FLOWORLD〜美しさの持ち主〜   作:まさのりくん

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弐什伍 キギスの真実

弐什伍. 『キギスの真実』

 

ホオノキ

 

 地軸を揺るがすばかりの馬の蹄の音が静寂を押し破り砂煙を上げて猛々しく近づいてくる。砂煙からは陽炎のようにうじゃじゃけた影が悲鳴を上げている。そしてその悲鳴も蹄の音とともに近づいてきた。

 

「ウアアアアッ!!」

「かっ海時(カイト)?!」

 

 海時が付いて来ないから裏門の前でシロちゃんと馬を止めて待っていたのに、奴は馬に乗じたまま俺たちを抜け駆けて前を突っ走っていってしまった。しかし…。

 

「あのさ、シロちゃん。」

「はい。」

「あいつが向かってる方向で合ってるかい?」

「いいえ、私たちが向かうところは北西ですのであの道を走らねばなりません。」

 

 彼女は西の方に指を差して言った。

 

「へえ、そうなんだ。じゃなくて!先にあいつ止めないと!」

「ちなみに、彼が乗っている黒馬はここにいる馬より速いです。」

「何であいつにそんな贅沢させてくれてるんだ!とりあえず追うぞ!おおおい!!海時!待ちやがれ!」

 

 俺は急いで馬を走らせるシロちゃんも無表情のまま俺の後ろをついてきた。

 

「ったくよ…。余計な体力を使うんじゃねえ!馬海時(バカイト)こんちきしょう…。」

「し…しし…。」

「し?」

「死ぬかと思った…。」

 

 海時はくたびれた顔で倒れかけていた。俺は馬から降りて彼に言った。

 

「今時馬も乗れないなんて笑えないぜ?この馬に乗れよ。」

「え、何が違うんだ?」

 

 海時は黒馬と俺の馬を交互に見ながら言った。

 

「その黒馬がここにいる馬の中で一番足が速いらしいぞ?さっきみたいな目に遭いたくなきゃ今変わった方がいいぞ。」

「まじか…。うーん…。いや、でもウマ太郎でいいんだ。」

 

 ウマ太郎って誰のことだろう。

 

「「ウマ太郎?」」

 

 俺と同じことを考えていたのだろうか、シロちゃんも俺と同じ反応を見せた。

 

「あ、馬の名前だぜ!ウマ太郎くん!」

「お前の馬鹿っぷりにはもう飽き飽きなんだよ。そいつが気に入ったのは別にいいんだけどさ、これ以上俺たちに苦労させんなよ?」

「おう!任せとけって!」

 

 本当に任せてもいいんだろうか…。俺は不安な気持ちを抱いて馬に乗った。

 

「では、行きます。」

「「おう!」」

 

 俺たちはシロちゃんの冷たい言葉にもすっかり馴染んで彼女の後を追って馬を走らせた。

 

 暫くシロちゃんの後ろで海時と走っていると海時が俺に声をかけた。

 

「ホオノキ。」

「ん?」

「もう話してくれよ。屋敷の前で言ってたこと。」

 

 海時は真摯な顔で俺を見つめていた。俺は頭の中から昔のことを整理して話を始める。

 

「あ、それか…。お前がどこまで知っているかは分からないけど、順を追って話す。九年前、キギスは北国のケイリンとの二十年をも続けた長い戦争がようやく終止符を打った。ケイリンが戦争で勝ったんだ。今の西洋図を見ると二十年前のキギスの領土の半分がケイリンの領土と表記されてるぞ。」

「戦争が二十年も続いてたんだ…。全然知らなかった。でも、ケイリンが戦争で勝ったのに何でこの国は今も存在してるんだ?」

 

 海時は眉をひそめながら訊く。

 

「確かに戦争はケイリン勝った。けど、キギスはちょうどその頃ケイリンの東に隣接しているロンジンと言う国と同盟を結んだんだ。」

「同盟?」

「そう。俺の父、ホウセンカは昔この国の太政大臣でな。この国の存続のために俺をロンジンに送ったのさ。お陰で俺はガキの頃からロンジンの赤金城で留学をしてて両国ののパイプとして役割を全うしてたんだ。ロンジンは世界の中心にある国だから軍事力はもちろん学問も技術も芸術もどれ一つ劣らない世界列強の一つだったから、この国と同盟を組んでケイリンの南下を阻止するつもりだった。」

「それで国は守れたってこと?」

「その通り。間一髪だったけど両国の同盟のお陰でケイリンとキギスは休戦協定を結んだ。その後、北東部の牛溝(うしみぞ)という湾岸を基準に西へ国境線を引いた。その時俺はやっと平和がやってきたと感心したんだけど、問題はそこからだった…。」

 

ゴクリッ。

 

海時が固唾を呑んで俺の話に耳を傾ける。俺は休戦して間もない頃を思い浮かべて話した。

 

「東洋の国からドクターと呼ばれる科学者がキギスにやってきた。」

「ドクター?」

「ああ、なぜわざわざ遠く離れている西洋の最西端にあるキギスにやってきたのか俺は分からなかった。そのドクターって人はある研究のことを花王(かおう)ハギと俺の父に紹介した。」

「研究?どんなんだ?」

遺伝子操作(クリスパー)ですね。」

 

 先頭を走りながら聞いていたシロちゃんが割り込んで答えた。

 

「そ、そう。遺伝子操作(クリスパー)の研究。いわゆる突然変異の生命体を作り出す研究だよ。」

「と、突然変異ってなんだ…?」

 

 海時はまた顔に(しわ)を作って俺に訊いた。

 

「常識から切り離された生命のことだよ。俺たちみたいな人間でありながら人間の姿ではない形をしているとか、あるいは人間なのに神才(しんさい)が使えるとか…。そういうことを突然変異と呼ぶんだ。」

「俺みたいな半神(デミゴッド)とはまた違うのか?」

「そうだな。お前ら半神は根っから人間と神の血を両方持っている生命体だ。だからどれも本来の半分程度にしか力を発揮できないどっちつかずの生命体なんだ。」

 

 俺の言葉に彼は少々しょんぼりした顔で言う。

 

「お、おい…言葉に(とげ)があるように感じるぞ…。」

「まあ、でも突然変異はそんな仕組みじゃないんだ。半神は人間と神の血を半分ずつ持ってるから固体を二通りに分離させることが可能だけど、突然変異はそれ自体が一つの個体となって分離できない。まるで新しい種族のようにな。」

「新しい種族…。でも半神も新しい種族だろ…?」

 

海時がやけにひるんでいるように見えた。

 

——こんな無鉄砲なやつでも自分が半神であることにはまだ自信がないんだな。

 

 俺は海時を元気づけるために頭の中のあらゆる語彙を取り出して口に出してみる。

 

「半神は新しい種族じゃねえよ、馬鹿。」

「ん…?」

「半神は人間と神の親から生まれた子供にすぎない。だから人間の家族でもあるし神の家族でもある。分離された二つの種族を結べる唯一の存在かもな。」

「そっか…。」

 

 彼は安堵したんだろうかニヤッと笑みを浮かべた。

 

「おっと、話が逸れてしまった。そのドクターは遺伝子操作(クリスパー)で突然変異の軍団を作ればケイリンを征服できると言い出したんだ。人間をふんぞり変える憎き神どもを人間の手で裁く力だなんだで花王と父はその提案に乗ってしまった…。」

「それって何か問題でもあんのか?」

「あるに決まってる!この国は奴隷制度があるだろ?キギス一番の奴隷商といえば全国に活動領域を広めているシレネの奴商所(どしょうじょ)だ。」

 

 俺は声を上げて言った。そのせいで激しく揺れている馬の上で舌を噛みそうになった。海時は渋面を作って言う。

 

「奴商所…!ソエを掻っ攫った奴らだ!」

「半神の奴隷を売ることで利益を上げていた彼らが今ここまで巨大な組織になったのは政府の息が掛かっていたからだ。政府の斡旋で奴商所の奴隷を実験体としてキギス城の科学棟やドクターのところへ直接売り渡すようになったのさ。

「奴隷をそんな実験に使うためにか…。」

 

 俺も当時は彼と同じ反応だった。その悪事を俺は今も忘れられない。

 

「もちろん当時はこの研究に反発する科学者たちが数多くいたよ。でも六年前、研究に反する科学者は皆粛清されてしまった…。キギス随一の科学者と称えられていたシャガ夫婦もその犠牲者になったな…。」

「い、今なんて…?」

「ん?研究に反対していた科学者たちが粛清されたってば。」

「そんな…。」

 

 海時は科学者の粛清の話に過敏反応を見せた。科学者の中に知り合いでもあるんだろうか。

 

「奴商所の奴らは奴隷がどんどん売れていくから金に目が狂っちまった。その結果、奴隷の範疇(はんちゅう)神族(しんぞく)を付け加えて、今度は同じ同胞である人族(じんぞく)にまで手を出して奴隷にしてしまう事態になったんだよ。ったく…気味が悪い話だぜ…。」

「ソエが捕まったのもそのせいかな…。」

「理由がどうであれ、あいつらがやろうとしていることは止めるべきだろ。今の朝廷は父の意志に賛成している左翼側の連中に掌握されているからこれを阻止しなけりゃ再び戦争が起こる…。」

「でも、どう止めるんだ?」

 

 彼の質問に俺はシロちゃんの様子を(うかが)いながら説明を始めた。

 

「とりあえず俺は実情をすべて知っている右大臣と手を組んで鳥之都(とりのみやこ)に接近する神族と半神を山で脅して送り返してたけど…。」

「ホオノキ様、それ以上は機密事項です。口を慎んでください。」

 

 やはり機密事項でシロちゃんに怒られた。いや、あまりにも彼女の口調にイントネーションがなさすぎて怒っているのかどうかは区別もつかないけど…。

 

「ご、ごめん…。って言うわけで詳しくは言えない。」

「チェッ…。ケチだな。」

 

 海時が口を尖らせるとシロちゃんは前方を向いたまま言う。

 

「もう直国境地帯に着きます。」

「意外と早くない?喋りながら移動してたらあっという間にだったな!」

「そうですね。とにかくあそこに見える(やぐら)が見えますか?」

 

 彼女は俺たちが進む道の先へ指を差しながら海時に訊いた。

 

「おう、結構あるな…。この櫓の列どこまで続いてんだ?」

「東から西まで一定間隔で櫓が建てられています。あそこの赤い旗が掲げられている櫓の方に非武装地帯の扉があります。」

 

 彼女が指さす西側の黒い櫓には三十尺(約10m)以上はありそうな真っ赤な旗が北東風に翩翻(へんぽん)と翻っていた。旗には紺色と黄色で雉の紋様が描かれてあった。あれはキギスの国旗だ。右大臣からもらった青い木の札にも同じ紋様が刻まれてある。隣で旗を見上げていた海時が言う。

 

「でっけえ旗だな…。恰好いい!」

「おい、馬海時(バカイト)。国境地帯で阿呆(あほう)な真似すんなよ?」

「阿呆って…。お前にだけは言われたくねえんだよ。クソヒゲ。」

 

 このクソガキ。相変わらず生意気だぜ。

 

「んだと?こら!」

「やんのか?こら!」

「お二人ともいい加減にしてください。切り殺しますよ。」

 

 これだ。彼女が怒る時の顔…。彼女は今でも俺たちを切り裂かんばかりの眼差しを送っていた。

 

「「ごめんなさい…。」」

「とにかく国防軍の前では私のことを(しずく)様と呼んでください。」

「「雫様…?」」

「これが雫の決まりです。」

 

 国境地帯だけに言動には十分に注意しろってことだろう。(あまつさ)え、今は花鳥宴(かちょうえん)の真っ最中だからな。不審者と思われがちだ。

 

「承知した!」

「おう!分かったぜ!雫様!」

「それから敬語でお願いします。」

 

 シロちゃんの注意に海時はグズグズとぼやく。でも、これは彼が敬語を身に着けるのにもってこいの機会だと思った。

 

「え…?嘘だろ?嫌だよ!気持ち悪い。」

「そうだな、この世に存在する無礼という無礼を全て呑み込んだくらいお前の口調はひどいぞ。下品極まりない。そのままだときっとすぐバレちまうだろうな。」

「だって、敬語なんか今まで使ったことねえんだよ…。」

「この世界を生きていくためには必要なことだぞ?生きるための処世術と思ってこのうちに敬語を使う癖を付けとけ!」

「はあ…。外界ってなんでこんなにしんどいことばっかすんだ…。」

 

 俺たちはシロちゃんから注意事項を聞いて旗が掲げられている櫓の方へ向かった。そこには東西に延びた果て知らぬ鉄条網の入り口があった。俺たちは馬から降りて入り口に近づくと櫓の上で歩哨(ほしょう)を立っていた哨兵(しょうへい)が降りてきて俺たちを警戒した。

 

「何やつだ貴様ら!」

 

 シロちゃんが前に立って言う。

 

「雫です。しばし非武装地帯の内部調査を行ってもよろしいでしょうか。」

「この時期に何の調査だ?というか、本当に右大臣が送ったやつらなのか?」

 

 ——だろうな。タイミングがわるすぎるぜ…。

 

 

 

「こちらの札で。」

 

 シロちゃんは懐から右大臣からもらった札を哨兵に見せた。

 

「青い木札に雉紋様…。本物だな。入るのを許可するが、あそこに立てられてある標識を超えるな。」

「超えるとどうなる?…のですか?」

 

 哨兵の警告に海時が(いぶか)しい敬語で馬鹿な質問をし出した。

 

越北(えつほく)従者とみなす。」

「それってつまり…?」

「敵とみなすということだ!」

「ひぃッ…!」

 

 海時が脅されるとシロちゃんは彼のことを無視して平然と扉の前に立つ。

 

「では、しばし失礼いたします。」

「早く済ませろよ。」

「はい。」

 

 憂慮していたよりもすんなりと非武装地帯に入られて俺は右大臣の顔を思い浮かべる。こういう時にこそ権力の怖さがリアルに伝わる…。海時の様子を見ると…相変わらず何も考えてない間抜け面だ。

 

「実際見ると怖いな…。休戦中なのにこんなに厳重なのか…。」

「当たり前だろ?完全に戦争が終わってるわけじゃないから。休戦はたっだ紙一枚でで結ばれた薄っぺらいもんだからいつ侵攻されても可笑しくないよ。」

「でも約束したんだろ?戦争しないって。」

「ヒトのことは誰も知らないぞ。裏切りはいつどこにでも現れるからさ。だから世の中を生きていくには誰も信用しないのが一番いい選択肢かもな。まあ、俺には無理だけど…。」

「俺もそんな考えはできないな…。」

 

 俺たちがぼさっとしているとシロちゃんは俺たちの間を横切って向こうの青ばんでいる木に指を差して言う。

 

「あそこの樹木にタルヒギノコが生えています。」

「どこだ?」

 

 海時の喋り方にシロちゃんは目つきを変える。

 

「敬語。」

「ですか…。」

 

——いちいち反応するのもつらいとおもいますぜ?雫様。

 

 シロちゃんはその木から生えた尖ったつらら模様のキノコをもぎ取って俺たちに見せた。

 

「これです。」

「すごい!俺が住んでた森では見たことない形だぞ!この木の色も不思議だな。」

「標識に近いので注意しながら採集してください。」

「おう!…じゃなくて、はい!」

 

 青ばんだ木はほとんどが標識の近くにあしかなくて随分と苦労を掛けてくれた。俺たちは一旦別れてタルヒギノコを集めてからここに集まることにした。そして三十分が経過した。俺たちは集めて来たキノコを互いに見せて数を数えた。海時がため息をつく。

 

「はあ、意外と少ないな。」

「まあ、こんなもんだろ。」

「三人で十四個ですね。解毒剤を作るのには十分な数だと思います。では、戻りましょう。」

「「はい!」」

 

 俺たちはキノコを袋に入れて隠したまま非武装地帯から出て来た。俺たちがタルヒギノコを採集している間に哨兵が交代されていて検問を受けることもなく無事に事を済ませることができた。シロちゃんは馬のところへ足を運んだ。後を追っていた俺たちも小走りで馬を停めておいた場所に向かった。海時は満足した顔で言う。

 

「なんかことが順調に進んでるな!」

「はあ?ばかだな本当に。ここに来た時点でもう順調とはいえないんじゃねえのか?」

「あ、そうだった…。うあああ!時間がもったいない!!」

「お二人ともお静かに。私語はここを離れてからお願いします。」

「「はい…。」」

 

 そうやってすぐ熱くなる俺と海時を毎回シロちゃんが冷たい態度で冷やしてくれた。櫓の近くに停めた馬のところに着き、馬に乗っ別荘に戻った。もちろん道案内はシロちゃんにお願いして。早くオダマキを治してあげないと…。

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