ツシマ奇談   作:八堀 ユキ

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新連載となります。
よろしくお願いします。


次回は来週月曜日に予定。


第1章
冥人


 怪しげなる男はひとり、冬の近づきを訴える凍える風の中。

 ツシマの光なき闇が支配する草原の中を歩いていた。

 その身なりは汚く。杖を手にして落ち着きなく地面をついてまわる怪しげな歩き方を見るに目が不自由なのだろう。

 

 だが僧とよぶにはあまりにその表情は悪意に満ちた笑みが浮かんでいた。

 そこからは世の平穏などかけらも望んでいるようには見えない。そういえば身に着ける僧衣も、どこぞの空の下で無残に果てた僧の体からはぎ取ったものではないか――そういわれたほうが身に着けているのも納得できる。

 

 だが、この男は何がそれほど嬉しいというのだろう?

 

 時は1274年、文永合戦。

 ツシマの平和はすでに過去のものとなっていた。

 

 死臭、苦しみ、恐怖。そしてそれをもたらす暴力と狂気。

 海の向こうからやってきた恐ろしい狼のごとき獰猛な戦士たちはこの島に対し、わずか半日ほどで大量の血を流させていた。

 

 怪しげな男は下品な笑い声をあげる。

 

 ああ、なんと痛快なるかな。

 怪しげなる男はツシマが地獄と変わることが愉快でたまらない。

 

 戦がおこれば人は死に、民は苦しむ。じつにざまぁみろではないか。

 そもそもこの男はこの年になるまで人の悪意にさらされて生き続けてきていた。

 己の世界に光がないというだけで家族に捨てられ、己の財を得ることも許されず。世捨て人としてただこの苦しみに満ちた世界を歩くしかなかった男に、戦争で苦しむ人々に対して憐憫の情は一切ない。

 

 普段から偉そうな侍どもは討ち取られ。

 自分に優しさよりも嫌悪をあらわにする百姓どもは苦しみ、奪われ。

 己よりもさらに力なき餓鬼どもなぞ人買いにでもさらわれてしまえばいいのだ。

 

 きっとそうなると男は信じたかった――。

 

 だがこの世にはどこか皮肉に満ちた出来事が少なからず起きる者らしい。男の耳に不愉快不可思議な奇談が聞こえてくるようになる。

 

 彼らはひとりにあらず。

 青く輝く狐火に誘われるように死者の国より現世へと召喚された冥人。

 生者ではないが。死者でもないらしい。

 

 それゆえに何者も彼らに打ち勝つことはかなわない。

 これはそういう物語だ。

 

 

――――――――――

 

 

 将軍コトゥン・ハーンによるツシマ上陸作戦は電撃の素早さで軍を展開させていく。河川、橋を狙って陣を張り。島内の流通網から一気に抑えにかかった。

 

 それを止めることは不可能。なぜならばわずか一夜にして小茂田の浜で侍たちを打倒した彼らを止める存在などこのツシマにはいないはずなのだから。

 しかし――それは大いなる勘違いであったらしい。

 

 

 奇妙な夜だった、指揮官は陣に張った移動式住居の中から自らが率いる兵士らの様子をのぞきつつ苛立たしくため息をつく。

 

 今夜は何かがおかしい。しかしなにがおかしいのかがわからない。

 そもそも自分も不安定な海の上から陸にあがれた喜びはあった。威勢を上げるため、部下の戦意をあおるため。さらった異国の女を己の寝床で単に楽しむだけのはずが。

 

 感情の制御かきかなくなり、ついカッとなって絞め殺してしまったあたりからなにかがおかしかったのだ。

 

 普段であれば不愉快な気分から部下にさっさと死体をかたずけるように申し付けるところなのに。死んだはずの女の体から体温が消えず、それが不思議と魅惑的なものに思え、まだ己の寝床に寝かせたままでいる。

 こんな経験は今まで一度もなかった。

 

――不気味な話よ

 

 最初は己を笑う余裕のあった指揮官であったが。

 ふと気が付くと陣の中の異様な空気を感じてようやく異常事態に気が付きつつも、戸惑い始めたのだ。

 なにかがおかしい。だがなにがおかしいというのか?

 

 

 奇妙な夜であることは指揮官だけではなく、兵士たちにもわかっていた。

 油は貴重だ――しかし闇の中で、まるで夜を恐れるように兵士たちは皆が目を覚まし。少しでも闇を払おうとするように光で陣の中を照らし続けている。

 

「なぁ、小便してくる」

「なんでそれを俺に言う?なんだ、怖いのか?」

「そんなわけがっ――ただ、報告しただけだ」

「ははは、いいさ。俺も付き合う。仲良くツレションといこうや」

 

 陣を離れ、川面に近づくにつれ。2人の見張りは前方から異様な息遣いを耳にする。

 息を殺して腰を屈め、しかし興味は高まるせいで味方をここに呼ぼうなどという気持ちはかけらもない。

 

 わずかな蛍火の下で、流れる水面に負けぬ声で男女が和合していた。

 2人はまず驚き。つづいて湧き上がる助平心から腰に下げた剣に手をかけ、はやる心を抑えつつもまぐわう男女の後ろへと足早に近づこうとする。

 

 まるでおかしな情景だった。

 軍は侍を打倒すると次に力なき地元の民に対しても過激な暴力をふるい続けた。つまり蒙古の兵を日本の民がれることはあっても、彼らが陣を張る近くの川辺で無防備に男女の肉欲を満たそうなど、思うはずはないし。するはずもないのだ。

 

 だが兵士たちの脳裏にその考えはない。

 それどころか、彼らにあったのは怒り。己のゲルにさらった異国の女を連れ込んでひとりたのしんでいる指揮官への不満。朝が来ることを願って忘れようとしたそれが頭の中を支配し、今夜は自分たちだけは楽しめるのだとすでに信じ込み始めている。

 

 

 黄金の輝きをみせる蛍火の中に、複数の青い炎の光が躍った。

 男たちはついに刀を抜くが、男女は激しい動きに集中してるのか気が付くそぶりがまるでない。

 

――もう少し、もう少し。

 

 半裸の男の上でうごめく女の体が静かに動きを止める。

 激しく女の体を抱いていた男の目が乳房の陰で怪しく青く輝やいてみせる。

 

 それから起きた出来事は、そばに流れる暗い川の水音が打ち消した。

 

 

――――――――――

 

 

 それは何とも無様で、滑稽ですらあった。

 武器を握り、前のめりであったはずの2人の兵士は次の瞬間には揃って後ろに向かって吹き飛ばされたかのように宙を飛んでいた。

 驚くように見開いたその両目の間には、どちらも同じ呪いの矢を突き立てられ。地面に再び転がるころにはすでに絶命していた。

 

 そうやって2つの死体が地面に転がると、ひとつの影は2つに分かれる。

 どちらもさきほどまでの醜態痴態を演じていたことなどわすれたように、冷たく輝く青い炎の輝きを見せる目で最初の獲物たちを見つめていた。。

 

――まずは2人

 

 たくましい半身を着物の下に隠すのは牢人。穴だらけの編み笠だが、その表情は読むことはそれでも難しい。

 そのとなりに立つ女性は全裸だが。先ほどまで牢人に縋りつくも、その背中からとりだす半弓で奇跡の技を見せつけた弓取であった。

 ともに闇の中で輝く青い目は、思い出せば先ほどまで闇の中に浮かんでいた狐火にも似てはいなかったか。

 

 冥人(くろうど)

 のちにツシマの伝説に登場する鬼人らの、これがおそらくは最初の物語となる。

 

 

 闇夜の襲撃は恐ろしく静かで、なのに眠る兵士は誰もいないという異常の中で始まった。

 眠れぬ夜は、すぐそばに死の影を近づけさせていた。

 明日のことを思えばすぐにも横になって眠らねばならないが、湧き上がる不思議な高揚感と、落ち着きを許さない不気味な闇に兵士たちは翻ろうされていた。

 

 その衝動に身を任せた異国の狼たちはわずかな光の下を歩き回り。しかし闇の向こうで目を輝かせる冥人達の恐ろしい殺意に気が付くことができない。

 

 ゲルの陰から冥人・牢人が刀を手に立ち上がり。足元を通り過ぎようとする兵士の背に飛び降りていく。

 見張り台の上に死体を転がし、代わりに上った冥人・弓取は人ならざる夜目にとらえた兵士たちに矢を引き絞り。ゆるぎない自信と共に虚空に矢を次々と撃ち放つ!!

 

 人が死んでいく。兵が減っていく。

 陣が死んでいく。死がすべてを飲み込もうとしている。

 

 だが冥人達は止まらない。

 死を振りまくことを、暴力ですべてを飲み込もうとすることをやめない――。

 

 

――内経の眼ォ!

 

 冥人・弓取の絶唱絶技が夜の闇を引き裂いた。

 ミシリミシリと手にする弓が悲鳴を上げる。

 

 呪いのこめられた並ぶ5本の矢。

 そのそれぞれが大陸の狼たちの首筋を狙って飛んでいき。あっという間に5人の精兵を死体にかえた。

 

 ゲルの中にいた兵士は敵兵の襲来かと慌てて外に飛び出せば、まっていましたとばかりに冥人・牢人が上空より飛びかかり。あっという間に兵士を地面に叩き伏せるとその首筋を切り裂いてしまう。

 

 夜の闇と静けさはすぐに帰ってくる。

 見張り台から降りてきた弓取と浪人は合流を果たす。

 

『……壊れたか』

『ああ』

 

 弓取の手に握られていた半弓は、重ねて使われた絶技に耐えきれず。弓の形を保つことはできなかった。

 彼女は使い物にならなくなったそれを地面に放り捨てると、己の腰にある刀を叩いてみせた。

 

『だがまだこれがある』

『仕留めよう』

 

 残るは最後のひとり。この陣の指揮官、そして最後の生者。

 

 ゲルの中で、指揮官は悟る。己が唯一の生き残りであることを――。

 

「――嬲るつもりかっ」

 

 逃げられない。それだけは確実だった。

 あろうことか死んだ部下たちはこれでもかと陣内を明るく照らしてしまっている。油が消えるのを待つしかないが、相手はそこまで待たないだろう。ならば――。

 

 

 指揮官は逆にゲルの中に腰を下ろした。

 出ていくまでもない、逆にこちらが待ち構えてやろうという心境である。ただの強がりだが、怯えて震えているつもりはなかった。

 

 ゲルの出入り口たる2か所から、表情を隠し。刀をぶら下げた男女が入ってくる。

 指揮官は余裕を見せるように鼻を鳴らし、戦ってやるぞとばかりに刀を抜き放って見せる。

 

――ふっふっふっ

 

 まるで心を見透かしたように男女は低く笑う。

 もはや隠すものはない。指揮官は気合いからひとふり、女剣士にとびかかる――。

 

 

 翌朝、冬の到来の近さを感じさせる寒空の下。

 無残に切り殺された異国の戦士たちがいた。ゲルの中にも無残にも切り刻まれた指揮官の残骸はあったが――彼の手で弄ばれた挙句に殺された哀れな女の死体は消えていた。

 

 もしかしたら誰か、慈悲深きものが先に訪れていたのであろうか?

 蒙古の陣の離れにある河原のそばに、死者をそこに埋めたと知らせるような土饅頭。そして無名の墓碑のつもりなのだろうか、板切れが添えられていたという。




(人物紹介・設定)
・文永合戦
元軍の大船団による最初の戦い。


・冥人
くらうど、と呼ぶ。
小茂田の浜から戻った若侍が元ネタという説がある。


・ゲル
移動式組み立て住居のこと。


・冥人・牢人
侍の姿をした流人。
原作では回復役であり、召喚術も扱える謎存在。味方が力尽きると、強制的にたたき起こして戦わせる鬼人である。


・冥人・弓取
女武者であり、弓攻撃を得意とする。
原作ではぶっちゃけ脱いでもくれないし、誰かと絡みもしない。というか弓自体、操作感に癖があるので「キャラとしての存在理由がわからない」などと陰口をたたかれることもあったり、なかったり。

ちなみに作者は好き。


・内径
原作に登場するヤバイ伝説の弓取の名前。
冥人・弓取はどうやら彼の技を受け継いでいる模様。


・壊れた半弓
侍が使う弓。原作では壊れたりしない。
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