弐什肆. 『
ソエ
暗闇の空間。それは見慣れた空間だ。
私は自分の名前を忘れたあの日からこの光も風も通らない息苦しい空間での生活を何度も経験してきた。そして今も、私はまたその経験を強いられている。
コトン!ギイィィッ…。
灯りも届かない鉄格子の中。暗闇から分厚い鉄門が重い錠を外して開門される陰々で鈍重な音がこの静寂な空間を一瞬で埋めていき、この鉄格子の中にまで轟く。そしてカツカツと微かに聞こえるヒールの音が、やおらこの鉄格子に近づいてくる。私は鎖に縛られた体を動かして解いてみた。
「無~駄なんだよネ。その鎖は鋼鉄の都と呼ばれる「フェニカス」という国から作られた鋼鉄だから
「ムウゥン!!」
足音の正体は私をこの奴商所に連れ込み、その地下牢に閉じ込めたカンナだった。私は、声は出せたものの口枷を咥えられていたせいで話すことができず喉でほざいていた。すると、鉄格子の外にいたカンナが私を蔑むような目で見下ろしながら言う。
「あなたったら…、もっと大人しくしていたら?女の子らしくないわネ、ほんと。今の恰好じゃまるで狂犬みたいじゃん。」
彼女は鉄格子の前にしゃがんで私に顔を近づけて不気味な笑みを浮かべながら言う。
「あなたたちじゃどう足掻こうともシレネ様には敵わない。すべてが無、駄ッ。こっちは既にあなたたちの行動を全部把握してるからネ~。奴商所の情報力を舐めないでよネ?」
彼女は一人でブツブツと何か独り言を言い始めた。
「ホウセンカ家の親子もちょろい男たちよ。シレネ様の口車にあっさり乗ってこの国中のすべての情報を奴商所に提供してくれてるしネ。ほんと、男って馬鹿。」
——何?今の話…。ホオズキが利用されているってこと?
私はむやみに口走っている彼女の話に両目を丸めて体から力を抜いた。
「あ、そうネ。これ、飲みなさいネ。」
カンナは私の前に竹の水筒を置いて私の口から枷を外してくれた。
「なんなのこれは?」
「あなた、私の
「ふざけないでよね?この水筒の中身が本当に回復薬って信じろっていうの?そんなの信じるわけないでしょ!あなたたち敵だし!この毒薬を薬と見せつけて私を毒殺する算段でしょ?それともなに?今更同じ女の子だからって同情でもしてるつもりかしら?」
私は頭で目の前の竹水筒を倒して彼女の顔を射貫かんばかりに睨みつけた。彼女は私の行動に少し戸惑いを見せる。
「き、聞き捨てならないわネ!毒殺でも同情でもないわ!なんて気の強い女…。本当に気に食わないんだから…。」
私はそのノリで鎖で縛られた体を動かしながら彼女を問い詰める。
「じゃあ、一体何が目的なの?なんで私に薬をくれる?なんでホオズキたちを騙してる?一体この国で何をしようとしてる?早く答えなさい!」
「こっちの手札を教えろってこと?調子に乗らないことネ!あなたがここから得られる情報なんて何一つないんだからネ!」
私の質問攻めに彼女はこう怒鳴りつけて後ろを向いた。そして、
「それから…あなたに死なれちゃ私が困るから…。」
と、小声で答えて彼女はまた暗闇の向こうに消えてしまった。私は呆然と目に力を抜いて無言のまま彼女が闇に呑まれる姿を見据えた。
「なんなのよ…。一体…。」
奴商所に監禁されている名前を持たない混血の子供たちの顔を思い浮かべてみる。そして私は
「海時…。」