完璧な三角関係   作:サンダーソード

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第23話

 雪ノ下に両手をふわりと包まれたままおめめぱちくりする由比ヶ浜とこれは幻術なのかいや幻術なのかあるいは幻術なのかと目の前の光景を受け止めるための心の準備を全力でしている俺。……いや、受け止めるための心の準備とか考えてる時点で既に事実だと認識しちゃってますねこれ?

「私が由比ヶ浜さんを好きだとおかしいかしら?」

「えっ!? いやあたしもゆきのんは大好きだけど!?」

「あら、嬉しいわね。比企谷くん、これで私と由比ヶ浜さんは両思いよ?」

「いや待て待ってお願い待ってちょっと待って待とう落ち着け深呼吸だスー……ハー……そうその前にまず一ついいか」

「忙しないわね。何かしら?」

 雪ノ下は由比ヶ浜から両手を離し、腕組みして俺の言葉を待つ。

 俺は大きく息を吸い込んで。

「そっっっっっっっちかよ!!」

 いい笑顔でこっちを見る雪ノ下と未だ状況についていけず疑問符を頭に浮かべる由比ヶ浜に、腹の底から突っ込んだ。

「私が由比ヶ浜さんを好きだとおかしいかしら?」

「そうだよ全くおかしくねえよ! お前らマジで仲良すぎだしな! なんで! 俺が! 選ぶ立場だと勘違いした!!」

 羞恥と羞恥と羞恥でマジ死にそう。死ぬ。死んだ。

「なあ雪ノ下、ちょっとそこの窓開かね?」

「今日は開かないわ。飛び降りるなら明日にしなさい」

「だっ、ダメだよ飛び降りちゃ!? っていうか何言ってんのヒッキーもゆきのんも!」

「何言ってんだろうな俺……。っていうかなに? なんなのだこれは……どうすればいいのだ……」

「三角関係ね」

 頭を抱えて唸ってる俺に、雪ノ下はこともなげに言い放つ。

「三角関係ってこーゆーのだっけ……?」

「少なくとも俺の知ってる三角関係とは違ぇな……」

 さっきまで緊迫した雰囲気が全て吹き飛んで、代わりに、ある種弛緩した空気がこの場を揺蕩っていた。

「そうね、三角関係は、一般的には男性一人に女性二人、あるいは女性一人に男性二人が異性を取り合って鎬を削るものだけど。それって図形的には三角形と言うよりもくの字ではないかしら? むしろ私たちのように循環して求め合う方が三角形としては適切だと思わない?」

「悪い、お前が言ってることビタイチ分かんねえ」

「比企谷くんの数学の学力では難解だったかしら……。この一年で、大分引き上げたつもりだったのだけれど」

「これ数学の問題なのか……?」

「や、あたしも分かんない……」

 得意気に一瀉千里する雪ノ下は、気の抜けた俺たちの呟きを聞いて、雰囲気を真摯な方向に切り替える。

「そうね。これは数学の問題じゃないわ。私たちの心の問題よ。……由比ヶ浜さん」

「うん……」

 幾許か戻ってきた真剣な空気に、由比ヶ浜もまた居住まいを正す。

「私は……私たちは、あなたの笑顔にずっと助けられてきた。あなたの不断の努力がなければ、私たちの関係は容易く瓦解していたわ。私も比企谷くんも、そういう人間だから」

「……だろうな」

 自分の歩いてきた道を裏切らないためだけの、つまらない意地を張って。そうやって物別れになっていた未来もあったのだろう。

 由比ヶ浜に手を差し出して、雪ノ下は口にする。

「愛しているわ、由比ヶ浜さん。もし私の告白を受け入れてくれるなら……お願い、私の手を取って」

「え……でも、あたしは……」

 由比ヶ浜はたじろぎ、惑うように伸ばされた手を見て、窺うように俺の顔を覗いてくる。

 目と目が合って、お互いに考えていることは同じだろうと容易に察することができる。思い出すだけで全身が赤熱する、空恐ろしいまでの感情を贈られた愛の告白。由比ヶ浜が俺を選ぶのなら、自然、雪ノ下の手を取ることは――

「由比ヶ浜さん」

 その俺たちの視線と心の揺らぎを、雪ノ下の凜とした声が縫い止める。

 惹かれるままに彼女を見れば、俺たちの心の裡を見通すかのような眼差し。

「大丈夫。私を――」

 瞑目。一呼吸。

 目を開けた雪ノ下は、誰もが見惚れるとびきりの笑顔でその言葉を口にした。

「――信じて」

「――うん!」

 雪ノ下の言葉を理解するのに要した一瞬。それだけの間を置いて、雪ノ下に飛び込むようにその手を取った。

 由比ヶ浜を受け止めた雪ノ下は、そのまま彼女を抱きしめる。

「ありがとう……由比ヶ浜さん」

「ううん。あたしも、ゆきのんのこと大好きだから」

「それと……ごめんなさい。早速だけど……」

 抱擁を解いて、正面から向き合う二人。雪ノ下らしからぬ茶目っ気のある微笑みで、その言葉を口にした。

 

「浮気するわね」

 

『ごめん、なんて?』

 綺麗に俺と由比ヶ浜の声がハモったんだがそれどころじゃないちょっと待てお前。

「待ておい待て。どうしたのお前家のことが解決して頭が飛んじゃったの?」

「ごめんちょっとゆきのんが何言ってるかあたし分かんない」

 俺たちの泡を食ったような言葉に、雪ノ下は超然として答える。

「失礼極まりない感想ね比企谷くん。……むしろ、このやり方はあなたの領分に近いと思うのだけれど。今日は随分勘が鈍いのね?」

 由比ヶ浜の告白からこっち、決めた覚悟を上回られ、考えもしなかった展開に晒され、精神状態が乱高下し続けてる俺に、まともにモノを考える余裕があるとでもお思いですか?

「……由比ヶ浜さん、あと少しだけ見ていてちょうだい。すぐに分かるから」

「あ……うん」

「あら、その必要もなかったかしらね?」

 由比ヶ浜は雪ノ下の意図に気付いたようで、二人の間で交わされる視線には明らかに何らかの含みが見られた。

「比企谷くん」

「今度は何よ……」

 雪ノ下は俺の正面に立ち、真っ直ぐに俺の目を見て、続く言葉を切り出した。

「あなたの告白を受け入れるわ。これで晴れて両思いね」

「んんんんんんっ?」

「バカね……。私があなたのことを嫌っているはずがないでしょうに」

 雪ノ下はくすりと微笑むと、そのまま一歩進んで、つまりは俺のすぐ前に立って、抱きしめてきた。

「ずっと言いたかった。……ありがとう。どんなときでも私を、私たちを助けてくれて。……愛しているわ。由比ヶ浜さんにも負けないくらい」

 その言葉と体温で、雪ノ下に告白されたのだということがすとんと腹の底に落ちてきた。頭の霧が晴れるように、混乱がさっと引いていく。

「雪ノ下……」

「……まだまだ言いたいことはあるけれど。先に状況を確定させてしまいましょう?」

 心のままに抱きしめ返そうとする間際、そう言って雪ノ下は俺から離れ、一歩下がる。

「さて、比企谷くん。あなたの恋人である私は現在進行形で由比ヶ浜さんと浮気しているのよね。故に、原理原則から言えばあなたの浮気も一人までは認めなくてはならないわ。そうでしょう?」

「あー……。あーあーあー……。いつからそのつもりだったんだ、お前」

「さあ、いつからだったかしら。少なくとも今日は頭からずっとそのつもりだったけれど。……浮気を認めるとは言ったけど、相手は姉さんだとか小町さんだとか言い出したら、あなたを殺して由比ヶ浜さんと生きるわ」

「言うわけねえだろアホか!? くそっ、後でその辺聞かせてもらうからな……」

 ろくでもない冗談にみっともない捨て台詞を吐き捨てて、そわそわしている由比ヶ浜に一歩踏み出す。お団子を忙しなく弄くり、期待に輝く視線は俺と雪ノ下の間を彷徨っている。

「由比ヶ浜」

「う、うん」

 声をかけると帰ってくるのは、戸惑うような、それでいて喜びを隠しきれない返事。

「お前の……灼けるほどの思いを聞かされて、本当に、本当に心の底から嬉しかった。あの時どれだけこうやって応えてやりたかったか……」

 二歩、三歩、近付いていく。由比ヶ浜との距離がゼロになるまで。

「あっ……ひ……っきぃ……」

 強く、強く、抱きしめる。俺の心の裡も少しでも伝わればいいと、加減も考えずに。

「――愛している。俺も、お前のこと、お前らのこと。本当に――頭がどうにかなりそうなくらい愛してるんだ。好きだ。大好きだ。もう絶対に手放したくない。だから……」

 由比ヶ浜の返答も、意思も聞かず。

「んっ……」

「っ!」

 その唇を、自分勝手に奪った。

 正しいキスの仕方なんて分からなくて、吐息の交換をするようにお互い求め合った。

「ファーストキス。……これくらい、なんて口が裂けても言えねえけど。でも、いいよな?」

「うん……うん……! いい……! あ、あたし……もう、ヒッキーと離れなきゃいけないって思うと、ほんとに、胸が潰れそうで……!」

「俺も……自分でお前のこと振っておきながら、本当に……決めてた覚悟なんかなんの意味もなくって……無理だった……! 後悔だけが残って、全部、全部、なかったことにしてくれって何度も口を突いて出そうになった……!」

「ヒッキー……! うぁ……あああぁ……」

 由比ヶ浜の目から涙が零れる。勘違いのしようもない、安堵と喜びのそれ。

 やはり、それは先程と何も変わらず、何よりも美しかった。……まあ、俺の目に映るその煌めきも、すぐにぼやけてしまったんだけどな。

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