土砂降りの雨のなか、1人のおじ様が傘を片手に静かに歩く。
彼の歩き方はとても綺麗で、服装はシックで落ち着いた雰囲気を醸し出す。
雨は強く降り、彼の姿がぼやけて見える。
こんな雨の中、彼はどこに向かって歩いているのだろうか。
ーそんなこと、誰も思っていないのにねー
周りの視線を気にしてしまうそんなお年頃はとうに過ぎ、私は久々の散歩を楽しむ。
普段車から見える景色と大分違うことに新鮮な感動をもらう。
「そもそも、車から景色なんて見てなかったな」
そんな独り言も、この雨の中でなら誰に聞かれることもなく零せる。
ー少し気分が落ちたなー
ふぅ・・・煙が雨の中上に上っていく様を静かに眺める。
少しだけ立ち止まって町の景色を眺め、たまに煙が邪魔してくるこの時間は、彼の心を幾ばくか心拍数を上げたのだった。
湿気でシケたそれを仕舞い、再び歩き出す。
横を通り過ぎるは全速力で自転車を漕ぐ学生。
自分もそんな時期があったのかと、懐かしいというよりかは何かを発見したときのような感覚と戸惑いが襲う。
忘れていたのだろうか、それとも捨ててしまったのかわからない。
まぁいいか。
そんな一言ですませて、今日は久々にと夕飯の一杯を思いつき頬を緩ませる。
何かを楽しみにできる、それは幸せなことで有り難いことだ。
その楽しみな何かが無くなってしまったことに、怒りでは無く純粋に悲しむことができるように、そんな楽しみ方をしておきたい。
穏やかに歩く、ぽつぽつと雨の降る音に癒やされる。
無駄な箇所を雨で埋め尽くされたこの世界は、彼を少しずつそちら側に連れて行く。
やがて彼の足跡も無くなり、雨で埋め尽くされる。
跡形も無くなるであろうその姿は、時折立ち止まり何かを探しているかのように見えなくも無い。
そんなときだった。
ープルルル・・・プルルル・・・プルルルー
携帯の音に少しだけ体を揺らし、
「はい、もしもし」
どうやら、相手は今日の夜彼のバーに予約を入れていた者らしい。
ーそうですか、それは残念です。落ち着いたときにまたお越しくださいー
どうやら今日の予約は無くなってしまったみたいだ。
「残念だ」
せっかくの散歩で、気分がよくなっていたところに残念なお知らせだったからだろうか、先ほどより歩幅は小さくなってしまった。
彼は、ふとこちら側を眺める。
今夜のお誘いを受けた私は、ただ頷くだけで。
ゆっくりと彼の後ろを歩く。
そんなこと、いつぶりなのだろうか。
彼はきっともう覚えていないだろう。
さっきだって、自転車を漕ぐ学生を見てすっかり忘れていたから。
やがて、笑顔の彼がこちらを向く。
「今日は久しぶりに散歩をしているのだが、君とこうして歩くのも懐かしいものだ」
ふふ、あぁたまには散歩も良いものですね。
夜のバーで空席にガラスを置き、2人でよく飲んだお気に入りを注ぐ。
グラスが鳴る。
今日はありがとう。
ぽつりと口からでたその言葉に、目の前の彼女はコクンとと頷いてくれた。
ーたまには散歩も良いもんだなー
散歩、行きましょうか。
そんな一言が脳裏をかすめてくれたから。