人を愛する者共よ   作:Artificial Line

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幕間――灰の英雄と月の香りの狩人

瑞々しい緑が芽生え、小川のせせらぎが聞こえる。

空に浮かぶ雲は何処までも遠くて、高い高い青い空が広がっていた。

進む道は舗装こそなされていないものの、多数の人の往来を証明するように固く踏み均されている。

先程からすれ違う商人やその護衛、探索者、そしてただの村人までもがこちらを見てくる。

その理由は私達の一歩後ろを歩く人物が原因であった。

 

全身黒。その上禍々しい武器を腰に下げ、頭から足の先まで返り血に彩られている。

武器―――ノコギリ鉈には未だにゴブリンか何かの血肉がこびりついていた。

ここまででも十分に人の目を引く存在―――狩人だが、視線を集める理由はそれだけではない。

 

その理由。

彼の横には十代半ばに至ったかという少女がピッタリとくっついているのだ。

恋人や伴侶というよりはよく懐いた小動物とでもいうかの様に狩人の横を歩いている。

血塗れの男にどう見てもただの村娘。

そしてその先を歩くのはフルプレート甲冑の男とダイアモンド等級の美女2人。

他人の目を引かないほうがおかしい組み合わせである。

 

先程の戦闘が終了してから3時間ほどが経っていた。

そしてその3時間の間狩人と少女―――ラトゥナという村娘は一言も発していない。

私やメイはともかくとしてオイフェミアはそれに若干の気まずさを覚えているようである。

 

何故この様な成行きになっているか。

それは戦闘後狩人にギルドへの同行を願った為である。

私としては狩人だけに来てもらえればそれで良かったのだが、何故かこのラトゥナという村娘までもついてきている。

オイフェミアはその事を幾度か聞こうとしていたようだが、狩人が無作為に振りまく狂気と殺気に気圧され聞くに聞けない状況が続いている。

詳しい話を聞いたわけではない。だが狩人は恐らく別世界での私達(灰の英雄)の様な存在である。

その様な存在から漏れ出す殺気と狂気は、幾ら実力者といえども十代の少女(オイフェミア)には効果抜群のようだ。

 

そんな中、数時間の間無言であった狩人が口を開く。

 

「何故ついてくる」

 

それは横を歩くラトゥナに対して向けられたもののようだった。

相変わらず言葉足らずな男である。私でももうちょっと多弁であろう。

その問に対してラトゥナはさも当たり前の様に返答を口にする。

 

「貴方が私の恩人だからです。どうやら貴方は言葉が足りないようなので、放っておけません。恩人が泥をかぶるのは耐えられないんです」

 

ラトゥナの返答に狩人は何も応えない。

いや―――あれは考え込んでいるのだと気がつく。

私としてはやや予想していた答えではあった。

ラトゥナという少女に何が起きたかは詳しくは知らないが、あの年頃の娘にとって恩人と言うのはそれまでの人生観を変えかねない存在なのだろう。

その存在に対して何かしらの形で報いたいと思うのは理解できる。

白馬の王子様ならぬ血塗れの狩人であるが、それでも小さな少女に芽生えた憧憬は変わらぬらしい。

 

「だが……ついてきてどうする」

 

しばし考え込んだ後に狩人がそう問いかける。

実際金銭的な面や滞在場所の問題もある。

 

「ギルドに向かうというのであれば、きっと探索者登録を為さるのでしょう?貴方は言葉足らずなので私が助けられたということをしっかりギルドに報告します。その後は一度村に戻って両親に話してから王都で職を探すつもりです」

 

「やめておけ」

 

「やめません。やめさせたいならもっと多弁になってください」

 

表には一切出さないが、狩人が内心で頭を抱えている様が容易に理解できた。

中々芯の通った少女である。私や狩人のコミュニケーション能力で説得することは難しそうだ。

 

無言で悩む狩人を見かねたのか、面白そうと思ったのかはわからないが、メイがラトゥナに対して声をかける。

 

「でも実際貴方みたいな年頃の女の子が王都で職を探すのって難しいわよ?もうちょっと考えたほうが良いと私は思うけど」

 

「王都では叔父が店を出しているんです。前々から声を掛けられていましたので、丁度いい機会なんです」

 

なるほど。年若い娘にありがちな考えなしで行動した訳ではないらしい。

メイも特にそれ以上言うことは無いらしく、悪戯そうに微笑みを浮かべるだけであった。

狩人から漏れ出していた狂気と殺気も幾らかなりを潜める。見た目は変わらないが、色々と考え込んでいるらしい。

丁度良いとばかりにオイフェミアが狩人へおそるおそるといった風に声を掛けた。

 

「狩人……さんは大分戦い慣れているようですけど、探索者では無いんですよね?」

 

「探索者が何かは知らん。だがその通りだ」

 

それきり会話は続かない。オイフェミアの顔には『うわ、この人苦手だ……』という感情がありありと浮き出ていた。

それを見て若干の苦笑を浮かべる。寧ろ3人相手にあそこまで戦った相手に対して良く声を掛けられるものだ。流石は稀有な実力者といった所だろう。

 

その後会話は多くないものの私達は王都への道を進み続け、日が暮れる頃には王都の外壁が見えてくるのだった。

 

 

 

狩人。そう名乗った黒ずくめの男と邂逅してから2週間ほどの時が流れていた。

あの後探索者ギルドにて狩人も探索者登録を行い、現在は大いにエレーナの頭を悩ませているらしい。

別に仕事に問題があるわけではない。寧ろその逆。

常人の10倍以上のペースで依頼をこなしていく狩人と、(Ash)さんのおかげで殆どの依頼がその日のうちに捌かれていてギルドとしては大変助かっているらしい。

エレーナの頭を悩ませているのは狩人の身の振る舞い方であった。

といっても他の探索者や市民に高圧的に振る舞うとかそういうことではない。そういうことではないのだが……

 

「だっかっら!狩人さん!!!返り血を落としてから街中に入ってくださいっていっつもいっつも言ってるじゃないですか!市民や衛兵隊の方からも苦情がギルドに届いているんですよ!このままだと清掃料を報酬から差し引く事になりますからね!!!」

 

「金が欲しいのか。ではそうしろ」

 

「あぁぁああああああああ!!!!」

 

エレーナが自らの綺麗な金髪をかきむしって机へ突っ伏した。

 

そう。エレーナ、引いてはギルドの受付嬢達の頭を悩ましているのは彼のその姿である。

全身血塗れ。返り血と濃厚な死と狂気の匂いを周囲に振りまく狩人は何も知らない市民達に取っては恐怖でしかない。

勿論市民だけでは無く、新米の探索者たちからも大いに恐れられている。というか頭の可笑しい奴と認識されている。

だがそんな事を差し引いても狩人の上げている戦績は霞む事が無いものだった。

 

ドレイク、オーガ、トロール、ミノタウロス、バジリスク、ボーンナイトと言った上位の魔物の討伐。

王都周辺のありとあらゆる魔物の巣の鏖殺。

周辺に潜んでいた山賊や野盗などの撃退(というよりも一方的な虐殺)

加えて危機に陥っていた新米探索者等の救出(好き勝手に殺し回っていたらたまたま出くわしたので助けただけ)

 

コッパーⅣ、つまり探索者等級最下位からのスタートであったが既にシルバーへの昇格は決定事項のようである。

 

つまりはギルドとしても対応に困っている訳であって。

エレーナ達受付嬢も強くは言えないらしい訳であって。

でも市民からの苦情が減る事は無い訳であって。

その苦情の処理は受付嬢達の仕事になる訳であって。

仕事が減ったのに仕事が増えるという謎の状況であるらしい。

 

私はギルドに併設された酒場に座りながら苦笑を浮かべる。

狩人に肩を貫かれた身ではあるが、特にそれに対して恨みつらみなどは抱いていない。

既に傷は癒えているし、後遺症を負った訳でもない。一応の謝罪も受けたのであれば後に引きずることも無いだろう。

まあそれはそれとして受付嬢達には同情するが。

 

そんな時、ギルドの扉が開け放たれる。

漂う灰の香りと響く甲冑の音。直ぐに誰が来たのか理解できる

 

「戻った。商隊は無事に王都の門をくぐった」

 

「あ!(Ash)さん!おかえりなさい!」

 

エレーナの声がワントーン上がる。

先程までの鬱屈した雰囲気は何処へやら。完璧なスマイルを浮かべて(Ash)を出迎えた。

(Ash)さんと狩人の2人は今ギルド内で不可侵の様な扱いになっている。

その理由は突出した戦績(と血塗れと狂気)が原因である。

最早ゴールドに到達した(Ash)さんは殆どをソロで依頼をこなし続けており、今更声をかける人物は多くなかった。

一部の例外は私メイ・グリンフィールやオイフェミアなどである。彼はどんな依頼にも頓着しないので確かな実力者が必要な時に共に一党を組むことも幾度かあった。

狩人の方は言わずもがなである。誰が血塗れで狂気と殺気を周囲に振りまき目を疑うような戦績を上げている謎の新米に声をかけるというのか。

 

「いつも血塗れだな」

 

「払えば落ちる」

 

「だがそれでは街中やギルドが汚れる。人目の多い所に出る時は血を落とすべきだ。そうでないと活動に制限がかかるかもしれんぞ」

 

「……」

 

「それにラトゥナの耳に入ってみろ。また小言を言われるぞ」

 

「……獣を殺せないのは困る」

 

「なら血を払ってから街中に入るといい。直ぐに慣れるさ」

 

エレーナの顔に『(Ash)さん……!ありがとう!本当にありがとう!』という感情が浮かび上がっている。

他の受付嬢達も同様なようだ。

このギルドで狩人に頓着せず物言いするのは(Ash)さん位のものである。

 

(Ash)さんへ微笑みを向けると、彼は狩人を伴って私の座るテーブルまで近づいてくる。

その瞬間、周りにいた探索者達が蜘蛛の子を散らす様に移動していった。

 

「お疲れ(Ash)さん。狩人もね」

 

「そちらもなメイ」

 

そうして彼らは私の対面に腰をかける。

周囲の探索者達がちらりと視線を向けてくるが、私の視線とぶつかると直ぐに目をそらした。

全く、彼らと話すようになってからすっかり私も変わりものの一人にされてしまったらしい。

 

(Ash)さんゴールドに昇格したんでしょ?おめでとう」

 

「ありがとう。審査役には異例だのなんだのってぼやかれた。まあ最近は狩人の印象が強すぎるようでそこまでは言われなかったが」

 

彼は若干の苦笑と共に狩人へ目線を向けた。

狩人は出会ったときと変わらず黒い帽子に黒いマスクで無言である。

僅かな隙間から見える青い月の様な瞳だけが印象的だった。

 

(Ash)さんも大概だけど貴方もよね狩人。毎日何十件も依頼こなしてて疲れないの?」

 

「どうでもいい。獣は狩らなくてはならない」

 

その返答に若干の呆れを伴ったため息を漏らす。

初めて出会った時に見た異常な回復力もそうだが、この狩人という男は色々と規格外な存在だ。

未だにあの回復力については詳しく聞いていないが、ちらりと『血』がどうのこうのと言っていたので聞くのをやめた。

世の中知らないほうが幸せに暮らせることも多いのだ。

 

「相変わらずね。そう言えば貴方達って相当な依頼こなしてるじゃない?お金かなり貯まってるんじゃないの?」

 

素朴な疑問であった。

丁度いい機会なので尋ねてみる。

 

「まあ貯まってる。だが使いみちが無くてな」

 

狩人は何も答えないが、どうやら(Ash)さんの意見に同意らしい。

この2人は異常な程の実力を持っているのにあまり物欲が無いようだ。

色々と似ている2人である。

 

「しかしいくつかの装備は買ったりした。フレイル、ウェポンホルダー、通話のピアス。面白いものが沢山あるな」

 

「相変わらずのコレクターっぷりね。そんなものかしら?」

 

狩人も頷いている。どうやら彼にも収集癖はあるらしい。

私からすれば彼らの持っている武器や装備の方が何倍も珍しいのだが。

 

(Ash)さんが前に一緒に依頼に赴いた時に見せてくれた『罪の大剣』には目を見張った。

炎の力を内包した魔剣。きっと100000ガメル(1000万円)はくだらない一品だ。

狩人の持つ武器装備もそうである。

『ノコギリ鉈』『獣狩りの斧』『仕込み杖』『ルドウイークの聖剣』『パイルハンマー』

見たことも聞いたこともない武器のオンパレードである。そもそも変形機構を有した武器自体相当珍しい。

そして何よりもが『銃』である。

 

原理としては単純で鉛や水銀の鏃を火の魔術の爆発で弾き飛ばすものらしい。

だがそんなもの初めて聞いた。あの轟音や鎧を容易く貫通する威力は眼を見張るものがある。

詳しい話は知らないが、王都の鍛冶師でも作れないと言っていたようなので、相当高度な技術の産物だ。

最初はそんな音が出るものよりも弓やクロスボウで良くない?とも思ったが、狩人いわく音も煙も重要らしい。

恐らくは探索者の戦闘というよりも大軍での戦闘に重きが置かれたものだ。

 

「まあそれだけお金貯まってるのなら王都に家でも買ったら?」

 

「家か……考えておこう」

 

深く頷く(Ash)さん。

冗談で言ったつもりであったのだが、どうやら私の予想以上に彼の懐は潤っているらしい。

それもそうか。ボーンナイト等の危険な魔物やアンデッドの討伐を数多く行っているのだ。

領主などから追加報酬が出ていてもおかしくはない。

 

相変わらず無言な狩人にも話を振る。

 

「そういえば狩人。ラトゥナちゃんは最近元気?」

 

「元気がすぎる。良く……小言を言われる」

 

「まあ当然よね。今は親戚の店で働いているんだっけ?」

 

「……ああ。叔父の店で働いていると言っていた……」

 

狩人はしばし黙る。

そして重々しく口を開いた。

 

「何故…あの娘は俺に構う」

 

何を言うものかと身構えたが、存外普通の言葉であった。

というか分かっていなかったのか。年頃の娘が窮地から救われた。そしてわざわざその人物についてきて生活環境まで変えた。

その意味がわからないとは……ラトゥナちゃんは苦労しそうである。いやあの芯の座った女の子であればそうでもないか?

 

「はぁ……。私から言うことじゃないわ。(Ash)さんも言っちゃ駄目よ?」

 

(Ash)さんは苦笑で返す。

女心については(Ash)さんの方が一枚上手のようだ。

狩人は表に出さないものの悩んでいるようである。

いい薬だ。存分に悩むと良い。

 

「そう言えばメイ。鎧の修繕は済んだのか?」

 

「ええ。あの後狩人が謝罪金だって言って幾らか渡してくれてね。特急修理でもお釣りがきたわ」

 

「そんな気遣いができたのか」

 

「……ほっとけ」

 

狩人という男は無口で常識がないが、律儀だ。それがここ2週間ほどこの黒ずくめ血だらけの人物と関わって感じた印象である。

まさか詫び金を持ってくるとは露ほどにも思っていなかったので、その時はかなり驚いたものだ。

まあそういうこともあって禍根無く関わることができているというのもある。

 

その時ギルドの扉が開かれた。

目を向けてみれば絹の様な金髪と周囲を虜にする美しい顔が目に入ってくる。

私達の友人、オイフェミアだ。

 

オイフェミアは私達が座っているのを確認して近づいてくる。

狩人の姿を見て一瞬ぎょっとしたようだったが、なんとかそれを取り繕い私の隣へと腰を下ろした。

 

「お疲れオイフェミア。ギルドに用事?」

 

「ありがとうメイ。そうなのよ。依頼をしようと思ってね」

 

「依頼?」

 

珍しいこともあるものだと思った。

自らが優秀な探索者でかつ公爵の娘がギルドに依頼を出すとは。

事情をある程度知っている(Ash)さんも少し驚いた様な雰囲気を出している。狩人?彼は相変わらずだ。

 

「そう。と言っても指名する人は決まっているんだけどね。一応ギルドには報告しとこうと思って」

 

オイフェミアはそう言って注文した果実水に口をつけた。

 

「私の家の領土の方で問題があってね。なんでも神代の時代の砦後にゴブリンが住み着いたらしいのよ」

 

「アルムクヴィスト領?それこそ珍しいじゃない。いつもならそちらの領土内で完結しているイメージがあったけど」

 

「衛兵隊も傭兵たちも手が空いていないらしくってね。兄様達が言うにはゴブリンに正規兵出す余裕は無いって」

 

苦虫を噛み潰したような顔でオイフェミアはそういう。

ゴブリンでも徒党を組めば脅威となりうる。それを身を以て知っているからこそだろう。

 

「それで指名する人っていうのは?」

 

(Ash)さん、メイ、狩人さん。それに私よ」

 

予想はしていた為然程驚くこともない。

(Ash)さんも同じだ。だがオイフェミアが狩人を指名した事には少し意外であった。

彼女は狩人の事を苦手に思っているようだったが、実力とフットワークの軽さを見込んでのことだろうか。

まあ友達の少ない彼女のことだ。きっとそこまで深刻な理由があるわけでもない。

 

「ハインリヒは?」

 

「私が不在の間王都での問題を処理してもらうつもりだから居残りよ」

 

「了解。私としては構わないわ、友達の頼みですもの。(Ash)さんと狩人は?」

 

彼らはあっけからんとした様子で応える。

どうやら悩むこともないらしい。

 

「勿論受けよう」

 

「……獣を狩れるならばどうでもいい」

 

「そうと決まれば打ち合わせね。時間もいいし、夕食ついでに渡り鴉の巣で話しましょうか」

 

私達は立ち上がり、ギルドの外へと出た。

夕日が王都の町並みを赤く染め上げていっている。

珍しいメンツでの旅になりそうだ。




次から狩人様、灰の英雄、メイ、オイフェミアの一党でダンジョン攻略になります。
ダイス沢山フルぜ―
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