道中も頭を回し続けていたが、何一つ報いは得られぬまま雪ノ下のマンションまで辿り着く。
エントランス。初めてここに来た、いつかの日を思い出した。……そうか、雪ノ下が由比ヶ浜に踏み込んだのも、この日だったっけか。
答えを探すために考え続けた二日間、三人で歩いた軌跡をなぞり続けていたからか、意識が簡単に過去へ飛ぶ。軽く頭を振って振り払い、雪ノ下の部屋に呼び出しをかける。あの時とは違い、ベルを鳴らすとすぐにスピーカーからノイズが聞こえてきた。
『……はい』
「雪ノ下、俺だ」
『いらっしゃい。……あなたも、早かったのね』
「まずかったか? 正確な時間指定がなかったから……も?」
『由比ヶ浜さんも今しがた。……開けるわね』
雪ノ下が宣言して、自動ドアが開く。エレベーターに乗り込み、十五階を押して、表札のない一室まで歩く。
インターホンを押すと、解錠すらないままに扉が開いて雪ノ下と由比ヶ浜が迎えてくれた。
「あけましてやっはろー」
「……おう、おめでとさん」
一年前にも聞いた謎挨拶に、軽い笑みがこみ上げてくる。と、雪ノ下が口を小さく開けて少し意外そうに俺たちを見ているのが気になった。
「雪ノ下?」
「あ、その……あけましておめでとう」
「ああ、おめでとさん。……どうした?」
問うと、雪ノ下は少し身を捩って答えた。
「いえ……あなたたち、一緒に初詣に行ったものかと思っていたから……」
「はは、小町公認で初詣もサボったわ」
「あたしは、行くんなら三人がいい、かな」
「……まあ、な」
「そう……」
ふいと雪ノ下は踵を返して、家の中に戻っていく。
だが、振り向く間際にその頬が赤くなっているのは隠しきれていなかった。なんとなく由比ヶ浜と顔を見合わせると、ふにゃっと微笑まれる。お返しに俺も唇の端を吊り上げ、二人並んで雪ノ下についていく。リビングダイニングに繋がるドアからは、穏やかな灯りが漏れていた。
「早めに来てくれたのはいいけれど、まだ準備は完全には終わっていないのよね」
リビングまで来て軽く咳払いした雪ノ下が、振り向いてそう切り出す。時計をちらりと確認すると、現在午後十一時。さすがに早すぎたか?
「あ、ならあたし手伝うよ!」
「だな。むしろお前の誕生日なのにお前だけが働いてる方がおかしい」
「でも……その、料理よ?」
「由比ヶ浜、ここは俺に任せて休んでろ」
「失礼だ!? あたし料理できるようになったじゃん!」
「冗談よ。一緒に作りましょうか」
「うん!」
由比ヶ浜は『ただのお礼』のクッキーを皮切りに、雪ノ下に矯正されながらこの一年で少しずつ料理ができるようになっていった。それでも時々こうやってからかわれたりはするのだが。性格悪いね、俺も雪ノ下も。きっと木炭のことは一生言われ続けるのだろう。
……今日が終わっても、離れないでいられれば。
ふと沸いてきたそれを意識の底に沈めて、雪ノ下に話しかける。『答え』もこれからの一生を左右する程に大切だが、それは三人だけの雪ノ下の誕生日を蔑ろにしていいと言うことでは決してない。
「二人で料理作るなら俺はどうしてればいい?」
そこまで広くないキッチンで三人で料理となれば、さすがに弊害のほうが多かろう。雪ノ下を外すのは一人だけ腕が際立ちすぎていて完成品のクオリティに問題が残るし。
「そうね……飲み物の準備は後でいいし、飾り付けなんかもしないつもりだし、特にやることも……ここで料理する私たちのエプロン姿を舐めるように見ているか、私の目が届かない私室で一人で待っているか、どちらがいい?」
「ゆきのん!?」
この人真顔でなんか凄いこと言い出したんだけどどうすればいい。
「……………………クラッカーでも買ってきます」
「一応、由比ヶ浜さんの誕生日会を参考に買ってあるわ」
「…………その」
なんか由比ヶ浜まで顔赤くしながらこっち見てんだけど。ねえ。
「……リビングで、待機させていただいてもよろしかでしょうか」
「ご自由に。今日は……今日明日は何処を見ていても不問とするわ」
そう言って、雪ノ下は取り出したエプロンを着ける。由比ヶ浜もそれに続いて着用。由比ヶ浜の私物が雪ノ下の家にあることが当たり前と思える状況を、短くない時間を掛けて二人は構築していったのだろう。そんな何気ない一幕が喜ばしく感じられた。それはともかく、この状況下でテレビとかつけても全く頭に入る気がしないんですが……。
結局、つけたテレビに顔だけ向けながら、二人の後ろ姿をちらりちらりと盗み見るようにしてしまっていた。ごめん見栄張った。実際は盗み見どころか舐めるように見てたと思う。テレビとかどんな番組やってたかも覚えてねえや。料理番組?