黒と金のアヴェンジャー 作:主将
シグルスは市壁の上、落下防止の低めの塀に座ってオラリオを見渡していた。先日アイズがランクアップを果たした。遂にシグルスと並んだというわけだ。そしてフレイヤが気にかけているベル・クラネルも着々と強くなっていると言う噂をよく聞く。この間フレイヤの企みが見事成功して彼は魔法を手に入れた。シグルス自身はステイタスの上昇はレベル6とは思えない程になっているがランクアップをするような事柄には出逢えていなかった。今日も今日とてアイズとの訓練だがアイズがレベル6になってから段々ときつくなってきていた。シグルスが様々な思考を巡らせているとアイズの声が聞こえた。
「おはよう。シグ」
「ああ」
アイズの方を見ると彼女の後ろに白髪の少年が見えた。ついさっき考えていたばかりだからシグルスは驚きつつ彼に話しかけた。
「ベルか。あの酒場の件以来だな」
「え?アイズさん?特別講師って…」
「うん。シグ」
「ええええええええええええ!?」
少年の声が早朝のオラリオに響いた。
聞けばベルの特訓を手伝って欲しいとアイズからの願いだった。断る理由もなく受けたシグルスだがいざ始まってみれば何を教えれば良いのか迷う。基礎がしっかりしているアイズは戦っているだけで自分なりにコツを掴んで強くなるがレベル1あたりの冒険者だとそうはいかないんだろう。しかし初めてから短いわけでもないから筋トレみたいな基礎トレーニングは必要ない。迷った結果無難な模擬戦闘に行き着くのだった。
「真剣を抜け。殺す気でかかってこい。俺もお前を殺す気で相手する。必要なことは自分で取っていけ」
ベルは真っ黒なナイフを握った。シグルスは両手剣を抜いた。そしてベルが駆け出した。当然のことながら遅い。ステイタスの差を抜きにして効率的な加速をしていない。筋肉の使い方が総じて下手だ。そして素直すぎる。駆け引きというものをまるで知らない。上層域の雑魚を相手取るならそれでも構わないが中層近くや中層になると通用しない。シグルスはかなり意地悪にベルを相手取ることに決めた。フェイントや死角に回り込んでの攻撃、それを大したダメージにならないように当てていく。ベルはナイフに頼りすぎてもいた。蹴り殴りの体術を使えていない。ナイフの利点であるそこを生かせていない。シグルスはベルの腹に拳を一発入れると攻撃を止めた。
「馬鹿がつくほど正直だな。正々堂々と戦おうとしなくていい。騙し討ちでもなんでも使えるものは全て使え。相手の死角を取れ。あとは武器に頼りすぎるな。体術を使え」
そうだ、とシグルスは言ってベルに武器を仕舞うように指示した。
「殴り合うぞ。蹴ってもいい。投げてもいい。何をしてもいい。とりあえず体術を使えるようにしてからそこにナイフの動きを重ねていく」
拳を握った2人が向き合う。アイズが2人をみて始めの合図を出す。最低限の手加減をしつつシグルスがベルの顔を目掛けて拳を打ち込む。ベルはそれを見切って避けた。
「良い。強い攻撃の前にそれに必要な予備動作をするのは人もモンスターも変わらない。それを見て避けろ」
「相手の目を見ろ。何処に向かって打つか予測しろ」
喉、鳩尾、顎、急所と呼ばれる部分を狙った拳をベルは躱した。
「良し。避けるだけか?」
シグルスがそう挑発するとベルは冷静に攻撃を仕掛けてきた。
「そうだ。焦るな。使える手は全て使え」
足払いや右手で殴ると見せかけての左フック、金的や目潰し、喉などへの急所に対する攻撃。少しはいやらしい戦い方をするようになってきた。
「良い」
ひょっとしたら今ナイフを持たせたら良い動きをするかも知れない。シグルスは単純な思いつきのもとベルにベルのナイフを投げ渡してみた。
「コイツを使ってみろ」
焦りながらキャッチしたベルはナイフを逆手に構えた。まずはナイフを持っていない手での牽制。シグルスの攻撃をギリギリで避けての反撃。蹴りや殴りなどの体術と斬撃の合わせ技。
ベル・クラネルという少年は紛れもなく天才だ。教えれば教える程強くなる。シグルスはベルのナイフによる斬撃を避けて腕を掴んでガラ空きになった顔面に拳を打ち込み、寸止めで終わらせた。
「こんな短時間で変わるとは思わなかった。お前はこれから相当強くなる」
「本当ですか!?」
「ああ」
いつか来る日の英雄はもしかしたらベルなのかもしれない。シグルスはそう思いながらアイズと訓練をバトンタッチした。
そんな3人の光景をバベルから見守るのはフレイヤだった。フレイヤとしてはベルとシグルスが関わりを持つのは願ったり叶ったりだった。シグルスにはベルとフレイヤ・ファミリアを繋ぐ存在になって欲しいし、逆にベルがシグルスに影響を与えるかもしれないとも思っていた。というのも段々と深さを増しているシグルスの闇にベルが光を与えるかもしれないのだ。このまま闇を深めたシグルスの末路は気にならないわけではないけれど破滅の道であることは間違いない。それだけは嫌だった。きっとシグルスは破滅する時ですら美しいのだろうけれど。
短編は次回飛ばせるから良いな