幾許かの沈黙と時間が流れ、雪ノ下の言動をようやっと理解する。雪ノ下は俺から視線を外さないままでいる。由比ヶ浜はまだ再起動中だった。
「……雪ノ下は、どこで寝るんだ?」
「私のベッドよ」
「由比ヶ浜は?」
「私のベッドよ」
「…………お前、ベッドを複数持ってたりするのか?」
「私、一人暮らしなのよ。一つあれば十分でしょう」
言葉が足りないだけなのかと見落としの可能性をあらん限りに探ってみたが、どれにも否定が返ってくる。そうして雪ノ下は一歩、こちらに踏み込んでくる。
「三人で一緒に、寝ましょう」
「お前、それは……」
「……ああ、ごめんなさい。言葉が足りなかったわ」
雪ノ下は足を止め、手を組み、真剣な目つきを和らげてはにかむ。
「子どものように手を繋いで、寄り添ってただ眠るだけ」
「ゆきのん……」
「きっと、とても気持ちいいから」
雪ノ下は目を閉じて、陶酔したように柔らかく笑む。その仕草が彼女を酷く幼く見せていた。
「……その、これでも非常識なことを言ってるのは分かっているつもり。どうしても無理なら、比企谷くん用の布団も用意してあるから……」
組んだ手を解いて、雪ノ下は俺たちを窺ってくる。どう考えたってこれは男の俺より由比ヶ浜の意志の方が万倍重要だ。雪ノ下がこれを是としても、俺がそれを肯んじても、由比ヶ浜が否と言えば成立しないし、させてはいけない。俺も由比ヶ浜を探るように見てしまう。
由比ヶ浜は雪ノ下を見て、俺を見て、一つ深呼吸をする。そして。
「あたしは……いいよ」
「由比ヶ浜さん……」
「あたしもゆきのんとヒッキーと一緒に寝たい。今日は、二人と離れたくない……かな」
由比ヶ浜はそう言って、自身の左腕を掴み、抱き寄せる。その脳裏に浮かぶのは先程の強烈な抱擁だろうか。照れと艷と緊張と恥じらいと、雑多な感情が混じった表情で佇む彼女が、心奪われるほどに大人びて見えた。
……雪ノ下は今日は放すつもりはないと言った。由比ヶ浜は今日は離れたくないと言った。どこか生き急いでいるような二人の言動。自覚的にせよ無意識にせよ、今日のいつかに訪れる決着を恐れ、抗うものでもあるのだろう。最悪の結末を迎えても、失くしてしまった宝物を思い出に慈しみ、先を生きる糧とするために。少なくとも、今日の俺にそういった側面は間違いなくある。今の俺は二人と分かたれて平然と生きていられるほど、強くはなくなった。弱くなれた。二人のおかげで。
ああなんだ。つまり。
「俺も……離れたく……ない」
「比企谷くん……」
「ヒッキー」
たったそれだけのことだった。
今日で決着を付けるとしても。それまでに抱えきれないほどの思い出を詰め込んで。
間近にある終わりが逃れられなくても。せめて一人でも生きていけるようにと。