「あはぁ、とりあえず。お茶でもいかがか〜なぁ?」
「あー、うむ貰おう。済まないなメイザース卿、このような格好で」
「いーえ、いーえ〜。聞いたところによるとお召し物が汚れていたと耳に挟みましたのでぇね。あとできち〜んと綺麗にしてお返しいたしま〜すよぉ」
「そこまでして頂いてなんと感謝すれば良いか……」
「エミリア様をお救いして下さった恩人にはこの程度、お易い御用というものだ〜ねぇ」
ということで大きな机を挟み、対面するようにロズワールが座りその後ろには案内をしてくれた少女が控え、中間の位置にエミリアが座る。
机の上には既に淹ればかりだと分かる紅茶が置いてあった。
「(毒は……、ないよな?)」
そんな華代の心配を感じ取ったのか、ロズワールが1番に紅茶を口へと運び、笑みを浮かべる。
どうやら、『客人に対してそんなことはしない』と言いたいらしい。華代は肩をすくめ、紅茶を飲む。
「……これは、実に美味い。茶葉の香りが損なわれず、ほのかな甘みが広がっていく上品な味わいだ。これを淹れた方はとても素晴らしい腕をお持ちのようだ」
「そうでしょう? ラムの淹れる紅茶はとても美味しいのよ。よく私も淹れてもらってるの」
「申し訳ありませんエミリア様、この紅茶を用意したのは妹のレムです。お客様も妹の腕をお褒めいただき光栄です。妹に変わって礼を」
「ああ。どうか妹君に伝えてくれると嬉しいよ。
是非、機会があればもう一度飲みたい、とね」
エミリアが気まずそうにしている横で、華代はラムを見るとついさっきまで無表情を繕っていたが、先程の言葉を聞いてよほど嬉しいのか、どこか誇らしげだ。
「んふー、お気に召してよかったぁね。ではぁ、ティータイムはこのへんにしようか〜なぁ」
ニコニコと笑い、ロズワールは鋭い眼光をこちらに向けて続ける。
「手紙で顛末を知っておりまぁすが、細かいとぉころまでは知らなくてねぇ。出来ればお教えくださるかぁな?」
「それなら私がやるわロズワール。ハナヨもいい?」
「任せる」
エミリアに委ね、説明を行う。所々を華代が付け加えたりし、その間はロズワールは言葉を挟まず、聞き続ける。
そして、話が終わり間を開けてからロズワールが言葉を紡いだ。
「なぁるほどね〜。此度の御二方の力添え、我ら陣営には無視できないとても大きな恩と言えましょう。
ですが……、無礼を承知で尋ねたいが、よろしぃかなぁ?」
「構わんさそれくらい」
「ではではぁ、いーったい、どのような目的でこの国にいらしたのでぇーすかね?
聞けば、御二方はとてもこの国の世情には疎いごよーす。
差し支えなければ、お教え願えるかぁな?」
当然の内容だ。王選でゴタゴタしている最中、その候補者を救ったのは何処の馬の骨ともしれない浮浪者2人。
素性もわからず、何を目的にしているかも。
彼が何を思っているかも理解出来ている。自分たちがどこかの候補者の差し金ではないかと。
これらはとても大きな借りとなる。そして、妨害とも。もしかしたら自作自演かもしれない。
この質問を予測していた華代は特に何か取り繕うとはせず、素直に吐くことにした。というか、別にやましいことは無いし。
「スバルの目的は存じ上げない。だが、私の目的は1つだ」
「ほぉーう?」
「私の故郷へ帰る。ただ、それだけだ」
「ふーむぅ……、故郷へ帰るねぇ」
「ああ。私は故郷でとある組織に所属していた。その組織は人を喰い殺し、餌とする…………、ここで言う魔獣のような存在を狩るための政府非公認の組織だ」
「ほぉう、魔獣のような存在ですか」
「ああ。それと、私はとあるその存在と戦っていた。
ソイツはとても強力な力を持ち、壮絶な戦いだった。
私はソイツを相打ち同然で討ち取ったが、致命傷を負い本来ならそこで果てていただろう」
だが、意識を失う寸前、感じ取ったのだ。あのおぞましい黒い気配を。あの甘ったるい匂いを。無数の手を……
「そして、気がつけばこの国にいたという訳だ」
「ふーむぅ、つまりは……」
「”偶然”スバルと出会い、”偶然”貴殿たちを助けることになった……。という訳だな。
ハハハ、なんとも運命とはよく分からないものだ」
肩をすくめ、ロズワールを見ると先程の話に興味を引くことがあったのか顎に手を添え、何かを考えているようだ。
「あはぁ、その魔獣はどんな存在なのでぇすか?」
「それを聞いてどうするのだ?」
「いーえいーえ、ただの好奇心ですよぉ。
私、そういうのには知的好奇心を刺激される性格でしてねぇ」
「……そうか。まぁ、別に話して困る内容ではないな。その魔獣は便宜上『鬼』と、組織では呼んでいた」
鬼
主食・人間。人間を殺して喰べる。
いつどこから現れたのかは不明。
身体能力が高く、傷などとたちどころに治る。
切り落とされた肉もつながり、手足も新たにはやすことも可能。
体の形を変えたり、異能を持つ鬼もいる。太陽の光か特別な刀で頸を切り落とさない限り、殺せない。
「と、まぁこんな所だ」
「ハナヨって私と思っている以上にすごく、すごーく危ないところから来たのね」
「ん、いつ死んでもおかしくない生活ではあったな」
長々と喋り、かわいた口を紅茶で潤し一息ついてチラリとロズワールへと視線を向けた。
その表情は何を考えているかはわからず、試しにラムを見るとその表情はどこか強ばっているみたいにも見える。
「済まないお嬢さん。君を怖がらせてしまったみたいだな」
「いえ……。もし、お客様はこの大陸でも、その『鬼』を見たらどうするのですか?」
ラムはその瞳に何かを秘めた目で見つめ、それに華代は逸らすとなく見つめ、返答した。
「さて、な。人を喰う存在ならば切り捨てる。だが、私の知っている鬼でなければ……、言葉を交わしたいとは思うよ」
「そう、ですか」
華代の言葉に何故そのような質問をしたか首を傾げるが、ロズワールがパンッと手を合わせた音に意識を引っ張られ、そちらに意識を向けた。
「ふむ、お話は大体わかりまぁした。たしかぁに、生きていればそのような巡り合わせもあるでしょうねぇ。
それにしてもお客人の話は実に、実ぅに興味深い」
「ほう。信じるというのか? こう言ってはなんだが、普通の人なら狂人の戯言とも切り捨てるとは思うがね」
「あはぁ、確かにそうでしょうねぇ。でぇすが、私は見ての通りでございましょう?」
「……」
そこは、まぁ、うん。否定しようにもできず、思わず無言になってしまう。沈黙を肯定と受け取ったロズワールは特に言うわけでもなく、ただ笑みを深めるだけだ。
「ではぁ、お客人の望みは故郷へ帰るための手段か手がかりの情報でぇすかね?」
「それにつけ加えて、原因となった"手"についても欲しいところだ。といっても、これだけでは些か釣り合わないとは思わないか?」
「ほ〜ぅ?」
空になったカップをソーサラーに置き、華代はその整った顔にどこか含みを持たせた笑みを浮かべ要望を伝えようと口を開く瞬間、部屋に響いたノックの音に邪魔をされた。
「申し訳ありませんロズワール様、レムです。
お話中のところ火急の用事を伝えたいと思い、無礼を失礼します」
「いーやぁ。構わないさレム」
主人の許可がおり、淡い青のメイドのレムが部屋に入り恭しく一礼すると、レムはロズワールに近づくと耳元で何かを囁く。
それを聞き、ロズワールは笑みをふかめ席から立ち上がると華代とエミリアに話す。
「おふた方、どぉーやらもう1人のお客人が目を覚ましたようだぁ〜よ」
「! 本当!」
「ほう、それは良かった」
2人はその知らせに笑みを浮かべるが、ロズワールの次の言葉を聞きテンションが急降下する。
「たぁだ、お客人は目覚めて元気が有り余っていたのか……
レムが部屋から離れている間に抜け出して、外で倒れていたみたいだぁね」
「それって本当!?」
「おう……」
何してんだあの戯け、と華代は額に手を当てて思う。
そして、一同はバカのいる部屋に向かうため席を立つのだった。
「何病人が駆け回って挙句にはぶっ倒れるのだ? ん? もちろん、私が納得できる理由があるんだよなぁ?」
「い、いえ、あのですねハナヨ様? ワタクシ不詳ナツキ・スバル、確かに病み上がりで歩き回っていましたが、このようなことになったのはそれはもう山よりも高く、海よりも深い事情がですね?」
「ハッ、大方この屋敷の住人に対してお前がウザ絡みして気絶させられたとかそんなところだろ?」
「おお! さすがハナヨ大センセー。分かってるぅ!! 俺みたいな無知無能と違って冴え渡っててス・テ・キ♪
ってほんとすんません! 茶化してすんません! だからその腰からぶら下げた物騒なものに手を添えないでぇ!!?」
「スバルもきっと悪気があってやった訳じゃないのよ! ちゃらんぽらんなことを言ってるけど、多分ハナヨを落ち着かせようとやったんだと私思うの! だからその危ないものを抜くのを辞めましょう? ネ?」
「…………チッ!」
青筋を浮かべ、今すぐに斬りかかりかねない剣幕の華代をエミリアが必死になだめ、盛大に舌を打ち華代は半分くらいまで出かかっていた日輪刀を鞘へと戻した。
それを見て、2人は胸を撫で下ろす。
とりあえずスバルは正座から足を崩し、華代は豪華な客室に予め備えられていた椅子へと腰かけ、スバルから事情説明をしてもらう。
その内容は簡単にまとめたらこんな所であった。
目を覚まし、館の中を歩いていると何度も同じ廊下をループし、そのループを突破したと思ったら書庫のような場所にたどり着き、混乱したスバルは偶然にも遭遇した"ベアトリス"という少女に無礼を働き、なにかの手段で気絶させられたというものらしい。
控えめに言ってアホか。である。誰だってあんな調子で絡まれたらぶん殴られても文句は言えない。というかもしかしたら華代も1発きついのカマしていた。
コイツは何かと自分を下げて相手を持ち上げるという道化のような喋り方をするのが染み付いており、オマケにそれは相手のことを考えずにズカズカとやって来るもんだから手に負えない。
端的いえば空気読めない。
そして、ベアトリスという人物についてレムに尋ねると、この屋敷のもう一人の住人で出会おうと思ってもなかなか出会えるものでは無い、との談。その幸運で気絶させられるとは悪運もここまで来ると、同情できるが内容が内容なのでその気も起きない。
「あのドリルロリ、ベアトリスって名前なのかッ!
くそ、人のこといきなり気絶させやがって危うく漏らしたらどうするすつもりだったんだ!?」
「
「そうよ、スバル! そういう下品なことはデリカシーがないっていうのよ。メッ!」
「エミリア様、このお客様は獣のような欲望をお持ちです。起きて直後に頭の中でその欲望に汚されました。レムが」
「エミリア様、このお客様は穢らわしい獣欲をお持ちですわ。起きて直後に頭の中でその恥辱の限りを尽くされましたわ。姉様が」
「俺のキャパシティを舐めるなよ。二人まとめて妄想の餌食だぜ、姉様方」
コイツぶれねぇな、そんな感想でラムとレムの2人と追いかけっこをし始めた馬鹿を見つめ、肩をすくめる。
とりあえずハナヨは傷口が開かれたら堪んないので、傷口に響かない程度にスバルの頭をどつき、座らせた。
「いやぁ、にしても何とか生き残ったんだよな俺……。つっても、キズモノにされちまったけどな」
腹の縫い傷をさすり、スバルは感慨深く呟く。
だが、まだその不安がぬぐえないのか何処か不安げにも華代には見えた。
「ええ。スバルのお陰ですごくすごーく私助かったわ。本当にありがとう」
「どういたしましてエミリアたん! まぁ、でもほとんどハナヨのお陰だけどな」
「……たん? 前から聞きたかったけど、なんなのかしたらそれは。でも、もちろんハナヨにもお礼を言いたいわ」
「ん、まぁ成り行きで仕方なくだ。スバルが居なかったらこうして顔を合わせてはいなかったのだからな。
それならば、お前の力とも言えるさ」
「おお、ハナヨが俺を褒めた! これはもしかしてハーレムまでの1歩ってやつかぁ!?
これはいよいよ俺がオリ主説濃厚ヤツ〜!」
イラッときた。
「エミリア、コイツに助けられてはいるが人付き合いはよく考えろ。私自身も変な連中が知り合いにはいるが、コイツはアレだ」
「そ、そう……。アレなのね……」
「アレね」「アレですね」
「アレってなんなんですかねぇ皆さん!?」
そりゃあアレだよ。
華代の煽りにハイテンションのまま反応したその様子にエミリアが口元に手を当ててに笑い、スバルも釣られて笑う。
死んで、死んでを繰り返しそれが3度も死を重ねて得られた報酬としては安いかもしれない。だが、死線をくぐり抜けた華代はこの空気はを手に入れる為の難しく貴重だと知っていた。だからこそ、この空気を噛み締めて欲しいと華代は優しい笑みで願う。
「お話中のところ、お客様のキチガry……変人ぶりに伝え忘れていました」
「おいおい、その言い方だとハナヨも変人ってカテゴリーにはいるんじゃねぇの? ちょっと女子ー、ハナヨくん泣いてんジャーン! 謝ってよ!
というかさっきキチガイって言いそうになってたの見逃してねぇからな!?」
「ハナヨ様は別ですから」
「こんな短い間にこの対応の差はオカシクね!?」
「はぁ、お客様のお話は後で気が向いたら聞いてあげるわ。
それよりも、昼食の準備が出来ていますのでハナヨ様、エミリア様。よろしければ昼食は如何でしょうか?」
そういえば朝に来てから腹に入れたのが紅茶だけだったのを思い出す。たしかに、そろそろ腹の虫が機嫌を悪くする頃ともいえ、華代は口を開く。
「ふむ、確かにその提案は魅力的だ。だが、少しスバルと話をしたいことがあってな」
「へ、俺と?」
「ああ。お前と2人きりでな」
「おおう、凄いいい笑顔なのに背筋がゾクゾクする。でも俺、ノンケだしなぁ。いやー、困るなー。同性にもモテちゃうって俺って罪な男〜」
「姉様姉様、お客様が一段と気持ち悪いです。きっと、あの頭の中で恥辱の限りを尽くされているのです。姉様が」
「レムレム、お客様が一段と気色悪いわ。きっと、あの頭の中で欲望のはけ口にされているのだわ。レムが」
「ちょ、スバル。いきなり何を言い出してるの? 少し、気持ち悪いわよ?」
「ハハハ、言葉足らずですまない。ほら、コイツはついさっきまで倒れていただろう? それで傷口に響いてしまってるかもしれないから、一応それの診察だ。
それに、こうして異性がいる前で腹を見せるのもアレだろう?」
「……それもそうね。ラム、レム行きましょう。
スバルもまだ怪我は治ってるとは言えないから、動き回っちゃメッ! だからね?」
「「かしこまりましたエミリア様」」
「おう、またなエミリアたん、姉様方!」
華代の言葉に納得し、3人は客室から出ていく。
それを見送り、華代はその瞳に鬼を狩る時と同じような光を称え、客室の扉を固く閉ざした。
異世界こそこそ噂話
華代の着ていた燕尾服は予めラインハルトが彼のために手配したもので、値段は後で華代が聞いたら目ん玉飛び出るほどだったとか。