FLOWORLD〜美しさの持ち主〜   作:まさのりくん

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弐什参 新たな問題

弐什参. 『新たな問題』

 

 

海時(カイト)さん…?」

 

 右肩に温かい何かが当たる。そのぬくもりに無意識に反応し、俺は座り込んだまま後ろに振り向いた。(ノドカ)の手だ。

 

「ん?」

「皆行かれましたよ。入らないのですか?佐次郎(サジロウ)が…。」

 

 彼女はさっき俺が座り込んだ時に背中から落ちた佐次郎の隣に座っていた。余程佐次郎の体が心配のようだ。呆然としていた俺は彼女の悲しげな顔を見て気をしっかり持つ。そして腰に力を入れて立ち直った。

 

「よいしょっと…。行こうか。まずは佐次郎の治療だな。」

「は、はい!」

 

 俺の言葉で和の顔にできていた曇りが少し晴れたように感じる。俺はのけざまに倒れている佐次郎の両腕を引っ張り上げて俺の背中につける。そして和と一緒に別荘の黒い正門をくぐった。

 

 別荘の中に入ると、両道の両側には金で形作られた灯籠(とうろう)が綺麗に並んでいた。お天道様の日光をたっぷりと浴びていてまるで灯籠に明かりがついているような幻覚を呼び起こされる光景だった。そしてその並んでいる灯篭が案内してくれた先にはソエの髪色を連想させるような紺色に塗られた大きい建物があちこちに建てられていた。

 

 今俺たちが立っている正門の前からすぐ左側にはなかなか広い池が葉っぱを伸ばした桑に囲われて神秘な雰囲気を醸し出している。俺たちはついその池の輝きに釣られて足を運んだ。桑の緑陰で清い薄緑色に映る池の水面には陽光を浴びてキラキラと赤と白の(うろこ)を輝かせる鯉たちが優雅に泳いでいた。それを見た俺と和は同時に言う。

 

「わあ…、綺麗…!」

「わあ…、うまそう…。」

「え、今なんて…?」

 

 俺の言葉に和は衝撃を受けた顔でこっちを見ていた。

 

「え、うまそうだな~って…。鯉うめえぞ?」

「あっあんな綺麗なお魚さんを食べるなんて…。お魚さんに失礼ですよ!」

「いやあ、失礼も何も…。魚は食いもんだぞ?」

「こんなに綺麗な池で飼っているのですからきっと食用ではありません!」

 

 俺は森に住みながら渓流で魚を釣ることが多かった。魚の見た目に寄らず「魚イコール食い物」と考えていたから彼女の言葉の意味がまるで伝わらなかった。

 

「あんなの飼ってなんになるんだよ…。食いもんで焦らしてんのか?」

「……。海時さん思ったより頭が残念です…。もういいです!佐次郎を返してください。」

 

 俺の発言にどもる癖があった和の活舌が急に別人のように滑らかになった。それに態度といい目線といい滅茶苦茶冷たくなった気がした。俺はまた女の子の新しい一面を見た気がする。

 

「え?いいよ、俺がおんぶするから…。」

「いいから!」

 

と、彼女は無理やり佐次郎を俺の背中から降ろして背負った。そしてそのままみんながいる向こうに行ってしまった。

 

「ええっ…。なんで…?俺また何か間違ったの?聞こえるなら教えてくれ、おっさん。」

 

 なぜか女の子たちは俺と話すと俺を蔑むような目で見る。ソエもそうだった。ソエも。

 

「ソエ…。」

 

 紺色の建物を見るたびに最後に別れた雉山(きじやま)での苦しんでいた彼女の顔が俺の頭から離れられない。ホオズキの屋敷に討ち入った時からこの無駄に豪華な別荘に来るまでずっと彼女のことばっかり考えている気がした。

 

「思わず焦っちゃうな…。」

 

 俺は気を引き締めようと両手で頬っぺたを強くビンタしてみる。

 

パチン!

 

「ソエはきっと大丈夫だ!だって俺よりも(つえ)えし!」

 

 俺は池の前で雁字搦(がんじがら)めになった気持ちを整理した。そして皆が集まっているところへ向かう。道に沿って並んでいる金色の灯籠路を歩くとホオノキの声が聞こえた。

 

「おい、遅いぞ!何ぼさっとしてるんだ!」

「いや、ちょっとな。」

「今大変なことになってる。」

「俺の中ではお前の髭より大変なことはないと思うがな。」

 

 俺はニヤッとホオノキの顔を見た。しかし彼の深刻そうな顔からするにどうやら冗談を挟んでいられる余裕はなさそうだ。俺は笑みを殺して訊く。

 

「俺の仲間のオダマキと佐次郎のやつの怪我がひどすぎてこの別荘にある薬では治せないそうなんだ…。」

「え、本当か?じゃあ、俺らは無駄足を踏んだってこと?」

 

 俺は一瞬キョトンとして目の焦点を失う。そして彼は認めたくない顔をして頷いた。

 

「そう。でも、一つ方法があるそうだ。」

「その方法ってなんだ?」

 

 俺は失った焦点を取り戻して訊いた。

 

「この別荘から少し離れているところに北国のケイリンとの国境地帯があるんだ。その国境地帯から採れるキノコでしか治せないそうだぞ…。」

 

 気持ちの整理をしたばかりと言うのに、また事が厄介な方向へ流れてしまった。

 

「じゃあ、早速採りに行こう。今は一秒も無駄にしたくないんだ。」

 

 すると、ホオノキの後ろからさっきのデカい右大臣とその右には黒ずくめの女の人が俺たちに向かって歩いて来た。

 

「ハハハ、国境地帯の周りにはキギスとケイリン両国の国防軍がびっしり陣取っている。実質的に国境地帯に入ることは許されまい!」

「え、じゃあどうすればいいんだよ、おっさん!」

 

 俺が右大臣にこう訊いた途端、俺の顔に乱れた風が吹いてくると同時に冷たい何かが首の右辺りに当たった。俺の前に立っていた右大臣は左手を黒ずくめの彼女の腕の上に当てていた。そして彼女の腕は俺の方に伸びている。視線を彼女の腕から手に移すと白く綺麗な手に刀を握っていてその刀身が俺の右首を横切る寸前のところで止まっていた。俺は彼女の殺気に冷や汗を掻く。右大臣が彼女の腕を抑えていたおかげで寸止めで終わったんだろう。

 

 右大臣は彼女の腕を抑えながら言う。

 

「刃を引け、シロ。」

「ですが、彼の言動にはいささかの品すらも感じられません。」

「目に見えているものがすべてとは限らないぞ?彼も悪気はないはずだ。だから刃は鞘に納めておくんだな。」

「御意…。」

 

 穏やかな右大臣の説得に彼女は俺の首に当てていた刀を引いて鞘に納めた。

 

——今の動き…全然気づけなかった…。やばいよ、この人…。危うく漏らすところだったぜ…。女(こえ)えぇ…。

 

 彼女が後ろに下がると右大臣はさっきの俺の質問に懇切丁寧答えた。

 

「ハハハ!威嚇(いかく)させてしまってかたじけない。まず、国境地帯は九年前の休戦協定で作られた国境線だ。国境線と言っても紙一重の距離でなく半里(約2㎞)の非武装地帯を間に挟んで戦争の再発防止を図っている。単にバレなければ問題はないが、両国のどちらかの国防軍に見つかるとすれば即席で処刑される起きてだから命が関わる危険なことだ。だが、君たちが吾輩の私兵部隊(しずく)に変装して吾輩の札を哨兵(しょうへい)に提示すれば国防軍の視野が届く範囲内で行動することを許してもらえるはずだ。」

 

 右大臣は懐から雉の紋様が刻まれた青い木の札を出して俺たちに見せた。

 

「あのさ、国境地帯以外のところでそのキノコを採ることはできないの——。」

 

と、俺が訊くと、後ろに下がっていたシロと言う女の人が目に殺意を込めて俺を睨みつけていた。彼女の殺意を感じた俺は、

 

「…ですか…?」

 

と、語尾に付け加え、生まれて初めて敬語を使ってみた。右大臣は朗らかに笑いながら言う。

 

「ハハハ、吾輩の主治医によると彼らの体には冷毒(れいどく)という凍傷のような症状が見られたそうだ。しかしこの症状は氷の神才(しんさい)による被害でなければ年中温暖気候のキギスでかかる病ではあるまい。」

 

 右大臣は片方の腕を組んで手を顎に置いて話を続けた。

 

「あまつさえ、キギスの医療技術は残念ながら十四ヵ国の中でも低い水準だから薬の錠剤に必要な材料も備わってない。特にこの冷毒を治すためにはタルヒギノコというつらら型のキノコが必要なんだがこのキノコがキギスより以北のケイリンや雪国と呼ばれるミドレシアスのような寒い地域でしか採れないから国境地帯でしか得られないわけだ。」

「なんか複雑な事情があるんだな…じゃなくてですね…。じゃあ、今すぐ国境地帯に行ってくるから札を貸してくれ!じゃなくてください!」

 

 俺はちらっとシロの様子をいちいち気にしながら慣れない敬語を言い続けた。俺が戸惑っていると隣で聞いていたホオノキ話に割り込んで右大臣に訊く。

 

「右大臣、|一つお聞きしたいことがあります。」

「何かな?」

「はい、花鳥宴《かちょうえん》の祭中に国境地帯に立ち入ると国防軍に怪しまれるのでは…?」

「ハハハ、相変わらず君は心配性だな、ホオノキ!怪しんでも向こうができることは何一つない!なにせ、吾輩は右大臣だからな!ハハハ!」

「「うわ…国家権力の乱用だ。」」

 

 右大臣は青い札を後ろにいるシロに渡した。そして改めて俺たちに言う。

 

「さ、君たちをこの別荘まで引導してくれた彼女が、我が雫の統括者ツメクサだ!国境地帯までこの子に案内してもらうんだな!あ、ちなみに吾輩はこの子の綺麗な白い髪が印象的でシロと呼んでいる。君たちも仲良くするがよい!ハハハ!」

「不束者ですが、よろしくお願いします。」

 

 シロは礼儀正しく俺たちに頭を下げて挨拶をした。俺はホオノキに耳打ちして聞く。

 

「な、不束者ってなんだ?」

「馬鹿か?あれだよ、あれ…。」

「なに?」

 

 ホオノキは汗を流しながら俺に目を合わせようとしなかった。こいつ、絶対知らないんだ。

 

「てめえも知らねえくせに誰を馬鹿って呼ぶんだ!この馬鹿髭が!!」

「なんだと?!この馬海時(バカイト)が!」

「……の。」

「誰が馬海時だやんのか?こら!」

「なんだと?こら!」

「あの……。」

「表にでろよ、こら!」

「言われんでも出るわ、こら!」

 

と、二人で正門に向かおうとした途端、ヒュン!と後ろから俺とホオノキの顔の間に見覚えのある刃が振り下ろされた。俺たちがゆっくり振り向くと、後ろからシロがさっきよりも殺気を増して殺伐とした目で俺たちを睨みつけていた。そして、彼女が説明する。

 

「不束者とは未熟者という意味です。」

 

 すると俺たちは彼女の気迫に押され、

 

「「こっこちらこそ不束者ですがよろしくお願いします!」」

 

と、反射的に最敬礼をした。右大臣は後ろで笑いながら彼女の左肩に右手を当てて言う。

 

「ハハハ!手柔らかにな、シロ!」

「……。」

「さて、吾輩はそろそろ花鳥宴に戻らねばなるまい。後は頼むぞ?主治医はこの別荘に待機させているから。」

「御意。」

 

 右大臣が厩舎(きゅうしゃ)に向かおうとするとホオノキはまた質問した。

 

「そういえば、今は行事の最中なのでは?!どうしてあなた方が別荘におられるんですか?」

「ハハハ!これは内緒だが、実は吾輩そっくりの影武者を養成してその一人が今行事に参加しておるのだ!年を取ったせいか堅苦しい行事は苦手なんでね!ハハハ!」

 

——え…?右大臣が今大笑いしながらとんでもないことを言い出した気が…。

 

 ホオノキも右大臣の暴露にショックを受けたんだろうか、俺と同じ顔をしていた。右大臣が大声で笑うとシロが困った顔で右大臣を止めた。

 

「クワ様、組織の機密漏洩(ろうせつ)はおやめください。」

 

 屋敷にいた時から今まで一切表情を見せなかった彼女がここまで顔の筋肉を使って表情を見せるのは初めて見た。いや、さっきもあったな。睨みつけられた時と…、睨みつけられた時…。

 

「ハハハ!いかんいかん。今のは忘れてくれ!ではまた会おう、諸君たち!」

「お気をつけてお越しください。」

 

 シロは敬礼をして右大臣を見送った。そしてホオノキはキョトンとした間抜け面で右大臣をただ見据えている。厩舎に赴いていた右大臣はまた方向を変えてこっちに戻ってきた。そして、

 

「あ、一つ言いそびれたことがあった!」

「「はい?」」

「ホオノキ。君の髭、ダサいぞ。剃った方がいい。ンハハハ!!」

 

と、とげのある言葉を何気なく喋って去ってしまった。ホオノキは完全に心を折られて挫折していた。

 

「な、馬海時…。そんなに俺の髭がダサく見えるのか?」

「まあ、恰好良いとは言えないな…。」

 

 俺が気を遣って言うつもりが、さらに落ち込ませてしまい彼の顔に影ができた。

 

——こ、こいつ会ったばかりの時は確かこんなイメージじゃなかったよな…。

 

 後ろに立っていたシロが落ち込んでいるホオノキに肩に手を当てて言う。

 

「大丈夫です。」

「シロちゃん…?」

「ちゃん?!」

 

 急なちゃん付けに俺は目を丸くした。シロは無表情で言葉を補足する。

 

「剃ればいいですから。」

「やっぱりダサいと思ってるんかい…。」

「ぷうっ!ざまみろ、馬鹿髭。」

 

 俺は落ち込んでいるホオノキの姿を見てゲラゲラと笑った。すると、シロは話題を国境地帯の話に移した。

 

「とりあえず、お二人さんは私が案内するところで雫の制服にお着換えください。着替えが終わり次第出で立ちます。」

「おう!」

「承知した。」

 

 そして俺たちは倉庫らしき小屋に案内され、そこで黒い制服に着替えながらホオノキとちょっとした話をする。

 

「そういえば、和のやつは何してんだ?」

「和は右大臣の主治医とオダマキたちを看病している。」

「そうか…。なんか悪いな。お前らまで巻き込んじまって…。」

「これは貸しにしとくからな。ふふふ…。」

「こ~わっ。」

 

 俺たちは着替えを済ませて小屋から出た。俺たちが着替えている間にシロは人数分の馬を出して来ていた。

 

「お二人ともお似合いですね。」

「へへ、そうか?この制服動きやすくて気に入ったぞ!」

「では、出発しましょう。」

「ちょ、ちょっと待った!」

 

 俺は素っ気ない反応をして馬に乗ろうとした彼女を呼び止めた。

 

「どうかなさいましたか?」

「俺って馬乗れないんだよな…。ははは…。」

 

 俺がモジモジしながら言うとホオノキが口を挟んだ。

 

馬海時(バカイト)のくせに馬も乗れねえのかよヴァアカ!キャハハハハ!」

「いや、マジで乗れないんですけど…。」

「なあに馬鹿みたいに怖気づいてるんだ!そんなもん、お尻叩いたら前に進むことになってる!」

 

 隣で煽ってくる髭がうるさい。その時一筋の光が俺の前に差した。シロだった。

 

「怖くないから大丈夫です。海時君。」

「し、シロちゃん…?」

「お前もちゃん付けか~い!」

 

 そして、また彼女は補足する。

 

「もし馬から落ちても私が拾って差し上げますから。でも、横から落ちないよう気つけてください。馬の(ひづめ)に首や大事なあそこを踏まれて死ぬ恐れがありますので。」

「余計に(こえ)えよシロちゃん…。」

 

 シロとホオノキは馬に乗って別荘の裏門に向かった。俺は深呼吸をして黒光りする黒馬の(あぶみ)を踏んで(くら)に座る。

 

「左手で手綱を握って…、さっきお尻叩けって言ったよな?ハッ!」

 

パチッ!

 

 右手で馬のお尻を叩いてみたけど馬は一歩も動こうとしなかった。

 

「あれ?なんで走らないんだ?はっ!ほっ!ほう!はあっ!へい!」

 

 何度尻を叩いても馬は微動だにしない。

 

「おっかしいなあ…。あいつらと何が違うんだ?へいっ!はいっ!はいやっ!!」

 

ヒヒィーン!

 

 「うわああっ!!」

 

 最後の掛け声に馬は別荘中にどよめく(いなな)きとともにパッと前足を上げると、いきなりすごいスピードで走り出した。

 

「ちょ、ちょっとゆっくり走ろう?な?ウマ太郎くん?」

 

ブルルブルル!

 

「ウマ太郎さん?!ちょっとおおっ?」

 

 ウマ太郎は切実な俺の話を無視してただただ前を向いて突っ走る。

 

「ウマ太郎様アアアアアアアアアァッ!!」

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