黒と金のアヴェンジャー 作:主将
フレイヤは底なしの闇の中にいた。自分の存在すら疑わしくなるような闇の中にいた。一切の光も刺さぬ、凍えるように冷たい闇の中にいた。闇の中には様々な音を組み合わせたような奇怪な音が反響していたが不思議と不気味さは感じなかった。フレイヤは方向があるのかも分からないその闇をただ徐に歩いた。やがて足が疲れてきたころ、そこにいた。光の刺さぬ場所ですらなお懸命に自身の存在を訴えるように輝き続ける暖かくて小さな星。その光は直径1メドルにも満たぬところで闇に呑まれていたが星は負けじと光を放っていた。フレイヤは微笑んでその星を両手で掴む。ただ小さなそれに溢れて溢れる程の愛を注げば星は瞬く間に大きくなり闇を呑み込み、煌々と光を放つ巨星へと姿を変えた。
夢に過ぎない出来事だった。まだようやく朝日が少し顔を出したばかりでフレイヤはもう一度毛布を被った。フレイヤの隣には黒髪の青年が静かに横たわっていて規則良い寝息を放っている。シグルスからは女神顔負けの花のような良い匂いが漂ってきてフレイヤはその唇を奪おうかと一瞬考えたが止めることにした。
フレイヤは昨日シグルスに言ったことを思い出して柄にもなく顔を赤らめる。
「剣姫とは随分楽しそうに話すのね。気に入らないわ」
他の団員が聞けばシグルスを縛って火炙りにしてもおかしくない台詞にシグルスは溜息を吐きつつフレイヤに跪き「なんなりと」と言えば何故か一緒に寝ることになっていた。他の団員が見ればシグルスを縛って鞭打ちにした挙句海に流しそうな光景でもし仮に剣姫が見たのなら滅多斬りにでもされそうな光景だがシグルスを独占しているという事実にフレイヤはその他のことはどうでも良くなっていた。
ーあなたの心に火を灯すのも私ならよかったのにー
フレイヤはそれが自分には出来ないことと分かっていた。しかし夢に見るほどこの眷属を愛していてこの眷属の頭の中の一番最初の位置に自分がいて欲しかった。
フレイヤがシグルスの変化のない寝顔を見つめているとシグルスの目がゆっくりと開いた。
「起きたのかしら?」
「おはようございます」
シグルスは起きるなり全身を確認したが服を脱がされた跡も何もない。つまりただ純粋に一緒に寝たのだろう。安心しつつシグルスはフレイヤを見たがシグルスにはフレイヤがどこか寂しそうに映った。それこそ親を失ったときのアイズのようだった。シグルスはフレイヤを抱きしめた。
「…あら?どうしたのかしら?」
「…どうもしていません」
そしてフレイヤの唇にシグルスの唇を重ねる。優しくゆっくりと。暫く時が止まったかのような時間が流れた。
唇を離したシグルスはベッドから降りると伸びをした。フレイヤは何も言わなかった。珍しく顔を赤らめてボーッとしていた。シグルスは礼儀正しく頭を下げてから部屋を出た。
1人取り残された部屋でフレイヤは唇を触る。顔はまだほんのりと赤い。久しぶりに少女のような感覚を味わったフレイヤは嬉しそうに微笑むとシグルスが出ていった扉を見つめた。そしてふと、部屋の机の上に一輪だけ花が置かれていることに気がついた。カーネーションの花、花言葉は母への愛。
「つれないわね」
今日もフレイヤは不満気だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
市壁の上でベルとシグルスは並んで座っていた。ベルの目にはシグルスという青年が冷静でいかにも英雄という風に見えていてそんな人物と隣り合ってこうして他愛もない話を出来ることにやや興奮していた。実際シグルスはベルには届かないほど強く、おまけに端正で男前なクールな顔立ちは神にさえ見える。たまに冷たい言葉を吐き捨てるがそれでもそこには優しさがあり、そんなシグルスは紛れもなくベルの憧れのうちの1人であった。
「シグルスさんってなんでそんなに強いんですか?」
突如ベルがシグルスにそんな質問を投げかけた。シグルスは一度考えてから言葉を口にした。
「成し遂げなければいけないものがあるんだ。倒さなきゃいけない敵がな」
「…シグルスさん。僕は英雄になれると思いますか?」
突如神妙な顔でそう言ったベルを見てシグルスはクスッと笑みを浮かべた。ベルの顔がまさにトマト野郎よろしく耳まで真っ赤に染まり上がる。
「いいと思うがな。英雄。目指し続ければなれるさ。いいか、ベル」
シグルスはベルの赤い瞳をしっかりと見つめて言う。
「自分がこれだと思うものは誰にどう言われようとも曲げないでくれ。成すべきことがあるなら手を伸ばし続けるんだ。他の無駄なものは全て削ぎ落としてただ手を伸ばし続けろ。そうすればいつの日か…叶うかもしれないんだ」
シグルスの目はここじゃないどこかを見ていた。その顔は少し辛そうで目と口元には力が入っていた。
「話しすぎたな。頑張れ、英雄」
頭をポンと叩いて背を向けたベルの英雄の背中は強そうでいたく儚く見えた。少しの振動で崩れて塵になってしまうようなそんな儚さが滲み出ていた。
読んで頂きありがとうございました