黒と金のアヴェンジャー 作:主将
夕暮れも終わり、暗くなったオラリオを一人の青年が歩く。道行く冒険者は彼を見ると畏怖して道を開けた。青年はしばらく大通りを歩くと目当ての酒場の扉を開けた。
酒場はダンジョン帰りの冒険者に埋め尽くされ、活声が飛び交っていた。青年は酒場の店主のミアに目を合わせると無言でカウンターの席に座った。
「あっ!シグルスさん!こんばんわ」
カウンターに座ったシグルスに薄鈍色の髪をした可愛らしい少女、シルが反応した。
「ああ。いつもので頼む」
しばらくすると厚手のステーキと発泡酒が運ばれてきてシグルスは肉をナイフで切って食べると酒を煽った。すると隣にいる少年が何かを話かけようとしていることに気づく。
「あ、あの〜」
情けない声で俺を呼ぶ少年に目を向ける。白い髪で赤い目の兎のような少年だった。そこでシグルスの脳内でその少年の姿が何者かに重なる。名前も知らないけどどこかでこの少年を見たことがあるような。
「今日の昼間、ダンジョンで助けていただいてありがとうございました!ヘスティア・ファミリアのベル・クラネルと申します!」
そこでシグルスはこの少年が何者かを思い出す。ミノタウロスに追い込まれていた少年だった。三下と自分が呼んだ少年だった。シグルスはばつの悪そうな顔を浮かべる。
「ああ、そうか。気にするな。シグルス。フレイヤ・ファミリアだ。よろしくな」
「えー!?ベルさんシグルスさんと知り合いだったんですか?」
そこにシルが割って入る。
「今日助けていただいて!」
「ベルさん、シグルスさんは口が悪くて怖そうに見えるけど実力は本物なので仲良くしてあげて下さいね?」
「…やかましい」
その時猫人の店員の声が酒場に響いた。
「ご予約のお客様のご来店にゃ!」
開かれた扉の向こう側には赤い髪の女神を先頭として様々な冒険者がいた。
「…ロキ・ファミリアか」
酒場の冒険者全ての目線が釘付けになる。ぞろぞろと入ってくる彼女等の中には勿論アイズもいて、俺と目線を合わせるとそのまま歩いて席についた。
「あの…シグルスさんはアイズさんとお知り合いなんですか?」
ベルがそう尋ねてきた。
「幼馴染だ」
いいなー!というベルを尻目にシグルスは自分の料理を食べ切って金を置いて、外に出ようとするとアイズがシグルスの手を掴んだ。
「どうした?」
「一緒に食べたい」
はぁ、と溜息をついて席に戻るとベートがシグルスに突っかかる。
「おい!お前さっきダンジョンで三下とか言いやがって!!」
酒が入ったベートは無敵らしい。俺は黙って聞き流す。
「そういやアイズ!あの話聞かせてやれよ!!」
「あの話?」
なんのことだか分からず首を傾げるアイズを気に留めずベートは続けた。
「あれだって!帰る途中で逃したミノタウロスの最後の一匹!そいつが始末したのお前も見ただろ!?その時いたトマト野郎の話だよ!」
「ミノタウロスって17階層で襲ってきて返り討ちにしたら逃げた?」
「そうだよ!それそれ!奇跡みてぇにどんどん上に上がってってよぉ!遠征で疲れてんのに俺達が泡食って追いかけたやつ!」
「それでよ!いたんだよ!いかにも駆け出しって感じのヒョロくせぇガキが!」
シグルスは隣の席に座っているベルを見た。ベルは耳まで真っ赤にしてガタガタと震えている。今の方がトマトみたいだと言うのは余計な言葉だろう。
「抱腹もんだったぜ!兎みたいに追い込まれちまってよぉ!可哀想なぐらい震えちまって顔引き攣らせてやんの!」
ロキ・ファミリアの冒険者が笑う。話が聞こえていた他の冒険者も笑った。
「ほぉ。それでどしたん?その冒険者助かったん?」
「間一髪のとこでシグルスのやつがミノを切り殺したんだよ。それであいつあのくっせー牛の血浴びて真っ赤なトマトになっちまったんだよ!クククッ、ヒヒッ、ハーー!腹いてぇー」
ベルはもう居てもたってもいられないといった様子だ。アイズも複雑な表情をしている。
「それにだぜ!?そのあとアイズがそのガキに手を差し出したんだけどよぉ、あの野郎叫びながらどっかいっちまって!ウチのお姫様助けた相手に逃げられてやんの!!」
「アハハッ!そら傑作やなぁー!助けた冒険者に逃げられるアイズたんまじ萌えー!!」
「しかしまぁ久しぶりに胸糞悪ぃもん見ちまったな。ああいう雑魚が俺達冒険者の品位を下げてるのによ」
「いい加減そのうるさい口を閉じろベート。ミノタウロスを逃したのは我々の不手際だ。その冒険者に謝罪することはあれ酒の肴にする権利はない。助けたシグルスとアイズにも失礼だ」
「おーおー誇り高いエルフ様でこって。でもゴミをゴミと言ってなにが悪い」
「これ、やめぇ。酒が不味くなる」
「アイズはどうよ!?自分の目の前で震える情けねぇ奴を」
「あの状況じゃ…仕方なかったと思います」
「じゃあ質問を変えるぜ?俺とあのガキ、ツガイにするならどっちがいい?」
シグルスは酒を吹き出しそうになるのを堪えた。なぜその話になったのだろうか。隣のアイズを見る。ベートを見る目には感情がこもっていない。
「ベート、君酔ってるの?」
ロキ・ファミリアの団長のフィンが苦笑しながらそう言う。素面でこんなことを言っていたらそれは大変だ。
「ほら、答えろよ。メスのお前はどっちのオスに腰を振ってどっちのオスに滅茶苦茶にされてぇんだ?」
シグルスが店主のミアに代金を渡した。自分と横の少年の分。
「行け」
ベルが立ち上がって走って豊饒の女主人の出入り口を潜った。アイズがシグルスの服の裾を2回程引いた。
「分かっている」
シグルスが立ち上がる。
「ったくよー。シグルスもシグルスだよな。サシでやればアイツくらい…」
そして愚痴を垂れ流すベートの後ろに立った。ロキ・ファミリアの面々の表情が次第に凍りついていく。
「いつ見てもスカした顔しやがって。三下はお前だっての」
「ベート、そろそろ辞めた方がいいんじゃないかな?」
フィンが冷や汗を流しながらベートの後ろを指す。ベートが振り返るとそこには冷たい眼差しで自分を見下ろすシグルスが。
「サシでやるか?三下」
シグルスはベートの首根っこを掴むと、勢いをつけて店の外にぶん投げた。地面にゴロゴロとベートが転がった。シグルスは店を出てベートの髪を掴んで目を合わせた。
顎に一発良いのを入れると倒れたベートは放って店の中へと戻っていった。
「アイズ、悩み事は抱え込むな。いつでも俺を呼べ」
席に座るアイズにそれだけを伝えて店を出た。そしてバベルの一番上を見つめる。
これでいいのですかと。
豊饒の女主人を出たシグルスは自分のホームには帰らなかった。暗い夜道をしばらく歩いてとあるバーの扉を開けた。
こじんまりとしたお洒落なバーで女性奏者のピアノの落ち着く音色が響いている。席はカウンターに並んでいる7つと向かい合うような2人用の席が3つしかなく客は3人程。2人組が1つと1人。シグルスはカウンターに座りマスターに注目を伝えた。
「バーボン。トワイスアップ。あとは葉巻を。銘柄はいつもので」
「かしこまりました」
シグルスの前に静かに置かれたウイスキーと葉巻用のマッチと灰皿とヘッドをカットされた葉巻。葉巻はシガーリングにはデメテル・ファミリアの紋章が記されている高級品だ。火をつけて濃厚な煙をふかして、たまにウイスキーを舐める。そうして過ごしているとチリンチリンという可愛らしい鈴の音と共に店の扉が開いた。彼女は店を歩いてシグルスの隣の席に座る。そしてフードを脱いだ。
「こんばんは。フレイヤ様。来ていただけると思っておりました」
「ええ。マスター、彼と同じものを頂戴。葉巻は結構だわ」
フレイヤが自分のグラスをシグルスのグラスのふちにそっと当ててチンという音を立てた。
「あなた随分強いのを飲むのね」
「…今度は何をお考えで?」
「あら?なんでわかってしまうのかしら?」
「もう貴方と出会って12年です」
フレイヤはそんなになるのねと微笑んだ。
「欲しい子供がいるの。その子は貴方やオッタルのように強いわけでもないわ。寧ろ弱い、ちょっとのことでも泣いちゃうような、そんな子よ。ただ真っ白な子。あなたと真逆なのね」
でも、とフレイヤ言ってその美貌を悲しそうに歪めた。
「今は貴方のことしか考えられないわ。生きている貴方を私の手元においてずっとみていることしか」
死ぬなよ。と、フレイヤは言いたいのだろう。煙を吐き出したシグルスはうなずきもせず首を横に振るでもなくただフレイヤの言葉を聞いていた。
時々考えてしまうのだ。自分は復讐を果たせばどうするのだろう。まず無事に敵を殺せるのだろうか。刺し違えてでも殺すつもりだが復讐を成せば。
シグルスは酒を一気に飲み込んだ。今は余計なことは考えなくていいのだ。自分がすべきは復讐ただ1つなのだから。フレイヤの白くて細くて美しい指がシグルスの頭を触った。そして撫でる。
「私はいつでも貴方を愛しているわ」
フレイヤが立ち上がってマスターに代金を置こうとするのをシグルスが止めた。
「俺が払いましょう。おやすみなさい、フレイヤ様」
「そう。楽しかったわ。今度はもう少し長く一緒に飲みたいわ。おやすみなさい。シグルス」
フレイヤが去った後の扉をシグルスは見つめる。
「マスター、スコッチを。ストレートで」
今は正体の知らない寂しさを埋める方法をアルコールで紛らせることしか知らなかった。
お決まりの展開っすね。