ツシマ奇談   作:八堀 ユキ

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みんな大好きクズ先生、大地に立つ。

次回は土曜日に投稿予定。


日吉の怪異

――あの女になぜ俺たちが

――仕方ない、将軍の命令だ

――だがあの女、兵士を率いる経験はないのだろう

 

 日本語ではない言葉でかわされ目の前でかわされ。男たちの考えを巴は正確に知ることはなかったが。その目に浮かぶ冷たい表情と侮蔑(ぶべつ)の色から何が言いたいのかはすぐにわかった。

 

(こいつら――)

 

 男のくせに、弓も刀も下手糞なくせに自分への要求だけは一丁前というわけか。

 与えられた部隊の練度(れんど)はひどいもので、童であってもできることがまるで出来ない。弓のまずいところを教えてやろうとしても素直に指示を聞こうともしないし、従わない。

 

 なのに将軍クトゥン・ハーンはこの兵で今すぐに日吉を落とせという。

 それならもっとマシな連中をよこせと言いたいところではあるが。巴はしょせんは捕虜となってからの投降者。ツシマの民の死体を積み上げて脅威と恐怖をまき散らす時期と考えている蒙古軍で、役立たずな日本人と判断されたら生きてはいられまい。

 

 とにかく日吉の攻略だ。

 巴はただひとり、ゲルの中で指で矢じりを遊びながら。どう兵を動かすかに集中する――。

 

 

 日吉は確かに要害の地であり、大軍をもって攻めるとなると余計な犠牲が出る面倒な土地だ。

 だからこそ失ってもいい投降者である巴が率いる部隊のみでなんとかしろ、という理屈なのだろう。

 

 日吉の集落にある出入口は蒙古に侵入させまいと見張りと壁を作るくらいのことはしてるはず。

 だがあそこにいるのは怪我人や流人、農民といった戦えないものばかりだ。中に入りさえすれば別に恐れる必要もない。問題があるとすれば蒙古があの地へ侵入した際、師である石川先生がどう動くか、だあろう。 

 

――あの老人はずっと自分に言ってきた。敵を己の下とみている、と。

 

 そして巴の知る石川先生ならば、自分が勝利するためならと蒙古兵たちをあえて日吉に引き込み。民らを斬らせることで疲れさせ、日吉の外から矢で攻撃を仕掛けてくるはず。

 この方法ならば高低差を生かし石川先生は常に敵と距離を取り、数的不利をくつがえせぬと判断すれば日吉を捨てて自分だけが逃げればいい。

 

 最も安全で、その戦いだけでも「長尾の元弓術師範はさすがのものよ」と噂話だけですべてを判断する侍というやつらは石川を賞賛するだろうし、本人もそうなるとわかっている――。

 

 だがもしそうしなかったら?

 あの石川先生が戦えぬ民らの前に立って自分を盾とし。蒙古兵を近づけさせるものかと堂々と戦おうとしてきたら?

 

――まさか、ね。

 

 あり得ぬ仮定を真剣に考え始める自分がいかにも滑稽で、巴は己をフンと鼻で笑った。

 

 

 とても皮肉な話ではあったが、不肖の弟子となってしまった巴が考える通り。

 石川は当初、日吉を己の盾にする作戦を半ば本気で考えていた――武士は戦場で働き、勝たねば意味がない。戦えぬ農民やけが人などが戦場で何の役に立つというのか。

 それが考えを変えた理由は、皮肉にも新しい弟子と決めた境井 仁の顔が頭をちらついたからだ。

 

 あれはこれまで見てきた侍のなかでもひときわ変わった男だった。

 

 名誉を重んじ、だからこそどんな侍にとっても手本になるからと鎌倉の将軍様に認めさせることで政治的な有利を保ち続けてきた領主の志村。

 その男の教えを額面通りに受け取って守ろうとしつつ、侍の本質である勝利のためなら手段を選ばぬという歪みをとんでもない考え方で打ち破ろうとしている仁――石川にしたらまだ抵抗はあるもののそんな柔軟さを見せる若侍の思考は。石川に新しい視点を与えていた。

 

 巴が敵に回ったとなればあいつは当然こちらがどう動くかを考える。

 いつものやり方をすればおそらく自分はもっともみじめな敗北を喫するだろう。

 

 だからこそ、だ。だからこそ石川が考え付く最も最悪のもの。

 下策の中でも飛び切り不愉快さを感じる下策。己が民の盾となり。日吉に一兵たりとも近づけさせぬという愚かな選択。死中に活を求める方法だ。

 これまでの人生ならば「あるものかよ、そんなもの」と鼻で笑っていたはずだ。これを実行すればおそらく自分は生きてはいられぬだろう。だが汚名にまみれた己の面目は保たれる。それに――。

 

「あの頑固者なら、ワシが死んでも願いをかなえてくれるだろうよ」

 

 巴という己が選んだ娘であり、弟子と定めた芸術品を自分の手で殺すことにやはり抵抗があった。

 もはや愛憎しか残らぬ師弟の関係となってしまったが――道義的に討たねばならないとしても、討ちたくない。この苦しみを”再び”味わうしかない己にも愛想が尽かせていた。

 

(やれやれ、わしも弟子から学ぶことがあるなどと考えるとはな。ついに耄碌(もうろく)したか)

 

 おそらく蒙古は日吉を襲撃するのに大軍を動かしはしないだろう。

 序盤で大勝利を手にし、この後にも戦は控えているのだ。そもそも大軍を動かすということは、思わぬ事故が発生する危険性が常について回るということ。歴史を見ても大軍の運用に失敗して敗北する間抜けな将は少なくないのだ。

 

 だからこそ日吉には小部隊――そこには間違いなく巴がいるはず。

 そしてアレが石川の教えを守るならば、”日吉に侵入しようとする兵”の中に巴はいないはず。

 

――ワシを己の手で始末できねば逃れられぬとでも思うておるのか、巴

 

 あの娘が己の師を読み誤ったと思ったらどう悔しがるであろうか。気味がいいし、なにより直接対決を避けられるというのも悪くないことかもしれない。その結果、己が死んだなら仁にはかわりに頑張ってもらおう。

 石川の顔に笑みが浮かび。頭はさえ、気持ちはいつもと違ってすっきりしていた。これは若返ったのか?たまにはこんな気分も悪くはない。

 

 

―――――――――――

 

 

 翌日、己の屋敷から日吉を見守る石川はふと森の一角から兵気(へいき)を感じた。

 本来ならば静かに木々の中を潜航することで敵に襲撃の時期を読み誤らせるはずが、肝心の兵たちが戦いの前に殺気立ってしまい。姿を隠しきることができてないのだ。

 

――兵を率いてきたのは巴だったか

 

 冷静に状況から推測しながらも、石川の口の中には苦いものがわいてくる。

 己の腕を売って将の位を手に入れたのだろうが、巴に戦い方を教えてもあいつは戦場での経験もなく。同胞を裏切る投降者で、なにより女だ。

 

 想像がつく――実力はあれど。石川の後ろ盾を失い。人としての信用も失墜している女に従う兵士はいない。ただただこのゲスと蔑まれ、それでも命令に従わせるには恐怖が必要となる。しかし巴は代償を嫌う、命令違反をする兵士をことさら残酷に八つ裂きにし。同じ目にあいたいのかと恐怖でしたがわせることはしないだろう。

 

 だがおかげで石川は有利な状況で敵を迎え撃つことができる。

 

 

 石川は走り出すと、蒙古の日吉への侵入ルートを想定する。

 崖を飛び降り、草原を駆け抜け。息をはずませながら、その途中で出会った日吉の住人らに声をかけていく。

 

「村に急いで戻れ!兵が近づいているぞ」「すぐに帰れ。そして男たちを集め、女子供を守らせろ!」「蒙古の軍が迫っているぞ!死にたいのかっ」

 

 女と老人たちは石川の言葉を理解すると、泡を食って逃げ出していく。

 おそらくこれで自分が倒れたとしても、日吉の民が皆殺しにされることはないだろう。

 

 

 森から日吉へと続くなだらかな斜面は、まさしくこの場所で暮らしていた巴でなければ気づかぬ道なき道。

 石川は背後に崖を置き。背水の陣をしいて己の役に立つものはないかと周囲を観察する。すると村の方角から騒がしくやってくる若者の一団がやってきた。

 

「なんだ!?お前たち、ここに何しに来た!!」

「石川先生!俺らも戦います、先生だけに任せませんよ」

 

 そうは言うが彼らは農民、手にしているのもほとんどが農具だし。刀を手にしていてもなまくらに決まっている。

 顔をしかめたが、彼らがつれてきた馬にひかせた荷馬車には興味がわいた。

 

「それは何だ?荷は!?」

「あ、ああ。これは例の四つ辻の蒙古の陣で――」

「では火薬か。火薬だな?さっさと答えろ」

「はいっ」

 

 これはいい。

 石川は斜面の途中を適当に指さすと、その辺において来いと命じる。

 続いて本当に戦うつもりなら近くの崖の岩場に身を隠しておけ。奴らが森から飛び出し、ワシに斬りかかった際に背後から襲え。できないなら村に帰れ。そう簡単に指示を出す。

 

 多くは期待していない。

 だが助けとなってくれるなら、せめて兵具が十分ではない彼らが無駄死にせぬようにしたかった。

 

 残り時間は多くはない。

 火薬を斜面に置くと馬は逃がし、恐怖で体を固まらせている日吉の若者たちは岩場の陰に隠れる。

 石川は用意していたかがり火に火をいれ、そこに火矢とするべく細工を施した鏑矢(かぶらや)を数本差す。あとは自慢の長弓を手に、仁王立ちとなってその時が来るのを待つ。いや、待ってやる。

 

 久しぶりの戦だ。存分に楽しむとしよう、武者震いが走る。

 おそらく昼間に火をいれられたかがり火と石川の姿を見たのだろう。森の中から突然怒号が湧き上がり、思った通り林の中から蒙古兵たちが武器を手に飛び出してきた!

 

「獲物を見て我慢しきれないか。まるで獣よなぁ」

 

 狙いを定めた石川の矢が飛ぶ――大量の火薬による爆発音が峡谷にこだました。

 

 

――――――――――

 

 

 兵士たちを先行させていた巴は、爆発音を森の中で聞いた。

 まず血が凍り、言葉を失った。おそらくは日吉の住人達が手に入れた火薬に火をつけたのだろうが……いきなり?

 

 脳裏に浮かんだのは自分のように石川が日吉の村人を指揮して対抗してきたのかも。

 だがすぐにその考えは捨てた。石川先生は侍だ、農民などに武器を持たせて戦わせるなど考えないし。戦えるはずもないと期待もしていない。

 

 そうなると――。

 石川先生が出てきて戦っている!?

 

 巴の脳が忙しく回転を始める。

 彼女の立てた策は失敗する可能性が出てきた。

 

 本当は日吉を蹂躙(じゅうりん)する兵を餌に、それを射殺さんとする石川先生を巴が自らの手で討ち果たそうと考えていた。

 だがその石川が日吉を救おうとして今、戦っているのなら。自分は間に合わない――師匠を殺す栄誉は部下に取られるか。もしくは石川の勝利を目にすごすごと己だけ撤退するか。

 

 唇をかんで悔しがるが、もう遅い。それに兵を見捨ててのただの撤退では将軍の怒りは避けられないだろう。

 ならばどうする、巴?

 

 彼女の背後を、昼間であるのに青い狐火がすうと横切るが。巴はそれに気が付かない。

 

 

 石川は人が人生で味わう深みと喜びを得るためにつがいを求め。子を作り、育てるさまを横で見て鼻で笑ってきた。かわりに彼はすべて弓の腕が上達することに賭けた。

 しかしそんな彼をみじめな老人にするのが。後継者を育てなかったこと……長尾家に仕えていた頃は、そんなものは弟子をとれば自然に”マシな奴”が出てくるものだと考えていた。

 

 だがそれは間違いだった。

 弓術師範を辞し、長尾家からも距離をとると。石川の後継者たりえる才能などいないのだと思い知らされた。弓を愛する長尾の家だからこそ石川の傲慢さは許されていただけ。

 他家の侍に下手糞な弓の腕を笑うと、笑われた相手は己は剣や槍を重視しているから、弓などそれほど気にしないと逆に笑いかえしてきた。ひどいのになると「弓も矢も値段が高い、それならばいっそ石を投げれば十分」とまで言い放つ間抜けまでいる。

 

 戦場で弓が必要になり。慌てて地面に転がる石の大きさを確かめながら拾い集める姿など、まさに滑稽の極みだと石川などは思うが。世の中の侍たちは違うらしい。

 

 

 だから才気あふれる幼い巴をみて己の娘とするため求めたのは、その間違いを正したかったからだ。

 

 

 石川は火矢でいきなり火薬を吹っ飛ばし、数人を宙に舞わせたのはざまァみろであったが。

 気を取り直した奴らが再び突撃を開始すると石川の不利が一気に鮮明となってくる。

 

 神速の弓で放たれる矢の数よりも、走ってくる敵の数が圧倒的に多いのだ。

 数分で奴らは石川を取り囲み。彼は弓を手放さなければならなくなる。そうなったらどれだけ戦えるのか。

 

 神技も筋肉の限界をはやくも超え、目測が徐々にはずれていく。

 ひとり一本必殺とはいかなくなる――。

 

 やはり日吉は助からぬのであろうか?

 

 

 大木の枝が揺れた――。

 風もなく、まるで枝にサルが飛びついて暴れるようにザワザワと葉が枝から落ちまいと騒いだのだ。

 

 続いて人影がそこから飛び出し、信じられぬ高さから地上を通り過ぎようとする蒙古兵の背を叩き潰しながらその体を刀で貫いてみせた。

 

(頬面?いや、狐の面だと!?)

 

 かつて巴が師への不満から狐の面をかぶって弓を引き、ふざけるなと自分が激怒した日が思い起こされた。

 巴が突如として正気を取り戻し、自分を守るために戻ってきたのかもとも考えた。儚い(はかない)希望だ、そいつは男で巴は女だったことを思い出す。

 

「助太刀感謝する!して、お主はどこの家のどなたかなっ?」

「……」

 

 狐面の男は無言のまま。石川には一瞥(いちべつ)もせず。立ち上がると脇差しも抜き、2刀を構えた。

 冥人の噂は巷に流れ、石川の耳にも入っていたはずだが。彼はそんな噂など信じてはいなかった。ゆえにこれが冥人のひとりとは全く思いもつかなかった。

 

 だが同時に自分と日吉を助けようとする男の背に奇妙な既視感を覚えてもいた。

 

 蒙古の兵は怒りと共に相手の正体など気にしないまま冥人・刺客に飛び掛かっていく。

 だがまったくその姿を捉え切れない。

 

 斬りかかれば地面を転がって距離を取られ。これを追えばくないを放ち、吹矢で迎撃してくる。ならば囲んで押しつぶそうとするが、2本の刀を侍のように器用に操り。蒙古兵はいなされ、かわされ、突き飛ばされ。そのすべてがまずい手だと気が付いた時には石川の矢によって急所を貫かれるという――。

 

 戦場を知るものでもなければ不可能であった2人の殺人芸の数々に、蒙古兵は振り回されながら倒されていった。

 

 

――――――――――

 

 

 小さな戦いは終わった。

 蒙古兵は死に絶え、日吉は守られ、そして石川は死ぬことなく。いや、大きな怪我もせず生き残ることができた。

 

――まるで夢を見ているようだな

 

 死に損なった蒙古兵の喉を貫く刺客の背を見つめながら、石川は肩の力を抜く。

 

「い、石川先生っ」

「ん?ああ、お前たちか。まぁ、見てのとおりよ。活躍の場はなかったな」

 

 というより、なくてよかった。

 あればおそらく彼らの半数以上は死んでいただろう。

 

「俺たち結局、ただ先生を隠れて見てただけで」

「よいよい。それでいいのだ。それだけ余裕があったということは、村も安全だったということよ」

「ところであのお方は、どなた様で?」

「あいつか――」

 

 刀の血をぬぐい鞘へ収めている怪人を石川は困ったもののように見つめる。

 達人であるがゆえに、刺客の動きにはどこか見覚えがある気がしてならない。というより己が決めた新しい弟子、境井 仁を思い出す。あの若者も相手の数を恐れることなく間合いを操り、恐れることなく撫で斬りしていた。

 

 だがそれではつじつまが合わないのだ。

 

 あの若者は志村の救出に執着し、再び仕掛けんと兵を集めるためにツシマを駆け回ると言い切った男だ。

 実際、石川からも言質を取るとさっさと立ち去ったことを思えば。彼が今、日吉に戻る理由はない。さらに言えば境井の家は仁しか残っていないということになっている。この謎、どうすればいいのだ?

 

 敵対する気のない相手を怒らせてもしょうがないとはいえ、正体を確かめぬというのも落ち着かない話だ。

 

「あっ、石川先生!」

「なんだっ」

「あそこ!誰か人がっ、それにお屋敷も」

 

 日吉の若者のひとりの声におもわずカッとなりかけた石川であったが、崖を見上げるとそこにある己の屋敷に確かに誰か人影がいるのを見た。

 

――巴だな

 

 あの姿、遠目からでもすぐにわかる。火を手にした巴が、確かに大声で自分のことを罵っていた。

 ここからでは追い付けんな。石川は素早く判断した。アレは恐らくは蒙古の兵を討っている自分を襲うつもりで動いていたのだろうが、それが叶わぬと知って違う手を考え付いたのだろう。

 

 その方法も簡単に想像がつく。

 巴の姿が消えるとすぐに煙が上がり、続いて屋敷は火に包まれていく。これ見よがしに屋敷に配置させていた長尾家の旗もまた焼き落ちていった

 

「石川先生っ!」

「うるさいわ。たかが屋敷がひとつ燃えただけの事よ。どうせ蒙古をたたき出した後にでも、お前たちにもっと立派な道場を作り直してもらうがな」

「……その時はお安く相談にのりますよ」

「なんだ金をとるのか。がめついのゥ」

 

 巴と屋敷のことはもうどうでもよくなっていたが、冥人・刺客の姿がこの短時間の間に消えていたことに気が付きまたまた石川は困惑する。

 さて、仁に再会した際。この話をどうやって聞かせ、アレはお前ではなかったのかとでも聞くしかないのだろうか。

 

 

 道場と自宅に念入りに火をかけると、巴はすぐさま走り出した。逃げ出したのだ。

 走りながらいつしか自分が涙を流していることに気が付く。忌々しい老人との生活などぶち壊してやると何度も思っていたはずなのに、裏切り者と呼ばれる立場になってようやくすべてを捨てられたはずが。そんな今の自分の姿が情けなくて、哀れすぎる気がして。すると涙が溢れてくるのだ。

 

 もう2度と戻るまいと飛び出したあの日の自分のように。巴は再び森の中を駆け抜けていった。

 

 

 狐火と共にいた狐がコーンと鳴くと、そこには青い炎のかわりに冥人・弓取がいた。

 続いて森の中からコーンと鳴き声がかえされると、冥人・刺客も姿を現した。

 

『見事な働きぶり。私の力は必要なかった』

『……』

『実は面白い女を見た。この姿となってもまだ人の情はわずかでも私の体の中には残っているらしい』

 

 弓取は誰のことを口にしたのか。はっきりとは言わない。

 

『それと私は戻れぬ。騒がしい音を聞いた、この目で確かめたい』

『……』

『いや、おそらくは大丈夫だろう。用が済めばまた合流する』

 

 2人の冥人は意思を確認しあったらしく。うなづきあうと次の瞬間には影となって消えてしまう。

 葉の間から木洩れ日は入るが、暗い森は静かなまま風が吹き抜ける。鳥の鳴き声はしても、人の声はもうしない。

 

 

 燃え尽きた己の自宅を見回すと、石川は何やら肩の荷がおりた気がして大きなため息を吐いた。

 この家を失ったことで、ついに巴との縁は完全に切れたのだろう。それを現実として感じたに違いない。

 

 彼もまたこれよりこの日吉をたち、ツシマのための戦いに身を投じることになる。その決心も付いた。

 

 次にあの消えた怪人のことを思い出し、再び眉を曲げる。

 見知った動き、助けた理由は不明。そしてあの姿。

 

 思い出さずにはいられない己の秘密をほじくり返された気がしてきたのだ。

 

 

 燃え尽きた屋敷からわずかに離れ、積み上げられた石垣の途中。

 そこで足を止めた石川は長いこと秘密にしていた石の隠し金庫の前で膝をつく。

 

 昔話になるが、長尾の家から放り出されてすぐ。

 日吉での隠居生活が耐えられず。石川はツシマに伝わるひとつの伝説の謎ときに挑戦していた時期があった。

 それは放浪する琵琶法師の”語り”で聞かされた、かの伝説の弓取、長尾 内経の鎧。

 

 長く封印されていたせいで職人の手でよみがえらせなくてはならぬものだが――これからのツシマに必要なものかもしれないとも思ったのだ。石川はそれを手にした当時、真っ先に感じたのは興奮ではなく虚しさだった。

 

 彼がこれを長いこと己のそばで眠らせていたのには複雑な心情があってのこと。

 きっと未来に己の娘となり、石川の家を継いでくれると期待していた巴にはこの鎧を真似たものを贈り。いつの日か本物を譲ろうと考えていたのだ。

 

 そんな石川の甘い未来予想図が、皮肉にも巴にこの鎧の存在を秘密のままにし。

 今、こうして石川の手によってふたたび封印を解くこととなった。古い鎧を見つめながら石川は自嘲気味につぶやいた。

 

「皮肉な話だが。こうなるとお前さんを託せるのは、あの男ということになるのか」

 

 さて、石川の脳裏にはいったい誰の姿があったのであろう? 




人物紹介・設定)
・巴
石川先生の義理の娘にしてコピー。
なにやら運命のいたずらで敵に寝返って非道の限りを尽くす。師匠に似て、ぶっちゃけ何考えてるのか本心がさっぱり読めない。


・ワシが死んでも
原作でも石川は仁に「ワシが倒れたらお前が巴を討て」とちゃっかり申し付けている。
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