屋敷に来て2日目。
「本当にわかるのかお前は?」
「モチのロンだぜ!」
屋敷の赤い絨毯のしかれた長い廊下を2人で歩き、自信ありげに言うスバルに怪訝な視線を向ける華代。
「まぁ、見つけられるのならいいさ。禁書庫とやらをな」
華代はベアトリスのいる禁書庫を探していた。
最初は1人で屋敷を探してみたが、当然見つかる訳もなく仕方なく「百発百中」と自分から言っていたスバルを頼り、"扉渡り"を突破してもらうことにした。
理由は、その禁書庫とやらに日本へ帰るためと手段、もしくはその手がかりが記された本があるかもしれないといったところだ。
「うーし……、禁書庫は〜っと────ここだ!」
ビシッ! とスバルは指を変哲のない厠の扉へと向ける。
「本当か?」
「あらぁ、信用ないのならお開きあそばせハナヨさま☆」
相も変わらずうざい返しに軽くイラっとしながらも、華代はその扉を開くと────
○
見渡す限り、本しかない空間。その中心にベアトリスはいた。
彼女は人間ではない。精霊という、人より上位の存在。
そして、数百年前に『お母様』との契約でこの『禁書庫』の管理を任された。
「いずれ来る『その人』が現れるまで、書庫で待っていること」
それが契約の内容。
しかし、『その人』を待てども待てども現れなかった。
屋敷にやってきた人物を見て、この人が待ち人だろうか? という淡い期待も直ぐに裏切られた。
何百年もこの書庫で待ち続け、貯蔵された本を読み続けた。読み終えた本をもう一度読み直し、それを繰り返し続ける。
考えるな。考えちゃダメだ。考えてはいけない。
大切な黒い本をを見つめ、ベアトリスは自分に言い聞かせる。
だけど、あと2人のどちらかが待ち人なのだろうか?
ベアトリスの頭の中に、2人の人物が浮かぶ。
何度も自分の扉渡りを破り、人を苛立たせるコミュニケーションをとるスバル。
まだ、若いと言うのにどこか老齢した雰囲気を漂わせ、得体の知れない中性的な男のハナヨ。
でも違かったら?
期待するな。期待しちゃいけない。ダメだ。どうせ意味が無い。
音ひとつない、空間の中心でベアトリスは耐え続ける。
だけど、ふと思ってしまう。
『もし、待ち人がこのまま来なかったら?』
「────ッ……」
体の震えが止まらない。怖い、嫌だ。死ぬことも許されないなんて。
作業を中断したベアトリスは自分を守るように、本を抱き歯を食いしばる。
誰も見る人がいないというのに、泣き出さないのはせめてもの意地か。
どれだけ、そうしていたかは分からない。そんな彼女に異音が聞こえた。
「えー、ハナヨ様。こちらがベアk……ベアトリス様のお部屋でごぜーます」
「おぉ、本当に厠から繋がったぞ……。流石だなスバル」
「そんな、褒めるなよ。照れるぜ……」
現れたの件の2人。
執事服に身を包んだスバルに、燕尾服の上から見たことの無い植物の刺繍を施された羽織を着たハナヨ。
ベアトリスは慌てて目元の涙を拭い、姿勢を改めるのだった。
○
「……雇われの分際がベティの部屋にズケズケと入ってくるなんていい度胸なのよ」
「いいえベアトリス様、ワタクシめはただ御手洗の掃除をしようと思ったら、たまたま、そうたまたまベアk……ベアトリス様めのお部屋に繋がってしまったのです。
つまりは俺は無実。うっかりトイレに繋げてたベア子が悪い。ドューユーアンダスターン?」
「さっきガッツリとベティの部屋って言ってたのを聞いたのかしら!
というか、段々と敬語も怪しくなってるしなにがたまたま、なのよ。白々しいかしら!?」
「やだー、ベアトリス様ってば女の子なのにたまたまだなんてヒ・ワ・イ♡」
「こ、このっ……! ああいえばこういうなんて生意気なのよ!!」
青筋をうかべ、吠えるベアトリス。
話がこじれると思った華代は空気を変えるために、手を叩く。
2人の視線がこちらに向き、とくに動じることなく華代は口を開いた。
「すまない、ベアトリス嬢。君の読書の邪魔をしたことは謝罪する。
だが、実は私は君に用があってきたのだ。あとスバル、お前はもう行っていいぞ?」
「おいおい、案内させておいて終わったらポイッすか? ちと横暴すぎませんかねー!?」
「わかったわかった。というか、お前別の仕事がまだ残っているだろ?
早く終わらせないとラムとレムにドヤされるぞ」
「誰のせいだよ!」
「後でエミリアに好みのタイプを聞いてやるぞ?」
「それではワタクシめはここで失礼致します。
ハナヨ様、なにか欲しいものはございますか?」
「そうだな、紅茶と適当な菓子を頼む」
「承知致しました。では、ベアトリス様とごゆるりと会談をお楽しみくださいませ〜」
あまりの変わり身の速さを見せるスバル。ほぼ直角に腰をまげ、恭しく礼をするとその姿勢のまま音もなく部屋を後にしていく。
その様子を華代とベアトリスはなんとも言えない顔で見送る。
そして、禁書庫に小さた精霊と剣士だけが残された
「はぁ、……とっととお前も出て行くのよ」
「ハハ、先程私は君に用があったと言ったのでな。済まないが、その提案には乗ることは出来ないな」
ゆっくりとベアトリスの元へと近づいていき、華代は懐からとあるものを取り出す。
ベアトリスは何かと思い、身構え程なくして華代は懐から取り出したものを彼女の机に置いた。
布のかけられた拳大の大きさのナニか。ベアトリスは首を傾げ口を開く。
「なんなかしら……、これ」
「お近付きの印というやつだ」
「……はぁ?」
華代はそう言うと、布を取って中のものを見せ、ベアトリスは途端に目を輝かせる。
「にーちゃの人形なのだわ!」
そこには寸分たがわぬ、木彫りのパック人形があった。
思わず飛びつきそうになる寸前、ベアトリスは踏みとどまる。つまり、目の前のこいつはコレが欲しかったら自分の要求を飲めといっている。
ベアトリスは視線を華代と人形、交互に向けぐぬぬと唸る。
「なに、私は難しいことを言っている訳では無い。
ここの本を好きな時、好きなように見せ、私に君の知識を提供して欲しいだけなのだよ。
そうしてくれれば、君の好きで好きでたまらないパックの人形をあげよう。いわば、取引だよ。
というか、ぶっちゃけで言うと君は時間をもてあましているだろう?」
「なっ、誰が時間を持て余してるなんて! ベティはとっても忙しいのよ!
いまも、こうして書庫の整理だって────」
「ふむ、なら聞くがこの紙に書かれた落書きはなんだ?
おお、パックか? ハハハ可愛らしい絵じゃないか」
「なっ!?」
いつの間にか、華代の手には机に置いていた紙があり、それには文字の他にパックの落書きが書かれていた。
顔を真っ赤にしたベアトリスはそれを素早く引ったくり、ぐしょぐしゃに丸めた後に魔法で消滅させてしまう。
「さて、ベアトリス。こうして証拠が出揃っているんだ。なぁに、人とは時間の流れが違う君からしたら、ほんの少しの時間を私の相手をしてくれるだけでいい。
きみは時間を潰せる。私は情報を得ることが出来る。君にとっても悪い話ではないと思うが?」
「ふ、ふん! お前はロズワールのやつの客であって、ベティの客じゃないのかしら。
なら、そんな義理も道理ないのよ!」
フン、とそっぽを向いてしまったベアトリス。
「そう……か。邪魔をして悪かったな」
あっさりとで引く華代。そしてベアトリスは気がつく、パックの人形がないことに。華代が人形を仕舞おうとしていることに。
ベアトリスは焦った。それはもう、とんでもなく。
このままではなあのベアトリスの大好きなパックと瓜二つの人形が手に入れられなくなってしまう。だが、目の前の人間の要求を、先程突っぱねておいて、都合よく呑むのも精霊としてのプライドが邪魔をする。
数分、いや数秒。だが、ベアトリスの体内時間ではとてつもないほどの時間を使い、そして、結論を出す。
「…………気が変わったのよ。フン、あの無礼なやつと違ってお前はきちんと礼節をわきまえてるかしら。
その人形を供物として、そう。供物として受け取ってやるのだわ」
至って平静。そう、至ってクールにベアトリスは言う。
あと一歩で禁書庫の扉を開こうとしていた華代は立ち止まり、ニヤリと笑う。
「けど、私からひとつお前に行っておくことがあるのかしら」
「聞こう」
「あの『魔女臭いあいつ』をつれてくるんじゃないのよ」
「構わんよ。君から私が知りたいことを教えてもら、え……ば。
今、なんと言った? 『魔女臭い』とは、あの甘ったるい匂いのことか?」
「お前も気がついてたのかしら?
あの男、ベティとあった後から更に魔女の残り香が強くなったのよ。忌々しい臭いかしら。
何をしたら、魔女に目をつけられるなんて厄介事でしかないのよ」
「───その話を詳しく」
鋭くなった視線に射抜かれ、ベアトリスは僅かにたじろぐ。
その纏った雰囲気に気圧された彼女は渋々口を開いた。
「……そうは言われても、私だってよく知らないのかしら。
ほとんど、常識程度のことしか教えられないのよ?」
「その常識程度のことすら、私は知らないでな」
「まったく、どこの辺境から来たのかしら」
そうは言いながらも、きっちりと記された本を持ってくるあたり律儀なものだと華代は思う。
本を渡された華代は表紙を見ると、どうやら絵本らしくおどろおどろしい絵が書かれていた。ページをめくっていき、ふむふむと華代は仕切りに頷き、最後まで開き終えそっと閉じると口を開いた。
「ベアトリス嬢」
「……なにかしら?」
「字が読めない……」
「は!?」
残念だが、日本語、英語、オランダ語ならわかるが異世界の言語まではノーマークだった華代は素直にゲロった。ベアトリスはそんな彼を見て「まじかコイツ?」という目で見てくるが、面倒見のいい彼女は端折りながらだが、絵本の内容をつむぎ始める。
かつて、この大陸には7人の魔女がいた。
『傲慢』『憤怒』『強欲』『色欲』『怠惰』『暴食』そして『嫉妬』を司る魔女たち。
その中で、『嫉妬』がほかの魔女たちを喰らい糧とし、世界を敵に回した銀髪のハーフエルフの魔女『サテラ』
神龍、賢者、剣聖の三者の力を持ってしても滅せず、その魔女は今も大瀑布に封じられている事を。
「ふぅーむ……、魔女サテラか。確かに、とてつもない爪痕を世界に残したの理解出来た。だが、似たような容姿を持つエミリアがあそこまで迫害される理由が見当たらぬぞ?
こういってはなんだが、何百年も時が経てば人は忘れていくようなものだが……」
「たしかに。お前の言う通りなのだわ。だけれど、世界はそう甘くいかないのよ」
間を開け、ベアトリスは言う。
「『魔女教徒』……、嫉妬の魔女を崇拝し、世界を牙を剥く狂人たちの集まりなのだわ。
奴らは魔女が封印されている間も、時折現れては甚大な被害を広げていく。だから、未だにその恐怖を人間は忘れることが出来ないのかしら」
その話を聞き、華代は割の食っているエミリアに同情的な念を禁じ得ない。
「……次はスバルのことだ。君も、あの臭いを把握しているのか?」
「否定はしないし、その通りと言わせてもらうのだわ」
「なぜ、あの異臭を気づくことが出来る者がいたり、いなかったりするのだ?」
「そこまでは私も知らないのかしら。それに、なぜあんな臭いを漂わせてるかなんてベティには知らないし知ろうとも思わないのよ」
「なら次だ。君は……、君の言う魔女と魔女教徒とやらに出会ったことはあるのか?」
「……どうして、そういえるのかしら?」
華代の問いかけにベアトリスは聞く。華代は腕を組み、自分の思い浮かんだ推理を述べた。
「そうだな。簡単な事だ。私は君に教えられるまで『魔女の残り香』などという単語は知らなかった。だが、君はどんな臭いか、名前かを知っていた。
つまり、君はそれを魔女の残り香と断定出来るものを過去に嗅いだことがあるということでは無いか?」
「─────」
華代の推理を聞き終えたベアトリス。あくまでも、これは華代の勝手な妄想だ。だが、これを裏付けることを彼女は言っていた。
事実、彼女の目の色は変わり雰囲気も僅かに鋭くなった。
「……答える義理はないのかしら」
その回答を聞き、華代は小さく笑う。
ベアトリスと目には拒絶の色があり、華代は肩を竦めた。
「含みのある言い方だな。だが、詳しくは詮索しないさ。それだけ聞ければ十分だ。
よし、ではそろそろ昼食の時間だ。最後にいいだろうか?」
「別に構わないのだわ。さっさと言うのかしら」
「この地域の言語を学べる簡単な本を貸してほしい」
返事はなく、ベアトリスは片手を動かすと近くの本棚からひとりでに一冊の本が飛んでくると華代はそれを掴む。
「感謝する。では、また今度午後に来よう」
「フン、もしここに来たくなったら道を繋げておいてやるのかしら。でも、あの無礼者は連れてくるななのだわ」
それに片手を上げて応え、華代は今度こそ禁書庫を後にする。
「…………ふん」
男の背中を見送り、ベアトリスは机に置かれた人形を一瞥する。
今思えば、あんな奴の願いを聞く必要はなかった。
なのだが、午後にあいつはまた来ると言ったことを思い出し、ベアトリスは片隅に置かれていた椅子を浮遊させて持ってきた。
そう、これは椅子がないと文句を言われる面倒を避けるための計算高い行動だ。ベアトリスは理由をつけながらも、久しく訪れてなかった存在に心が沸き立つのを感じていた。
あわよくば、アイツに自分のリクエストで別の人形を作らせてやろうとも思いながら。
異世界こそこそ噂話
華代は見た目は幼子のベアトリスを見て、子供好きな彼は頭を撫でたい衝動にかられていたが必死にこらえているぞ。