「はぁ……」
「…………」
もうまともに腕に力が入らなくなるまで二人を抱きしめ続けて、ようやく長い長い抱擁は終わった。力尽きるようにソファーの座面に背を預けて、荒れた息を整える。多幸感で脳味噌がヤバイ。酸欠でか興奮でか、視界が少しチラついている。
二人は穏やかな顔で艶のある溜め息を吐きながら、俺が抱きしめた場所を愛おしそうに撫でさすっている。雪ノ下が右腕、由比ヶ浜が左腕。込み上げる気恥ずかしさに目を逸らすと時計が目に入り、時計を見て、再三時計を確認した。零時半余裕で過ぎてるとか嘘だろおい。そんなに抱き合ってたの俺ら? マジで?
「……ふふ」
と、時計を睨み付けていると雪ノ下の薄い笑い声が小さく漏れ聞こえてきた。
「……なに、どした」
少し俯いて頬を赤く染める雪ノ下に問うてみる。少しぼんやりとした目をゆっくり俺に向けると、雪ノ下は形の良い口を開く。
「……私、今、笑ってた?」
「あ、ああ……」
笑った、と思うんだが。由比ヶ浜の方に確認するように視線をやると、由比ヶ浜もきょとんとした感じで頷く。
「そう……なんでかしらね……自分でもよくわからないわ」
「んー……あたし……わかる、かな」
「由比ヶ浜?」
由比ヶ浜が撫でさする自分の右手に目を向けて、柔らかく微笑む。
「ヒッキー、気持ちよかった?」
……なんかすっげえ直接的なこと聞かれた。でも答えは決まってるだろこんなの。
「ああ」
最高に。
「気持ちよかったよ」
その言葉に、由比ヶ浜はにっこりと微笑む。
「うん……ヒッキー、がむしゃらにぎゅってしてくれた」
皮膚に残った感触を反芻するように、目を閉じる。
「じんじんするよ」
……本当に加減なく全力で抱きしめたからな。文化系とはいえ男の力で。
「…………ごめんなさい」
「? なにが?」
「その……本気で思いっきりやっちまったから……腕とか脇腹とか、下手したら痣になってんじゃねえの?」
「んー……多分なってるかな」
「ええ……そうね」
そう言って、俺の与え続けた圧迫の感覚に沿うように、二人が脇腹に指をなぞらせる。
「……すまん」
「あ、んーん。違うよ。嬉しいの」
「……嬉しい?」
「ヒッキー、ほんとに必死になってあたしたちを抱きしめてくれたよね。それって、あたしがそうしてって言ったから?」
「それ、は……」
きっかけはそうだろう。あの言葉がタガを外したのは、多分間違いない。だが、その後は二人の感触や喘ぎ声、吐息、匂い、それら全てをひっくるめて愛おしさが爆発してしまった。俺がひたすらに二人を求めてしまっていただけだ。
「それも、ある」
「うん……多分、あたしと出会ったときのヒッキーがそんなこと言われても、ヒッキー同じことしてくれなかったと思うんだ」
そうかもしれない。酷いことを言って、逃げて、何もなかったとしたかもしれない。
何もなかったことになんて、できっこないのに。
「ヒッキーがあたしたちを気にする余裕がないくらい、あたしたちをそうしたいって思ってくれたってことだから……だからきっと嬉しいの」
そう結んで、由比ヶ浜は雪ノ下を見る。
「ああ……そうなのね。これは……嬉しい、だったのね」
雪ノ下は上気した頬を僅かに歪め、熱の篭った吐息を漏らす。
「比企谷くんが強く求めてくれたから……この痕がその証だから……そう感じたのね……」
俯いて、濡れ羽の前髪にその表情が隠される。
「なにかしら……比企谷くんに、と思うと昏い悦びがふつふつと沸いてくるの……」
その手は優しく腕を撫でている。
「癖になりそう……」
「ゆ、雪ノ下さん? ちょっと?」
俺の呼びかけに雪ノ下はパッと顔を上げる。
「冗談よ」
艶やかに笑いながら言われても、どこからどこまでが冗談の範囲なんだか分からなくてタチが悪いってレベルじゃない。
「……似合いすぎるからやめてくれ」
「あー……あはは」
「あら、そんなに似合うのなら包丁でも持ってこようかしら?」
「やめてくれ」
そのまま刺されてもいいか、とか思っちまったらどうするんだ。
「ふふ……」
雪ノ下は一つ笑んで、御馳走の乗ったテーブルに目を向ける。
「……冷めちゃったわね」
「……だな」
「その……ごめんね」
由比ヶ浜が申し訳なさそうに謝ってくる。二人で作った料理の末路がきっと寂しいのだろう。
「あたしがぎゅってしてって言ったから……」
「いいのよ」
それを雪ノ下が一歩早く遮って止める。ああ、雪ノ下が止めてなきゃ俺が止めてた。これを由比ヶ浜一人の責任になんて誰がさせるか。
「同罪だよ。全員な」
「そうね……それに、後悔はしていないのでしょう?」
「……うん」
そう答えて、はにかむ。それにつられて、俺と雪ノ下も顔を見合わせて相好を崩した。
……まあなんだ。二人で作ったものなんだ。冷めてもきっと旨いだろうしな。