概要はこうだ。

 

 先月から主に路地裏などの喰種の棲家で一般人や捜査官、さらにはそこの(ヌシ)である喰種までもが相次いで死体で見つかっているのだ。

 

 死体は個人の判別が不可能なほど損傷が酷く、総じて頭部が喰い千切られていた。さらに死体には喰種の、もしくは人間のものとは異なるもっと巨大な歯形が残されていたという。

 

 喰種ではない何かの歯形。芳村はこの殺戮者の正体を赫者ではないかと睨んでいた。

 

 喰種は共食いを続けることで体内のRc細胞の濃度が向上し、赫子が自身を覆うほど巨大に、そして強力に成長を遂げる。その姿は元の人形からかけ離れていることが多くそれはさながらフィクションの怪物のようになってしまう。今回見つかっている歯型も赫者のものだとするならば話は早い。

 

 共食いを続ける過程で自我を失なってしまう哀れな喰種もいるが、今回がそのケースであれば非常にまずい事態である。

 

 何せ正体不明の赫者が20区周辺を彷徨いているということなのだから。いつ20区に入ってくるかまるでわからない。

 

 

 チリンチリンッ

 

 

 店の扉が開かれたことを表す玄関の涼しげな鈴が芳村の思考を一旦断ち切る。どうやら客が来たようだ。

 

 

「いらっしゃ────」

 

 

 芳村は入り口に目を向けて、そして息を飲んだ。

 

 

 入ってきたのは一人の青年。ボサボサの黒髪、少し汚れたジーパンによれよれのYシャツ。顔はやつれ、目の下には隈を作ってしまっている。

 

 この見るからに具合の悪そうなこの青年こそ、件の行方不明者。

 

 

 

「カケル君……」

 

「……こんばんは」

 

 

 

 

 

 赤時翔その人だった。

 

 

  ◇  ◇

 

 

 カウンター席の座る青年───(かける)の目の前には湯気立ち込める一杯のコーヒー。

 

 芳村が彼のために淹れたものだ。だが、翔はそれには手をつけずにずっと見つめたままである。

 

「……飲んでもいいんだよ?」

 

「──え? あ、すいません。では頂きます」

 

 彼はカップを両手で抱えるように持ち、そのまま口を付ける。

 

「熱ッ」

 

「ハハハ、そういえば君は猫舌だったね。少し配慮が足らなかったようだ。すまない」

 

「いえ……、淹れてくれるだけありがたいです。それに……こんなにも美味しい。俺にはもったいないくらいだ」

 

「コーヒーに『もったいない』なんてものは無いよ。コーヒーを飲む権利は誰にでもあるのだから」

 

「フフッ、そうですね」

 

 翔は一旦カップを置き、服のシワを延ばし姿勢を正して芳村を見る。芳村も彼の真剣な気配を察したようで石のように堅い表情を作る。

 

「芳村さん。俺、20区を出ようと思います」

 

「……理由を聞いてもいいかい?」

 

「詳しくは言えないんですが、食事の目処がついた……というところです。それに、いつまでもここのお世話になりっぱなしではいけませんし」

 

「そうか……」

 

 芳村は磨いていたステンレスのフォークを仕舞い、新たに同じステンレス製のスプーンを取り出す。

 

「せめて最後くらい、嘘は辞めようか」

 

「……!!」

 

 眼下のコーヒーが揺れる。翔は目を見開いた。

 

 やはり、この人の前では何もかもお見通しのようだ。

 

「すいません。実は……鳩に……顔を見られました。一月ここに顔を出さなかったのもそれが理由です。ずっと20区の隣を転々としていました。ヤツらをここに連れてくるわけにもいかなかったから……」

 

 酷く歯切れの悪い答えになってしまったが正直どうだっていい。

 

 如何に問われようとも()()のことは話せない。例え今言ったことも嘘だとバレていようと、アレのことなんて話せるわけがない。

 

 得体の知れない生物に寄生されているなんて。

 

 芳村は表情を変えない。まるで懺悔を見守る仏のようだ。

 

「そうか……」

 

 芳村は細められた目蓋の隙間から闇を見つめるような赫眼を覗かせる。

 

 やはり、バレている。翔は確信した。

 

「どうしても言いたくないのなら、私もこれ以上深入りはしない。だが───」

 

 芳村の赫眼は依然として翔を見つめたまま。

 

 その眼光は、翔を見定める仏の眼か。行く末を導く灯籠か。

 

 しかし、その鋭い眼光はすぐに柔和な細い眼に戻った。

 

「困ったことがあったら、いつでも戻って来なさい。ここはそのために存在している」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

 翔はコーヒーを飲み干し、席を立つ。

 

「では、そろそろ行きます。古間さんと入見さん、それから董香ちゃん、あと蓮示さんに宜しく伝えてくれませんか?」

 

「ああ、もちろん承知した。しかし、皆君のことを心配していたよ? 直接言うのがいいと私は思う」

 

「はい、そうしたいのは山々なんです。でも、そうもいかなくて……」

 

 翔は少し悲しげに顔を背ける。

 

「それも、嘘をついてまで隠したい事情かい?」

 

「ヴッ、……すいません」

 

 芳村は「いいんだ」と軽く手で制す。

 

 翔は店の扉まで静かに歩みより、ドアノブに手を掛ける直前、ゆっくりと最後のあんていくを堪能するかのように振り返った。そして───

 

「芳村店長。今までお世話になりました」

 

 深く、深海よりも深くお辞儀をした。

 

 芳村はそれに右手を差し出すことで応える。翔もそれに会わせようと右手を出した。

 

 

 老人の岩のような右手と青年の震える右手が重なる。

 

 

 

「次の場所でも、精一杯、生きなさい」

 

 

 

「────はい」

 

 

 

 青年のコーヒー豆より小さな宣誓はコーヒーの残香とともに天井に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 あんていくを出た翔は小走りで街を駆けていた。

 

 額に浮かぶ幾つもの玉のような汗、荒い息づかい、震え続ける手。明らかに健康体ではない。

 

 それもそのはず。彼は耐えていた。芳村との会話中も、そして今も。

 

 体の中心から湧き上がる異常な食欲に。

 

「ハァ……ハァ……クソッ、もうダメだ……」

 

 翔はおぼつかない足取りで人気(ひとけ)のない路地裏に入る。

 

 しかし、彼が自分の意思で身体を動かせたのはそこまでだった。

 

 

「うぐっ……!」

 

 

 突如、彼は膝を突き胸をかきむしり始める。

 

 

「く……っ!ハァ…ハァ…」

 

 

 口からは唾液が滝のように流れ、眼球は赤黒く染まる。

 

 

「うぅぅうるさい!うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいッ!!」

 

 額が割れて血が出るのもお構い無しに地面に何度も打ち付ける。

 

 

「ヴヴヴウウゥぅぅぅ………!!」

 

 

 小刻みに頭が痙攣しだし、それを契機に体全体が地震のように震え始める。

 

 翔はその時、闇夜より黒い煙に頭が支配されていくのを感じていた。

 

 

「……は…………」

 

 

 変化は佳境を迎え、胸から、腕から、足から、黒いナニかが彼の体を覆い始める。ギチギチと不快な粘着質な音を立てて。

 

 

「……は……へ……た……

 

 

 黒いナニかは彼の四肢を飲み込み、新たなものを形成する。だが、それは人間のものとは到底かけ離れている。まるで怪獣だ。

 

 

『はら……へ……た……

 

 

 

 さらに、ナニか止まるところを知らず、遂には彼の頭部をも飲み込んでしまう。

 

 

 彼の全てを飲み込し尽くし、やがて変化(進化)を完了する。

 

 

 

 

 

 

 

 

はらへった!!!

 

 

 

 

 邪悪な産声が路地裏で人知れず上がってしまった。

 

 

 

 

  ◇   ◇

 

 

 

 

 暗い、暗い、夜の高架下。

 

 消えかかったランプがチカチカと点滅する古いトンネルを一人のOLが走っていた。ただ、少し様子がおかしい。脇腹からは赤い液体を垂らし、眼球は赤黒く染まっている。

 

 喰種。人に溶け込み人を喰らう人ならざる者。

 

 ヒールが折れているのも構わず、ゴミ箱に躓きながら走る様は、まるで何かから逃げているかのよう。

 

 否、 "まるで" ではない。彼女は本当に何かから逃げている。

 

 

「逃げ足だけは速いんだね、君。フヒッ」

 

 

「ヒイィッ!!」

 

 

 彼女の後方から男のねっとりとして覇気のない声が響いてくる。

 

 トンネルを抜けてくるのは黒髪のオールバック、更に額の傷痕が特徴的な一人の男性。それもただの人間ではない。

 

 灰色のコート、右手にはシルバーのアタッシュケース。

 

 CCG。喰種捜査官。通称『鳩』。そんな化け物(天敵)に彼女は追われていた。

 

 

 ───なんでッ? なんで? 今まで全て上手くいっていたのに!

 

 

 彼女は人間社会に上手く溶け込めていた。それはそれは他の喰種が羨望の眼差しを向けるほどであった。社長の秘書に就き、職場での信頼も厚く、将来が約束されていた。食事も "あんていく" の肉で平和的に済ますなど喰種としても安定した生活を送っていた。

 

 しかし、そんな平和な日々も崩れ去るのは一瞬である。

 

「キャアァ!!」

 

 彼女の左足に残ったヒールも遂に折れてしまい、バランスを崩してそのままゴミ袋の山に突っ込む。

 

「フヒヒッ、鬼ごっこはもう終わりみたいだねぇ。俺はもうちょっと続けてもよかったけど。いい運動にもなるし」

 

「ごめんなさい……許して……許してください……」

 

 女喰種は両目から化粧を崩しながら涙を流して命乞いをする。しかし、目の前の捜査官はその行為にいまいちピンと来ていない様子。

 

「許す? 許すだって? ハッ! 喰種が何言ってんだか」

 

「……はぁ……?」

 

「今までてめぇらに何人殺されたと思う? 何十人てめぇらは罪もない善良な市民を喰ってきた?なのに今さら『許して』だぁ? 全く反吐が出る」

 

「わ……私は生きている人間は食べたことない! 一人も殺したことない! 本当よ!」

 

「喰種が人を殺したことないだって? あり得ねぇ。そうやって言ったヤツは俺の経験上大体100人くらい喰ってんだよなぁ」

 

 そう言って捜査官は手に持っているアタッシュケースのスイッチを押す。

 

「もういいや。こんな雑魚さっさと処理して真戸(まど)でも誘って夕飯食いに行こ」

 

 ケースが独特な機械音を立てて展開し、一筋の鍔の無い日本刀の形に変形する。刀身は赤く染まり、バチバチッと細かな静電気のようなものをスパークさせている。

 

 

 

 『ミヤモト』1/2 [鱗赫] A+

 

 

 

「もう……もうやめて……」

 

「じゃ、さようなら」

 

「ヒィィッ!!」

 

 女喰種は咄嗟に目をつむり、捜査官はその刀で彼女の首を跳ね────

 

 

 

 その瞬間、鈍い轟音と瓦礫が崩れる音が高架下に響いた。

 

 

 

「あ……れ……?」

 

 じきに自分を襲うはずの痛みがなかなか来ないことに気づき、喰種は閉じていた目を恐る恐る開ける。

 

 するとそこには予想外の光景が広がっていた。

 

 

 

 目の前に黒い、黒い、塊。それも人型。

 

 2mか3mにまで達しそうな黒い巨人が、彼女の首を刈ろうとしていた捜査官を、電柱よりも太い腕で壁に押さえつけていた。男が押さえつけられている壁は円形にヒビが入っておりその衝撃を物語っている。

 

 筋肉の塊のような体に三日月のような白い目、さらに耳があるであろう場所まで裂けた獰猛な口。

 

 その姿、この世のものとは到底思えない。

 

お前、悪いヤツだな。弱い者虐めがそんなに楽しいか?

 

 まるで地の底から響いてくるような、低い、空気を震わす声。

 

「くそ……ッ! なに……しやがる!」

 

 男は必死にもがくが強大な怪物の腕の前では所詮人間の力などまるで無力。ピクリとも動かない。

 

なんだ? 正義や復讐がそんなに大事か? コイツらにもな、それなりの命とか家族とかあるんだ。それをお前らは考えたことがあるのか? いや、無理だろうな。その芯まで腐った脳ミソじゃそんな馬鹿真面目なこと考えられないだろうなぁ

 

 怪物はその長い舌で男の顔を舐め回す。唾液が顔の目や頬、額にべっとりとつき、徐々に滴っていく。

 

今度何の罪もない喰種を必要以上にいたぶってみろ。お前やその仲間もみんなみんな見つけ出して手足をモいで頭引き千切って、それを使ってボウリングでもしてやる。人間が作った遊びだ。なかなか面白そうだろう?

 

「あぁ……!?グゥッ!」

 

 巨体は男を押さえつけている腕にさらに力を入れる。その圧倒的な筋力に男の肋骨が折れ、口から血が吹き出す。その拍子に握っていたクインケも手を離れる。

 

チッ、あぁーあ、カケルが変な意地張ってやがるせいでもう五日も何も食ってない。腹の皮が背中に引っ付きそうだ。なぁ、やっぱりコイツ食っていいよなぁ。お前の言いたいこと全部言ったしもう食っていいよなぁ

 

「……お前は一体……なんだ……? 喰種なのか?」

 

 男は血反吐を何回も吐きながらやっとの思いで言葉を絞り出す。

 

 その台詞を聞いた怪物は、口角を上げ、目を細め、舌を鳴らす。

 

 何者かと聞かれたら答える以外の選択肢はない。当たり前だ。

 

オレは────

 

 

 

 

 

 

       VENOM(ウ"ェノム)

 

 

 

 

 

 怪物──ヴェノムはその大きく獰猛な口を一杯に開け、そのまま男の頭にかぶりついた。

 

「やめ、ヤメ──ギャぁッ!──」

 

 煤汚れた高架下に何回も響く肉を潰し、切り裂く咀嚼音。そしてその隙間に入り込む男の断末魔。

 

 段々とヴェノムの下には血の海が広がっていき、その上に男の骨や食べ損ねた肉などが積み重なっていく。

 

 女喰種はあれだけ自分が恐れていた存在がいとも簡単に解体される様をただただ見ていることしかできなかった。

 

 

 

 数分後、満足したヴェノムはもうただの肉の塊となってしまった捜査官をすぐ傍でヘタりこんでいる女喰種に向かって放り投げる。

 

「キャァッ!!」

 

 再度喰種は悲鳴を上げ、咄嗟に顔を手で覆う。直後、全身に感じる水を被ったような感触。だが、それっきり何かが起こることはない。

 

 勇気を振り絞ってゆっくりと顔を覆っていた手を退ける。

 

 

 

 

 怪物はもう、そこにはいない。

 

 

 

 寂れた高架下に残るのは、捜査官だったものの残骸と血を被った女性。そして、残骸が誰だったのかを示すクインケという墓標のみ。

 

 

「何なのよ……アレ……」

 

 

 女喰種の微かな呟きは上の線路を走り去る電車の甲高い音にかき消された。

 

 




 状況によっては続きを書くかも……


 ※書きました。



 誤字報告感謝します。



 
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