くーーーーーーるだうん。
いや、ね? そりゃ、身の千切れるような喪失の悔悟が、想像もしなかった形で埋められて、あれだけ精神状態ジェットコースターだったわけですし。
由比ヶ浜と抱き合って泣き合った言葉に嘘も虚飾もなかった、けど。
「……へへ」
ちらりと由比ヶ浜を見れば、恥ずかしそうに、嬉しそうに微笑み返してきて何あの可愛さ。無敵か。
がんばってクールダウンしようとしても一瞬でまた頭が茹だる。いかんこれだと話がまるで進みゃしねえ。
「んんっ、あー、それで、だ。雪ノ下」
咳払いで間を埋めて、どうにか話を切り出す。
「何かしら。浮企谷くん」
「お前だって浮気ノ下だろが。……えっとだな。この状況、お前の狙い通り……でいいのか?」
「由比ヶ浜……浮気……あたしだけ名前とうまく繋がんない……」
由比ヶ浜がちょっと寂しそうにしてるけど浮気と苗字が繋がって喜ぶ必要はないと思うんですよ?
「当然でしょう? 今更あなたたちと離れるなんて、望むはずも出来るはずもないじゃない。……とはいえ、本当に綱渡りではあったのだけれどね」
「なんか完全に掌ころっころだった気しかしないんだが、そうなのか?」
この結末に至ったことは言うに及ばず、そうなるまでの今日一日、雪ノ下からピリついた気配を感じた覚えはなかったが……。計画通りの安堵とかいうわけじゃなかったんかね。
……いや、そうじゃねえな。俺も由比ヶ浜も同じだったか。翌日の別離の可能性を含んでもなお、あの幸せで甘やかな時間は俺たちを融かすに十分すぎた。
あれは、あの時間は、純粋に幸福を享受できていた。それだけのことだった。
「あなたたちがどんな結論を出すか、それだけは私が及ぶ範疇ではないもの」
「ああ……そういえば、そうなる、のか?」
由比ヶ浜が俺に、俺が雪ノ下に。だからこそ今の関係を構築できたと言えばその通りなのかもしれないが。
「そうね……例えば、どうまかり間違っても由比ヶ浜さんが私に、比企谷くんが由比ヶ浜さんに告白……なんてパターンはないと思っていたわ。万に一つあっても、私が比企谷くんに告白して同じ形にしたでしょうけれど」
「うん……っていうかゆきのん、あたしの答えはたぶん分かってたよね?」
「それがそうでもないのよね。……勿論、比企谷くんに求愛する可能性は高いと思っていたけど、実のところ私の意図する本命は別にあったわ。次善が今の形、つまり由比ヶ浜さんが比企谷くんに、比企谷くんが私に告白するケースね」
「じぜん……? えっと、期待通りじゃなかったって事?」
「次善は二番目に良いと言うことよ。十分に期待通りと言っていいわ」
本命ってなんやのん、とは思ったけど。先にしゃべらせること全部しゃべらせようと、心のメモ帳に書き留めておくことにした。はちまんはふかくこころにきざみこんだ。
「一番困る、かつ高い確率で有り得そうだったのが、比企谷くんと由比ヶ浜さんの相互告白だったのよね……。由比ヶ浜さんには悪いけれど、こればかりはそうならなくて本当に良かったと思っているわ」
さもありなん。実際、今回の俺の捻くれ曲がった思考を正確にトレースするなんて、俺のスワンプマンでもなきゃ無理だろう。事が事だけに流石に難易度高すぎて、小町であろうとまず無理だ。
「そうなったらどうするつもりだったんだ?」
納得を胃の腑に落としながら、ふと疑問に思ったことを聞いてみる。俺が由比ヶ浜を選ぶ可能性は十分に考えられたと思う。こいつ自身有り得そうって言ってるし。
「それが幾ら考えようとしても脳が拒絶するのか、何も思い浮かばなかったのよね……。本当、どうするつもりだったのかしら私」
「ノープランかよ……お前マジか……」
まさかの行き当たりばったりの出たとこ勝負。イノシシだって道を曲がることくらい知ってるぞ……。
「次点で困るのが、比企谷くんがどっちも選べないだなんて言って勝手に身を引くことだったわ。とはいえ、このパターンなら由比ヶ浜さんと二人で比企谷くんを徹底的に論破すればいいだけだから、手の施しようがない難題というわけではないのよね。困るのは比企谷くんから告白されると言う、せっかくの機会を逸することよ」
「うん、それは困るね、すっごく」
由比ヶ浜がこくこくと頷いて同意してるけど大丈夫? ゆきのん空間に引きずり込まれてない?
「事が私たち三人の在り方の問題だから。こればかりは誰かの強制で成立させるわけにはいかないもの。全員が心から望むのでなければ……それはきっと、本物じゃない」
「……まぁ、そう、だけどよ」
そうであるからこそ、雪ノ下が別離を見据えた決着を望んでいると思い違いをしていたからこそ、俺も由比ヶ浜も身を引き千切るような思いをしてまで覚悟決めてきたわけで。
視線だけで由比ヶ浜を確認してみれば、ばっちり目が合う。照れ笑いに苦笑で返し、大体同じ事考えてたんだろうなと手前勝手に想像した。
「つまり、それこそが私の本命。私たち全員がずっと三人で一緒にいたいと結論すること。……手応えは十分にあったと思ったのだけど、うまくいかないものね」
雪ノ下の思惑は分かった。……分かったはずだが。だからこそ腑に落ちんこともある。
「なあ雪ノ下」
「何かしら」
「さっきも言ってたけどよ、お前最初っからそのつもりだったんだよな?」
「ええ、そうね。あなたたちもそう思ってくれたらと願いながら今日一日を謳歌していたわ」
返答に納得と首肯で応えつつ、続きをどう口にしたものかと由比ヶ浜をちらと見る。苦笑気味に返されて、やっぱり概ね同じ事考えてるんだろうなって根拠もなく考えた。
「……いや、なんつーかそのな? 俺にはむしろお前の言動諸々がこういう関係……三人でずっと、なんてものを認めないって主張してるようにしか聞こえなかったんだが……」
「あはは……あたしも、ダメって言われてるってばっかり思ってた」
由比ヶ浜が俺の言葉に同調して、その苦笑を雪ノ下に向ける。根拠のない憶測も当たるもんだ。
あの車の中で今日の話を持ちかけられてからこっち、送られてきたメールの文面とか、生き急ぐような今日の過ごし方とか、血を吐くような別離の覚悟を拉ぎ折って、ずっと三人でいたい、って思ってしまったときを見計らったように、釘刺すかの如き穏やかな微笑を向けられたりとか。
今日一日が幸福に溢れていたせいで、その掣肘がなければいつ転んでいたことか。我がことながらさっぱり分からなかった。
雪ノ下は一瞬驚いたような表情をしたあと、とぼけるように飄々と、
「そう」
なんてのたまい、くすりと笑って、
「分かるものだとばかり、思っていたのね」
軽い調子で、いつかの台詞を転がした。
「これ選挙の時とおんなじやつじゃん!!」
「棚上げて言うけど学べ!! お前は!!」
思わず突っ込んじゃったよね。全身全霊で。