ツシマ奇談   作:八堀 ユキ

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ツシマのこれからは。
俺たちの戦いはこれからだっ。ありがとうございましたっ!


混沌の地

 境井 仁は町を見下ろし、己の尺八を取り出すと穏やかな頃のツシマを心に思い描きながら音を奏でた。

 風に交じる血の匂いは先ほどまでの殺戮の記憶を思い出させようと誘惑してくる。志村の教えを信じた己の誉れが静かにその輝きを鈍く弱らせる。

 

 だが優しき音色が今、この時の仁を癒してくれる。

 戦いは終わっていないのだ。憎悪に流されず、冷静にならねばならない――。

 

 

 ツシマの南部が突如として燃え上がった!

 浅藻浦の蒙古の陣は、大勢の捕虜を集める重要な大きな拠点であったが。短い間に数回の襲撃を受け、あろうことか捕虜たちは全員逃亡。指揮官をはじめとした蒙古兵たちは全滅した。

 

 これを合図とするように浅藻浦に隣接する蒙古の陣が次々と陥落。

 のちにここから生き延びたひとりの兵士は、将軍クトゥン・ハーンの前で仲間と共に命からがら逃亡する中。追ってきた白き鎧兜に鬼の面をかぶったひとりの異形の侍を報告した。

 そいつは仲間をあっという間に斬り捨てると、自分だけを逃がしたと語る。将軍は何も口にしなかったと伝えられているが、酒の席にてめずらしく「境井」の名を憎々しげに口にしたとか。しなかったとか……。

 

 

 この短い間に仁の心は大きな変貌を遂げていた。

 夜の闇に紛れて襲撃し、相手の背後に忍び寄っては一突きで致命傷を負わせ。向かい合ってはこれを容赦なく、なで斬りにした。もはや生死の境に立つことに恐怖は、ない。

 

「来たぞー。来たぞー、たくさんキター!」

「いよいよか」

 

 村の外を見張っていた山師、賢二が大声をあげ両手を振り回して走ってくるのを見た。

 仁は尺八をしまい、背後の家へと力強く歩きだす。

 

 

 浅藻浦よりゆなの弟、たかを救出した仁は。

 しかしそこで目にした蒙古による民へのひどい扱いに我慢ならず。ゆな達と別れてひとりとって返すと、捕虜を全員解放しながら。周辺の蒙古兵達にも攻撃を仕掛け叩き潰して回った。

 

 これによってツシマの南部における蒙古兵たちの脅威は大きく減退し。

 仁はようやく念願だった菅笠衆とも接触を果たす。協力の約束を取り付けることにはなんとか成功はしたが。まぁ、彼らの頭がまさか自分の昔の知り合いの竜三とは知らなかった……。

 

 

 そして彼は今、小松の町にいる。

 解放した浅藻浦の捕虜たちと共にゆなたち姉弟もここに行かせたが。蒙古はこの町に戻った人々を再びとらえようと部隊を送り込んできた。

 

 怯える人々のすがるような眼が仁に集まる中。

 彼は驚きの決断を口にする。ここで蒙古を返り討ちにする、と。

 

 到底正気とは思えぬ発想。

 だが仁は本気だ。民の間から「ふざけるな」の声が上がってもおかしくなかったが、怯えた目の間からは沈黙の了解がかえってくるだけ。

 

 

 家の中からはたかとゆなが出てきた。

 

「境井様、賢二の声を聞きました。あいつら、またやってきたんですね」

「しつこい奴らだよ。まったくさ」

 

 姉も弟も、どちらも性格がはっきりしていて仲が良いことを感じさせる。

 兄弟とはそういうものなのだろうか。仁にはわからない。

 

「奴らが村に入れば、すぐに仲間の死体を見つける。そうなるとこの村に火をつけるやもしれん」

「それはまずいよ、仁」

「鍛冶場が残っていると思ってここに来ましたが。これでは俺達、役には立てません。境井様」

「だからこそ、ここで奴らを返り討ちにする。たか、賢二の奴が戻ったら火をいれてここに我らがいることを奴らに知らせろ」

「それは構いませんが……本当にやるのですか?」

「逃げれば追われるだけ。必ず誰か死ぬ」

「わかってると思うけどさ、仁。あんた、かなり無茶を言ってるよ?」

「だが他の方法もない。たか、お前と賢二は屋敷の中で皆といろ。俺が守ってやる」

 

 たったひとりの侍が、蒙古の兵たちを相手に守ってやるといわれて安心できるはずがない。だが――たかは浅藻浦から姉と共に自分を救出してくれた境井 仁の豪胆さを知っていた。だから蒙古が怖くとも、言葉は信じられた。

 

 火事場に火が入ると黒煙を黙々と天にむかってたちのぼっていく。

 これならば蒙古の兵はすぐに気がつくだろう。秋の夕暮れにその光景は美しく、これから惨劇が起こるなど誰に想像できるだろうか。

 

「仁、兜はしないのかい?」

「今からでは時間がない。気を付けるさ……ゆな、お前はなんでここにいる?たかと中にいろ」

 

 屋敷を守るように立つ仁の背後からゆなが動こうとしていないことに気が付いたが。彼女はいつものようにふてぶてしい顔でなんでもないと手を振りつつ。

 

「あたしはあたしで好きにやらせてもらう。たかはあたしが守るんだから、ここが一番だ」

「――そうか。ならば死ぬなよ、ゆな」

 

 煙は効果覿面だった。

 蒙古兵たちの姿は次々とあらわれ、仁たちの前へ。

 

「太刀を抜け、腰抜けばかりではなかろう。いざ勝負!」

「はぁっ!」

 

 相手側から笑い声が上がる。こちらは男女2人、相手は多数。

 境井 仁は今。侍として名乗りを上げた。

  

 

――――――――――

 

 

 長尾家家臣の住まう屋敷のひとつ。

 そこに術師たちは九死の儀式を行う場所と決めていた。この屋敷の主人は京より呪い師をわざわざ呼び寄せ。己の屋敷に呪術的な守護をこめたようだが、そうした霊的集合地点は捻じ曲げれば大きなひずみを生むことができる。

 

 かの諸葛孔明が考案したという八門遁甲の秘術にも通じる九死の儀式は。

 冥人のような妖を呼び込む織であり、同時に処刑場でもある。一度中に入り込むと捻じ曲げられたひずみに抑え込まれてその場を離れられなくなり。ひずみを閉じるには大きな力が必要なうえ、常にひずみは脈動するように妖気を吐き出す量を変動させている。

 

 そこに32の部隊に分けた蒙古兵を突入させ、閉じ込めた妖を休むことなく攻め続け。さらにひずみからの妖気の影響を受け、一気に超兵士となっていく蒙古兵らがひずみの前に立てば。捕らわれた妖を大いに痛めつけ、弱らせる。

 

 まさに生きた悪夢。

 全てのひずみを閉じ、兵を殲滅せねば逃れられぬアリジゴク。

 

 

 術師たちは兵を率いて屋敷の罠を完成させると、ここから大きく距離をとって離れていく。

 屋敷からはたちまち妖気が満ち溢れ。

 いつものように闇に沈む夜はなく。真っ赤に燃える明るい夜がそこに出現する。

 

 今宵は魔性の夜。

 火は必要ないが、ただでは終わらぬ。

 

 あの壱与が用意した罠と同じように、夜に目を覚ます獰猛な獣たちはたちまちのうちに屋敷に入り込み。妖気の影響を受け、ツシマの土地神たちは苦悶に体をよじり。悲鳴をあげだした。

 

 

 そして赤き空に輝く満月の下。四つの青き炎が登場する。

 

 

 屋敷から身を隠す兵士達への指示は、同じく屋敷のそばに置いた太鼓を2人の術師が叩くことで指示を出す。

 冥人達は館に足を踏み入れるとすぐにこれがまた用意された罠と知ったが。今度は抜け出せぬものと知ると、さすがに驚きの表情を見せた。

 

 それはもしかすれば彼らが現世で見せた恐怖なのかもしれない。

 

 だが九死は彼らが屋敷に足を踏み入れた時点から始まっている。

 冥人達は屋敷の壁の上に飛び上がり。自分たちに殺到してくる肉食獣たちの牙から逃れつつ、反撃を試みるも。屋敷内に描かれた決して消えない方陣の上にあるひずみからは妖力が大量にあふれ続けていく。それが獣をさらに危険な存在に変え、大地に立って恨めし気に屋根に立つ冥人らを見上げていた彼らの猪に力を与える。

 

 狼たちの四肢は強靭な力で木の幹をけって屋根に飛び上がり。熊は壁に突き立てる爪で無理やりにでもよじ登る。

 おお、冥人よ。

 この死地に彼らの安堵する場所など、どこにもないのだ。

 

 

 これまで蒙古兵相手に絶対の強さを見せつけてきた冥人達であったが。

 恐るべき魔獣と化した群れの攻撃にうまく対処しきれない。

 

 侍は熊の手に殴られて反対側の壁に叩きつけられてから地面に落とされ。弓取は狼に手をかみ砕かれながら引きずり回されると、屋根から転げ落ち。刺客は包囲され、爪と牙に傷つけられ。牢人は剣すら抜けず、壁に屋根にと逃げ回るが追撃の手はゆるまない。

 

 そんな冥人達の苦戦ぶりを遠目で確認した術師たちは笑みを浮かべる。

 

「さすがは九死、これには耐えられまいよ」

「妖であれど血は流れ、命は尽きるもの。このまま滅してくれよう」

 

 太鼓の”ばち”を握りしめ。

 力強くこれをたたき始めれば、隠れていた弓兵部隊が飛び出し。屋敷の中へと突入していく……。

 

 

――――――――――

 

 

 疾風迅雷――。

 屋敷の中では依然として終わらぬ殺戮の嵐が続いている。

 

 魔獣たちを倒してもそこには新たな蒙古の超兵士達が幾重にも突入を繰り返してきた。

 冥人らは秘技を駆使してこれに立ち向かうが。序盤に負った傷と屋敷に配置されたひずみの影響は、彼らの力を弱らせ。苦戦に次ぐ苦戦が続く。

 

 冥人・侍の振り下ろす刀を蒙古兵は受け止める。

 それどころか力強く突き飛ばすと侍はよろけ。その四方に蒙古兵が殺到して囲んでいく。

 刺客はなげ放つ”くない”も、煙玉も、吹き矢まで失った。窮地を脱する手品の種は尽きた。

 弓取は己が放った矢を求めて振り下ろされる敵の刃を転げまわってかわすと、死骸から何とか回収するたびにようやく手にした弓から矢を放つことしかできない。

 

 恐るべし九死の儀。

 なのにさらに新たな太鼓の音が鳴り響く。

 

『新手!』

『おうよ!』

 

 短い言葉で情報を伝えあい、お互いの生死を確かめ合う。

 魔人とは思えぬ”人間らしさ”ではあるが。それが一層この状況の厳しさと、悲惨さをあらわしている。

 

 負け戦――勝敗決する闘争において、かならずどちらかが追い込まれていくところ。

 そこについに。いや、おそらくは再び。冥人達は近づいている。

 

 振り回された槍をよけ、鋭く斬りこんだ冥人・弓取は己の背後に2人の弓兵がいることを察する。

 すばやく刀を離し、長弓を手にした弓を引くさまはまさに神技の域に達する鋭さであったが。彼女の手にする矢はただ一本のみ。

 

 弓を引いて互いを狙いあう、わずかな一瞬。

 矢は飛び交い、弓兵は片方は喉を貫かれくずれおちるが。弓取もまた『ウゥ』とうめき声をあげる。

 魔獣にかみ砕かれた手首に続き、蒙古の矢が弓取の右手の甲を見事に貫いていた。矢をへし折り、死体に刺さっていた刀をつかんで引っこ抜く。

 

 慈悲なき魔人戦争の中にいて、女であることも。片手でしか刀を握れぬことも。

 何の慰めにもなりはしない。

 

 ついに冥人・侍は倒れた。

 3度にわたり刃で鎧を貫かれても耐えたが。斬られ、体内に刃を叩き込まれた蒙古兵は。ここから不敵な笑みを浮かべるとその刃を両手でつかんで侍の行動を封じたのだ。ただでは死なぬ、その執念が生んだ機会を蒙古の狼たちは逃しはしなかった。

 4方どころか8方から迫った刃のすべてをその身に受ければ、冥人といえども無事にはすまなかったのだ。

 

 壁際に追い詰められてはいたが。冥人・刺客はまだなんとか生きていた。

 大きな盾、震えあがるような凶悪な金棒。それらを手にした大柄の蒙古兵たちは素早い狐を狩る方法を心得ていたということだろう。2刀を構えても動きを封じられ、ほかの選択肢を失ってはもう――。

 

 ひとり倒れれば、ふたりめが続く。

 青い炎はついに3つが消えてしまった。屋敷のそこに、あそこに。あの冥人達は崩れ落ちてぴくりとも動かない。

 

 ついにツシマの希望は消えるかと思ったが、まだ希望の火は全て消えたわけではない。

 

 冥人・牢人は苦戦する仲間たちの中では、まだ何とか戦えている方だった。

 彼はあろうことか自分たちを襲った魔獣たちを逆に己の式神として召喚。己の周りに集め、蒙古兵らから守らせ続けていたのだ。

 仲間たちの声に応えず。ひたすら魔獣から己の霊獣として召喚した獣たちを操り時間を稼いでいる。

 

 そしてついに己ひとりだけが生き残ったと知った時――冥人・牢人は動いた。

 

『我らの炎は消えぬ、ツシマの風は知っている。お前たちも知るがいい、夷狄の狼たちよ。伊邪那美の息吹!!』

 

 牢人の体の中からひずみに負けぬ波動が放射され、屋敷のなかを走り抜けた。

 覆いつくしていた妖気は吹き飛ばされたがすぐに戻り始め。ゆがみは再び大きな口を開ける。だが、奇跡は確かに起こったのだ。

 

 屋敷のあちこちより超兵士となったはずの蒙古兵らの悲鳴が上がった。

 己の体にまとわりつく青い炎の熱に苦しみ、仲間に助けを求めるも。それを助けようと近づいた兵士にその炎が飛び火したのを見た途端。自分はまきこまれたくないと彼らは燃える仲間から距離をとった。

 

 

 太鼓を打つことを忘れ、思わず術師たちは両眼を大きく見開き屋敷の方角を見つめた。

 ありえぬことが、今そこで起こったのだ。大陸の長い歴史でも何人もの皇帝がその障害で必ず一度は望む、黄泉がえりの術。

 川の流れを逆転させ、海の水を干上がらせるに等しい行為。それがこの世で、この目の前でおきたのだ。

 

 3つの炎の柱だ。

 虹色に輝くそのそばにいた蒙古兵らは焼かれ、揺るぎもしなかった九死の儀式を破壊する大きなうねりがそこに姿を現していた。

 

 ひとつの炎は再び4つに増えて燃え上がる。

 

――闇鳥・黒嵐!

 

 2刀を構えた刺客による神速の連続攻撃!

 冥人たちはあつまることなく、それぞれのひずみに向かって走り出すと。それまでと違い、立ちふさがる蒙古兵らをなぎ倒していく。

 

――いかん!?

 

 術師らは慌てて太鼓をたたくが、この大きな力は止められない。

 壱与は一番大切な情報を術師らに伝えなかった。冥人らは殺せども、死ぬことはないと。殺し方にこそ工夫が必要なのだ、と。

 

 新たな兵が指示に従い姿を見せるも、屋敷はすでに大混乱。

 増援が屋敷に突入する前に。冥人たちはそれぞれがひずみの前に立つ。彼らが刀を振り上げれば、握った剣にありえぬ現象――霊力が集まり、青白い輝きをみせ。

 

 すべてのひずみが霊剣によって斬り、空間に空いた穴が塞がれていく中。

 勝利が自分たちの手の中から零れ落ちていくのを術師たちは感じていた……。

 

 

 妖しい夜は朝日の光と共に終わりを告げた。

 かつての長尾の屋敷には、争って倒されたと思われる獣と蒙古兵たちの死体が積みあがっている。

 風は新しい1日の始まりを告げ。目覚めの時を小鳥たちの鳴き声が知らせてくれた。

 

 戦いは終わった。

 ツシマの希望は消えることはなかった。

 

――――――――――

 

 

 目を奪われるということはこういうことなのだろう。

 それはあまりにも激しく、そして――恐ろしいものを見せられた。

 

 斬り伏せられた蒙古兵らをたかの姉と仁がとどめを刺して回っている。

 数の優劣など2人の……いや、境井 仁の前で何の意味もなかった。ただはやく、確実に殺す。その作業を感情なく実行しつづけ、恐怖に翻弄されていく蒙古兵らがむしろ哀れに思ったほどだ。

 

「お侍様の、戦い方じゃない」

 

 たかは恐れを忘れ、思わず考えていた言葉をそのままに口にしていた。

 激怒されてもおかしくない危険な言葉であったが。仁はたかの言葉に驚いた顔をして、顔をそむけながら「何を馬鹿な」と吐き捨てる。

 

――もしや自分の姿に違和感を感じておられるのだろうか?

 

 たかはふと、そんなことを思ったが。

 彼の姉が弟の言葉を鼻で笑うと、同じように屋敷の中から出てくる人々に向けて演説を始めた。

 

「ははっ、お侍どころの話じゃないよ」

 

 そう言ってゆなは刀を収める

 

「このお方は蒙古を討ち滅ぼすため、冥府よりよみがえった。

 みんなだって噂くらいは聞いたことがあるはずさ。そう、伝説の武者”冥人”様だよ」

 

 たかは周りを見る。

 姉の言葉に皆の目の色が変わっていた。今、ここでなにかが始まったのだろうか?

 

 

 術師たちは生きていた。

 最大の秘術、九死の儀すら破られるというまさかの出来事に呆然となったが。その場にとどまり、冥人らの手にかかることのないよう。部下を全員特攻させている間に自分たちだけ逃げたのだ。

 

 負けたという屈辱、危うく己の命を危険にさらすところだったという恐怖。そしてこの事態を招いた間違いなく原因である壱与の怠慢への怒り。

 しかしそれ以上に喜ぶべきこともあった――。

 

 黄泉がえりの術。

 

 古来、大陸を力で制してきた皇帝達が。その生涯で必ず一度は望んだという秘術。永遠の生をむさぼるという特権。

 だがどれほど力も、金もてにしたとて若さは決して戻ってこなかった。

 この特権を手にする方法はただひとつ。人の理をこえた仙人となり、新たな世界に到達するしかない。

 

 だがその苦しみは昨夜、終わりを告げた。

 それは確かにこの地上に存在するのだと、彼らの眼前で奇跡はおこった。死を回避する術はこの国にもあったのだ。

 

 仙人にはなれなかった自分たちでも、あの術を手に入れれば――おそらく天下を己の手にすることも可能なはず。。

 不死の皇帝の元、終わりのない千年帝国は現実のものとなる。あのフビライですら不可能だったあらゆる異国を支配する。世界は広くとも、永遠を手にすればいつか終わりはやってくる。すべてを手にすることが出きる。

 

 しかしまずは急ぎかえって、眠っている壱与をたたき起こし。

 あの術を知っているのか?彼女は何を見たのかを知らねば。全てを失敗しておいて蒙古軍に戻るのは危険ではあるが、これは絶対に必要なことだった。

 

 見張りを兼ねる蒙古兵の部下たちの目をさけ、壱与のいる寺に向かう坂道を術師たちは駆け足で進む。

 

「あの女、まさか我らをたばかってくれるとはな」

「ああ」

「とにかく時間がないぞ。情報を吐かせたら我らもすぐにここを離れねば」

「ああっ」

 

 連れて行った部下は自分たちの命を守るためにすべて使い捨ててきた。将軍クトゥン・ハーンはこれを知れば必ず激怒することは目に見えている。

 ならばしばらくはこの異国に隠れてやり過ごし時間を稼ぐ。新たな目的ができた今、蒙古軍の都合など。知ったことではないのだ――。

 

 寺がいよいよ見えてきた。

 鳥居をくぐった瞬間、しかし彼らは一歩も動けなくなる。

 同時に周囲から彼らに向けて強い殺気が放たれ、静かに木陰に潜んでいた兵士たちが姿を見せた。

 

(伏兵か!?)

 

 囲まれ、小さな輪がさらに小さくなっていくが。彼らの体はまだ動かない。

 するとついに聞きなれた。そしてもっとも聞きたくなかった声で話しかけられる。

 

「お前たちのような外道を扱うなら。当然、どうすればいいのか。あらかじめ調べ、知っておくものだ」

「……」

「さて、貴様らは今日まで我らの軍の役に立ってきた。だからこそ今回も4つ。機会を与えた」

「――はい、将軍」

「では聞こう。どうなった?」

 

 すべて失敗した。

 その答えを聞きに来たと言っている。だがそんなのはごめんだ。

 

 だがこれはマズイ。

 おそらくクトゥン・ハーンは何らかの術を用意し、自分たちをこうして待ち伏せていたというのか。そんなことを一軍の将軍が可能なのか?と疑問は浮かぶが。答えは現実にもうでてしまっている。

 

「か、体が動かないのです」

「それは当然だろう。私はお前たちに出し抜かれぬよう、いろいろと用意していた。当然だが、あの寺に眠る鬼女も邪魔はされたくないらしくてな。我らに快く力を貸してくれた」

(壱与かっ、裏切ったか!)

 

 いや、そうではないだろう。

 将軍は素早く動き。壱与は賢く考え、自分たちを売っただけ。

 ならばつまらぬ意地を張っている場合ではない。このままでは殺されてしまう。あの秘儀の存在を目にした自分たちの知識が失われてしまう。急がなければ、急がねばっ!

 

「し、将軍」

「なんだ?」

「取引を――」

 

 術師たちは不死の術の存在を担保に助命を願い出ようとしたが、クトゥン・ハーンの槍は2度振るわれ。胴から首が2つ、宙を飛んで地面を転がる。

 

 彼らの飼い主であるクトゥン・ハーンは術師の言う取引などにまったく興味がなかった。

 与えた兵士の多くを失い。危険な鬼女を陣地の中で眠らせておくとは――彼らの想像をこえて激怒していたからだ。

 

 そして野心は育てる間もなく終わってしまう。

 人が知るにはあまりにも危険な秘術の謎は、こうして守られたのはなんとも皮肉な話である。

 

 

――――――――――

 

 

  黄金寺のある森から少し離れに、崖下にある庵――と呼ぶにはあまりにも粗末な掘立小屋から小坊主が悲鳴を上げて飛び出してくると。一目散へと寺へ。大人たちにこの知らせを届けんと走って帰る。

 ほどなくして顔を曇らせた僧3名があるいてくると、入口に立つなり小坊主と同様。しかしこちらは息をのんだ。

 

「なんだこれは!?」

「ど、どういうことだ」

 

 従えてきた坊主たちが裏耐える声をあげるのを聞き。にわかに腹を立ってきた僧――栄念は怒鳴り声をあげる。

 

―ーこれはどういうことだ!

 

 確かに小屋の中は異様の一言。

 壁も天井も、家具から暖を取るため火を焚かねばならぬはずの囲炉裏。飯を食うために必要なかまどまで。

 白い紙に文字が描かれ、まるで呪いを外に出さぬとでもいうように。すべてに貼り付けられ、覆い隠されていた。

 

 この不吉さ。不気味さよ!

 正気の者であればこんなことを始めたりはしない。

 

 室内は壁に空いた穴から入り込む隙間風に震えるように寒く。紙はそんな風にあおられ、さらさらと音を合唱させて奏で。そんな家の中央に、わずかに残ったろうそくの灯とすずりに筆を傍らに置く男がひとり。

 

「貴様に問うておるのだ。これは何事だ、と」

「……寺のお坊様がはてさて、こんな場所に何の御用があるのやら」

「答えろ、行善!!」

 

 男は己の名前を聞くとようやく紙の上で筆を動かすのをやめると、顔をあげてニタリと笑った。

 

 行善、かなり変わった男ではあった。このツシマの生まれということだが、本当だろうか?

 寺に出入りしていることと、よい墨をもとめてあちこちを旅し。あまった分は売り歩く。女っ気もなく、そもそも人に興味がないのか孤独を愛しているようだった。

 

 とはいえこの混乱の中。最近では黄金寺の外に出れば何が起こっても不思議はない危険な状況だ。

 黄金寺の僧たちはついに近隣の、それも動ける島民はできるかぎり寺に呼び寄せるべきと考え。寺の小僧などを使って説得に回っていた。行善もまたそのひとりではあったのだが――。

 

「混沌に怯える民を集めようなど、あまり賢い考えとは思えませんな。御坊」

 

 この行善の言葉は実は奇妙なといかけであった。寺の小僧はこの小屋の中を見るなり驚き、恐ろしくなって一目散に逃げだしたわけで。訪問の理由を口にはしていなかった。

 だが栄念は行善が小僧から用を聞かされたのだろうと勝手に判断し。それは違う、今はみなの力が必要であり。皆で互いを守らねばならぬのだと説いた。

 

 行善は鼻でせせら笑う。

 

「狼の前に野兎を集めてやるようなものですな。実にもろい幻想だ」

「その代わりに貴様がしたのはこの乱行か、そちらのほうがよっぽど片腹痛いわ!」

「蒙古は残虐非道!人はさらにもっともっと死にまするぞ!」

「行善っ」

「されど絶望することはありませんぞ。御坊、希望は確かにある。私はそれを知ったのです!」

「!?」

「彼の者らは名前を持たぬ異形。我らはそれを冥人と呼ぶ!」

「おのれついに狂ったか!与太話はどうでもよいわ。貴様はその口を閉じ、今すぐ我らと共に黄金寺へ来るのだ。コレが最後の警告ぞ」

 

 こめかみをひくつかせる栄念とは逆に、行善は冷静さを取り戻すと静かにうなずいた。

 いつも身軽に旅に出られるようにまとめた荷物と、墨に筆。紙を手にして片膝をつくと――腕に巻いた手拭いでなぜか己の目をふさいでしまう。

 

「何を馬鹿なことをっ」

「千里の先を見通すがゆえにこの目は今は役に立ちません。されどこの眼は今も冥人らとつながり、彼らを通してこの惨い物語の最後まで、我も付き合う所存」

「なんでもよいわっ。さっさとついてこい!」

 

 こうして黄金寺に奇怪な住人がやってくる。

 彼を不気味に思い近づかぬものも多かったが。彼に話を求める人々に行善は己が「見てきた」という、蒙古と戦い。蒙古の操る妖を倒す、異形の侍たちの物語を語って聞かせた。

 

 それは空想というにはあまりにも生々しく。

 真実と認めるにはあまりにもばかばかしくもあったが。死の恐怖を前に現実と幻想の境をあいまいにされていた子供や若者たちはそれを受け入れ始め。噂となってツシマに広がっていく。

 

 現実の冥人、名乗るは境井 仁。

 幻想の冥人達、その名は不明。

 

 幻想は現実に、現実は幻想に絡み合う。

 まるで互いのしっぽを飲み込みにかかる蛇で生まれた輪っかのよう。

 

――――――――――『第1章 完』




(設定・人物紹介)
・賢二
ゆなとたか、の友人。
悪いこともするけれど。抜けてもいるけれど。いいやつ、頑張ってる。

・行善
紙と墨をたくさん消費するお大尽なよくわからない人。人?
噂に流れている冥人の物語をまとめあげ。人々に語っている。
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