まだ幼い子供と妻を未亡人にしてしまったことが心残りと言えるが、彼女はとても芯が強い女性だ。自分が居なくてもきちんと育ててくれるだろう。それに、自分に何かあった時は同僚の柱に任せている。いつも面をつけているが、気心のしれた友人で、安心できる。
それに、彼が纏めた医学書などはきっと御館様が役に立ててくれるだろう。
「よし、まずは宿を取れる場所を見つけるとしよう」
幸いにも日本語は通じる。それに、古今東西身振り手振りで何とかなるものだ。
腰を上げ、埃を払い華代は気持ちを切り替えて路地裏を出る。
「ふむ、見れば見るほど目新しいものばかりだ。おぉ、トカゲが荷馬車を引いているな……」
人混みの間を縫うようにスルスルと歩き、街並みを観察する。
周囲の人々の服装から見たら、華代の鬼殺隊の隊服に羽織という格好はだいぶ浮いているというのにそれに気がつく者はいない。柱として気配を消して行動するのはお手の物だ。
全身鎧の人物が子連れの主婦に道案内を行い人間の子供と犬の顔をした子供が追いかけっこをし、先程見た同種の大きなトカゲが荷車を引き、それらがひっきりなしに往来している。
人と人外が共存する世界、それらがとても眩く、そしてその光景が尊いものに見えた。
そうして歩いてあると、人を掻き分けて誰かがやってくる。
いや、人々がその人物を避けるように道を開けているのだ。
「ん?」
「ごめんなさい、ちょっとそこ通るわね!」
やがて、人混みの中から出てきたのは白い少女だった。
銀髪の髪に、白い衣装。ただの人とは違い少しだけ耳の先端が尖り、紫水晶のような美しく、力強い意志を秘めた瞳をこちらに向け走ってくる。
だが、彼女はこちらを一瞥せずそのまま走り去っていく。
(なんだったのだ? ……なにか探しているようではあったが。それに、周りの視線は彼女に対しての『恐れ』と『嫌悪』に『侮蔑』?)
すぐに見えなくなった少女の背を見つめ、華代は立ち止まると民衆の彼女に対する奇異の視線に僅かに顔を顰める。
「嫌な感じだ……」
その空気から逃げるように足を早め、街中を歩き続けていると、広場らしき場所で女の子が泣いているのを見つけ、その女の子へと近寄る。
「ぐすっ……、ママァ……」
「どうしたのだ小さなお嬢さん。はぐれてしまったのか?」
声をかけると、女の子は肩を震わせ華代に涙で濡れた瞳を向けると、声を震わせながら頷く。
「うん……、ママとお買い物してたら、どっか行っちゃったの……」
「なんと、それは大変だ。お嬢さんが良ければ私がそなたの母君を探すのを手伝おう」
「ほんとう?」
「ああ、無論だ。こう見えて私は人助けには自信があるのだよ」
胸を叩くと、女の子は顔を輝かせる。
「ありがとうおじさん!」
「うぐっ、これでも歳は25なのだがな……」
少しだけ幼子の何気ない言葉に傷つきながらも、その手を取り華代は迷子の親探しをすることになった。
「それでねー、ここは『ルグニカ』っていう名前の王国なんだよ」
「ふむ……、ここはルグニカ王国というのか。なら次は『日本』という国はわかるかお嬢さん?」
「『にほん』? んー、私わかんない。おじさんはそこから来たの?」
「ああ。極東になる小さな島国だ」
「へんなのー。ルグニカ王国は東のはしっこにある国なんだよ?」
「む、そうなのか?」
女の子の母親を探すために街中を歩いて数刻ほど経ち、歩くのに疲れた女の子に肩車をながら探している。
その過程で女の子とも仲が良くなり、彼女から色々とこの世界に関することを聞いてみた。
今いるこの国の名前は『ルグニカ王国』といい、東の端にある国らしい。
基本的には出入口となる王都正門に人々が日用品を買い揃える商い通り、象徴とも言える王城に治安の悪い貧民街。
そして、使用貨幣についてはやはり円や銭ではなかった。
更に、この国は王がいるらしいのだがつい最近に流行病で王族が全て死んでしまったという。
そして、海というものはなく、大陸の端の先には『大瀑布』という巨大な滝があり、そこから先は誰も見た事がないという話だ。
「あ、ママだ!」
ふと、女の子が声を上げる。華代は彼女の指を向けた方向を見ると、人混みの中で誰かを探している雰囲気を出していた女性がおり、彼女が女の子の母親だと理解した。
「ほら、行くといい」
「うん! ありがとおじさん! ばいばい!」
「はっはっは、さらばだ。今度は母親とははぐれないようにするのだぞ?」
手を振り、母親の元に駆けて行きその胸へと抱きつく。
母親は驚いた様子で子を抱きしめ、女の子がこちらに向けて指先を向け、華代に気がついたのか母親は彼に向けてしきりに頭を下げ片手を上げることで、それに応じる。
「結局、今夜は野宿となるか……」
日が沈み始め、街中にあかりがポツポツと灯る景色を見つめ、華代は呟く。
「シャク……、うーむ普通に林檎だ」
日が出ているうちにとある店から拝借していた林檎──この世界ではリンガというらしい──を齧りつつ、とりあえずは夜風が防げそうな手頃な場所をみつけようと、路地裏を歩いていた。
「おーおー、ここを通りたかったら有り金全部置いてきなぁ」
「む?」
ふと、そんな声が聞こえたかと思うと華代の目の前を塞ぐように3人の男が立ち塞がる。
如何にもと言った見た目に、思わず華代は立ち止まり何が感慨深そうに目を細める。
「ふむ……、こういうのをあれと言うのだろう。テンプレというのだ」
「あぁ? なにいってんだテメェ。イカれてんのか?」
「ハッ、なんでもいいだろ。昼のアイツらのせいでイライラしてんだ。死にたくなかったら大人しく腰に指してるもんをわたしゃいいんだよ」
「ふむ、これが欲しいのかお前たちは?」
華代は腰に指していた日輪刀をチンピラ3人組に見せると、下卑た笑みを浮かべ一人が口を開く。
「話がはえーな。あぁ、そうだ。見るからに高く売れそうだからなぁ」
「ほぉ……。ならばくれてやろう」
「ヘッ、そりゃ渡すわけねぇよな。なら力づくで……って、は? 今なんて言った……」
「くれてやると言ったのだ。なんだ、いらないのか?」
華代はそう言って日輪刀をしまおうとすると、1人が慌てたように声を上げる。
「い、いや! いる。というか欲しい!!」
「なんだ、欲しいのではないか。ほら来るといい」
「お、おう……」
鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情をしつつ、ひょろ長い男が華代へと近寄り、手に持っていた日輪刀を受け取ろうとすると……
「さすがにこうも無警戒だと拍子抜けだぞ?」
「あ────」
何言ってんだ? という間もなく、ひょろ長い男ことラチンスの意識が刈り取られ、冷たい石畳の地べたへと倒れ込む。
「なっ!? テメェなにしやがった!」
小柄な男ことカンバリーが吠え身構え、華代は僅かに微笑み種明かしをした。
「何簡単な事だ。顎を撃ち抜いて脳を揺らしてやったのだ」
この程度のこと造作もないとばかりに華代は言い切り、踏み込む動作も見せずにカンバリーの傍を通り過ぎ、その首元に手刀を当てる。
「2人目」
「か、カンバリー!? くそっ、仇は取ってやる!!」
「む、別に殺めてはいないのだがな」
大柄な男ガストンが吠え、冷静に華代はツッコミつつも大仰なパンチを避け、その体を足場に上空へと飛び上がると、その頭部に向けて踵をたたきつけた。
「ぶげぇ!?」
「ふぅ、3人目と……」
難なくチンピラをあしらい、華代は息を吐く。
「さて、なにか金銭を持ってるといいのだがな」
鬼殺隊の柱がそんなことしていいって? 生きるためだし、正当防衛。それに力量をわからずに絡むのはいけないと言う授業を実演してやったのだ。これはその授業料ということだ。
3人の懐から少ない硬貨を回収し、華代は伸びてる3人を背負うと裏路地から表の通りへと出る。
その中で無傷で、しかもチンピラ3人を背負ってる華代の姿を見て通行人たちはギョッと目を見開く。そんな中で適当な人に華代は声をかける。
「すまない、そこの方。詰所はどこだろうか? このチンピラたちを引き渡したいのだが……」
「あぁ、それならあっちに……。よく無事だったなあんた…………」
「ハハハ、この程度鬼に比べたら楽なものだ」
「お、鬼?」
「おっと、こっちの話だ。では、ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう……」
通行人と会話を切り上げ、華代は教えてもらった場所に歩いて向かい、すぐに目的の警備兵の詰所へと場所へとたどり着く。
「すまない、チンピラを捕まえたのだが引き取って貰えないだろうか?」
「む、了解したって……1人でそいつらを抱えてきたのか!?」
「ああ、そうだが。何か問題があるのか?」
「い、いや……ゴホン。では手続きがあるので奥の部屋に来てくれるだろうか?」
「ああ承知した」
鎧を着た騎士と一悶着あったが、奥の部屋へと案内され彼に水を1杯用意して話を聞き始めた。
「半刻前ほどに路地裏に入ったら唐突にあの3人が襲ってきて、堪らず反撃をしたのだ」
「なんと……、それは大変でしたね。あの連中には被害にあった民間人も多くて困っていたのですよ」
「なんと、それはよかった」
「ええ、市民に変わり感謝します。ところで、この街には何用で?」
「うーむ、その事なのだが少し困ったことがあってだな」
「どうしたのですか?」
「実は私はといる魔物と戦っていてな。そいつを倒したと思ったらここにいたのだ」
「……それは、災難でしたな」
「ああ。お陰で私のいた場所の帰る道が分からず困り果てていたのだ」
「良ければどこにいたか名を教えて頂けますか?」
「日本という場所だ」
「”ニホン”ですか……」
騎士は反芻するが、やはりというか思い当たる節がないようだ。地図を広げ、ここでもない。あーでもないと言い、華代もその地図を覗き込む。
王国周辺を記されたその地図は、華代の頭の中にあるどこの大陸にも当てはまらず落胆する。
「申し訳ない。ニホンという名前の地名はないようです……」
「いや、分かっていたことだ。しかし困った。生憎にも私は土地勘もなければここの通貨も所持していないので、宿も取れないのだ」
「確かに、それはまずいですね……。わかりました。詰所の休憩室を使えないか掛け合ってみます」
「なんと、そこまでしてくれるのだろうか?」
「ハハハ、困った方に手を差し伸べるのが騎士としての務めですから。それに、あの3人を捕まえてくれた方には恩を返したいのですよ」
「おお、それは有難い」
ということで、思いがけず雨風を過ごせる場所を確保出来た。
その騎士に案内され、広くはないが十分に寝泊りのできる部屋を貸してもらい夕食や湯浴みも提供してもらい、異世界に来たばかりだが、幸運に感謝した。
「ふぅ……、今日は疲れたな」
ランプに照らされた部屋、ベッドに腰をかけ簡素な寝巻き姿となった華代は天井を見つめ僅かに息を吐く。
「まさか鬼滅の刃の世界に転生したと思ったら今度は異世界ときた……」
壁へと立てかけていた自分の日輪刀へと視線を向け、ソレを手に取ると静かに刃を抜く。
薄紅色の刀身は反射し、華代の顔を映し出す。
「待っていてくれ楓、茜、葵。私は必ずお前たちの元へ帰るぞ」
日本にいる妻と子供たちへと思いを馳せ、華代は今日は寝ようと思うと───
ザワリ
背筋を伝う悪寒、そして鬼と戦い意識を失う寸前に嗅いだ匂いと共に目の前の世界が一瞬で灰色から黒へと色褪せる。
「なっ───!?」
突然の出来事に身構える暇もなく、世界は、時は自分の意思に反して巻き戻り始めた。
人々は前を向いたまま後ろへと向かい、空は夜から夕焼け、夕焼けから朝へと太陽が動く。
鳥は空から地面へ飛翔し、馬車は元来た道へと逆走する。
人々が何気なく過ごした平凡な日常が巻き戻っていく。
(なにが、何が起きているのだ!?)
ありえない光景。ありえない出来事に何も出来ず、華代はそこで時間の逆行を見せつけられ続ける。
不思議なことに、この光景の中で嫌なほど華代の意識はハッキリと明確になっていた。
血液が心臓へと戻り、汗が流れるのではなく登っていき肌へと吸収させる。
噛み砕き、飲み込んだ飲食物がせり上がり噛み砕かれた状態から固形へと変わっていく。
取り入れ、排出したものが真逆の手順をおって全て吸収される様は筆舌に尽くし難いものだった。
更には常人よりも鍛えられた五感に伝えられる全てが逆行するという感覚は彼にとって途轍もない不快感となって、脳へと伝わり彼の意識にだけ鮮烈に焼き付けていく。
刹那にも満たない時間だが、それは華代にとっても永遠とも言えるような拷問であった。そして、その出来事はようやく終わりを迎える。
カチリ……、と時計の針が時を刻むような音が聞こえてきそうな感覚と共に、人々は物は世界は色褪せた世界から彩りを戻し、動き始める。
日が照りだし、気がつけば華代は最初にいた通りで佇んでいた。しかし、先の体験による不快感に堪らず膝をつき、息を荒く吐き出す。
「お、おい大丈夫かあんた?」
「日に当たりすぎたのかしら?」
「ッ、平気……だっ。すこし、目眩がしただけだ。気遣いは不要だ」
声をかけてきた通行人に答え、華代はグッと胃からせり上がる不快感を飲み下し、日陰へと移る。
「クソッ……、何が起きやがったッ」
口調が荒くなり、華代は悪態を着く。
ありえない事象、常識では測れない異常事態。数々の異能を使う鬼と戦ってきた華代でも、時間を逆行するというデタラメな事態には対処の仕方も分からなかった。
だが、一つだけわかるのはこの事態に対して華代一人だけが、この困難に立ち向かわなければならないということを。
重々しく顔を上げ、その瞳に映る人々は何も知らず、日常を歩む。
無意識に彼が握りしめたその手には、何も無く、ただ空虚だけがある。
異世界こそこそ噂話
・呼吸について
主人公の使う桜の呼吸は実は未完成で、全部で六つの型があるのだけれど6つめの『散華』は土壇場で完成したもの。
この呼吸の特性は炎の呼吸の威力と風の呼吸の広範囲のふたつを融合させており、どの型からも『炎』と『風』から繋げられる。
・特異体質について
主人公の特異体質は簡単に言えば『千里眼』
視野が360度で、死角がないため上弦の陸の鬼の攻撃に対応できた。