完璧な三角関係   作:サンダーソード

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第11話

 雪ノ下の寝室。部屋中がパンさんで埋まっているかと思いきや、そんなこともなく。シンプルな調度品で設えられた部屋は、実に雪ノ下らしいものだった。

 一人用には少し大きめのベッド。身長を超える本棚と備え付けのクローゼット。本棚よりも大きな窓は雨戸と遮光カーテンで外界と隔てられ、白んできたであろう朝の光を通さないでいる。飾り気のない机に参考書が並び、その端に一つだけパンさんのぬいぐるみが置かれていた。……つーかこれ、いつかにゲーセンで店員さんに取ってもらったぬいぐるみなんじゃ……。

 恐らく雪ノ下が一人で最も長い時間を過ごしている空間。この部屋に足を踏み入れた瞬間から彼女の香りが強まって、嗅覚から興奮が蓄積されていく。

 その雪ノ下本人は、努めて無表情で一足先にベッドに入る。ただ、耳まで赤くなっているせいでその努力が実っているとは言いがたかった。スプリングの軋む軽い音が、これからの非日常な行為をいやが上にも意識させてくる。

「比企谷くん」

「…………おう」

 布団を肩に掛け横座りする雪ノ下に呼ばれるままに、緊張で強張った身体を動かし彼女に近付いていく。縁に手をかけ膝からゆっくり載せていくと、雪ノ下のときより数段重い音を立ててベッドが沈む。

「……俺が真ん中なんだな」

「そうでないと、あなたに潰されてしまうもの。……それも悪くはないかもしれないけれど」

「……は?」

「……由比ヶ浜さん」

「うん」

 ベッドを軋ませながら片膝で座り直して由比ヶ浜を見ると、のぼせ上がったような表情で近付いてくる。少し息が荒れているのは、彼女もまたこの先を意識してしまっているからだろうと思う。

 両膝をベッドの下端に伸ばして由比ヶ浜の座るスペースを開けると、彼女もベッドに手をついて俺の隣に鎮座した。右側には由比ヶ浜、左側には雪ノ下、二人に挟まれてベッドの上。思ってたよりずっとヤバイなこれ。多分俺むっちゃ顔赤くなってる。

「……じゃあ」

「……おう」

「……うん」

 曖昧な雪ノ下の促しに漠然と答えて、ぎこちなく身体を仰臥させる。右手の由比ヶ浜もゆっくりと横たわり、おずおずと俺の手指に自分のそれを絡めてくる。

「由比ヶ浜さん」

 一人まだ座っていた雪ノ下は、肩に掛けていた布団の片端を由比ヶ浜に手渡す。布団が俺を横断し、ふわりと掛かる。そして雪ノ下もそっと横に添い……添……え……?

「んっ……」

「ゆ……きの……した?」

「ゆきのん……?」

 雪ノ下が、仰向けた俺の左半身に己の身体を擦り付けながら、俯せにのしかかってくる。薄いパジャマの生地越しに、雪ノ下のしなやかな柔らかさがダイレクトに伝わる。

「な……にを……して……」

 もぞもぞと動きながらある程度安定する位置を見つけたのか、硬直する俺の左肩に頬を載せて雪ノ下は呟く。

「……こうしないと……由比ヶ浜さんと……寄り添えないもの」

「は……?」

「え……」

 由比ヶ浜は思わず、といった勢いで布団を跳ね上げ身体を起こし、声を漏らす。そして半分ずれて俺と重なる雪ノ下を凝視して、ボンッと顔を赤くする。

「ゆきのん、それって……」

「……三人で、寄り添って、手を繋いで、眠るの。本当に、それだけなの……」

「それだけって、お前……」

 雪ノ下の熱と重みが、彼女の存在が確かにあることを、固まった俺の身体に伝えてくる。普段雪ノ下が寝ている布団にはただでさえ彼女の匂いが染み付いているのに、至近距離から窺ってくる雪ノ下の吐息が殊更意識をそちらに誘導してくる。なんで雪ノ下ってこんないい匂いするんだよ。

「寄り添って……」

 由比ヶ浜は熱に浮かされたような表情でかすれるように呟き、俺の胸板に右手をつく。そのまま手を滑らせるようにしなだれかかってきて、俺の右半身に倒れ込む。接触の際に、ふにゅん、とそのたわわな果実が柔らかに潰れ、破滅的なまでの快感を与えてくる。さっき雪ノ下が言った俺に潰されてしまうってのはこういう意味か、と二人に半分ずつのしかかられながら理解した。

 この布団に包まれながら唯一雪ノ下の匂いとは別の香りを発する由比ヶ浜だが、それが興奮を醒まさせるかというと全くそんなことはなく、むしろ相乗で昂ぶらせてくる一方だ。

 雪ノ下と由比ヶ浜が俺の目の前で指を絡めて、手を繋ぐ。完成した恋人繋ぎを確認して二人は目で笑い、流れのままに俺を見る。……子供のように手を繋いで、か。

 二人が枕代わりにしている両肩をなるべく動かさないように、彼女たちの手を探って腕を這わせる。と、右手に当たる柔らかく暖かな感触。俺からの接触が想定外だったのか、由比ヶ浜は触れた瞬間にピクンと跳ね、すぐに包むようにぎゅっと握ってきた。彼女は頬を赤くして笑顔を見せてくれたのだが、俺はやんわりとそれを振りほどく。笑顔が一瞬驚愕に変わるが、更に別の何かに変わる前に、由比ヶ浜が雪ノ下とやっていたように手指を絡めていく。彼女の表情が悲しみに彩られるより先に、前以上の笑顔に変えられたことに満足する。

 それを確認したのか、雪ノ下はサイドチェストから何らかのリモコンを取り出し、操作する。部屋の灯りが消え、鼻を摘まれても分からないほどの暗闇に包まれた。視覚が閉ざされることで他の五感が鋭敏になる。全身に感じる重みと温もりも、二人から漂う香りも幽かな息遣いも、たった十秒前と比べても段違いに生々しく感じられた。

 雪ノ下を求めて這い回っていた左手が彼女の腕にパジャマ越しに触れ、雪ノ下はその感触を頼りに俺の手を取る。二人の指が絡み合い、一つの塊が出来上がる。もう雪ノ下の顔も見ることは出来ないけれど、由比ヶ浜のように笑ってくれていたらいいと願う。

「……心地いいわ」

「うん……なんか……すっごく安心する……」

 二人の熱い吐息を両の肩に感じながら、その言葉に心の中で同意する。見えずとも三人の手が輪となり繋がっているということが、不思議な安堵を与えてくれる。

 ただその、僅かに身動ぎするだけでも乗っかった二人の身体が擦れ合って心地いいというか気持ちいいというか、どうしてもそういうものも頭をもたげてきてしまう。落ち着こうとして深く息を吸うと、それ自体が胸部腹部を膨らませてつまりそういうことになる。

 安堵も心地よさも気持ちよさも全部真実だからこそ、ないまぜになって制御できなくなるというか。まあ、ぶっちゃけると。

「正直、寝られる気がしないんだが……」

「あー……あはは」

 由比ヶ浜のはぐらかすような笑いが耳と密着した胸からダイレクトに伝わってくる。こんな状況で何も感じずスヤァ出来るほど達観もしてなければ枯れてもないわ……!

「別に、無理に眠る必要もないわ。したいことをしましょう。眠くなるまでおはなしして、眠くなったら眠ればいいの」

 すぐ左から聞こえるその声自体が熱っぽく揺れている。

 無理をするなという当人が無理をしているのがばればれで。右側からは押し殺した苦笑の気配が感じられた。

 やわやわと、雪ノ下の手を握ってみる。俺の抱える安堵が伝わればいいと、そう思って。一瞬驚いたような硬直があったが、すぐに力を抜いておずおずと握り返してくれる。

 由比ヶ浜にも、同じようにふにふにと握ってみる。この安らぎが輪になって巡ってほしいと、そう願って。

 はぁ、と熱の塊のような吐息を右肩に感じ、きゅっ、きゅっ、と握り返してくれる。

 しかしこいつらの手、本っ当にすべすべなんだよな。俺なんかが触れていいのかと思う反面、俺以外の誰にも触れてほしくないと剥き身の独占欲に塗れる度し難さ。

 彼女たちはきっと、ずっと共にいた俺だからこそここまで触れることを許してくれている。だが俺に本当にそんな価値があるのかということを考えると、無思慮に肯んずることなんてとても出来ない。

 ぎゅっ、と。両の手が握られる感触に、落ち込んでいた思考を引っ張り上げられる。

 二人から、言葉はなかった。でも、握られた手はそれよりも雄弁で。

 俺は手をそろそろと握り返す。二人もまた、ゆるゆると握り返してくれる。

 お互いの体温を分け合い、安堵を巡らせ、愛おしさを育み。

 そして……。

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