わずか一夜にして罠の半分を潰された。
悪夢というしかないが、勝てはしなかったものの負けもしなかった――としておこうか。
日本に仇なす鬼女を降臨させることに成功した2人の外道術師はまずはよく寝て、よく食べた。気力を十分に充実させた。
彼らが恐れたのはそういう重要な作業の途中に、将軍クトゥン・ハーンに呼び出され。彼に失敗の説明を求められることであった。だがありがたいことに将軍は何も2人に要求はしてこなかった。
すでに計画はすべて語り、まだ半分は残っている間は好きにしてよいということだろう。しかしそれは同時にすべてを失敗すれば、ただではすまさぬという意思の表れともいえる。
「それでどう思う?奴は鬼女、なにを求める?」
「敵を苦しめる方法ならなんでも。だがそれでいい」
「われらの首を絞める結果にならなければな――」
「どうした、弱気になったか?」
「倒す相手が人ならざるものだとわかった以上、この戦いは簡単には終わらん」
それは確かにそうだ――。
かりにも仙術を一度は極めんとした男達である。彼らは世界が示す未来を、運気の動きから察することができた。
序盤の元軍大勝利は間違いがないのに、この先にある未来に不安の影が見え始めた気がする。
馬に乗った境井 仁は珍しく街道に出てゆっくりと進んでいた。
石川、政子らからは叔父、志村救出への合力の約束をもらったが。どちらも強者とはいえ、蒙古を相手にするならば数が全く足りていない。だがまだ当てはある。
石川先生からは政子に加え、菅笠衆の存在も聞かされていた。
牢人である彼らが何を求めるのか、見定める必要はあるだろうが。働きに見合う報奨を約束すればおそらくは大丈夫だろうと石川先生も語っておられた。
しかし天は思わぬ時に人に試練を与えるものらしい――。
どこからともなく男女の悲鳴が聞こえてくると、仁は反射的に進路を悲鳴のする方角に変え。馬の横腹をけって走り出す。
それはツシマの民にたいする蒙古兵の蛮行を恐れたがゆえの行動であったが。実際にそこで見たものはまったくちがったものであった。
「そこの法師!何がおきた?」
馬上の上から見たのは人々の死体と、その中で腰を抜かしているらしき琵琶法師の姿。
「恐ろしきお侍がやりました!どうか、どうかお助けを」
「わかった。だがなぜこんなことを?」
「奴は我らに
「茂範?伝説に聞く、抜刀の使い手の?」
「はい。その男はわたくしの語りの中にその奥義に至る手掛かりがあると申しましたが。語りを聞いたのちはそれがわからなかったのか、怒り出すといきなり刀を抜いて皆に斬りかかったのでございます」
「無茶苦茶ではないかっ」
周囲でこときれた死体の数は複数。おそらくは法師の語りを聞いていた人々の中でいきなり刀を抜いて振り回した結果だろう。仁の心に義の炎が真っ赤に燃え上がる。
「琵琶法師よ、すまぬが急ぎその”語り”を俺にも聞かせてくれ」
「おお、賊を追われますか?」
「茂範の秘剣をそのような危険な男が手にすることはあってはならん。始末はこの俺が」
「わかりました。では――」
そして琵琶法師は”語り”を聞かせた。
――ツシマにあらわれた妖の雷獣
――茂範は己の秘剣・
――小松の浜でついに願いを果たして後。己の庵に帰り、弟子にのみその技を伝える
話が終わるとすぐに仁は立ち上がり、愛馬にまたがって走り出した。
すると物語の中の出来事が再現されるように、空はにわかに黒雲を吐き出し。遠雷が鳴り響く。
――――――――――
凶行の犯人の名はすぐに割れた。
侍の名は古賀――叔父、志村に逆らい。討伐された槍川に仕えた武士であった。
興味深いことに古賀は槍川に仕えていた時代にも茂範の技を求めたが、手掛かりなしといちどはあきらめていた過去があったという。それが今回の蒙古上陸に合わせたように再びツシマに戻り、再び動き出したらしい。
伝説に聞く茂範の庵には、彼の老いた最後の弟子とその孫たちが住んでいると聞いていた。
古賀はすでに先に庵に到着していたが、ここでは人死には出さなかった。だが暴れたのだろう、家の中は滅茶苦茶にされ。家族は殴られたのだろう。傷つけられ、血を流していた。
「これをやったのは古賀だな?奴はここで何をした?教えてくれ、俺が奴を止める」
「……あの男は祖父に茂範様の秘伝を教えろと迫りましたが、断られると家族を殺されても良いのかと。暴れたうえ、私はこうして殴られたのです」
「卑劣な奴」
「さらに間の悪いことに、最近は祖父も体調を悪くして刀を振れなくなっており抵抗できなかったのです。あの侍は祖父を引きずって出ていきました。追おうにも私に刀もなく、力もございません。途方に暮れておりました」
「古賀はどこへ行ったと思う?」
「おそらくは祖父が訓練につかっていた場所へ。そこは茂範から、かの秘剣・紫電一閃を伝授された場所だと祖父はよく楽しそうに語っておりましたし。奴もそのことを知っていたようです」
そうか、つぶやきながら仁は自然と壁に掛けられた絵に目がすいよせられていた。
雷獣と戦ったという小松の浜の絵であろう。ということは、古賀は紫電一閃の習得を目前にしている?だとすればただ追いついただけでは、古賀を倒すことはかなわないかもしれない。
「なぁ、噂に聞く紫電一閃は口伝でのみ教えられるものだとは聞いている。だが、状況が状況だ。
古賀はすでに技を盗んだかもしれん。お主は祖父から何か聞かされてはいないか?」
ほとんど期待はしていなかったが、かえってきた答えは意外なものだった。
「祖父は茂範様の口伝を私にも教えてはくれませんでした。しかし最近はもしも己の命が燃え尽きた時のためにと、紫電一閃を次に受け継ぐための謎かけを作りまして――」
「おお!それを聞かせてくれ」
孫の口から飛び出してきたのは意味をなさない言葉の羅列。
しかしそれを仁はすべて何度も口の中でそらんじることで覚える――。
「それとケガをしているところをすまないが。ひとつ手伝ってほしい」
「なんでしょう?」
仁は無言で外に出ると愛馬の元へ向かい。
その背に担がせたつづらに手を伸ばす。安達 政子は仁が彼女の敵討ちに助力する礼として。彼女の息子がつかっていた鎧の一領を仁に譲ってくれていた。
――だがこのまま使ってはお前は我が安達家に連なるものとみられてしまうだろう
――黄金寺にいる鎧職人に色を塗り替えてもらえ
感謝します、政子殿。そして今こそ役に立てまする。
つづらから取り出したのは真っ白に輝く立派な鎧。助言に従い、青を基調としていた安達の家の色から変更し、これでもう仁は好きに使うことができる。
境井 仁は人の助けを借り。2本差しの流人の姿から若侍へと姿を転じる。目の下頬と呼ばれる面具を最後に装着すると、気は引き締まり。活力がみなぎってくる。
嵐は近い。。
しかし暗い空の下を、白く輝く武者となった仁と馬はそんなもの構うものかと力強く走り抜けていく。
決戦の場は想像通り、小松の浜。
しかし無念にも茂範の最後の弟子である老人は最後に抵抗を試みたのだろう。卑劣な古賀に斬りかかったが、あえなく古賀が習得したばかりの紫電一閃の技によって屠られるという悲劇は止められなかった。
己の非力さ、運命の非情に嘆く間もなく。仁もまた決戦の場に進み出ていく――。
雨が降り、雷が鳴り響く。天は荒れ、これよりはじまる一騎打ちの激しさを予見しているようだ。
試合場には無念にも息絶えた老人の遺体と、彼が最後に振り上げた刀が地面に突き立っている。その向こう側に追っていた犯人は、己が今しがた手にしたばかりの力を感じて悦に入っていた。
「卑劣なる古賀ァ!槍川の狼藉はその郎党にいたるまでいきわたっていたと見える」
「――俺を知っているのか。俺はお前を知らん。
だがその言いざまにはあの志村を思わせるものがある。実に不愉快よ」
「流人を斬り、女も斬り。果ては老人まで手にかけ、それを恥とは思わぬ貴様の所業。許し難し!」
「フン、槍川が焼けてのち。あの志村を誰も手にかけることがかなわなかったことがつくづく無念な話よ。俺も一度はすべてを捨てようとツシマを出たが、結局はここに戻ることとなった」
「その結果、堕ちるところまで堕ちたわけか」
「違う!!俺は天から啓示を受けたのだ!」
「?」
いきなり狂気の片りんを見せるように声が跳ね上がる古賀は、これより奇々怪々な物語を口にする。
――――――――――
それは憎き志村への恨みがさせたのか――それともそもそもこの男に生まれながら霊力の素質があったからか。
元軍におびえて身をひそめあって暖をとる流人たちの中で古賀は眠り、夢を見た。
いや、それはもしかすればどこかの現実であったのかもしれぬ。
そこはかの日吉のそばにある四つ辻の関、だが蒙古兵達も馬もまだそこにいた。
信じられないことに眠っている古賀もまたそこにいた。魂だけとなったその体は宙に浮き、不思議と心地よい感覚に身を任せてその様子を見守っていた。
そんなまだ淡い眠気が漂う空気の中、突如として空中に地獄につながるとしか思えぬ口が開くと。女人の面で顔を隠す巫女が飛び出し、空を飛ぶように地面を走った。
軽身功――
これを習得すれば鍛えられた肉体を羽のように軽くすることを可能とした。
次にわずかに遅れて4人の侍たちが飛び出してくる。
驚くなかれ、彼らは間違いなくあの冥人達である。巫女ほどの素早さはなかったものの、その動き。やはり尋常なものではない。
蒙古兵たちは事態が理解できず、驚くばかりでいたが。
巫女がその横をすり抜けていくとまず表情が死んだ。次に開いていた地獄の口が大きく広がると、追いかける冥人たちの背後から四つ辻の関すべてを飲み込んでしまう。
当然だが古賀もそれに飲み込まれてしまった。
そこからはじまった殺戮劇はまさに悪夢。魔界の出来事と考えなければ納得できぬ光景。
巫女によって意思を奪われたのか。蒙古兵は死兵となり、冥人らを襲う。
だが強き冥人達の足を彼らは止められない。冷たい刃の軌跡は皮膚を裂き、血が飛び散り、骨が砕ける音がする。
しかし常に勝機はどう転がるのかわからない――。
先頭を進む冥人・侍の周囲に偶然だが蒙古兵が殺到する。
彼らが振り下ろされる武器のどれかは必ずやその体にあたるだろう。いや、運が悪ければその一太刀がよみがえった冥人に再び死をもたらすやもしれない。
――斬られるな、あれは
霊体となって浮いている古賀はその様子を見て確信していた。
左側と背後からの刃はかわせぬ、と。彼の仲間たちはその状況に気が付いていないのか、誰も助けるそぶりも見せないでいる。
『紫電一閃!!』
古賀の両眼が大きく見開く。
斬られるはずだった侍の姿はそこにはもういなかった。そのかわり斬られて倒れていく蒙古兵と斬るものを見失って空振りする蒙古兵がいた。
そして2間先で侍は何事もなかったかのように新たな蒙古兵に斬りかかっている。
この瞬間を古賀は聞いた。そして見た!
伝説に聞くかの茂範の紫電一閃の技。
それを現実にふるう侍の姿を。
そして古賀は目を覚ました。自分が見た夢を彼はすべて覚えていた。
茂範の紫電一閃は確かに存在したのだ。その技を目にしたことで、古賀の体の中に燃え尽きたはずの炎が再び勢いを取り戻し――ただし今度は正気を捨てるほどつよいものが戻ってきた。
狂気の炎を胸に走り出した古賀はついに念願を果たす。
古賀は熱に浮かされたように己の夢にみた物語を仁に聞かせたが。聞かされたほうは困惑した。
冥人?なんだそれは?
そもそも夢で見たものが本物の紫電一閃となぜ古賀は考えたのだ?支離滅裂、正気を失っているのは明らか。
「もういい。戯言はたくさんだ」
「なんだ。あの世への土産話にしてやろうという俺のやさしさだぞ?」
「そうはならん――遅くなったが聞くがいい。俺の名は境井 仁。我が叔父・志村の命を狙う槍川の残党の凶行とあれば。この正義の剣を味わうがいい」
「そうか。境井、志村が可愛がっている甥がお前か。ならばこの15年をかけた我が悲願。紫電一閃で死ぬ栄誉はまず貴様からくれてやろう」
侍と侍、互いにその間合いを徐々に縮めていく。
――――――――――
古賀は本名を古賀 泰平という。
まだ彼が若かったころ、伝説に聞く紫電一閃をなんとか会得できないものかと恋する乙女のような純粋さでツシマの歴史を探ったことがあった。まだまだ若く、仕えていた槍川家は領主の志村に負けぬ気概を持っていた。
歴史を調べ、場所を特定したが。問題があった。
かの茂範は己の技を広めることを願わず。
ただひとりの弟子にのみ伝え。その理由を「この技はツシマの危機を救うために使われてほしい」のだと他人に語った逸話を耳にしていた。
もしこのまま泰平が茂範の庵を訪れたとして。
紫電一閃の技の伝授を願っても、それを理由に断られるかもしれぬ――。
どうやったら断られなくできようか?
泰平は取りつかれたようにそれを考え。のんびりと馬上にいて歩いているときも、その方法について考えた。
すると一本の矢が飛んできて泰平の頬をかすめる。
泰平はあっと声をあげると馬上から無様に地面に転げ落ちたが。すぐに立ち上がって周囲を見まわす。侍が馬上より転げ落ちるなど屈辱を受けたと頭にきて怒っていたし。闇討ちかと片手は刀の柄に手を伸ばして危険に備えていた。
ところが、である。
泰平は見渡す限り人の姿を隠せるような草木のない、大草原の真ん中に自分がいることにこの時初めて気が付いた。
馬上にあって揺られている自分を、300メートル以上離れて狙い撃つことが可能だろうか?不可能だ!
そして地面に突き立っていた矢だ。
泰平がそれを確かめようと近づくと。それは陽炎のように揺れ、泰平の目の前から触れられることを嫌うように消えてしまったのだ。
まだ若かった泰平の肝は冷え、この矢を紫電一閃に近づくなという警告と受け取った。
また――大きな声ではいえないが。直前、泰平は心の中で茂範の弟子を刀で脅すのはどうだろう?そのような不埒な考えを思い浮かべてもいたことも関係した。
まさにツシマを守らんとする茂範の意思のあらわれ。
若い泰平にはまだ守るものも多く、若い自分ならば紫電一閃にこだわらなくともまだまだ強くなれると信じられたがゆえの判断であった。
激しい雨と雷の下、互いの刃が火花を散らしてぶつかり合い。つばぜり合いとなる。
泰平の恨みの言葉が仁に投げつけられる。
「槍川が倒されて15年よ。あの時、この俺が紫電一閃を手にしていればお屋形様は志村などにおくれはとらずにすんだはず。すべては己の未熟さと傲慢さが招いた過ちよ!」
「馬鹿を言え!槍川は己の傲慢さで身を滅ぼしたのだ。今のお前と同じにな」
「フン、言ってろ!だが槍川は復活する。滅んでいく志村と違ってな!」
「妄想か。いよいよ狂ったと見える」
あと半歩で間合いに入る2人は互いに様子を見るようにそれ以上は進まず、挑発を続ける。
「これは寝言ではないぞ。我らの希望、槍川 氏政様がこの混乱をついて槍川の城に帰還なされた!」
「っ!?」
「俺がこのツシマに戻ったのもそれが理由よ。志村は蒙古の奴らに屈したが、我らが支える氏政様はきっと見事に奴らを退治してくれよう。さすれば鎌倉様も槍川の武勇を認め、お家は再興。志村の代わりにこれからは槍川がツシマの棟梁となるのよ!」
「どうやら本格的に狂ってしまったようだな。そんなことには絶対にならん!」
言いながらも仁は歯を食いしばる。焦ってはいけない、冷静でなければいけない。
だが古賀の挑発にイラつく自分の怒りは一気に殺せと叫んでいる。どこまでこれを押さえつけられるのか。
「どうした、来ないのか?ならば境井、さっそく会得せし我が紫電一閃を馳走してやろう!」
古賀は刀を収めると抜刀の構えを見せた。
仁は警戒し、両の目をしっかりと見開いておく。琵琶法師の語り、そして庵にいた孫から聞いた謎かけ。それらを思い浮かべつつ集中する。
雨雲が避けて落雷とその音が鳴り響くのと合せるように、古賀の紫電一閃が放たれた。恐ろしく早く、恐ろしく遠くからみせた脅威の縮地法。
距離をとってすべてを見ていたことで仁はその凄まじさを理解はしたが、そんなことが可能だとは考えたことはなかった。
仕留められなかったことが意外だったのか。
古賀は舌打ちをすると再び抜刀の構えに入り、2度目の紫電一閃。だが今度は仁も余裕をもってかわして見せた。
「逃げるにしても遅いな、どうしようもなく遅いぞ。境井!」
「いや、これでいいのだ。全てを確認する必要があった」
答えながら境井 仁の心の中では語りと謎かけに隠された答えが雪が解けるように静かに何かを語り始めていた。
激怒する古賀は怒りの声をあげて刀を振りあげたが。仁はそのすべてを余裕をもってかえす。
この時点で仁は古賀の技を見切りつつあった。
どうやら古賀はどこかに古傷でも抱えているらしく。押し合いになると長く続けることを嫌うところがあった。
さらに抜刀は確かに得意というだけあって見事なものではあったが。剣の才能はあきらかに境井 仁と比べて劣っていることが明らかになってしまった。
つまりはこの勝負。
紫電一閃の有無が勝敗の分かれ目となる!
――――――――――
茂範の試合場で始まった対決を見守る目が、数百メートル離れた木の上に2つ。目に宿る2つ青い炎。
その正体は冥人・弓取であった。
かつて古賀に警告の矢を放った彼女は、再び紫電一閃に手をかけた2人の武者の誕生の瞬間を見に来ていたのだ。
当初、彼女は剣の才能では境井は上でも。紫電一閃を手にした今の古賀では勝てぬだろうと考えていた。
だが――空気が変わったのを確かに感じた。
境井 仁、あの若武者は、古賀の紫電一閃を目にして何かを学び。盗み出そうとしていた。
普通に考えれば無謀な賭けにしか思えぬその行為も。境井の剣の才能が可能としようとしているのか。
「逃げてばかりよな、境井。いつまで俺の刃から逃げられる?」
「終わりだ、古賀……この境井 仁。紫電一閃もらい受けた」
「戯言を!」
互いの距離は3間はあるが、向き合う侍はどちらも抜刀の構えを見せる。
ついに紫電一閃がぶつかり合うというのか!?
冥人・弓取の目はこれから起こることを見逃すまいと瞬きをしなくなった。
境井 仁は一瞬早く剣を抜こうとし。遅れた古賀は紫電一閃を放つも、彼は冷静にただ剣を抜き放つだけで。飛び込んでくる古賀の体と刀をわずかに動くことで華麗にかわす。さらに素早く半歩動きながら刃の先を古賀に突き入れた。
――あれは!?
かつて冥人・侍が蒙古兵を相手に見せた達人の技。
痛みに歯を食いしばる古賀だが。仁はそれまで見せたことのない縮地法を用いて距離をとると、境井家の名刀はいつの間にか再び鞘に収まっている。
その一瞬だけだ。風はやみ、雨は勢いを失い、雷は雲の中に身をひそめた。
息を止め、力は抜くが。さっきは研ぎ澄ましたまま。白く輝く光が地上を走った。
茂範の生み出したる紫電一閃、境井 仁は確かに使った。
刺された反対の側の横腹を鋭く裂いた。古賀は己の中から臓物が零れ落ちる恐怖を感じ、慌てて両手で傷口をふさごうとする。
己が放った紫電一閃とは違った。
腹がさらに傷口を広げていく感覚に怯え、迫ってくる死を前にどうすればいいのかわからない。
刀は捨てた。立っていることもかなわなくなり、よろけてもなんとかしようとする。
――ああ、見事よ
冥人・弓取は境井 仁の勝利に賞賛を送りたかった。
まだ死を知らず。生者であった頃ならば。あこがれた異性に抱いた熱い感情の片りんが心に染み出てきたようだ。あの夜、蒙古兵を皆殺しにするために抱かれてやった牢人とは違う。仁に対して血が滾る熱さを感じた。
ならば報いる方法はほかにもある――。
ふらつく古賀はいつの間にか。地面に突き立つ刀のそばに近づいてきた。
それは茂範の弟子であるがゆえに、悪党によって無念の死を遂げた老剣士のもの。再び勢いを取り戻す嵐はさらにいっそう激しくしてくる。
地上に落ちる紫の雷は狙ったようにそこに落ちてきた。
両眼を見開き驚く境井 仁の前で世界は黄色の光で塞がれ。雷光の直撃を受けた古賀は真っ赤に燃えて、その場で絶命した。
冥人・弓取の妖術が引き起こした奇跡が悪を滅したのだ。
境井 仁は勝利に喜ぶわけでもなく。
無念の中で命尽きた老人の遺体の前に立つとその冥福を祈る。古賀がくだらぬことを実行しなければ死ななくてもよい老人であった……。
「紫電一閃、この境井が確かに受け継ぎました。茂範殿の意思を守り、ツシマを守るためにのみ使わせていただくつもりです」
仁の誓いは嵐の中で消え。
彼を見守っていた弓取の姿もいつの間にか消えていた。