什肆. 『誤算』
暗闇の中からシャーッ!と、聞くと嫌になる高く鋭い音がした途端に光が一瞬で闇を晴らす。光に導かれ少しずつ瞼を開くと、綺麗な紺色の長い髪の少女が窓際に立って俺を見据えている。ソエが病室のカーテンを開けたようだ。俺は石臼のように重い体をのっそりと起こして彼女に挨拶をした。
「おはよぉ。」
「おはよう。」
「体の具合はどうだ?ふわーあ…。」
「一晩寝たらすっかり治ったわ。傷口も見てる通り塞がれてる。それより、あんたいつまでそんな恰好で寝転がっているつもり?」
ソエが見ちゃいけないものでも見たような顔で俺を見下ろしている。俺は首を垂れて自分の体を確かめた。なぜだろうか、昨夜きっと着ていたはずの青緑色の病衣が影も形もなく消えていてパンツ姿になっている。俺は驚いてソエに訊く。
「え?お、俺の服は?」
「なんで私に訊くのよ…。知らないわよ、変態。」
その時佐次郎が病室に入ってくる。
「あっ海時さん起きたんですね。」
「よお!佐次郎、おはよう!なんで俺パンツしか履いてねえんだ?」
「海時さん…。お、覚えていませんか…。夜中にいきなり起き上がって加護、加護って唱えながら脱いだんですよ…。」
俺は彼の肩に手を当てて苦笑いしながら言う。
「はは、佐次郎…。昨日疲れて夢でも見たんだな。」
「違います!本当に自分で脱いで窓の外に投げたんですよ!?」
「んなわけあるかよ!俺は覚えてねえぞ?佐次郎お前…昨日俺と友達になったからっていきなり冗談が過ぎねえか?!」
「はああ?!じゃあ自分の目で確認してみてくださいよ!本当ですって!」
俺が佐次郎とギクシャクしていると窓際に立っていたソエが窓の外に腕を伸ばして下から何かを引き上げた。ソエが手でつかんでいたのは俺の病衣だった。ソエが瞼を半分閉じた冷たい目で俺を見る。
「海時、これあんたの病衣よ。佐次郎くんに謝りなさい。」
「お、俺は認めんぞ!!こいつのいたずらかも知れないし?」
「そんなくだらないいたずらをして一体何になるんですか…。」
「あーやーまーれー!」
二人を相手に意地を張っていると、ユリ姫と羊頭の医者さんが病室に入ってきた。
「皆さん体の方はもう大丈夫そうですメェェ。」
「海時さん、おはようございます!体の具合はどうですか?」
「おはよユリ!見てる通りピンピンしてるぜ。」
なぜか俺がユリ姫と話すと彼女は顔を赤らめる。
「こら、海時!姫様に呼び捨てはダメでしょ?」
「いいですよ!シャガの娘…。友達ができた気分ですし。」
「ユリ、お前もそんなかしこまらなくてもいいんだぞ?なんか喋り方気持ち悪いし。」
「タメ口で話し合えるような友達がいなかったので…。」
「じゃあこれからたくさん使えるな!俺たちもう友達だし」
ユリ姫はさっきよりも顔が赤くなって俺の目を避けながら答えた。
「じゃあタメ口で呼びますね、いや、呼ぶね。海時…。」
ユリ姫はモジモジしながら呼び捨てで俺の名前を呼んだ。
「おう!ユリ。」
隣にいたソエはユリ姫をじろじろと見ると二人の目が合う。
「あ、あの…。私もシャガの娘ではなく…。」
「ソエって呼んでやれ!」
「なんであんたが言うのよ!」
「だって、お前が名前で呼ばれたい顔してたから。」
「どんな顔よ…。」
ソエは森の外で俺と会った時みたいに顔を赤くしてそっぽを向いた。
「分かりました、じゃなくて…分かった、ソエ!」
「は、はい…。」
「お前もタメでいいだろ!友達だし。」
「う、うるさいわね!わっ分かったよ、ユリ…。」
一瞬で病室は照れくさい雰囲気が充満していた。女子二人はお互い顔も合わせなくなっている。その反面、隣でわなわな怯えていた佐次郎は俺のしつこい説得にも屈することなくユリ姫には固い態度を取った。つれないやつだとは思っていたが今は良しとしよう。
俺たちは羊頭の医者さんに礼を言って早くこの病院から去ることにした。ユリ姫の話によると、城下町の大通りでは都民に仮装した捜索隊が俺たちを探し回っているらしい。そう言うわけで、とにかく俺たちは正体を隠して行動することにした。
「海時、とりあえず昨日行った呉服屋に行こう。」
「あっそういえば、俺たち、袴新調してもらったんだっけ。」
「そうよ、あんたが昨日騒ぎ起こしたせいでもらいに行けなったからね。」
「わ、
俺は昨日着ていた服のままのユリ姫と佐次郎の恰好を見てソエに訊く。
「じゃあ、この二人はどうする?」
「この恰好で外に長くいすぎると捜索隊に見つかってしまうから、今回はお店で適当に選ぶしかないわ。」
俺たちは急いで呉服屋に向かった。しかし、ユリ姫の姿はあまりにも目立ちすぎたので人が少ない路地裏を通る事にした。
少し遠回りしたが捜索隊にはバレずに無事呉服屋に着いた俺たちは店員さんから昨日注文した着物を渡してもらった。そして佐次郎とユリ姫の着物も俺たちの
「ごめんなさい、私たちまで…。」
「本当に申し訳ないです…。」
「いいってもんよ!こうでもしないと俺たち全員見つかっちまうしな。」
俺は笑顔で二人の着物を店員さんに頼んでもらう。先に着替えが済んだソエが更衣室から出て来た。彼女は上太股を覆う
「可愛いな…。」
一瞬店の中にいる全員が俺に注目した。無意識の中、頭で考えていた言葉をそのまま口に出してしまった。注目を浴びた俺は顔が熱くなって湯気を出しながら弁明を並ぶ。
「いや、ただ服が可愛いだけでお前が可愛いってわけじゃないぞ?!」
すると、懐かしく感じる殺人パンチが俺の上腹部を綺麗に貫通する。
「クオッ…!!」
「か、海時さん!?」
「海時!?」
この臓物を腹の中で捻じれさせるようなパンチは彼女のパンチだ。俺は腹を押さえながら跪いてうつ伏せになった。彼女は両手を叩いて俺に言う。
「あんたはいつも一言多いのよ!ふん!」
ソエの機嫌が悪くなるとユリ姫が彼女を落ち着かせた。
「わ、悪気はなかったと思うよ…?」
「いつもああなのよ、あの馬鹿は…。あ、それより早く着替えた方がいいよ?」
「そうね。すぐ着替えてくるわ。」
俺たちは一人ずつ店の更衣室を借りて新しい服に着替えた。
俺が昨日新調してもらった袴は普段森で着ていた服と同じ
俺の次に着替えたユリ姫と佐次郎は緑系の小袖と袴を着た。
全員着替えて店を出ると、いつもと変わらず街は喧騒でごった返している。空からは昨日と同じ鮮やかな花びらが舞い散っている。俺たちは店の前に佇んで暫くその光景を眺めた。すると、佐次郎が口を開ける。
「そういえば、
「え、じゃあ、俺たちはどこに行けばいいんだ?!」
「まずは鳥之都の外郭で待機して感謝酒を配る列が東門に近くなる時にホオズキ様の屋敷に忍び込むのはどうですか?」
話を聞いていたソエが質問した。
「屋敷はどこにあるの?」
「屋敷は鳥之都から北西にあります。今僕たちが立っているここは南東部なのでここから真っ直ぐ中央部に向けて歩けば屋敷に着きます。」
「巡回のルートは?」
「北部にあるキギス城から反時計回りに巡回していきます。都内を全て回るのに三時間はかかるのですが、むしろこの時間を利用すると安全に屋敷に入れると思います。」
俺も気になる点があって佐次郎に訊く。
「な、佐次郎。屋敷には門番とかいねえか?」
「もちろんいます。でも今は花鳥宴ですからほとんどの数がホオズキ様の援護に回っています。なので今は二人や三人程度でしょうね。」
「じゃあ、屋敷のことはお前に任せたぜ。」
道端で話をしていると誰かが腹を鳴らした。するとユリ姫がいきなり首を垂れて言う。
「あの…。とりあえずご飯にしない…?」
朝食をすっかり忘れていた俺たちは彼女のその一言で空腹感を取り戻した。
「そうだ!先飯食おう!」
「そうよね。昨日の行った店にしようか?」
「いいぞ!!鳥だし蕎麦だったっけ?あれうまかったよな…。」
俺は昨日口にした鳥だし蕎麦を思い出して思わずよだれを垂らした。食べ物の話をすると佐次郎の腹も反応する。
ぐううっ。
「ったく。しょうがないやつだな。そんなに腹鳴らさんでも今から飯にするから〜。」
「ち、違いますよ!ただの生理現象でタイミングが悪かっただけです!決して鳥だし蕎麦が食べたいわけではあり…。」
と、言いつつ彼はまた腹を鳴らす。それを聞いた俺とソエ、ユリ姫は顔を崩して笑い出した。
「ぷうっ…!分かった分かった。腹わたが干し柿になりそうだから早く飯食いに行こうぜ!」
南総門の近くに着いた俺たちは空腹を満たすために昨日ソエと寄った大食堂に再び足を運んだ。
庶民が利用する食堂ではあるが、でかいのれんをくぐって食堂に入ると、異国風でとても豪華な獅子の飾りや絵が書かれた皮などが壁に飾られている。昨日はソエとの話に夢中だったから全く気づかなかったが、大通り寄りの店だからか隅角にある店とは比べ物にならなかった。
「おお、こんなに豪華な店だったっけ…?」
「昨日も一緒に来たでしょ?覚えてないの?」
「いやあ…。昨日はお前と話に夢中だったからさ、全く周りに気付かなかったんだよな…。」
「かっ海時さん。この店相当高くありませんか…?」
佐次郎が店の雰囲気に威圧されてお金の心配を始め出した。
「大丈夫!確かに値段は覚えてるけど、銀葉一枚で鳥だし蕎麦が二丁も出てくるんだぜ?」
「安っ?!」
「だろ?」
佐次郎と値段の話をしているとユリ姫は不思議そうな顔をして俺たちに訊く。
「あの…銀葉ってなんでしょうか?」
「ん?これのことだぞ?お前知らねえのか?」
俺は一昨日手形交換所でもらった茶色の袋から銀葉一枚を取り出して彼女に見せた。
「へえ!銀色の葉っぱは初めて見た!私は金色の葉っぱしか見たことないわ…。」
「げっ…。それって金葉のことだよな…。王家の娘は銀葉すら知らないのか…。悲しいぜ。」
俺は彼女の反応でしょんぼりした。
「なんかごめん…。」
「いやいや、いいよ別に…。」
会話が途切れると同時に金髪を首まで伸ばした綺麗な店員さんがテーブルを案内しに来てくれた。その店員さんは昨日俺たちが座った席に案内してくれた。
席に座るとソエがその店員さんに注文を頼む。
「鳥だし蕎麦四杯お願いします。」
「鳥だし蕎麦四杯ですね。かしこまりました!」
——確か、昨日料理持ってきてくれたのもあの女の子だったよな…。
俺は暫くその店員さんを見据えていた。
「…イト…。海時!」
「ん?なになに?どうした?」
「何腑抜けた顔でいんのよ。」
俺が女の子に目を見惚れている間に話を進めていた。
「あ、悪い。」
「巡回は午後の二時から始まるらしい。今が午前十時だからまだ行事が始まるまで時間が空くわ。」
「しかも、二時から始まったとしても東総門まで回るのに二時間半はかかりますので、今から食事を済ましても六時間は時間的に余裕があります。」
俺はテーブルに置いてある湯飲みを手でとって一口呑んだ。お茶で喉を潤してから皆に訊く。
「それで俺たちはどうすればいいんだ?」
すると、ソエが羊皮紙を一枚テーブルに広げて木炭鉛筆で地図を描き出した。
「ここにいたとしても、仮装した捜索隊は今でも外をウロウロしてるからね。だから、まずは南総門から一度城下町を出よう。」
俺は首を傾げて訊く。
「街から出てどうすんだ?」
「鳥之都の外郭を西に半周回って北西部に行こうと考えてるわ。」
「「なるほど!」」
「それなら捜索隊にも見つからないですね!」
俺たちは鳥だし蕎麦が出来上がるまでソエと佐次郎の作戦を聞いて意見を出し合った。ユリ姫は今まで一度も城から出たことがなかったから俺たちの話をひたすら聞いていた。
カタッ。
「お待たせしました!こちら鳥だし蕎麦でございます!どうぞ召し上がってください!熱いので舌の火傷にご注意くださいね。」
「「「ありがとうございます」」」
「あんがとよ!うふふっ。来たアァ!!」
俺たちのテーブルにはまるで狼煙が上がっているようにほっこりした鳥だし蕎麦が湯気を立てて四人の食欲をそそった。
「「「「ゴクリ…。」」」」
一瞬でテーブルは鳥だし蕎麦の匂いに包まれ俺たちは無意識にレンゲと箸を取る。そして楽しい食事を始めた。
「「「「いただきます!!」」」」
俺は昨日ソエから教わった食材のことを佐次郎に教えようとした。
「な、佐次郎、この薄緑色の野菜が何か知ってるか?」
「
「くっ…。」
そうして食事を終わらせて出口のカウンターで飯代を払う。
「ありがとうございました!」
笑顔を一度も崩さないあの金髪の店員さんがとても可愛らしく感じる。
——ソエももう少しあんなに可愛らしく振る舞ってくれたらいいのに…。
すると、ソエが下駄の歯で俺の足を踏む。
「いってえええ!!」
「あら、ごめん。間違って踏んじゃったわ。」
「絶対わざとだろ!!足の指取れるかと思ったぞ…。」
「しーらないっ。」
彼女は泰然と店を出て行った。一緒にいた佐次郎とユリ姫が俺に声をかけてくれる。
「だ、大丈夫ですか?」
「海時大丈夫?足、真っ赤になったわよ…。」
「俺の心配をしてくれるのはお前らしかいねえぞ…。ふおおお…。」
俺たちは店を出て作戦通り南総門に向かった。
「とにかく南総門を出て、
「あの山か!ホオノキのやつまた出てくるんじゃないかな?」
「バレないためには仕方ないわよ。しかも今は四人だから絶対負けない!」
「おいおい、勝手にこいつらまで入れるなよ…。」
ソエと話をしていると佐次郎が目を丸くして俺を見据えていた。
「い、いま、なんて…?」
「ん?どうした?佐次郎。」
「今、ホオノキって言いましたよね?」
「うん、一昨日山の中で会ったんだぞ?あいつら化けもんみたいに強かったな〜。」
「ホオノキはホオズキ様の弟なんですよ!」
佐次郎の話を聞いた俺とソエは足を止めた。
「「えええ?!」」
「ホオノキ様は昔ホオズキ家の元大黒柱であったホウセンカ様と勘当して姿を消しました…。それ以来一度も屋敷に顔を出したことがありません。」
「あの髭男が赤髪野郎の弟…。通りで悪い性格してたぜ…。」
佐次郎はホオノキの安否が気になるようだった。
「海時さん、ホオノキ様はお元気ですか?」
「ああ、元気すぎて逆にこっちが殺されそうになったぞ…。」
「良かった…。」
「よかねえわい!」
俺たちは街の喧騒を抜け出して南総門に辿り着いた。
「やっと着きましたね!えっと…。今十時五十分になりましたので、今から約五時間半外郭で身を潜めましょう。」
「おう!」
「「うん!」」
俺たちは無事に南総門から出て雉山に向かった。雉山の前に立つだけで酸素を持っていかれそうな気分になる。
「やっぱりこの山苦手だぜ…。」
「ぼ、僕も到底登れそうにないです…。」
やはり
「二人とも大丈夫?」
「ちょっと息苦しいけど慣れたらどうってことないぞ!」
「強がるなよ、馬鹿。顔にしんどいって書いてあるわよ。」
先頭に歩いていたソエが後ろを向いて俺に話した。俺を見下ろしていた彼女を見上げると彼女の瞳に何かの光が反射されるのが見えた。彼女がすぐに光った方向へ目を向くと叫び出した。
「危ない!!!」
彼女の叫び声で三人は同時に後ろに振り向いた。すると彼女が俺たちを横に押しのけて俺たちは麓の横道に転がり落ちる。
「一体なんだ?!」
「ソエ…!」
俺は体を起こしてソエがいるところを見上げた。すると、長細い樹木の太さの氷柱が彼女の体を貫いたまま地面に刺さっていた。
「ど、どういうことだ…?!」
「ソエさん!!大丈夫ですか?!」
ソエが俺たちに向けて叫ぼうとしたが、声がうまく出ないように感じた。
「に、げて…。」
「何言ってんだ!!」
俺がソエに近づこうとすると木の上から女の子の声が聞こえてきた。
「あらー?お兄さんたち。これ以上うちの商品に手出しちゃダメだよ?」
——この声、どっかで聞いたことあるぞ…?
俺は声が聞こえてくる方へ顔を向けた。そしてそこにいた者の顔を見て俺は
「お、お前は……?」
木の上には食堂の制服を着た金髪の可愛い女の子が太い木の枝の上に立って俺たちを俯瞰していた。
「よ!さっきぶりだね。ふひっ。」