男性と女性を比べると、女性の方が魔力貯蔵量、魔力出力量が高い傾向にある。
程度は男女の膂力の差ほどのもの。
そのため高名な魔術師や神官、探索者には女性が多い。
そういった経緯から男尊女卑の様な風潮は先進国には殆ど存在していない。
結果として女領主や女為政者はポピュラーな存在である。
また月の巡りに関しても神聖魔術である程度の制御が可能である。
◆女性の髪の話
女性の髪には魔力が宿りやすい。
そのためいざと言うときの触媒用や魔術ギルドへ売る為といった理由で髪を伸ばしている女性は少なくない。
◆通貨の話
金貨、銀貨、銅貨などが利用されているが、それらは『ガメル(略称G)』で換算される。1ガメルはおおよそ100円。
オイフェミア達と別れ一人探索者ギルドに残る。
とりあえず探索者としての登録は終わったのだからどんな依頼があるのか見てみよう。
そう思い掲示板へと向かったのだが、その思惑は5秒で頓挫することになる。
「……読めん」
そう、文字が読めないのだ。
言葉はなぜか通じているが、文字は今まで読んだことのない形態である。
腕を組みしばし掲示板の前で考える。
今後探索者として活動するならば文字は読めたほうが良いだろう。
それにエストを補給するための篝火の設置もしなくてはならない。
依頼を受けてみるのは明日からにして、今は先に篝火の設置場所を探す事にする。
そしてギルドから出ようとした時、背後から声を掛けられた。
「ねえ貴方。この街は初めてなの?」
振り返れば緑炎色のロングヘアーで甲冑を纏っている女性の姿がある。
微笑みが似合う美しい女性だ。
胸に掛けられた認識票はダイアモンド等級のもの。
どうやらそれなり以上の実力者らしい。
「ああそうだ。先程この街に着いた」
「やっぱりね。オイフェミアの友人さん?」
「友人というか、縁あってここまで案内してもらった。そちらは?」
ああごめんなさいね、とその女性は微笑んで名を告げる。
「私はメイ。メイ・グリンフィールドよ。ダイアモンドⅢ等級の探索者。貴方は?」
「生憎と名無しでな。ギルドには
「じゃあ灰さんで。私の事はメイでいいわ」
彼女は手を差し出してくる。それを受け取り握手を交わした。
人懐っこい笑みを浮かべる女性だ。周囲の男探索者達から待望と嫉妬の視線を感じる。
どうやら彼女は探索者間でも人気者のようである。
それにしても何のようだろうか。
「よろしく頼む。ところで何の用だ?」
「いえ、掲示板の前で腕組んで悩んでたみたいだから。良ければ私がこの街を案内しましょうか?」
「正直それは助かる。だが良いのか?」
「構わないわ。だって貴方さっき探索者登録したみたいなのにいきなり飛び級でブロンズⅠからのスタートなんでしょ?報酬はそのお話ってことでどう?」
悪戯な笑みを浮かべメイは上目遣いで問いかけてくる。
実に小悪魔的な女性だ。男どもからの視線の理由を理解する。
「了解した」
「じゃあ行きましょう。もう日も暮れてるし、まずは美味しいごはん屋さんからにしましょうか」
そう言ってメイはギルドの扉を開ける。
彼女の後を続き夜の帳が降り、外灯が灯りだした街中へ足を踏み出す。
人の往来は減るどころか寧ろ増しているようだ。
そこかしこから酒飲み客の喧騒が聞こてくる。
「賑やかな街だな」
「ふふっ、そうでしょう。王都は探索者も多いからね。お酒とご飯は探索者の友達よ」
そういえば不死の身になってからまともな食事を摂った記憶がない。
ジークバルドに誘われてエストスープを飲んだことはあるが、あれはエストだ。
メイはまず食事処に案内してくれるようだが、食せるのか途端に不安になってきた。
まあ緑化草やら苔玉なんか、特に前者は中毒患者かというレベルで常食していたので多分大丈夫だろう。
しばし雑談をはさみつつ街中を進む。
メイはかなり気さくな女性でコミュニケーション能力に乏しい私でも会話が途切れることは無かった。
そしてとある店の前で歩みを止める。
その店はとまり木に鴉が止まっている看板が特徴的で、多数の客で店内は賑わっているようだ。
金髪ショートカットの給仕と思わしき女性が忙しなく店内を歩き回っているのが目に入る。
「ここが最初の目的地。"渡り鴉の巣"っていう酒場よ」
メイは店内へと入りカウンター席へと向かっていく。
私もそれに習って後を続いた。
進んでいく途中、常連客らしき男がメイへと声をかける。
「おう!メリーゲートじゃねぇか!なんだ連れなんて珍しいな!もしかして"コレ"か!?」
「そんなんじゃないわよ。オイフェミアの友人でこの街に来たばかりらしいの。だからまずは美味しいお店でもと思ってね」
店内からは『え、オイフェミア様の友人?』『オイフェミア様友達いたんだ…』なんて声が多数聞こえる。
なるほど。どうやらオイフェミアは友人が少ないらしい……今後とも仲良くしていきたいと一層思う。
メイがカウンター席へと腰をかける。
それに続いて私も隣の席へと腰を下ろした。
すぐさま金髪ショートカットの給仕だろう女性が声をかけてくる。
「こんばんはメイ。誰かを連れてくるなんて珍しいわね」
「まあね。景気良さそうねフィオナ。"彼"は今日は休みなの?」
「厨房で料理作ってるわ。料理人が腰やっちゃってね」
二人は随分の気の知れた仲のようである。
邪魔しては悪いと思い、店内を見渡す。
店内の客は誰もが鎧や武器などを身に着け酒を酌み交わし笑い合っていた。
どうやら探索者や傭兵といった層向けの食事処らしい。
「注文はこっちで決めていいかしら」
「構わない。どうせ文字も読めん」
私の言葉に彼女は笑いで返した。
人を馬鹿にするような笑いでは無く、人懐っこい笑みだ。
いくつかの品をフィオナと呼ばれた女性に注文していく。
注文を受けたフィオナは厨房へと下がっていった。
直ぐに彼女は戻ってきて、私達の前にそれぞれジョッキを置く。
並々と注がれた紫色の液体……どうやらぶどう酒のようだ。
久しく嗅いでいなかったその匂いに、空腹を感じないはずのこの身体が少し反応する。
メイはそのジョッキを取り、顔の前まで掲げた。
「とりあえず、新しい出会いに、でいいかしら?」
「「乾杯」」
ジークバルドなどと幾度か交わした行為を行う。
そのまま兜のバイザーを上げぶどう酒を喉へ流していった。
芳醇な香りが鼻を突き抜け、爽やかな後味が口内を満たしていく。
どうやらまだ味覚は正常であったらしい。
「ふぅーん」
メイはバイザーを上げた私の顔を覗き込んでくる。
何か面白いことでもあるのだろうか。
「いやごめんなさい。気にしないで」
「そうか?それにしても旨いなこれは」
「そうでしょうそうでしょう。ここは料理もお酒も美味しいのよ。少し値が張るけどね」
あ。とその彼女の言葉であることを思い出す。
それはこの国で使われている貨幣の持ち合わせがないことだ。
今まではソウルで物のやり取りをしていた為失念していた。
「すまない、いま思い出したのだがこの国の貨幣の持ち合わせがない」
「あらそうなの?ならここは立て替えるわよ。その言い方だと他の国のお金なら持っているのかしら?」
その言葉にソウルから1つの袋を取り出す。
それはずっしりとした重さを伴っており、ジャリジャリと金属どうしがこすれる音を奏でていた。
「一応はある。だがこれは使えるか?」
「……わぁお…」
私が取り出したのは錆びついた金貨を大量に入れていた袋だ。
あの世界では通貨の概念は廃れて久しかったし、何よりマラソン時以外には使用しないので大量に貯まったものである。
「換金すれば問題なく使えると思うわ。ただ換金所はもう閉まっているからまた明日ね」
「そうか……済まない。案内をしてもらっているというのに」
「気にしないで。声をかけたのは私だし。ああでも1つだけお願いがあるわ」
「なんだ?」
彼女は優しい微笑みを浮かべてから言葉を続ける。
それはまるで妹を見る姉のような温かい表情だった。
「オイフェミアとこれからも仲良くしてほしいの。彼女友達が少なくてね。よかったらこれからも良くしてあげて」
なんだそんなことか。
それならば問題ない。寧ろこちらももとよりそのつもりであった。
「勿論だ」
「ふふっ、ありがと」
その後配膳された料理の美味しさに思わず驚愕したり、彼女からこの街や探索者についてのあれこれを多数聞いた。
どうやら新人の探索者の死亡率はなかなかに高いらしい。
では強力な魔物が多いのか、といえばそうでもないようで。
その理由は資金不足からくる準備不足と下級の魔物に対しての慢心からくるものらしい。
一匹二匹程度ならいざしらず。群を成す存在の恐ろしさは身にしみて味わってきた。
特に犬、狼。あいつらは絶対に許さない。
亡くなる新米の多くはゴブリン等の群れが原因のようだ。
雑魚とはいえ数をなせばそれは恐ろしい存在へと成り代わる。
「そういえば換金所には案内するとして、他に行きたい場所はある?」
「そうだな。とりあえず文字の読み書きをできるようにしたい」
「なら書物貸しかしらね」
「後は……焚き火をしても問題ないような場所を教えてもらえると助かる」
「なに?野営でもするつもり?それだと壁外かしらねぇ。外は魔物も彷徨っているしおすすめしないわよ?」
彼女の言葉に苦笑で返す。
まあその通りだろう。だが篝火は必要である。
「まあずっとそこにいるわけでもない。資金が貯れば壁内に宿を取ることにするよ」
そういえば彼女は不承不承といった感じではあるが納得してくれたようだ。
その後は料理を平らげ、彼女に街中を軽く案内してもらった。
馬車駅や各要所など、今後生活していく上で必要そうな場所はすべて記憶していく。
「街中はこんな感じね。今日は色々な話しが聞けて楽しかったわ、ありがとう」
「感謝するのはこちらのほうだ。金は後日渡す」
「わかったわ。私は王都のあのギルドを拠点にしてるから、見かけたら声をかけてね」
「ああ、そうする。では気をつけて」
「貴方こそ壁外で魔物に食べられちゃったりしないでよ?じゃあまたね」
手をひらひらしながら彼女は去っていく。
随分と親切な人間が多いものだ。何処ぞのパッチ某とは違う。
さて、私も彼女に教えられた篝火を立てるのに丁度良さそうな場所へと向かうとしよう。
夜闇の中、身体に燻る火の粉だけが揺らいでいた。
「いくつなのかしら彼」
帰り道、誰にいうでも無く呟く。
"渡り鴉の巣"で彼の顔を初めて見た時、純粋にそう感じた。
第一印象は美形だなと思った。貴族の騎士には容姿も求められるという。
ならば彼の甲冑からしても何処かの貴族の騎士だったのかもしれない。
ただそれ以上に感じたのは違和感であった。
見た目は20代なかばといった風貌であった。
だが纏う雰囲気は老齢した、歴戦の戦士や齢を重ねた賢者の様なもの。
少なくともあの容姿でその様な空気を纏った存在を私は知らなかった。
「何にせよ、楽しくなりそうね」
微笑みを浮かべ夜の街を歩いていく。
オイフェミアの数少ない友人として、微力ながら力を貸すことにしよう。
「22。また事前報告と違うな」
岩で覆われた洞窟内に声が響く。
辺りにはむせ返る血の匂いが充満し、なれていない者ならばそれだけで吐き気を催すだろう。
緑色の肌をした子供ほどの背丈の異形が躯と化し、周囲にばら撒かれている。
洞窟の壁は血で汚れ、臓物が散らばっていた。
私がこの世界からにやってきてから1週間ほど。今は最早なれたゴブリン討伐の最中である。
メイやオイフェミア、ハインリヒの助けを借りつつ文字を学び、片っ端から目につく依頼をこなしていく。
最後の一匹の首を刎ね飛ばし、洞窟の更に奥へと進む。
恐らく人骨で作られた椅子の奥にはみすぼらしい木板が立てかけられている。
それを蹴破り、中を松明の明かりで照らした。
「3、既に死んでいる」
木板で区切られた洞窟の最奥、そこには大人がかがめばなんとか入れる程度の小部屋が存在していた。
そしてそこには衣服を剥かれ、既に事切れている3人の人族の女性の亡骸が転がっている。
身元がわかるものは無いかと雑に投げ捨てられていた彼女達の遺品を漁る。
……見つけた。コッパーの認識票。事前の情報通りこの辺りで行方不明となっていた探索者であったようだ。
遺体を抱え、洞窟の外に出る。
洞窟内の血と汚物で淀んだ空気を吐き出し、新鮮な空気を肺へと送り込んだ。
その後ソウルから麻袋を取り出し、彼女達の遺体をそれぞれ入れてやる。
この動作にも既に慣れてしまった。
探索者として活動を開始してから一週間。事前にメイから聞かされていたことだが本当に新米探索者の死亡率は馬鹿にならない。
私が依頼を受け始めてから既に8つ以上の一党の死に目を見てきた。
まあ一日5件も10件も依頼を受けていればそういったものへの遭遇率は跳ね上がるだろうが、それにしても多い。
受付嬢のエレーナに話を聞いた所、その原因の一旦はギルドや依頼主にもあるらしい。
なんでも魔物の中でも最下位クラスの相手では新米くらいしか受けないような報酬しか出ないそうだ。
ギルドは民衆や貴族、或いは組織や国から依頼を受け、探索者へと斡旋する。
そして探索者に支払われる報酬は、予めギルドが依頼主から受け取っていた金から手数料を差し引いた額。
つまり依頼主が金を出さねば探索者の懐が膨れることはないということである。
システムとしては当たり前のものであるが、そこに民衆の魔物に対する認知が甘い事が加わり約10%もの新米が死ぬという事態が引き起こされている。
どうも民衆にとっての脅威は強大な魔族や竜などであり、下位の魔物は厄介な害獣程度にしか認識されていないらしい。
嘆かわしいことである。折角人が人らしい営みを行える世界だというのに、それは新米達の犠牲の上に成り立っているのだ。
とはいえ仕方ないことであるとも思う。誰かが得した裏で誰かが損するのが世界というものだ。
新米が何人死のうが世界は回り続けるということである……実に嘆かわしい。
とはいえ改善の余地は大いにあるだろう。人が死ぬのには慣れているが、だからといってはいそうですかと見過ごせるほどこの身に流れる血は冷たくなかったようだ。
前述のような理由から、目下の目標は等級を上げ意見を無視できない立場を手に入れた後にシステムの改善をギルドに促すこととした。
まずは手の届く範囲から。それは火継ぎを為した英雄と持て囃されようとも変わることはない。
洞窟へ振り返り、手にしたロングソードを納刀する。
この穴蔵は魔物共に再利用されないように埋めることにしよう。
そう思い、とある武器を呼び出す。
その武器の名前は『アースシーカー』
ミルウッド騎士団が扱っていた儀礼用の大斧である。
その武器の特殊能力を開放し、地響きを起こす。
すれば洞窟の入り口はぐらつき、天井が崩落した。
アースシーカーをソウルへと還し、入り口が完全に塞がったかを確認する。
その後女性たちの遺体を担ぎ上げ、依頼主がいる村へと向かうことにした。
「おおっ!探索者様!ご無事で何よりです。してゴブリンどもは……」
「全て殺した。情報では10匹程度のことだったが、22体のゴブリンが巣穴に蔓延っていた」
村へと到着し、依頼人である村長に愚痴混じりに報告を行う。
ギルドへ報告し伝えた情報と食い違っていた事実に狼狽し、こちらへと頭を下げ謝罪を行ってきた。
―――お前が正確な数を報告しておけばこの探索者達は死なずに済んだかもしれない。
胸中に芽生えた言葉を口にすることは無く、村長の前へと遺体をゆっくり下ろす。
まあ致し方ないことだ。力のない者たちが巣穴まで赴いて正確な数を確認するなど自殺行為にも等しい。
頭では理解できるがやるせない気分になることは避けられなかった。
「謝罪はこの者たちに行え。先行した冒険者達だ。全滅していた。遺体は弔ってやれ」
「おお……わかりました。責任を持って弔わせていただきます……」
「私はギルドへと戻る。仔細は追ってギルドに送れ」
そう言い残し踵を返す。
この村長に当たっても仕方ないが、感情がささくれ立つのを自覚した。
なんだかんの言っても英雄と持て囃されようがこの辺は成長しないらしい。
自嘲を苦笑へと変え、村から去っていく。
暫く歩き、人目が無いことを確認してから螺旋剣の破片を使用する。
一瞬で身体が風に包まれ、次の瞬間には拠点たる篝火の前に立っていた。
この篝火はメイに教えてもらった王都壁外近くの森の中に設置したものだ。
あの世界をめぐり続けたおかげで火継ぎの剣は無数に所持している。不死の遺灰も同様だ。
こんなことで自分のコレクター癖に助けられるとは思っても見なかった。
篝火を後にし、ギルドへと向かう。
もはや顔なじみと化した門番から『お疲れさまです』などと声をかけられた。
ギルドの扉を開き、内部へと入る。
私が入った瞬間、ギルド内の喧騒が一瞬収まる。
だが直ぐにそれは元に戻り、先程までの喧騒が再開された。
「あいつだよ、ここ最近登録された新人」
「一日10件以上も依頼をこなしているんでしょ?」
「ああ。それにいきなりブロンズⅠスタートに加えて一週間でシルバーに昇級しやがった。絶対イカサマしてやがるって」
「それはあんたのひがみでしょ。情けないわね。それにオイフェミア様が推薦したんでしょあの人。だったらもともと凄い人なのよ。ほら陰口言ってないでさっさと仕事行くわよッ!」
何名かの探索者はこちらを見て会話をしている。
生憎と内容までは聞こえないが、別にどうでもいいことだろう。
ギルドに入った途端、顔なじみとなった受付嬢のエレーナが少し安堵したような表情を浮かべた。
彼女は以前送り出した探索者が二度と帰らぬ事を悔やんでいるような事を言っていたので、今回も私が帰ってきた事に安堵を覚えたのだろう。
「
「ああ。依頼は終わった。事前情報と違い22匹のゴブリンがいた。先行した探索者はだめだった。これがそいつらの認識票だ」
認識票を受け取ったエレーナは悲痛な表情を浮かべる。
全く、優しい女性だ。別に探索者が死ぬことは彼女の責任では無いだろうに、それでも心を痛めている。
「ありがとうございます……。
その言葉に対し苦笑を浮かべる。
死んだら絶対駄目……か。あまりにも身に刺さる言葉であった。
あの世界では篝火に帰るのが面倒くさくてデスルーラなどもよく行っていた。
普通の不死であればとっくに亡者化してもおかしくない数死んでいるはずなのだが、どうやら自分の心は存外折れないらしい。
伊達に戦いだけを求めて対人を何万回も行ってはいないのだ。
だがまあ、ここは彼女の言葉を汲み取って死ぬことは少々自重する事にする。
「休息は取っているから心配するな」
「そういうことじゃなくって!もうっ…」
エレーナは呆れたような表情を浮かべた。
心情は理解できるが故に少々申し訳なくなる。
だが私が依頼をこなすことで死なずにすむ者たちもいるのだ。
掲示板に目をやればまだ残っている依頼が数件ある。
まだ正午であるし、夕暮れ時までには片付けられるだろう。
私はその依頼書を片っ端から掴み、エレーナの元へ差し出した。
彼女は心底呆れたような表情を浮かべつつ、無言で受理印を押していく。
内心で軽く謝罪しつつ、一言言ってからギルドを後にした。
「はぁ……」
「大分悩まされているわねエレーナ」
彼が去った後のギルドで私、受付嬢のエレーナは大きなため息をこぼした。
そこへ声をかけてくる女性の姿がある。
「あ!メイさん!お疲れさまです」
「そちらもね。
「そうなんですよ!彼が強いっていうのはオイフェミアさんの報告とここ一週間の戦績で理解してますけども……もっと自分の身を大切にしてほしいです」
最近の私の悩みのタネは一週間前にギルドに登録された新米探索者である彼であった。
いや感謝はしている。多大に、大いに。
彼が多くの新米向けの依頼―――ゴブリン退治やフーグル討伐なんかをこなしてくれるおかげで、亡くなる新米探索者さんの数は大分減った。
それは理解している。しているが、幾らなんでも働き過ぎである。
こっちの心配を知ってか知らずか、相変わらずまた依頼をこなしにいってしまったし……既にコレで今日5件目の依頼達成であった。
「まあ無理だと思ったら彼もやめるでしょう。優秀な探索者って言うのは技術だけじゃなくって、引き際を見極める力も高いから。彼の場合は特に」
「それでもですよ!こっちは心配してるっていうのに……はぁ」
メイさんは困ったような笑顔を浮かべている。
そして何かを思い出したかのように声を上げた。
「あ、そういえば西側の村周辺の報告って聞いてる?」
「西側の村ですか?いえ得には……そういえば最近そっちの方からの依頼は少ないですね」
「やっぱりね。私も直接確認したわけじゃないんだけど、小耳に挟んだことがあるのよ」
「小耳に挟んだことですか?」
私は訊き返す。それに対してメイさんは少し真剣な表情で続きを話し始めた。
「ええ。なんでも周辺にあった魔物達の巣が何かに襲われたように皆殺され、焼き払われているんですって」
そのメイさんの言葉に身体が若干強張ったのを自覚する。
もし本当であれば穏やかじゃない事が起きるかもしれない。
「それは……魔物同士の縄張り争いでしょうか?」
「どうだろうね。ただその魔物達の死骸には矢も刺さっていないのになにかに穿たれたような穴が無数に空いているって聞いたわ」
「魔術の類、でしょうか?」
「見てないからなんとも。ただ私が聞いた探索者の話ぶり的に魔術じゃなさそうだったわ」
正体不明の存在に殺された魔物の不審な死体……。
私はギルドの上役に報告するため、羊皮紙にペンを走らせる。
「他には何か聞きませんでしたか?」
「そうねぇ。あ、度々その周辺で何かが破裂するような音が響いていたらしいわ」
「なるほど……何か不味い事が起きなければいいんですが……」
「どうだろうね。彼っていう人物が来たんだし、ほら。物事は立て続けによく起こるものでしょ?」
「不吉なこと言わないでください……」
小悪魔っぽく笑うメイに対して、額に手を当てながら答える。
とりあえずは上役に報告書を提出しよう。
そう考え、私は執筆を再開した。
魔物の巣を潰している存在…一体誰なんだ。
きっと血の匂いを充満させ地下を走り回っているに違いない。
メイ・グリンフィールドはACfAに登場する女リンクスです。
『うまく盾にしてね』
っていう台詞にやられた諸氏は多いでしょう。
そんな経緯もありこの世界では重装前衛です。
◆追記
感想、お気に入り、誤字報告感謝します。
励みになります。
◆主人公
【挿絵表示】
雑ですが立ち絵書きました。