ツシマ奇談   作:八堀 ユキ

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次回投稿は月曜日を予定。


夢魔

 ツシマの土地に呪いがまき散らされ始めた。

 豊かな自然の中に、まがまがしい瘴気を帯びた霧が立ち込め。ツシマの土地神をそれを抑えようと全力を振り絞るが止められる気配は微塵もない。

 

――ああ

 

 彼の嘆きは深い。

 たった数日、それでもこの瘴気を散らさんとしただけなのに。土地神の肉はこそげ落ち、指は細くなり、皺は深くなる。これではいつ消滅するかわからない。呪われるだけでなく力も奪われているのだとそれでわかった。

 このまま時間が過ぎるのを待っていてはなにもできなくなってしまう。だがなんとかしたくとも最近は霊力確かな人の子はこの周辺には近づいて土地神の声を聞いてはくれない。

 

 こうなるともう藁にもすがる気持ちになる。天はツシマを見放すのか?

 

 

 4頭の馬が影を乗せて北を目指し走り続けていた。

 草原を、山を、林をこえて休むことなく走り続ける。当然だがその途中では巡回中の蒙古軍と鉢合わせすることも何度もあった。

 

 とはいえ何かが起きたわけではない。

 彼らが気が付き、驚き、ひるんでいる間に馬たちは目の前を通り過ぎ。「逃がすな、追え!」とわめきだすころにはすでに草木の中に飛び込んで影の中へ姿を消していた。

 

 そんな何者も止めることのできない騎兵らの前に弱った土地神は突然出現する。

 お待ちを、その声はすでに弱弱しく。吹き抜ける風となった馬を止めるどころか、そんな声は聞こえもしなかったはずだった。

 

 しかし驚いたことに土地神の隣を通り過ぎた4騎は、初めて速度を落とすとくつわを返し。弱っている土地神の元へとゆっくりと戻ってくる。

 さすがに荒い息と興奮を見せる馬たちをあやつり、4人の冥人達は土地神を囲んで馬上から見下ろした。ものものしい声の冥人・侍が彼らを代表して話しかけた。

 

『貴様、土地神か?』

「――左様でございます。このような力はいらぬ声で聞き苦しいかもしれませんが。どうかお許しを」

『その様子。なにかあったのだな?』

「よくぞ聞いてくださいました。この地に呪いを巻きちらす術がかけられております。その力はあまりに強く、わずかに数日だけでほれ、この通り」

 

 土地神がそう言って片手をあげれば、それは枯れ枝のようだ。

 冥人・弓取が横から口をはさむ。

 

『それほどまでに強い呪いならば、情報がいる』

「はい――とはいえ私が知ることは多くはありません。

 異国の軍はいくつもの呪いをかけました。ひとつは金田城のそばにある村。そこに塚を用意し、古の神々の力を集めておるようです」

『他には?』

「なにやら呪物を馬車に乗せて運ばせておるようです。これがとにかくひどい。

 ほとんど止まることなく道を歩き。するとたちまちのうちに瘴気がどこからともなく呼び寄せられ。土地が穢されてしまうのです」

『他は?』

「私が知るのはこれだけ。しかし妖気ますます濃くなっておりますれば、この後どうなるのか想像もできませぬ」

 

 土地神とて理解している。

 目の前に立つ冥人達は必ずしも彼の願いをかなえてくれる存在ではない、と。

 しかしこうして話を聞き。土地神の話が終わると彼らは互いに視線を交わして相談を始める。

 

『どうする?』

『ワシは村へ』

 

 牢人の問いに侍が簡潔に答えると、つづいて『では私も』と弓取が続く。

 

 もはや目の前の土地神から聞き出すことはないということなのだろう。まるで存在しないかのような扱いだ。

 冥人たちが2手に分かれて再び走り出すと、土地神はその背後に頭を下げて彼らの武運を祈る。もはやツシマを救えるのは彼らしかいないのかもしれない。

 

 

――――――――――

 

 

 術師の要請を受け、蒙古軍はとらえた捕虜の中から少年少女たちをわけると一か所に集めた。

 並べられた牢の中には数人が放り込まれ、そのうち空きもなくなった。彼らの怯えた目が牢の中から外に向けられるが。こうなるともはや彼らの命運は尽きたも同然。

 

 汚れるから。いや、威圧もあるのだろう。

 鍛え上げられた筋肉を誇示し、血に汚れた山刀を手にした獄卒らが数日ぶりに牢の前へと集まってくる。それにひきよせられるように暇を持て余している兵士たちが子供らの死にざまを見学しに集まる……。

 

 戦場で味わう勝利と敗北の恐怖と興奮は、人の感覚を簡単に破壊する。

 おおよそ目をそむけたくなる残虐非道な行為も。流れる血と死に酔った彼らには暇つぶしでしかなくなる。

 

 竹の牢の錠をはずされ、中に放り込まれていた両手を拘束された子供たちを無理やりに引きずり出す。これから何が起こるのか察した子供らの悲鳴と泣き声がさらに大きなものとなり、見物人たちからは歓声が上がる。

 

 ここからが本番だ!

 

 獄卒達は子供を仕留めてきた獣と同じように両手を拘束したまま鉤爪に釣る。続いて刃を焼いた山刀を手にし、その薄い胸板に突き立て。胸を裂いて小さな心の臓をわしづかみ、ひきずりだす。

 

 逃れられぬ死を目の前にすると、時には強くこれに立ち向かおうとする子供もいる。

 彼らは唇をかんで泣くまい、叫ぶまい。己を殺す奴らから目をそらすまいとにらみつけているが。そういう生意気な態度を見せられると見物人たちは怒り出し。泣かそうと石を投げ、桶の水をぶちまけて笑いものにする。それでも態度を変えないなら、罵声を浴びせて絶命させろとはやし立てる――。

 

 この日、あの黄金寺の哀れな母の哀れな兄弟が牢の中にいた。

 彼らの最後がどんな様子であったかは知らないが、獄卒達は今その日も半日かからず無事に仕事を終えた。新鮮さを示すようにまだヒクヒクと震える心臓の詰まった箱を閉じると、彼らはそれを術者の元へと送る準備をする。

 

 

 金田の城のそばにあったその村は小さく。

 また蒙古軍は城を落とすとすぐにここへ兵を送り、焼き討ちをおこなった。

 しかしそんな場所に今は再び兵士が送られ、石で積み上げられた塚を理由も知らされずに守らされていた。

 

 しかし時間がたつにつれ、彼らの表情と体調に変化が生まれ始める。

 表情には感情がうすくなり、反して体調はよくなっていく気がするのだ。日本の古の神々を石塚に封じるばかりか、そこから力を奪って兵士に分け与えた成果が表れだしているのだ。

 さらにこの状況が維持されるとわかれば、石塚はさらにツシマに作られていくことになるだろう。

 

 そこに侍と弓取がいきなり馬に乗って飛び込んできた!

 彼らは馬上よりさらに高く宙に飛び上がると、蒙古兵の頭上へとそれぞれが抜き放った刀を振り下ろしていく。

 

 村は大騒ぎとなった。

 

 血風舞い、裂帛の気合いが折り重なるようにいくつも放たれる。

 外道の術の影響を受け、超兵士へと進化の途中にある蒙古兵達はこれまで冥人達が相手にしたことのない精兵たちばかりである。

 

 刃が肩口からざっくりと胸板まで裂いたとしても。蒙古兵の目にある光は失われず。驚くことに素手で刃をつかみにいって動きを封じようとさえしてくる。

 

 しかし冥人とは生者にあらず。

 あきらめを忘れた蒙古兵を相手に気圧されることは一切なく。侍は脇差を抜いて、弓取は刀をはなすと弓を手にし。次の獲物を探して視線を動かす。

 

「敵だっ、敵の襲撃だ!」

「死ねい。すぐに死ねい!」

 

 理解できぬ異国の言葉はに反し。冥人達の殺し方は徐々に正気を失うレベルへと跳ね上がっていく。

 首を落とす。腕を落としてから胴を貫く。引き絞られた呪いの矢は、放たれると矢じりに火をともし。その矢に貫かれた蒙古兵は驚くほど勢いよく炎上をはじめ、のたうち回りながら絶命した。

 

 激戦は続くが、時は過ぎ、太陽は西に向かい夜の時間が近づいていた。

 

 

 2人の術者が自分たちが用意した封印の石塚のある村に異物が突入したことを感じた。

 とはいえそれでオタオタと新たに動くことはなく、時を待つことでどのような結果になるのかを見定めようとする。

 

――まだ倒せないだと!?遅い、あまりにも遅い!

 

 当然だが現地の戦況までは彼らでもわからない。しかし時がたち、太陽が動き続けるのに異物の存在も、村に平穏が戻ったと思えない。

 

 ゆえに古寺の中、彼らの目の前で裸にされ眠っている巫女に対し。呪いの術をかけ続ける彼らの集中力を高め、祝詞にも力がはいる。

 

 

 村はついに夜を迎えたが、明かりを必要として火がたかれることはなく。暗闇の中に沈んでいる。

 

 封印の力を得た敵は簡単には死なぬ――。

 首を落としてもなお歩こうとすれば躊躇なく片足まで切り飛ばして倒し。首元を矢に貫かれても、まだよろめくだけならば弓取は容赦なく二の矢で目を貫き。続く三の矢で胸板まで貫くことを躊躇わなかった。

 

 大地を流れる血は地面を泥に変え、蒙古兵の流した血と苦痛と恐怖は。たちこめる瘴気の霧を薄めず、それどころか霧の中で新た魍魎を生み出したのかもしれない。不気味な囁き声を生み出していた。

 

 村の兵力もついに指揮官が率いる10名のみ。これほどまで力を得ても蒙古兵たちは冥人達をひとりも倒すことはかなわなかった。

 

――喰らえィ、八幡の怒り!

 

 激しい戦いの中。血刀を鞘に戻し、叫ぶ侍は奥義を炸裂させる。

 抜いては戻すを繰り返す神速の抜刀5連撃。

 

 どれも必殺の一撃であった。だがそうであっても死にぞこなうのが超兵士の不幸というべきか。

 もはや再び立ち上がって戦うことはできないが。それでも死ねぬと必死で地面を這っいあらぬ方向を目指す――戦場に背を向けて逃げ出そうとしているのか。それとも隠れてまだ生き永らえようと考えたのか。

 

 しかしそんな希望はない。

 

 指揮官は盾と剣を構えたが。冥人達は当然のように前後に挟みにいき、容赦なく斬りかかる。

 武士は誉れがゆえに口にする。卑怯、卑劣は冥人達には通じない。生きていればただこれを斬りにいき、息絶える瞬間まで攻撃するのを許しはしない。それが冥人、死よりよみがえった戦士たちなのだ。

 

 

 ついに指揮官は冥人によって両腕と首を失って倒れると、冥人達は封印の石塚の前に立つ。ようやく決着の瞬間が来たのである。

 侍はただ感動もなく『これか』とだけ口にし。弓取は同意を示すように鼻を鳴らす。

 

 超兵士を生み出さんとした元軍の目論見は冥人の手により叩き潰されようとしていた。

 

 2人の刀が同時に振り上げられたが――しかし悪夢の夜はまだ始まったばかり。

 

 

――――――――――

 

 

 封印を打ち破ると2人の冥人はすぐに村はずれへと向かう。

 戦いの最中、彼らの目の中に飛び込んだその場所には気になることがあった。それを無視できなかった。

 

 目の優れた弓取はしゃがむと荷馬車が残した車輪の形跡がある土をなでる。

 手のひらからはっきりと妖気を感じることができた。土地神が怯え、嫌っていた呪いをまきちらす馬車はこれに違いない。

 

『しかしこの禍々しさ。気になる』

 

 彼女の言葉に侍はぼそりとつぶやく。

 

『そもそも匂いが気にいらん。これは以前も嗅いだ記憶がある。幼き子の、躯の匂い』

 

 あの痩せた土地神は言っていた。

 異邦人たちは呪物を運ばせ、土地を穢す。冥人達はついにその正体をつかみはしたが、そこから導き出される悲劇の結末の予感に無言となってしまう。幼き兄弟の哀れな運命を察したか。

 

 

 蒙古に捕らわれた草太は運がよかったのだろうと自分でも思う。

 奴らが何を命じているのかもわからなかったが。こづかれ、突き飛ばされ、殴られたり蹴られたりもしたけれどまだ生きている。

 

 そして不気味な血と腐臭の混じった荷物を運ぶ馬のくつわを手に今は歩いていた。

 

 牢の中から引きずり出されたときは「これでもうオシマイだ」と覚悟もしたが。待っていたのはそれよりもさらにひどい地獄だと誰が想像できたであろうか?

 それにたったひとつの荷物を乗せた馬車のまわりにはやけに多くの兵士たちが守るようにして歩いている。なにやら大切なものらしいが、その悪臭には草太はさっさと放り出したくて仕方がない。もちろんそんなことはできないが。

 

――最悪だ。最悪だ、なんて匂いだよ

 

 荷物が何か蒙古兵は教えてくれないが。正直な話、知りたくもない。

 なにかまともなものなわけがない。口を曲げ、よろめきながらもなんとか前へ前へと歩くことに集中する。

 

 普通に考えれば自分の周囲にいる蒙古兵達も同じように、この悪臭に耐えられぬと愚痴のひとつも口にすると思うのだが。異国の住人だからなのであろうか。

 誰も何も口にせず、それどころか何も感じていないようで。草太とちがってしゃっきりと背筋を伸ばし、周囲に近づく者はいないか警戒を続けている。

 

 太陽が沈み、夜が来てもこの部隊は足を止めない。

 わずかな時間だけ立ち止まり、わずかな飯と水を口にすると再び歩き出す。元軍の陣と陣の間をこの調子で渡り歩くことを強制されているようだ。

 

 そういえば不思議と草太の足も常に一定のリズムを刻むように止まることなく動き続けた。疲れを感じても、眠さに瞼が半分閉じたとしても。

 遠くで雲の中に光の竜がうねり、雷の不気味な音が聞こえた。道の片側に赤い花の生い茂る野原があった――。

 

 

 馬に乗った冥人達の青く燃える目が輝きを増した。

 

 冥人・刺客は自然と片手は腰の刀の柄に。冥人・牢人は逆に片手を口元にやるとゴニョゴニョと呪いを呟く。すると獣の遠吠えがどこからか聞こえる。

 続いて馬の後ろ。草むらのあちらからこちらから。冥人達と同じくあの世へ旅立っていったはずの戦場犬たちが、血も肉も、毛皮も牙も爪もないが。霊体を維持することで地上に顕現してみせた。

 

 一匹、二匹、三匹、四匹――。

 

 牢人は呪いを止めると、散っ!と声を放つ。

 霊体の犬たちは馬を追い抜き、さらにさらに前へ走っていく。そうして牢人もまた、己の刀の柄に片手を置いた。

 

 

 襲撃はいつものように突然に。

 まずは先陣として4本の矢となり、霊体の犬たちは草むらから飛び出して宙を飛び。蒙古兵達に噛みついていく。

 

「来たァ!」

 

 草太はたまらずに悲鳴を上げ。地震でもないのに頭を抱えて体を丸めた。

 

 猛る馬の鼻息がしたと思うと遅れて冥人達は草むらから飛び出してきた。両手に刀を逆手に握る刺客は蒙古兵のひとりの上に馬の背から飛びつくようにして押し倒し。勢いをかりて喉と胸板の両方を一気に貫く。

 牢人は巨大な体格の盾兵を切り刻まんとするも。こちらは逆にタフさを発揮し、大きな盾を簡単に振り回して牢人の体を突き飛ばしてきた。

 

『……っ!?』

 

 冥人・刺客には驚きがみえる。

 まさか己の攻撃をはじき返されるとは思っていなかったようだが。さすがにそれ舐めすぎだ。蒙古兵は決して弱くはないのだ。

 

 だが本当の驚きはそのあとに待っていた。これは悪夢だったのか!?

 刺客の容赦ない攻撃は兵士に致命傷を与えたはずなのに。喉を貫かれて空いた穴を兵士は片手でふさぎ。胸板からも血を溢れさせていてもそちらは構わず。蒙古兵は空いた片手で己の剣を抜き。戦う姿勢を見せてきたのだ。

 

――敵襲!構えろ、押しつぶせ!

 

 部隊には檄が飛び、弓兵たちはいきなり神速の冴えわたる連射を見せ。冥人達の動きを止めようとする。

 襲撃を受けながら兵士たちの戦意も集中力も高く、いまだ荷を守らんと馬車を守ることをやめようとしていない。

 

 牢人に召喚された霊体の犬たちの悲鳴がそこかしこであがりはじめた。

 最初こそ噛みつかれ、引きずり回されようとしていた蒙古兵であったが。体勢を立て直すと霊犬を恐れず攻撃し、犬たちは再び戦場で悲痛な声をあげると地上から消えていく。

 

 これはたやすくはない相手である。

 

 牢人は片手で首元をなで、刺客は首を回してから武器を構えなおす。

 覚悟は決まった。今宵、この場所で始まる殺戮劇はおそらく正視にたえぬ残酷なものとなるだろう。

 

 

――――――――――

 

 

 戦闘が開始して5時間が経過した。

 封印の塚を破壊して村を立ち去った冥人達は再び騎乗の人となり、ツシマの夜の下を走り続けていた。

 

『あちらも様子がおかしい』

『――急いだほうがよかろう』

 

 目に見えぬ力は、終わることなく続いている力の衝突を彼らに伝えてきていた。

 

 詳しい現地での状況はわからなかったが。仲間たちが戦い続けていることはわかっていた。

 村ではなにか術の影響を受けたらしい兵士たちを相手にした冥人達だ。仲間達もおそらくはやっかいな蒙古兵に苦しめられているかもと考えるのは自然なことである。

 

 弓取は手綱から両手をはなすと背中の長弓をにぎり。侍はそのまま手綱を握り続け前にでていく。

 

 赤い花の野原を抜けると、道に広がる地獄の中へと彼らは躊躇うことなく飛び込んだ。

 馬車に届く前に馬たちは即座に蒙古の武器に斬り刻まれ血と肉となり、地面の上を転がったが。乗っていた2人の冥人は宙へと飛びあがることで難を逃れていた。

 

 弓取は矢をてにして、地上に向けて放ち。着地と同時にすでにその指には2本目の矢が。

 蒙古達を、馬車を飛び越えて着地を果たすと冥人・侍は悠然と刀を抜く。

 

『苦労しているようだな』

 

 周囲を見回し弓取がそう言えば、刺客はフンと鼻を鳴らして暗にそれを認め。

 

『まだ仕事中というだけよ』

 

 と牢人は返す。

 だが荷馬車の周囲には異様な光景が広がっていた。

 

 蒙古兵の殆どは、すでに5体の揃わぬ屍にしか見えないのに。武器を手放さず、鎧は壊れ崩れかかっても気にしない。

 五体のどこかを斬り落とされ、失っても痛みに苦しむ様子はない。ついには傷口より流れ落ちる血は枯れ果て、乾いてきているのに正規の失った肌の色のまま死人のようでも戦うことをやめようとしない。

 

 もはや彼らは蒙古の兵にあらず。なり。

 死ぬことを忘れ、戦うことをやめられない。さらに狂っているのはそんな味方が隣に立つというのに、それが当然として冥人達を敵とする生きた蒙古兵達の戦意も衰えていない。

 

『ただ斬るだけでは死なぬのか』

『体を刻んでも、奴らの動きは止められぬ』

 

 死の国より戻った冥人もついに死ぬことを忘れた蒙古兵を相手では恐怖を感じるのか!?

 

『荷の中は、集めた子の心臓らしきものが詰められておった。どうやらそれを呪物に変えたらしい』

『……土地を穢すのはそのせいか』

『おそらくはその中に――女の息子らもまざっているやもしれん』

 

 我が子の無事を願い、嘆いていた黄金寺の女の声が思い出された。

 冥人の手で箱を閉じるふたが殴り壊され、その中に見えるのはなぜか動くのをやめない小さな心臓たち。大陸に伝わる呪いの産物であることは明らかであった。

 

 神速の動きを見せた冥人達でも間に合わなかったのだ。この呪いはここで止められるかもしれないが、失った子供らの命を取り戻すことはもうかなわない――。

 

 その現実をそれぞれが噛みしめる、と腹の底に黒い炎が燃え上がり。怒りが力を新たに引き出してくれる。

 

 それでもこの呪いは破壊せねばならぬ。

 これより先のツシマのために。大地を穢す呪物の存在を許してはならぬのだ。

 

――で、あるならば。

 

 冥人・侍は楽しげに口を開く。

 

『ただ殺すしか無かろうよ。ただただ我らで殺しつくすのみ』

 

 斬って斬っては動きを止めるまで斬り続け。

 こちらが動けなくなって殺されるまで殺すしか、なし。

 

 4人の不気味に不敵な低い笑い声が戦場に流れた。

 もはや何がおころうとも驚きはいらない。一心不乱、ただそれだけで結果を出すのみ。

 

 

―――――――――― 

 

 

 翌朝、朝日が地平線からのぼる中。

 2人の術師は疲れ果てた顔で寺からよろめきながら出てくると、境内に座り込むとぼうとそれをながめた。

 しばらく沈黙は続く。

 

「どうにか間に合った」

「ああ、危ないところだった」

 

 昨夜、彼らが用意した2つの罠が食い破られてしまった。

 どちらも簡単ではない恐るべき呪法をほどこした罠であったはずなのだが。正体不明の敵はそのどちらをも一晩で打ち破って見せた。おかげで彼らのたくらみは危うく破綻する危険にさらされた。

 

 しかしギリギリで彼らは負けなかった。狂った巫女の中へ魔人をおろすことに成功し。今、”彼女”は寺の中でまだ静かな眠りについている。この眠りは封印に等しく、術師たちの力がなければ目覚めることはない。

 

「いつ起こす?」

「……我らがまず眠って、飯をくったあとだ」

「その必要があるのか?」

「あれの中にあるのは人ではない。鬼だ、化け物だ。我らが疲れ果てた姿で出会えば、弱いとみて逆らうやもしれん」

 

 力ある鬼であることから支配することは難しいが。

 目的が一緒であることを利用することが肝要なのだ。だからこそ最初の印象を重要と考えなければならない。

 

「我らが力を合わせ、奴の憎悪をあおり。ツシマの地に災いを呼び寄せる」

「ああ」

 

 再び沈黙が続くが互いに同じことを考えていた。

 

――あれは人ではなかった。

 

 蒙古の超兵士を打ち破り。続けて死なぬ兵士をも倒した。

 そんなことを一晩でやり遂げるなどという方法、生きた人に可能ではない。将軍クトゥン・ハーンはこの島国に到着していきなり恐るべき敵に目をつけられてしまったのだ。

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