ミスティアの王都を発って2日。
馬車から送られてくる振動に身を委ねながらの道行きである。
客馬車では無いため些かダイレクトに振動が伝わってくるが、私も狩人もそんな事は露ほども気にしない。
女性2人はどうかと思ったが、さすがは上位の探索者というべきだろうか。旅慣れているようですっかり寝入っている。
現在の時刻は昼過ぎ。目的地への到着迄にはまだ4時間ほどかかるらしい。
王都を発ってからは平和な旅筋であった。オイフェミアが雇った御者はベテランらしく、殆どのロス無く道程を進んでいる。
道中いくつかの大きな街を通過してきたが、そのどれもが滅び去ったロスリックなど霞むほどに人の息吹を感じられた。
だが魔物の被害というのは存外に深刻らしいという事を思い知る。
燻りが収まらぬ焼き払われた村。目から光を失った探索者と思われる者たち。傷ついた商隊とその護衛。
街道沿いであれば各領主の兵が巡回しているため比較的安全のようだが、それから少しでもハズれれば死と隣り合わせの世界だ。
最も私が旅してきた土地や狩人のいた世界とは比べるべくもないが、そもそも比較すること自体可笑しいのだろう。
そして王都周辺というのはかなり恵まれた環境であったのだとも感じた。
資金不足からくる常備兵の不足、探索者の不足。それが顕著な領土はかなり治安が悪い。
野盗が蔓延り、魔物が村々を蹂躙する。その結果更に治安は悪化し、経済は滞る。以下ループ。
零細地方領主に治められている地域はどこも似たようなものだそうだ。
だがオイフェミアの家、アルムクヴィスト公爵家領はそのようなことは滅多に無いらしい。
流石は国を代表する大貴族といったところだろうか。
魔力石と呼ばれる希少資源を多段に産出する土地を領土に抱えているというのが一番の強みなのだろう。
やはり世の中金なのだなと、世知辛い事実にため息をついた。
思考を切り替えようと、馬車内で武具を広げている狩人に目をやる。
どうやら装備品の手入れをしているようだ。
意外と器用なもので銃やノコギリ鉈等の複雑なものを分解し、隅々まで手入れしている。
「揺れる中で良くやる。慣れているのか?」
「……ヤーナムには鍛冶師やガンスミスがいなかった。いたかもしれんがまともでは無かった。だから武器の強化や修繕は自分でやっていた」
「なるほどな。私は鍛冶師に殆ど任せていたから感服するよ。私の武具とそちらの武具では精密さが段違いだろう」
「細かいが、慣れれば良い時間つぶしになる」
狩人は銃のバレルに布を突っ込み内部を清掃していく。
その後トリガーに油を差し入れ、具合を確かめているようだ。
「そちらの世界はどうだったのだ?」
「……どいつもこいつも狂って、獣と成り果てていた。僅かな救いを求めた者たちも例外なく、最後には狂った。だから尽くを狩った。お前の所は?」
「似たようなものだ。まともな奴など数えるほどしかいない。誰も彼もが使命に追い立てられた、安息の殆どない世界だったよ。だから思うんだ」
狩人は作業を止め、こちらに視線を向けてくる。
それはこちらの言葉の続きを促しているようだった。
「この世界は、美しいな」
「……ああ、そうだな。だがここにも獣はいる」
「言う通りだ。幸せを謳歌するはずだった者たちが蹂躙され、弄ばれている。だからできることから始めようと思ったよ」
「できること?」
「この剣と腕の届く範囲から魔物を殺すことだ。結局はそれしかできない」
「クッ。そうだな」
世界を終わらせ、また人を超えた上位者となった男達は自嘲を孕んだ笑いを零す。
それは無力な自分への嘲りであり、また決意の現れであった。
その時、馬車の後方から音が聞こえてくる事に気がつく。
どうやら狩人も同じのようで、荷台の布を広げ外へ視線を向けた。
「騎馬。3騎。速度を上げて迫ってくる」
短い報告だが今はありがたい。
私はメイとオイフェミアの肩を揺すり起こした。
彼女達は直ぐに目を覚まし、自分の得物を拾い上げる。
「敵襲だ。騎馬でこちらへ追随してくる」
私の報告にメイは狩人の隣から顔を出し後方を確認する。
オイフェミアは御者へと事情を伝える為に前方へと向かった。
「……装備が整い過ぎているわ。脱走兵くずれかも」
「多分メイの言う通りよ。前方500mほどに街道を塞ぐ陣地を敷いている」
どうやら平和な旅行きもここでおしまいのようである。
前を塞がれ、後方から騎馬が接近しているのであれば戦闘は避けられない。無論こちらに敵意を向けた相手を逃す気もないが。
「どうする?」
「俺が前を潰す。後ろをやれ」
「陣地を敷いているのよ。策はあるの?」
「当然だ」
狩人がそういい、御者の隣へ立った。
やれるというのだ。ならばそれを信じるとしよう。
「後方の騎馬はどうしようか?私飛び道具は持ってないわ」
「私が弓でやる。だが纏めて始末するには火力不足だ。オイフェミア合わせられるか?」
「当然です。右は任せてください」
オイフェミアの返答に口角が釣り上がる。
誰に喧嘩を売ったのか、その生命に刻み込む事にしよう。
私はソウルからコンポジットボウを取り出し、両手に構える。
いろんな弓を使ったが、これが一番手に馴染んでいた。
そして番えた羽矢を放つ。
暴力的な初速で飛翔する矢は野盗の頭部へと吸い込まれていき赤い花を咲かせた。
身体はそのまま後方へと落下し、主を失った馬は困惑し減速をする。
二人目も同様だ。今更まっすぐ迫ってくる相手に外すはずも無い。
直ぐに一人目と同じ運命を辿った。
オイフェミアの方も恙無く魔術で騎手を穿っている。頭どころか上半身ごと吹き飛ばされた野盗は、道に赤い絨毯を敷きながら転がっていった。
こちらは片付いた。後は狩人の方であるが―――
瞬間、前方からけたたましい音が鳴り響く。
銃とは違う、更に大きな破裂音。
何事かと前方へ目を向けてみれば、30mほどまでに迫っていた野盗の簡易陣地が跡形もなく吹き飛んでいた。
そしてそれ以上に目を引くのは狩人の左手に抱えられた大きな鉄の塊。
先端から煙が上がっている事から、どうやらそれを用いて野盗共を木っ端微塵にしたようだった。
「それなに……?」
メイが怪訝そうに問いかける。
それに対して狩人は短く答えた。
「"大砲"」
オイフェミアの家、アルムクヴィスト公爵家の領土はミスティアの南に位置している。
4万人もの領民を従える大貴族、それがアルムクヴィスト家だ。
ミスティアの総人口の5分の1が暮らすその土地は王都周辺、つまりミスティア王家の領土よりも治安が良いらしい。
土地勘のない私でも他領土からアルムクヴィスト家の領土に入ったのが直ぐに理解できる程だった。
街道沿いは装備のいい衛兵やアルムクヴィスト家に雇われた傭兵達が巡回しており、農民達の顔も他地域に比べると晴れやかである。
強力な軍事力に裏打ちされたその平穏は容易く崩れることは無いだろう。
そんなミスティア随一安全な土地で唯一といってもいい程の脅威が魔物であるという。
強力な魔物であれば即座に手練の傭兵や探索者を雇い討伐するらしいが、ゴブリンやコボルトといった下級の魔物を駆除するには幾ら資金があっても足りない。
結果としてアルムクヴィスト領を脅かす脅威というのはゴブリンやコボルト等の下級の魔物が殆どらしい。
私達は現在石造りの廊下を進んでいる。
前から私、メイ、オイフェミア、狩人の順で隊列だ。
カンカンと剣で床を叩きながら慎重に歩みを進めていく。あの世界では良くトラップに殺されたものだ。
矢、鉄球、脆い床。私だけならば死んでから覚えればいいだけだが、今はそうも言っていられない。
狩人はひとまず置いておいても、メイとオイフェミアは死ねばそこで終わりなのだ。
それを考えれば慎重すぎるくらいが丁度良いだろう。
進む廊下の壁には壮大な壁画が描かれている。
剣を持った女神とその後ろに続く戦士たち。芸術に関してはからっきしな私でもそれらの美術的な価値は理解できるほどのものだった。
そう言えばイルシールにもこういった絵画が飾られていた様な気がする。
「それにしてもこんな砦があったのね。オイフェミアは知っていた?」
「いいえ。ここはつい最近発見されたらしいの。神代の頃はこの辺りも随分と派手にやっていたらしいから、その頃のものなのかしら?」
「そうかもね。この壁画の画風はここ数百年のものでは無さそうだし」
しばらく進めばT字になっている分岐点に差し掛かった。
松明の灯りだけが妖しく石床を照らす。
私は一党のメンバーへ声をかける。
「どちらへ進む?」
「ちょっとまってね」
そう言ってメイは地面へとしゃがみ込み、床の具合を確かめ始めた。
数十秒の後に声を上げる。
「どうやらゴブリンのねぐらは右みたい」
「わかるのか?」
「床に何かを引きずった後があるわ。傷は右に多い」
「数はわかるか?」
「そこまでは。でも少なくないと思う。事前の情報では最低でも50以上のゴブリンが確認されたんでしょ?なら今はもっと増えてるでしょうね」
メイの端正な顔が若干歪む。
その理由はなんとなくだが理解できる。
攫われた女、徒党を成すゴブリン。何をなそうとしていたのかは明白だ。
聡明な彼女であればその程度の予想はできているだろう。
「ならば左から行こう。本拠地制圧中に挟撃されたのでは笑えん」
「了解しました。この一党にはヒーラーがいませんので十分に気をつけてくださいね」
オイフェミアの言葉に頷き、左の道を進んでいく。
松明以外の灯りが無い薄暗い通路だ。
淀んだ空気がホコリ臭さを助長している。
しばらく歩いていると通路にオレンジの光が浮かび上がった。
それは最早馴染み深いもの。あの世界で幾度と助けられ、また幾度か騙されたもの。
私達不死人がズレた世界で助け合う為の道具の1つ。別世界からのメッセージだ。
ということは別世界の灰か不死も別のこの世界に流れ着いているということになる。
白霊の助けを借りられる事に喜ぶべきか、とんでもない闇霊が侵入してくる可能性があることに嘆くべきか。
ともかくメッセージを確認するとしよう。
『この先、デブがあるぞ』
『右』
明確なメッセージ。先程の推察通り、別世界の不死人か灰がこの世界に流れ着いている事は間違いないようだ。
それにしても相変わらず言葉足らずなメッセージである。だがこの状況では然程問題もない。
「この先に敵が居るらしい。右側を警戒しろ」
「なんでわかるの?」
「ああいや、気にするな。とにかく警戒するに越したことはない」
剣と盾を構え前進していく。
狩人は指示をする前から全力で警戒態勢だ。
手に持つノコギリ鉈を変形させ進んでいく。
しばらく進めば粗雑な木製の扉が存在していた。
「3カウントで突入する」
そう言葉を発した後扉を蹴破る。
最早扉としての役割に限界を迎えていたそれは容易く木片へと姿を変えた。
扉を砕いた瞬間から鼻に血と汚物の匂いがこびりつく。
そして右手側から感じる何者かの気配。メッセージ通り暗闇の向こうに何かが居るのは間違いない。
私は松明をそちらへと掲げ、暗闇の奥を照らし出す。
そしてそこにいた存在の姿が顕になる。
体長3mに届くかというほどの巨体。暗い緑色の硬そうな体表。ぐちゃぐちゃと不快な音を立てながら何かを咀嚼している。
食っているのは……人だ。恐らく若かったであろう人種の女を頭からバキバキと食べている。
傍らには大きな鉈を携えていた。
「ゴブリンバーサーカー!?」
オイフェミアの声が石造りの小部屋に轟く。
その声に呼応するかのように、その巨体をこちらへと向けた。
口元を赤く染め、狂気に歪んだその顔を私達へと向ける。
鈍い音を響かせながら巨体を起こし、鉈をこちらへと向けた。
「オイフェミア、あいつの事わかるの?」
「ええ。あれはゴブリンバーサーカー。ゴブリンの中でも上位種。脅威度はダイアモンド等級クラスよ!十分に気をつけて!」
メイと私、そして狩人がそれぞれの得物を構え前衛に立つ。
ゴブリンバーサーカーは新たな獲物がきたことに歓喜したのか、舌なめずりをしながらこちらへと近寄ってきた。
「オイフェミアは後衛でバックアップ。メイはヘイト取り。狩人は回り込め」
素早く指示を飛ばす。あの世界では各々が好き勝手に殺し回るだけだったため、この様な経験は皆無だ。
だが今は一党を任された身。であれば慣れぬ事もこなさねばならない。
「Guooooooooo!!」
ゴブリンバーサーカーが咆哮する。
それが開戦の切欠となったかのように両者が動き出した。
ゴブリンバーサーカーが振るった大鉈を狩人は独特のステップで軽々と回避する。
そのすきにメイが手に持つ大槍でゴブリンバーサーカーの胸元を突き刺した。
鈍い色の血が身体から吹き出すが、ゴブリンバーサーカーは口元に歪んだ笑みを作り出す。
ダメージが入っていないというわけでは無いだろう。ならば痛覚が鈍化しているのか。
ゴブリンバーサーカーはそのまま大鉈を振り上げ、メイを叩き潰さんと振り下ろす。
メイはそれを正面から受け止め、大槍で攻撃をいなした。大きな火花と金属同士がぶつかる轟音。
メイの足元のタイルが砕け、彼女の身体が1mほど後退させられた。
追撃をしかけんとするゴブリンバーサーカーだったが、その体勢は大きく崩れる。
ゴブリンバーサーカーの背後に見えるのはノコギリ鉈を振りかぶりゴブリンバーサーカーのアキレス腱を粉砕した狩人の姿。
そして狩人はそのまま右手を異形へと変貌させゴブリンバーサーカーの背へと突き刺す。
肉が砕ける音と血が吹き出す雑音が反響し、大量の赤が視界を埋め尽くした。
一際大きな音を立て、狩人がその手を引き抜く。その姿は返り血で真っ赤に濡れ、右手には引き抜いた内蔵を掴んでいた。
「Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」
だがゴブリンバーサーカーはまだ止まらない。
すぐさま背後の狩人を叩き潰さんと大鉈を横薙ぎに振りかぶる。
狩人はすぐさま攻撃範囲からバックステップで離脱し距離をとった。
「死なんか」
狩人のつぶやきが聞こえる。私もそれには同感であった。あの狩人の攻撃は常人であれば5回は死ねる一撃だっただろう。
それに耐えなお行動できるとは、ゴブリンの上位種というのはそれなり以上にしぶといらしい。輪の都にいたハーラルド戦士団の成れの果てと同程度の耐久はあるのだろうか。
「ライトニングッ!」
背を向けているゴブリンバーサーカーにオイフェミアの雷撃の魔術が命中する。
狩人が抉った傷を雷が焼いた。だがまだ止まらない。ゴブリンバーサーカーはオイフェミアにターゲットを定めたのかこちらへと突撃してくる。
その突撃線上にメイが割り込み、槍で大鉈を弾き飛ばす。
私はその隙だらけの身体にロングソードを突き立てていく。だが直剣の決して重いとは言えない攻撃ではまだ倒すことは叶わない。
これでも上質型SL120では最高火力を出している筈なのだが。こちらの世界にきてから遭遇した敵の中ではトップクラスの耐久度である。
振りかぶられた大鉈を盾で防ぐ。重い一撃に身体が浮き、後方へと弾き飛ばされた。そのまま追撃をしかけんとするゴブリンバーサーカーをメイが防ぐ。
響く剣戟音。だがそれは長くは続かない。
「フッ!」
狩人が再びノコギリ鉈を振りかぶり、ゴブリンバーサーカーの背中へと叩き込む。
そして体勢を崩したゴブリンバーサーカーに狩人は再び内蔵攻撃を行った。
「Gugaaaaaaaaaaa!」
二度に渡る内蔵攻撃には流石に堪えられなかったのか、ゴブリンバーサーカーはその身体を地面へと投げ出した。
「終わったか」
「ふー。そうみたいね。ナイス狩人。オイフェミアも
「メイもね。正面から攻撃弾いてたけど、槍大丈夫?」
「アダマンタイト製の槍よ。ちょっとやそっとじゃ問題ないわ」
各々が得物を収める。
一先、このダンジョン内での初戦は問題なく終えられたようだ。
■追記
突然伸びまくっててビビってる。
皆ソウルシリーズ大好きなんですねぇ!
お気に入り、感想ありがとうございます。
励みになりますのでこれからも応援よろしくおねがいします。