1―Forgive an Angel
灰と煤の匂いが鼻を犯す。
足に感じる感覚は硬い地面ではなく、柔らかい灰。
見渡す限り、溶けた岩と灰、そして焼け跡のような空が広がっている。
その空には赤い外縁を持った大きな輪が不気味に浮かんでいた。
一歩踏み出す。
眼前には馴染み深い篝火と白いサインがあった。
これで幾度目だろうか。
灰の墓所で目覚めてから幾度この世界を巡ったのだろうか。
何度偉大な火継ぎの王達を連れ戻し、火を継いで世界の延命を図ったのだろか。
だが何も変わりはしなかった。
暗転した意識の後に目を覚ますのは決まって見慣れた灰の墓所。
最初は自力が足りておらず、因果を超えられないのだと思った。
だがこうして火継ぎの王として相応しい実力を身に着けても結果は同じであった。
巡る世界、どんどんと強力になっていく敵。
幾度心が折れそうになったことか。
その度に『きっとこれで終わる』と自分に言い聞かせ乗り越えてきた。
最初の数周は純粋に世界のため、人のためを願い。
その後は闇霊に身を堕とし、他世界の英雄達と本能の赴くまま戦った。
だがきっとそれもこれで終わる。
そういった確信がいまはある。
何故ならば―――今回は火を継がないから。
それどころか火を完全に消し去ろうとしているのだから。
心苦しく思うのは、あの自らに身を捧げ献身を尽くしてくれた火防女を、ともすれば世界の大罪人の共犯者へとしてしまうことか。
既に自らの決心はつけたが、あの火防女を思うと心が揺らぐ。
それは自分が貶められることについてではなく、あの火防女の事を思ってのことだった。
首を静かに振る。
彼女は既に決断していた。であればあとは自らが決めることだ。
歩みだし白いサインに触れる。
幾度となく行った行為だが、今回ばかりは緊張の色を伴った。
サイン触れ、火防女を召喚する。
彼女はいつもの優しい笑みを作ってはおらず、覚悟したような顔をしていた。
「灰の方、よろしいのですね」
彼女はそう言葉を発する。
それに対してゆっくりと頷いた。
彼女は篝火―――火継ぎの王達が世界を延命させるために継いできた最初の火に手を翳す。
火はゆらぎ、数瞬の後に火防女の手のひらへと集まっていった。
これできっと終わる。
大きく息を付き、事の成り行きを見守った。
火防女の手のひらへ移った火は一瞬大きくゆらぎ、そしてその勢いを縮めていく。
それに対応するかのように暗くなっていく視界。
いや世界そのものから火が消えようとしていた。
僅かに見える世界の中、火防女の横へ並び立ち彼女の肩を抱く。
一瞬強張った彼女の身体は、世界から完全に火が消えるまでには落ち着いたものになっていった。
視界から、世界から明かりが消える。
見えるのは果てしなく続く闇のみであり、それが世界のすべての如くそこに存在していた。
「灰の方、まだ私の声が聞こえていますか?」
最後に聞こえたのは、そんな火防女の声であった。
最悪だ。心の中で吐き捨てたのはそんな言葉であった。
あたりからは絶叫と火が爆ぜる音が響き続けており、視界は焔に染まっている。
その他に聞こえるのは私達が地面を駈ける音と、肉が割かれ、刺される生々しい音のみだ。
たまたま依頼の途中でこの村に宿泊していただけだというのに、そのタイミングで村が襲撃に合うとは。
この村では子供含めて50名ほどの人間が生活していたと思うが、はてさて。
いまこの時何人が残っているのか。
村を襲ったのはドレイクと呼ばれる高位の魔族に率いられた魔物達の群だった。
その数おおよそ50。
ほぼ完璧な奇襲に近い形で行われたそれは村をたやすく蹂躙していった。
私たちにとって雑多な魔物程度ならば鎧袖一触とはいえ、あまりの数の差、そしてすべてを飲み込まんとする焔にはどうしようもなかった。
闇夜に染まる世界に赤が侵食していく。
それは炎であり、人の生き血であった。
得物を鞘に収め、全力で地面を駈ける。
なんとか生き延びてこの事を報告しなければまたこの惨劇が繰り返されることになる。
生存本能と使命感に突き動かされ地面を蹴り続けた。
「オイフェミア様、正門には既に火が回りきっているようです。裏へ回りましょう」
隣を駈ける男がそう言葉を吐いた。
その男は黒色の鎧にマントを身に着け、細身の刺剣を腰に帯びている。
顔にかけたメガネはレンズに焔の赤を反射させ煌めいていた。
「了解したわ、ハインリヒ。こんなところで死んでたまるもんですか」
そう言って方向を転換する。
裏門までは走って5分ほど。
この火に包まれた状況では更に時間がかかることは用意に想像できる。
地面を駈ける、駈ける。
ドンッ!
大きな音が前方から響く。
眼前にあったもはや残骸と化した家屋から緑色の肌をした、全長2.5mはある巨体が表れ出る。
「オーガッ!?」
ハインリヒがそう叫ぶ。
抜剣しながら盾を構える彼の後ろに付き、左手の人差し指に装着された指輪をなでた。
私の魔術の発動体である金色の宝石が嵌め込まれたそれの感触を確かめ、心を落ち着かせる。
時間を掛けている余裕はない。
前方に腕をかざしオーガへと向ける。
詠唱―――心のなかで呪文を唱える。
数瞬の後に魔術が発動し、オーガとの精神抵抗が起こる。
心を強く保つ。こんなところで死んでたまるかと。その道を開けろと。
結果問題なく魔術は成功し、オーガへと効果が発動する。
今回私が唱えた魔術は直接的な攻撃を行うものでない。
心―――精神へと干渉し、相手の行動をある程度操作する呪文だ。
「支配ッ!!」
魔術の結果をより正確なものにするため、その魔術の名前を叫んだ。
その瞬間、オーガが身を翻して燃え盛る家屋へと突っ込んでいく。
醜い絶叫が上がり、肉の焼ける匂いと身体を暴れさせる振動が届いた。
「……相変わらずえげつないことしますね。そりゃあ只人の貴族達が恐れるわけだ」
「熟達した相手には効果を及ぼしづらいものよ。かかるのは自らの努力不足だというのに、勝手に恐れていい迷惑だわ」
私が行ったのはオーガの思考に介入し『燃え盛る家屋へと突っ込む』という命令を上書きすることだった。
思考の操作。名前はそのまんま『支配』という魔術。簡単な命令を対象に刷り込む魔術である。
相手の精神抵抗値が高いとなんの効果も及ぼさない魔術であるが、格下相手には無類の性能を誇るそれは私の得意魔術の一つである。
「無駄口叩いてないで急ぎましょう。もはや一刻の猶予もないわ」
「同感です。こんなところで死ぬのは私としても不本意ですので、さっさと脱出しましょう」
私達は再び駆け出す。
しばらくすれば村の裏門が見えてきた。
だがそれは闇に差し込む一筋の光とはならず―――門の前には複数の影が存在していた。
「前を塞げば裏手から逃げるとは思っていたが、こうも戦術がハマると気持ちのいいものがあるな」
その人影の一つがそう言った。
私とハインリヒは急減速し、腰に帯びていた得物を抜刀する。
あたりにはその人影以外にも複数の魔物が得物を構えゲスな笑みを浮かべている。
額に汗が滴る。
周囲の熱気が原因ではないそれを自覚し、身体が若干強張った。
全部で12。それが眼前に展開している魔物の数。
その中には先の言葉を発したドレイクを含め、上位の魔族の姿も見受けられる。
―――まずい。
一体一ならばドレイクにも負けない自身はある。
もっともそれは人型状態のドレイクに対してであり、竜へと变化したドレイクに勝てるかはわからないが。
そも私は戦闘はどちらかといえば得意ではない。
専門は思考操作や撹乱といった直接的な戦闘魔術では無いものだ。
眼前にいるのはドレイクが2、トロールとオーガそしてゴブリン。
ゴブリンはともかくとして、ドレイクとトロール、そしてオーガはそれなり以上の驚異である。
それに対してこちらは二人。
そのどちらもが純粋な前衛とは言えなかった。
ハインリヒは軽魔術剣士。
私は魔術師。
詠唱時間を稼ぐ前衛がいなければ十全な火力は出せない。
「ただの木っ端な村かと思えばなかなかどうして。ダイアモンドⅢランクとⅣランクの探索者二人とはね。いやはや入念な準備を重ねておいてよかったよ。でなければ貴様らに足元を掬われかねなかった」
「あらこちらの実力を認めてくださっているのね。魔族や魔物の方にしては珍しいじゃない」
「そりゃあ何度お前らには煮え湯を飲まされたことか。相手の実力を過小評価して死ぬのは阿呆だ。それが敵であるならば尚更正しく実力の評価は行わねばならない」
「どうもありがとう。魔族でも高名なドレイクにそう言ってもらえるのは光栄だわ」
感謝の言葉とは裏腹に内心では舌打ちをした。
これが慢心や増長を行う相手であれば付け入る隙は合ったのだが、このドレイクはそうでは無いらしい。
圧倒的に有利である状況であるにも関わらず、一切の慢心無くこちらを見据えていた。
非常に不味い。ただでさえ数的不利であるというのに相手は切れ者ときた。
周囲を見渡し状況を打開する策を巡らせる。
だが視界に入るのは燃え盛る家屋と殺された村人の遺体のみ。
そのどれもが現状では打開策なりえない。
「見目麗しいお嬢さんを殺すのは趣味では無いんだがね。人間、それも探索者であれば生かしてはおけない。何、生きていればゴブリン共の孕み袋として飼ってやるさ」
そのドレイクの台詞にハインリヒから殺意が溢れ出る。
切れ長の瞳は殺意を打ち出しドレイクを見据えた。
しかしその程度で怯む相手ではないようで、愉快そうに口元を歪めるだけだった。
「時間も惜しい。お前達、最大限の警戒を持って屠れ。数の利はあるといえ油断するなよ。相手はダイアモンド二人だ」
そういってドレイクが左手を上へ上げる。
そしてその腕を振り下ろした。
それが切欠となり眼前の魑魅魍魎が咆哮を上げながらこちらへと向かってくる。
「ハインリヒ!」
「わかってますよ!」
そう叫びながら魔術の詠唱を開始する。
それは攻めではなく守りの魔術。
『盾』と呼ばれる結界の呪文。
先鋒のゴブリンがこちらに飛びかかる。
だがその直前に魔術の詠唱が完了した。
「臭い身体で近寄るんじゃないわよッ!」
飛びかかったゴブリンの身体が不可視の結界に激突する。
顔から血を流し地面へ落ちていくゴブリンの後ろからトロールの棍棒が迫っているのが見えた。
純粋な質量を持ったその攻撃は、それ故強力である。
せっかく築いた盾の魔術もその攻撃で崩されてしまうだろうことは容易に想定できた。
だがその結果は訪れない。
私、オイフェミアが稼いだ一瞬の時を利用し、ハインリヒが攻撃魔術をトロールめがけ叩き込む。
「世の理、世界の咆哮よ。その力の一端をここに。ライトニングッ!」
ハインリヒの持つ刺剣の先端から放たれた雷光がトロールを焼く。
その電撃はそれだけにとどまらず、その後ろにいた数体のゴブリンを貫通して焼き尽くした。
だがそれでも彼我の差は圧倒的。
増援に駆けつけた魔物によって、相手の数は減るどころか寧ろ倍以上に膨れ上がっていた。
「見事!だがそれもいつまで持つかな?お前達、一斉にかか…」
グシャッ!
ドレイクの言葉はそこで中断される。
その理由はドレイク達の後方、村の外から飛来した一本の矢がオーガの一体の脳漿を吹き飛ばしたためだった。
「なァ!?」
ドレイクが驚きの言葉を漏らす。
オーガは強力な魔物だ。その皮膚は只人の放つ雑多な矢など通さぬ程に頑丈で、大ぶりの武器を操り魔術も用いることができる。
だがいまの光景はどうか。
オーガの強靭なはずであった皮膚、そして頭蓋はその役目を果たさず、一本の矢によって爆ぜさせられているではないか。
その光景に驚いたのはドレイクだけでは無く、オイフェミアとハインリヒも同様であった。
ただ一本の矢でオーガを屠れるなど、我々ダイアモンド等級以上なことは間違いない。
驚愕している間にも次々と矢は降り注ぐ。
ゴブリンが、トロールが、オーガが、フーグルが、その餌食となっていく。
恐ろしいほど正確に放たれている矢は狂いなく魑魅魍魎共の頭部を貫いていった。
矢の射線から逃げるようにして魔物共は物陰へと退避する。
しばらくすれば遠方からの攻撃は止まり、代わりにガシャガシャという金属音が近づいてきていた。
暗闇の向こう、村の外から誰かが歩いてくる。
それは金属音を伴った足音を響かせていた。
闇夜に燃え上がる炎によってその姿が浮かび上がる。
フルプレートの金属鎧にバイザー式の兜。
手には何の変哲もない直剣と綺羅びやかな紋章が施された青い中盾を持っている。
その身体の各所はまるで火を身体に宿しているかのように赤熱していた。
まさに騎士といった風貌のその人物は、たしかな殺意と共に剣の切っ先を魔物達へと向けた。
完全に闇が身を包んだ。
ああ、これですべてが終わるのだ。
偉業を成し遂げた王たちに王座が無い報われない世界も、誰もが絶望を焚べる哀れな世界も、人間性を捧げる残酷な世界も。
その全てが終着したのだ。
しかしその闇が長く続くことはなかった。
視界の先、遙か遠方に淡い光が見え始める。
胸中に諦めにも似た感情が灯り始める。
――まだ駄目なのか。
そう思ったが、その光は今までのものとはどこか違うようだった。
灰の煤けた匂いも、絶望の色も感じない。
今までいた世界にはなかった優しい、生命の力を感じる、そんなものだった。
世界を終わらせた灰の英雄はその光へと歩き始める。
あの光の先、自分が齎した結果の先には何があるのかが気になった。
闇を抜け、眼前の光へと手をのばす。触れた瞬間光は膨張し、身体を包み込んでいく。
―――彼の世界は終わりを迎え、それを為した灰の英雄はまた新たな旅を始める。
視界が回復する。
眩い光が収束した先に広がっていたのは森であった。
既に夜の帳が落ちきり、上空には星々の光と青色に輝く月が大地を仄かに照らしている。
鈴虫か何かの音があたりに響き、穏やかとも言える雰囲気が森を支配していた。
灰の英雄はあたりを見回す。
豊かな木々と虫の音以外はほとんど何もない穏やかな森であった。
ここはあの世界ではない。そう思うのにさしたる時間はかからなかった。
だが。そんな穏やかな世界によく覚えのある匂いが漂い始める。
―――火だ。火の匂いだ。
ここが何処でどのような世界なのか。
それを確かめるためにもまずはあたりを探索せねばならない。
灰の英雄はその匂いの方へと向かっていった。
森を抜けた先に見えたのは村だったと思われる建築物群。
だがそれはいま、夜を染め上げる炎によって煌々と焼かれていた。
その焔の隙間からいくつかの姿が見える。
それは人型の何か、魔物というべきものであった。
それがまだ無事な建物から人間と思わしき存在を引きずり出し、残虐に殺している。
生きている女は中央の広場に集められ、拘束されているのが見える。
周囲には見張りと思われる人外の存在が複数彷徨いており、そのどれもが喜々とした表情を浮かべているのが見える。
―――穏やかではない感情が胸中に募り始める。
それは怒り、憤りといった感情であり、永いこと忘れていたものだった。
何を。何処にそんな権利が。お前は僅かとはいえ生きている人がいる世界を終わらせたのだぞ。
同時に自嘲とも思える言葉が脳裏に浮かんだ。
それをかぶりをふって何処かへ追いやる。
どう足掻いても終わっていた世界だ。自分の決断に後悔はない。
だがこの世界はまだ生きている人々が村というコミュニティを築いて暮らせる程度にはまともらしい。
であれば、そんな光のような世界で、目の前で人が殺されているのにどうして黙っていられようか。
存外まだ人で合った自分の一面に自嘲気味な笑いを浮かべつつ、村の裏手側へと駆けていく。
正面側は火が回りきっているようだが、裏手にはまだそこまで火の勢いが及んでいない。
ならばそこから突入し先程の人々を助けられるかもしれない。そんな思いからの行動であった。
裏手へと近づけば複数の人影の姿が目に入る。
20以上の人外の存在が、二人の人間と思われる人物たちを囲っているのが見えた。
その二人の人間と人外どもは交戦しているようで、落雷のような音と共に青白い雷光が魔物たちを焼くのが目に入る。
―――どちらを助けるべきか。
逡巡にも満たない時間の思考。
結果二人の人間を助けることにする。
ソウルから『ファリスの黒弓』を装備し、羽矢を番えて攻撃を始めた。
狙ったのは緑の肌をした2.5mほどの身長がある人外。
頭を狙った矢は寸分の狂いもなく人外――オーガの頭部へと吸い込まれていった。
暴力的な初速を持った矢がオーガ頭蓋を砕き、その体は地面へと倒れ伏せる。
生物としては当たり前――急所を破壊されたら死ぬ――の事だが、しかし随分と懐かしいものを見た気がする。
あの世界では殆どが不死か化け物であったため、急所を破壊して止まる存在の方が稀有だった為だ。
しばしの間連続で魔物を穿ち、攻撃を認識した魔物達が射線上から隠れはじめた。
それを確認し、ファリスの黒弓から『ロングソード』へと持ち替える。
右手にはロングソード、左手には『紋章の盾』を装備し村の裏手へとゆっくり進んでいく。
すれば魔物たちと戦闘していた二人組の人間と目があった。
一人は豊かな金髪を腰まで伸ばした見目麗しい美女―――少女。
一人は黒色の革鎧に―――メガネか?を駆けた黒髪の男。陰謀メガネという渾名が脳裏によぎった。
その二人組みは驚いたような表情を浮かべこちらを見据える。
救援が来たことが想定外だったのだろうか。
「き、貴様!生きて帰れると思うなよッ!」
美形な青年がそう言葉を言いながら物陰から現れた。
いや、あれは人ではない。尖った耳に口から覗く八重歯、そして爬虫類のような瞳が人外であることを印象づける。
もしかしたらそういったこの世界ではスタンダードな人種なのかもしれないが、それが人間であるとはどうしても思えなかった。
その美形な青年―――ドレイクが綺羅びやかな装飾の施された大剣をこちらへと向ける。
「そいつを殺せ!そっちの女とメガネもだ!」
ドレイクの声に合わせて魔物共が突撃してくる。
多数戦は望むところではない。何度数の暴力で殺されたか考えたくもない。
ステップ連続で距離を取り、我先にと向かってきた子供ほどの背丈の醜悪な緑の魔物―――ゴブリンをロングソードで切り飛ばす。
呆気なく首と胴体が分かたれたゴブリンは血を撒き散らしながら背後へと転がっていった。
追撃してくるトロールだかなんだかの棍棒を後ろへのローリングで回避する。
本当に多数戦は嫌いだ。
魔術師なら多少はましなのかもしれないが、生憎と自分のビルドは前衛近接。
所謂上質型と呼ばれるものなので広範囲火力には乏しい。
幸いにして一体一体は雑多な力しか持っていないようなので冷静に立ち回れば問題ないだろう。
さらに追撃してきたトロールの攻撃を前ローリングで回避し懐へと潜り込む。
そのままロングソードを振りトロールの腕を切り飛ばした。
脆いものだ。下手をすればロスリックの高壁の逃亡兵以下ではないか。
―――彼が自らの周回数がカンストしていた事など知るはずもないが故の感想である。
ローリングで避け、切る。ステップで回避して、刺す。パリイして致命の一撃を叩き込む。
ダークソウルのプレイヤーにわかりやすく伝えるならば、SL120の上質型が一周目の序盤を攻略しているような光景だろうか。
さしたる時間もかからずに魔物の数は減っていく。
それは彼の力だけではなく、金髪の少女とメガネの騎士――オイフェミアとハインリヒも戦闘に参加しているからである。
気がつけば魔物側で残っているのは美形の人型――ドレイク2体だけであった。
憎悪と恐怖を抱いたような表情でこちらを見据えている。
先程から喋っていた方ではないドレイクが手にした剣で切りかかってくる。
その初撃を盾で受け流した。
僅かに手のしびれる感覚、恐らくあのドレイクの剣は魔力が籠もっているのだろう。
だが魔力カットに優れた紋章の盾を装備していた事が幸いした。さしたるダメージにはならずドレイクの挙動を見る。
攻撃を行ったドレイクは受け流された後に二撃目を振るおうとしていた。
だがその結果はドレイクが大きく体勢を崩すことになる。
パリイ―――何千何万の様々な別世界の英雄たちと戦った経験からすれば児戯にも等しいドレイクの攻撃はパリイのカモ以外の何物でもない。
大きくさらされた胴体にロングソードを突き刺す。
そしてそのまま地面へと突き倒した。
ゆっくりと内蔵を破壊するように剣をねじ回したあと切っ先を引き抜く。
返り血が鎧へと付着し、金属光沢とは別の赤い光沢が追加された。
致命の一撃を叩き込まれたドレイクは口から血の塊を吹き出しそのまま動かなくなる。
一連の流れを見ていた喋っていた方のドレイクの表情はますます恐怖に染まっている。
そちらへと視線を向ければ、ビクリと身体を大きく震わせたあと何か短く言葉を発した。
ドレイクの姿がみるみる変化していく。
質量は何十倍にもなり、その姿は全長20mほどの竜へと変化を遂げた。
「竜形態ッ!」
金髪の少女がそう叫ぶ。
メガネの男も剣の切っ先を直ぐにその竜形態のドレイクへと向けた。
「オイフェミア様!逃げますよあいつッ!?」
だがそのドレイクは攻撃をすること無く翼をはためかせ上空へと飛翔する。
彼の胸中を支配していたのは恐怖であり、それは竜へと変化し空へ逃げるという選択を取らせていた。
先程灰の英雄が殺したドレイクは普通の人間の兵士ならば100人程度を容易に蹴散らせる強さを誇っていた。
それがああも容易く、突然現れた鎧の人物に殺されてしまったのだ。
殺されたドレイクと同程度の自らが敵うはずもない。故に彼は生存本能に従って逃走を行ったのだ。
空へ逃げれた。
いくら強いとはいえ人間が飛べるはずもない。
初撃の弓が脳裏をよぎるが、今の竜と化した自らの鱗であればただの矢程度通るはずもない。
ドレイクは幾ばくかの安堵を覚え、更に強く翼を羽ばたかせようと―――しようとした。
竜と変化した事には多少驚いたがすぐさまそれを殺すのに最適な武器を装備する。
それは遙かな過去から竜狩りに用いられてきた武器。
その名前は『竜狩りの大弓』
おおよそ人が使うとは思えない大きさと尋常ならざる筋力、そして技量を要求する大型弓だ。
アンカーを打ち込まなければ扱えないため機動力に難があるが、飛び道具としては破格の射程と威力は目をみはるものがある。
竜狩りの大矢を番え狙いを定める。
力いっぱい引き絞った弦が安定するのを見計らい―――矢を放った。
暴力的な初速で飛翔していった大矢はドレイクの頭部を穿ち―――否、砕けさせた。
思考する器官を失ったドレイクの身体はそのまま重力に従って落下していき、その下にいた複数の魔物を哀れな肉塊へと変える。
この場に残ったのは武器を再びロングソードに戻す灰の英雄と、あんぐりと、信じられないものを見た表情をしたオイフェミアとハインリヒだけであった。
絶体絶命の危機―――まさにそういった状況であった。
しかし私たちは五体満足、傷一つすらない状況で地面を踏みしめている。
理由は眼前にいるフルプレートの騎士風の人物。
彼我の戦力差は絶望的であったはずだったのだが、気がつけば地面には魔物たちの死体が斃れ附している。
さも当然かのように魔物―――上位の魔族であるドレイクすらも容易く屠った眼前の騎士は手にした剣を振りこびりついた血を払う。
そのまま直剣を納刀しこちらへと近づいてくる。
その動作には一切の淀みがない。朝起きて顔を洗うかのような当然さでその騎士は一連の動作を行った。
先程の戦闘で既にわかっていたことではあったが、相当の猛者であることが容易に理解できる。
「怪我はあるか」
その騎士はそう言葉を発した。
金属の兜で若干くぐもった声であったが比較的若い男の声である。
だがその音は若さを伴っているものの、それ以上に老齢した、あるいは達観したような印象を抱かせた。
「……いえ。貴方のおかげで助かりました。私もこちらの連れも被害はありません」
「そうか」
彼は短くそう返しこちらから視線を切る。
その先は村の中央方向であるようだ。
そしてそのまま騎士は視線の方向へと歩き出す。
その行動が示すことは即座に理解できた。
「待ってください。村の者を助けにいかれるのですか?でしたら私達も協力致します」
「……好きにしろ。広場に幾人かの女が集められていた。男は殺されていた。見張りは8だ」
騎士は淡々と言葉を返す。
この騎士の実力であれば心配はないと思うが、このまま逃げ帰るのは探索者としての―――何より貴族としての矜持が許さない。
先程までは勝算のない戦いであったため生存を、報告をすることを第一として行動していたが既に状況は変わった。
こちらの戦力は3。恐らくプレデター等級並の実力を持つ前衛の謎の騎士と中衛のハインリヒ。そして後衛の私だ。
未だに数の差はあるとはいえ敵は既に頭を失った烏合の衆である。
であれば十分に勝算はあるだろう。
私とハインリヒは騎士の後ろを付いていく。
ハインリヒの表情を窺ってみれば一切の油断なく目の前の騎士を見据えていた。
当然であると思う。恩人であることに違いは無いが、それ以上に強力な戦闘力を持った素性不明の存在であるのだから。
本当は今すぐにでも彼の者の素性を問いただしたい。だが一刻を争うかもしれない現状でそれは憚られた。
無駄な言葉を交わしている間に生存者が減ったのでは笑い話にもならない。
私達は中央広場の付近へとたどり着く。
騎士は物陰から広場を窺い、こちらへと向き直った。
「見張りは変わらず8。だが人質の人数が多い。私が気を引く。そちらは遠距離攻撃ができるか?」
「攻撃魔術であれば私達二人共扱えます」
「了解した。5秒で済ませる。奥の…あれは何だ?蛇か…?を狙え」
騎士はこちらへそう告げる。
彼が蛇と言った魔物は恐らくフーグルだろう。
空飛ぶ蛇が腕を生やし防具と武器を装備したような外見をしている下級の魔物だ。
「承知しました。しかしこちらは2匹。対して貴方は6匹を相手にすることになります。大丈夫なのですか?」
私は騎士へそう訊く。
5秒で仕留めるなら一匹1秒以下の計算だ。
純粋な心配と疑問からの言葉であった。
「問題ない。だがもしもの場合はカバーを頼む」
「承知しました。3カウントでやりましょう」
3秒を数える。そしてタイミングぴったりに私達は攻撃を開始した。
「世の理、魔力の矢よ。その力を持って敵を穿て!エネルギーボルト!」
ハインリヒが詠唱し魔術を発動する。
青白い魔力の矢は後方のフーグルを穿ち一撃で絶命させた。
私も魔術を詠唱する。
言葉では無く内心で詠唱を完了し、結果として現実に効果を及ぼす。
前へかざした腕から魔力の光が煌めき、ハインリヒと同じような魔力の矢を放った。
それはフーグルへと命中しその身体を破壊する。
私達の魔術とともに騎士は何かを魔物の一匹に投擲した。
それが命中すると雷が迸り魔物を一瞬のうちに絶命へと追い込む。
何かの投擲武器のようであったが雷を引き起こすものなど私の知識にはなかった。
彼はそのまま走り出し、数瞬のうちにすべての敵を斬り伏せた。
その手際の良さに思わず内心で舌を巻く。
やはりプレデター等級なみの猛者であることは疑いようもない。
的確に急所へ剣を振るう姿はいっそ芸術的とも言えるものであった。
「8。これで終わりだ。周辺を見張る。女達の縄を解け」
騎士の言葉に従い女性たちの拘束を解いていく。
女性たちはそれぞれに感謝の言葉を述べ、或いは泣き荒んだ。
その姿に心が痛む。奇襲された時点で私達が反撃に移っていればもしかすれば敵を退け彼女たちの肉親を救うこともできたのかもしれない。
だがそれはすべて結果論だ。
首を振り、消極的な思考を吹き飛ばす。
「女性たちに大きな怪我はないようです。皆自力で歩けます」
「そうか。ここから脱出する。もしかすればまだ生き残りがいるかもしれないが、非武装者を守りながらの探索は無理だ。裏手から森へと向かう」
私とハインリヒはその声に頷き女性たちを村の外へと逃した。
赤く染まった夜はじきに終わりを迎えるだろう。
村の裏手の森へと入り周囲の安全を確認する。
驚異が無い事を確かめてから一つ大きく息を吐いた。
そして件の騎士へと声をかける。
「……この度は危機から救っていただき感謝致します。遅くなりましたが私はオイフェミア・アルムクヴィスト。ダイアモンド等級の探索者です。こちらは私の従者であり友人のハインリヒです」
「ハインリヒです。改めて貴君に感謝を」
私達は騎士へと向け頭を下げる。
未だに素性はわからぬとはいえ助けられた事には間違いない。であれば素直に感謝を述べるに限るだろう。
救出した村の女性達は私の姓を聞きざわめき立っている。『アルムクヴィスト…公爵様の?』といった言葉から私の身分が原因であるようだ。
「気にすることはない。偶然通りかかっただけだ」
騎士はそう言葉を返す。
さも当然のように発したその言葉からは一切の強がりなどは感じられない。
そして騎士は気まずそうに言葉を続ける。
「それで……探索者とはなんだ?」
その質問にこの場にいる彼以外の誰もが驚きの感情を灯す。
この世界で探索者といえば衛兵かそれ以上に有名な職業である。
それを知らないとは一体どういうことなのであろうか。
思わず驚愕の言葉を混ぜながら質問に答える。
「え!?あ、すいません。えっと探索者というのは遺跡の調査や魔物の討伐、商隊の護衛などを生業とする者たちの総称です。厳密にはギルドで認可を受けた者たちの事を言いますね」
騎士はそれに対してふむとうなずく。
途端にハインリヒが私だけに聞こえるような声量で耳打ちをしてきた。
「オイフェミア様。探索者を知らぬなど少なくともミスティア王国の人間ではありません。十分にお気をつけを」
「わかってるわよハインリヒ。だけど彼が助けてくれたことは事実でしょう。あまり疑いすぎるのはやめなさい」
「失礼致しました。ですがオイフェミア様の身を案じてのこと。ご容赦をば」
ハインリヒの言に少々眉を顰めつつも心の何処かではその言葉に同意する。
探索者を知らないとあれば少なくてもこの国―――ミスティア王国の人間ではあるまい。
この騎士ほどの実力者であれば歌に謳われていてもおかしくは無いはずだが、このようなものの話は耳にしたこともなかった。
ハインリヒの言葉が切っ掛けとなったわけではないが少しは素性を探るべきであろう。
最悪の場合思考閲覧系の魔術を考慮しつつ私は言葉を発した。
「それで…えっと良ければ貴方のお名前をお聞かせいただければ。恩人の名前を知りたいのです」
騎士はその言葉に少し苦笑したような雰囲気を見せる。
バイザーがおりているため表情は窺えないが自嘲を孕んだ感傷を一瞬感じた。
「名前…周りからは"灰の人(Ashen One)"と呼ばれていた。好きに呼ぶといい」
間違いなく本名では無い名前を告げられる。
いや名前というよりもそれは通称では無いのか。
訝しむ気持ちが高まり思考操作の魔術を行使する事にする。
普通の魔術師であれば声に出し呪文を詠唱しなければならないが、私にはそれが必要ない。
生まれつきそうであったため恐らくは才能やスキルと呼ばれる類の特異性であった。
先程の戦闘を鑑みて打ち消される可能性が高いだろうと思いつつも発動した魔術は―――やはり効果を発しなかった。
だが言葉の真偽はともかくとして敵意が全く無いことは感じられる。
であれば友好的な関係を結びたい。
誰があれ程の実力者相手に敵対したいというのか。
「では
「あぁ……ここではない遙か遠くの場所だ。つい先程ここに着いた」
再び苦笑を孕んだ声で彼はそう返した。
あからさまに怪しい言葉であるが、嘘を言っているようには感じられない。
そうして私達は日が昇るまで軽い会話を交えつつ女性たちの護衛に徹するのであった。
ダークソウル3の主人公って今までにない程のnpcからの評価高いよね。
イベント最後まで見ると皆死んでほしくなくなる。
グレイラット生かすために何周しようがロスリックには行かせない系PLです。