「それで、比企谷くんはどうするの?」
「どうって……ああ、風呂か」
そうだな。二人がこのままで良ければ俺もそれで良かったけど、さすがに一人だけパジャマというのはよろしくない。
男の子だって、人生で一番大切なときくらいは身綺麗にしたいものだ。
「俺も入りたい……が、ちょっとわがまま聞いちゃくれんか?」
「どういうこと?」
「いや……先に入らせて貰えないでしょうか、という」
昨夜というか今朝というか、寝る前のシャワータイムでの経験則が彼女たちの後に入るとやばいよ! って警鐘を鳴らしてる。そりゃもうガンガンに。
「それは構わないけれど……どうして?」
だよね聞くよね意味分かんないもんね。……言いたくねえなあ。
「あー……その、だな……。お前らの後、に風呂入るの……その、落ち着かねえ……んだわ」
絞り出した言葉を聞いて、二人の頬が朱に染まる。
「そ……そう。分かったわ。それなら、お先にどうぞ」
由比ヶ浜もこくこくと同意の頷きを送っている。……だから言いたくなかったんだよ畜生。こいつらで昂ぶってたの完全にばれちまったじゃねえか。
「お、おう……。悪いな」
彼女たちの顔を見ないようにして、のっそりと立ち上がる。何故って見たら俺の顔がもっと赤くなるからだよ。ほら二人が顔赤くしてること考えただけでまた頭が熱くなった。熱暴走でも起こしそうだ。
二人からの眼差しを背中に受けながら、俺はリビングのドアを潜っていった。
脱衣所の扉を潜り、雪ノ下の選んだパジャマを脱いで、洗濯機の蓋に手をかけたところで硬直し、思い直して脱衣かごに放り込む。放り込んだはいいけどやっぱり気になって取り出して畳んで入れ直し、幾分緊張気味に曇りガラスの折り戸を開く。
果たして中の空気は乾いており、前回のように暴力的なまでの甘い香りに包まれて沈静に全てを費やすような真似はしなくて済みそうだった。
しかし考えてみれば雪ノ下のバスルームでシャワーを浴びるという状況だけをとっても十分に本能を刺激するものなのに、感覚の方も今日一日で随分狂ったものだと思う。そんでそういうこと考えなくて済むように先に風呂譲って貰ったのに何で俺は自爆してるんでしょうね? 馬鹿なの? 馬鹿だね。
全く、この場所は考え事をするのに向かなくて困る。前回の焼き直しのようにシャワーを全開にして頭から打たれ、長大息一つ。一度浮かんだ思考に引っ張られて、誰より魅力的な彼女たちを自然に辿ってしまう思考を堰き止める。
決着が、近いのだ。
余事、などとは口が裂けても言えないどころかむしろ彼女たちこそ事の核だが、その色香に惑ってる場合ではない。……それが分かればスパッと切り分けられるってんならミニマム滝行もどきなんぞする必要はないんだがな。理性の化け物なんぞとっくに彼女たちに討ち滅ぼされて屍を晒しとるわ。
二人が笑顔で俺を呼ぶだけで内心浮つく今の俺に。
「ヒッキー?」
「っ!?」
空想と現実が一瞬地続きになり、現実への対応がその分遅れる。何で由比ヶ浜が!?
とっさに振り向こうとする意識に身体がついて行かず、バランス崩して椅子から転げ落ちそうになるも危ういところでタイルに手をついて転倒を免れる。
今の間抜けな姿由比ヶ浜に見られたら舌噛んで死ねるな。曇りガラス様々だ。
「ゆきのんがヒッキーの服、アイロンかけてくれたからここ置いとくね?」
「あ、ああ……」
めっちゃびびった……。今考えてたことが全部吹っ飛んだわ……。いや何一つ進展してなくて袋小路でぐるんぐるん迷走してただけだけど……。
しかし昨日、もとい今日、ずっと一緒に居たのに一体どのタイミングで洗濯とかしてたんだ? 雪ノ下の処理能力改めて半端ねえな……。こっそりブラウニーでも飼い慣らしてたりしないか?
「はぁ……」
一旦途切れた思考があらぬ方向に伸び始めたのを溜息で押し流す。
汗も流せたし、もう上がろうか。さっきかいた冷汗と脂汗だけ、改めて流してから。
× × ×
着る段になって、雪ノ下がアイロンかけてくれたって事実に言葉にし難い滾りを感じてしまう。一つ深呼吸を挟んでそれを祓い、リビングまで戻った。
二人は肩寄せ合って、極めて和やかに語らっていた。平穏を絵に描いたような彼女たちの視線を受けると、やはり頬が緩む。
「お待たせ」
「んーん。全然」
にこっと笑って返してくれる由比ヶ浜は立ち上がり、雪ノ下に手を差し出す。
その手を受けて雪ノ下も立ち上がり、そのまま俺に視線を送ってきた。そういやアイロンはもう片付けたみたいだな。
「比企谷くんは先に私の部屋に行っていて。最後は、そこで迎えたいから」
「おう……って、え?」
「行きましょう、由比ヶ浜さん」
「うん。ヒッキー、また後で」
予想を外れた言葉に硬直していると、彼女たちは連れだってリビングを出てしまう。
「雪ノ下の……部屋?」
俺一人で?