グシャリ。グチャ。バキッ。
肉眼では視界の確保が難しい暗闇。
その中で肉を潰し、断ち切り、骨を砕く音が響き渡っている。
辺りには濃厚な血と死、そして狂気の香りが充満していた。
それは決して広くない洞穴の全てを犯しており、周囲にはその匂いの一因である肉塊が散乱している。
元はゴブリンやフッド、フーグルなどであった筈のそれらは、最早原型も掴めぬほどに破壊されていた。
だがその匂いの最もたる原因はそれらではない。
その原因は―――人であった。
魔物共を潰し、鏖殺したその存在は手にした禍々しい武器を振り下ろす。
グジャリ。気持ちの悪い音を立て、魔物の首魁であった筈のオーガの首が切り飛ばされた。
この惨憺たる現場を作り出した人物。
その姿は黒ずくめであった。枯れた羽の様な帽子。顔下半分を覆い隠すマスク。短いマントが付いたロングコート。
関節などの急所には金属製と思われる手甲や楔帷子を編み込んである。
右手には大鉈と鋸が合わさった様な異形の武器―――ノコギリ鉈を。
左手には鉄の筒に木の持ち手が着いた物―――銃を握っている。
「どこもかしこも獣ばかりだ」
その人物の呟いた言葉は、しかして全てが死に絶えたこの場では他の誰に聞こえることもない。
黒衣を身にまとったその存在―――月の香りの狩人は大鉈状態であったノコギリ鉈を変形させる。
そして洞窟の奥へと向かって歩いていった。
硬い靴底が地面を蹴る音が響き渡る。
カツーン、カツーン。しばしの後、その足音が不意に止まった。
狩人は洞窟の奥に視線を向ける。
そこにあったのは、鎖で繋がれ陵辱の限りを尽くされたであろう少女の姿だ。
「うぅ……もう……殺して…」
その少女の口から言葉が漏れる。
狩人は少女へと近づいていく。
そして―――左手に持っていた銃を向けた。
バァンッ!
狭い洞窟内に耳を劈くような銃声が鳴り響く。
「あっ……」
火薬によって加速された水銀弾は少女を拘束していた鎖を打ち砕いていた。
地面に倒れそうになる少女の身体を、狩人は受け止める。
返り血に染まった黒衣から少女の裸体へと血が移った。
そしてその少女はようやく自分が何かによって助けられたということに気がついた。
顔を上げる。光源のない暗闇の中、月のような真っ青な瞳だけが光っている。
全てを飲み込むような瞳だ。
「立てるか」
その光から声が発せられる。
低い男の声。その声に少女はこくりと頷いた。
若い声であるはずであるのに、少女の父や村の長老よりも老齢した雰囲気を伴っている。
「いくぞ」
その声は少女が反応したことを確認すると踵を返す。そして出口へと向かっていった。
外に出れば淡い光が周囲を照らしていた。
空には月が登り、星星が煌めく。
虫の鳴く声と風のせせらぎのみが辺りには響いていた。
「どっちだ」
狩人は声を出す。あまりには言葉足らずであったが、少女はその真意を理解する。
―――この自らを助け出した黒衣の人物は私を家まで送る気なのだ。
返り血に染まったその姿は月の明かりに照らされ、不気味なことこの上ない。
右手に持った異形の武器がそれを更に助長している。
だが間違いなくこの黒衣の人物が現れなければ少女は死んでいた。
聡い少女はそれを良く分かっている。故に少女はこの月の香りのする人物にある程度の信頼の情を抱いていた。
「えっと…こちらです」
少女は指をさす。そしてその方向へと狩人は無言で歩きだした。
少女と狩人は無言で月夜の森を歩いていた。
暫くすれば篝火の明かりが見えてくる。
村の周囲には獣避けの柵が設けられ、その入口には二人の男が立っている。
手には槍を持っていることから夜間の見張りをしている村人なのだろう。
木々に遮られた月夜の光が青く少女と狩人を照らし出す。
それによって見張りの村人達は自分たちの村に接近する人影に気がついた。
突如現れた返り血に染まった黒衣の人物に対して警戒を顕にする。
だがその黒衣の人影―――狩人の背後から少女が現れ出た事によって見張りの二人の顔が驚きに変わっていく。
「ラトゥナ……!?ラトゥナかッ!?」
見張りが少女と狩人の元へと走り出す。
攫われた筈の村の娘が生きて帰ってきた。最早生還は絶望的と思われていた娘が帰ってきた。
その事実は驚愕以上に喜びの感情を浮かび上がらせる。
最早横に立っている血塗れの人物など気にしている場合ではなかった。
少女は見張りの元へと駆け出す。だが狩人はその場から動かない。
しばしの間生きて再会できた事を村人と少女―――ラトゥナは喜んだ。
そしてラトゥナは振り返り、狩人を見る。
彼は武器を手にし変わらず立っていた。だがラトゥナと視線が交差すると、狩人は踵を返して森へと歩いていく。
その背に向けてラトゥナは声をかけた。
声に伴い、狩人の足が止まる。
「えっと、その。本当にありがとうございました」
その本心からのお礼を聞き終えた後、月の香りの狩人は歩みを再開する。
森の暗闇の中にその姿が消えていくまで、ラトゥナは狩人の後ろ姿を見つめ続けていた。
「えっ!?もうシルバーⅢに昇格ッ!?」
ミスティア王都。そこに存在する探索者ギルド内に私の声が響く。
他の探索者が何事かと食事などを中断し、こちらを見てくる。
それに幾らか恥ずかしくなり、声量を落として会話を再開した。
「本当に?」
「そう。まだ彼が来て2週間にもならないっていうのにね」
その言葉に応えたのはメイ・グリンフィールドである。
彼女は優秀な探索者であり、私の数少ない友人だ。
固定の一党に所属しているわけではなく時々で他の一党に手を貸したり、または一党を募集していたりする。
特に彼女が一党を募集している時の男探索者のさまははたから見ればとても滑稽なものだった。
「なんでもボーンナイトを単騎で討ち取ったらしいわよ。聞いた時は私も耳を疑ったわ」
メイの言葉に思わず目を見開いた。
―――ボーンナイト。肉体が朽ちようとも世界を彷徨う騎士、騎兵の成れの果て。
一見すると馬に乗った騎士のようであるが、その身体に肉は存在しない。朽ち果てようともその剣や魔術の腕は健在であり、アンデッドの中でも上位の危険度を誇る存在である。騎乗している為特に平原などで遭遇した場合は驚異となりえる。
程度でいえばプラチナ等級の中でもⅠやⅡといった上位が全滅することも珍しくない相手だ。
それを相手に単騎……?最早理解不能である。そんな事できるのは少なくともダイアモンドの上位陣以上である。
そもそもボーンナイトは騎兵であり、歩兵が相手にする存在ではない。特に平原では。
「流石に苦戦したみたいだけどね。『騎兵突撃しながら魔術撃ってくるのは初見殺しだ…』とか言っていたわ」
「その初見殺しを食い破っているじゃないの……」
―――オイフェミアとメイにはわかるはずもない事だが、実際にボーンナイト戦で彼は一度死んでいる。
フロムユーザーにわかりやすく言えば騎馬の機動力を最大に活かしてデバフ魔術と攻撃魔術を連発してくる鬼庭刑部雅孝だろうか。
しかも馬も自律行動する。幾ら2000時間以上ダークソウルをプレイしててもソロ初見だと死ねる。
「しかもボーンナイトのことを"スケルトン"って報告したらしいわよ。後で依頼主からの詳細報告が上がってきてボーンナイトと分かったらしいけど」
「あんなのがスケルトンとか地獄じゃないの……まあ確かに骨だけど」
その後も暫くメイと談笑する。
話題の多くは
食事をしながら話していると、ギルドの扉が開け放たれた。
そして聞こえてくる甲冑音と漂う灰の香り。直ぐに誰だかわかる。
「終わった。報告通りゴブリン共が村の襲撃を企てていた」
その姿をみて若干の苦笑が漏れた。報告を終えた彼はこちらに気がついたようで、私が手招きをすると寄ってくる。
「お疲れ
「お疲れさまです。いまメイから聞きました。昇進おめでとうございます」
ちなみに彼は未だにソロで活動している。
理由は明快。あまりのペースとそれに伴った実績から誰もが声をかけることに二の足を踏んでいる為だ。
最早変わり者の新参としてギルドの風物詩になりつつある。
「ああ、ありがとう。そちらは依頼終わりか?」
「私はそうよ。オイフェミアはどうだっけ?」
「私は今日はオフです。先日の依頼の詳細報告をしにきたらメイの姿があったのでお話してました」
彼はそうか、と短く返す。
メイが自分の席の隣をぽんぽんと叩き、彼に座るように促した。
ガシャリという音と共に彼が着席する。
「何か食べますか?」
「いや、いまはいい。そういえばハインリヒはどうした?」
「別にいつも一緒っていうわけじゃありませんよ。あいつはいま寄付してる孤児院に行ってるみたいですね」
他愛の無い会話をする。彼の喋り方はぶっきらぼうだが、意外と話しやすい。
話し上手、聞き上手のメイもいるため話題が尽きることは無かった。
あの魔物は意外と賢いだの、ポーションが値上がりしただの。そんな話ばかりだが、自然体でいられるので心地が良い。
いやまあ言葉遣いは未だに猫かぶり……というよりもメッキが剥がれかけている金細工といった感じだが。
言葉遣いはともかくとして気を張る必要がない場というのは楽しいものだ。
そんな時間を過ごしていると一人の人物がテーブルの前へとやってくる。
きれいな金髪を1つの三編みで纏めた女性、エレーナだ。
「あらエレーナ。どうしたの?」
メイがそう声をかける。すると彼女は一枚の羊皮紙をテーブルに置いた。
「
そのエレーナの言葉に驚いたのはメイと私であった。
ギルドからの指名の依頼はそうそうあるものではない。
ましてや登録2週間にも満たない新人()に声がかかるなど異例中の異例である。
「依頼か。構わない」
「ありがとうございます。依頼主はミスティア探索者ギルド王都支部。依頼内容は最近西の村で魔物の巣が潰されている事に関しての調査です」
「ああ、あれね」
メイは理解したように頷いた。
私もその内容についてはある程度知っている。何でも西の村周辺で魔物の巣が何者かに壊滅させられていたり、破裂音の様な音や爆発音の様な音が響いていたりしているのだとか。
エレーナは概要を細かく説明していく。
途中までよどみなかったその説明は、しかし段々と尻すぼみになっていった。
「というわけで
「受けることは構わない。だが何故私なのだ?ここにいるオイフェミアやメイのように私よりも圧倒的に信頼や実績のある人物たちが何人もいるだろう」
エレーナはどういったものかと口を開いては閉じるという動作を繰り返している。
そしてやがて決心したかのように言葉を発した。
「……それはこの依頼がギルドから
「ああ、そういうことか。理解した」
私もなるほどと納得する。
どうやらギルドはここまで異常なハイペースで依頼を捌いていく新人が今後もギルドに取って使いやすい駒であるか図るつもりらしい。
……全く気分の悪い話だ。同じことをしようとしている自分を棚に上げて苛つきを覚える。それを自覚して相変わらず未熟だなと自嘲した。
「すみません
エレーナは非常に申し訳無さそうに謝罪を口にする。
それに対して彼はあっけからんと気にするなと返した。どうやらなんとも思っていないらしい。
豪気というかなんというか……まあ彼が何も言わないのであれば私から何か言うことも無いだろう。
「それで今回は複数人で一党を組んで依頼を行ってほしいんです。一応ギルドに取っては重要な調査になりますので。報酬は一党全体で1万ガメル(日本円で100万円程度)です」
1万ガメル……間違ってもシルバーの探索者に払う相場ではない。
どうやらギルドはダイアモンドやマスター等級レベルが動くことを想定しているようだ。
まあ彼と一党を組むのだから生半可な実力ではついていけないだろう。
「それなら私はここにいるオイフェミアとメイに同行を願いたい。頼めるか?」
「私は構わないわ。オイフェミアは?」
メイは優しく微笑んでそう応えた。
私としても断る理由はない。彼についていけるかの不安はあるが。
「勿論大丈夫ですよ」
笑みを浮かべてそう返す。
彼から少し安堵したような雰囲気が感じられた。
そうして私達は詳しい日程と段取りの話をはじめる。
王都の街は日が傾き始めていた。
一話何文字くらいが読みやすいんだろう?
とりあえず今回は5000文字程度で短めです。
感想、お気に入り本当に励みになります。
今後も是非よろしくおねがいします。
オイフェミアのラフ描きました。
参考までにどうぞ。
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