ふと、雪ノ下が閉じていた目を音もなく開く。呼応して、俺も由比ヶ浜も雪ノ下に顔を向ける。……由比ヶ浜、ちゃんと見えてたのな。
雪ノ下はゆるりと俺たちを見渡して、口を開いた。
「もうすぐ、終わるわね……」
その言葉に、自然と視線が時計に向く。せっかちな時計は、足早に最後の一時間を踏み越えようとしていた。
今日が、終わる。雪ノ下の誕生日が。
「……ねえ、比企谷くん。最後の前に、少し時間を貰えないかしら」
「ん……。そりゃ勿論構わねーけど、どうした?」
「その……出来れば、汗を流しておきたいの。きっと、由比ヶ浜さんも……」
雪ノ下の視線と言葉が由比ヶ浜を向く。それにつられて俺のも向けると、由比ヶ浜は自分の身を片腕で抱き、少しだけ頬を赤くして頷いた。
「私たちも女の子だもの。人生で一番大切なときには、身綺麗にしていたいと思うわ」
「……ああ、そうか。さすがにパジャマのままじゃあな」
よく似合ってはいるけれど。まあそもそも何着たって似合うような奴らだしな。つーか俺もお揃いのパジャマを着て、共にした寝所で一緒に汗をかいてるんだけど……自分で考えといてアレだが、この言い回し他人に聞かれたら十割誤解しか産まねえな……。
「……そうね。察しても口に出さないでいてくれれば及第点だったのだけれど」
なんか雪ノ下も少しだけ頬を染めている。ついでに軽くにらみつけられた。え、パジャマって恥ずかしいの? 休みの日とか日がな一日パジャマのままでいたりすることあるよね? ああ、だからそういう日の小町の目が厳しかったのか。
「そういう気遣い俺に期待してくれるな。分かってんだろ」
「ええ、十分に分かってるわ。私も由比ヶ浜さんも」
「あはは……。まあ、ヒッキーだしね」
理解の深いお二人に涙が出そうですよ。デリカシーって何? 食えんの?
「……うん、でも、ヒッキーだから。女心分かんなくても、いいところいっぱいあるってこともあたしたちは知ってるよ」
「そうね。赤点だからどうしろ、というつもりもないのだし。……まあ、数学のように頭から捨てられてしまうとさすがに困るけれど」
……その理解と許容に、頬が染まった自覚はある。些か買い被りではないかとは思うが、他ならぬ彼女たちの評価がそうであることに、抑えきれない喜びが熱と共に込み上がってくる。
「……過大評価じゃ」
「ないよ」
照れ隠し半分の茶々を入れ終える前に、語末をきっぱりと打ち落とされた。
気恥ずかしさに逸らしていた目線を思わず戻すと、微笑みながらも真剣な目をした由比ヶ浜と目が合った。その視線の強さに、我とは無しに気圧される。
「むしろあなた自身の過小評価を自覚しなさい」
二人の断言に二の句が継げない。彼女たちの凜とした態度や真摯な視線が、短い言葉を万言よりも雄弁にしている。
二人が俺の言葉を待っている。だが、上手い言葉が見つからず、結局。
「…………そう、か」
そんな風に、曖昧な返事で有耶無耶にするように答えてしまう。
「うん、そうだ」
「ええ、そうよ」
それでも嬉しそうに肯定を重ねてくる彼女たちに、また一つ募らせるものが増える結果となったのだった。