混乱と不快感による動揺を深く、長く呼吸し抑え込む。
それが和らぐと同時に、華代は立ち上がり歩き出す。
(クソッ、なにがどうなっている。鬼の血鬼術のひとつか? いや、そしたらこんなデタラメな力を鬼舞辻無惨がほおっておくわけがない……)
だが、なぜ自分だけが世界が逆行する感覚を残される?
なぜ、そんな無駄なことを自分にさせる?
そもそも、無駄に丁寧な仕事をしなくてもいいだろう!
(とりあえずはこの元凶を見つけ出し、問い詰めてやる。そして、こんなことを出来るのだ。元いた場所に帰る手段を知っているはず。切り捨てるのはその後だ)
理不尽に対する怒りから、その整った顔を歪め、怒気を放つ様は異様で道行く人々は美貌に見惚れながらも直ぐにその気配に怯え、慌てて目線を逸らして道を開ける。
しかし、彼のそんな雰囲気に気が付かず後ろから人混みを掻き分けて走る、例外な存在がひとりいた。
「す、すまねぇ! ちょっと邪魔────べごぉ!!?」
「あ? ……気のせいか」
ほぼ反射的に拳を後ろへと振り、なにかがそれに当たり勢いよく吹っ飛ぶ。
華代は僅かに足を止めるが、何やらチラッとどこかで見たような服装の目つきの悪い男が、見えたが人混みに紛れたそれには気のせいかと判断し直ぐに意識の遥か彼方へと放り投げ、足を進め始めた。
そして、彼が歩き去っていったすぐ後に少しの間だけノックアウトされた哀れな存在ことナツキスバルは目を覚ます。
「ハッ!? な、何が起きた!? ここはどこ、俺は誰!? って、アホなことしてる場合じゃねぇ!」
すぐに立ち上がり、痛む頬をさすりつつ盗品倉へ走る。
スバルは何が起きたのか記憶しておらず、それが幸か不幸かは定かではない。
〇
華代は確固たる足取りで詰所へと向かい、道中で同じように迷子をみつけ、ものの数分で母親へと送り届け、詰所にて同じように地図を確認した。
その中で、自分の感じた逆行する時の気配と詰所のある方角から何処から逆行が始まったのかということを大雑把に当たりをつけ、直ぐに場を後にする。
「この裏路地を抜ければすぐに貧民街にたどりつくか」
人通りの少ない細い道を進み、曲がり角を曲がる。
すると、目の前にいつかのチンピラ三人衆を発見した。
「む……」
異世界でチンピラと言っても、鬼殺隊の本懐は忘れず華代は彼らに駆け寄ると脈を確認する。
規則正しく脈を刻み、息もしているため死んではないようだ。しかし、完全に伸びておりしばらくの間は目を覚まさなそうと華代は診察した。
「誰がこいつらを……? まぁ、手間が省けたな」
でも、貰えるものは貰っておこう。華代は前回と同じように3人から幾ばくかの硬貨を抜き取り、懐へと収める。
少しだけ寄り道をしてしまったが、立ち上がり彼らを跨いで先へ進もうとした時、黄色いなにかが後ろから凄まじい速度で接近するのが見えた。
「フッ!」
後ろを見ず、日輪刀を抜き放ち薄紅色の軌跡が伸び建物の壁に大きな切り傷を作りだす。
「うわ、うおぁぁぁぁあ!!?」
可憐さとは程遠い野太い少女の悲鳴。
己の命が刈り取られる一撃を全身全霊で空中で身をひねり、何とかその一撃をかわすとゴロゴロと路地を転がり立ち上がる。空には避けきれなかったのか、少女の髪の毛が数本ひらひらと舞っているのが見えた。
「な、ななな、何すんだよ兄ちゃん!!? し、死ぬかと思った…………!!!」
「む、人か……。すまない、人とは思えない凄まじい速さで来ていたため、てっきり私の命を狙っているのかと思ったのだ」
「ただ急いでるだけっつうの! いきなり攻撃してくる奴がいるか!」
冷や汗を流し、敵意をむき出しにして吠える少女に眉をひそめながら刀を鞘に収めると悪びれる様子もなく華代はそれに返す。
「たくっ、本当ならこんなことをした落とし前をつけてやるはずだけど、あたしは急いでるんだからな! 邪魔すんなよ!」
「ハハ、それは怖い」
「全然そうは思ってなさそうな声だな! さっきみたいなことを咄嗟にできるんだからアンタ滅茶苦茶強いだろ!?
というか、コイツらもあんたがやったんだろ?」
「ん? 別に私はコイツらには何もしていないぞ」
少女が伸びていたチンピラ三人衆に指をさして言うが、華代の先程のやったことを見れば些か信ぴょうにかけてしまう。実際、少女は勘違いをしたままだ。
そんな会話をしていると、新たな足音が聞こえてくる。
「げっ、追いつかれた……」
「む、どうしたのだいったい」
華代の後ろを見て少女はその顔を思い切り顰め、華代は同じように自分の背後の気配へと視線を向ける。
「見つけたわよ!」
そこに居たのは、1回目ですれ違った白い少女だった。
変わらず、強い意志を内包した瞳は今は華代と少女と、伸びてる3人組に向けられており、そのことから何やら重大な勘違いをされていると華代は感じ取った。
「人のものを盗んだに飽き足らず、善良な人達を襲うなんて!
返した後に謝ってくれたら許してあげようと思っていたけど、もう許さないんだから。
さぁ、私の大切なものを返してちょうだい! さもないと、すごーく、すごーく酷い目に合わせちゃうんだから!」
「ちょっと待ってくれ、私はただよ通りすがりだ。彼らとはなんの関係もないのだ。よく分からないが、何かあるというのなら2人で……ふた…………いないだと!?」
先程までいた少女は忽然とその姿を消しており、直ぐに華代はどこにいるか探すと、既に彼女は路地上の家の屋根に飛び乗ってこちらを見下ろしており、その顔には憎たらしいくらいの清々しい笑みを浮かべこちらを見ると……
「じゃっ、あとは頼んだぜ
それも特大の爆弾を投下し、そのまま姿をくらました。
「あの糞ガキ……ひっぱたいてやる」
青筋を浮かべ直ぐに追いかけようとするが、目の前に突然氷の壁が現れ、通り道を塞がれてしまう。
「逃がさないんだから。あの子の仲間なのでしょうあなた!」
「な訳あるか。私はなすりつけられただけだ」
「なら、あの惨状はどうやったの?」
「知らん。私が来た時にはああなっていた。お嬢さん、悪いことは言わないからあの子供を追いかけないと逃げてしまうぞ?」
「それもそうだけど、悪い事をした人を逃がすわけないはいかないんだから!」
「そうか……。お嬢さん、本当にやめる訳には行かないのか?」
「くどいわよ!」
「はぁ……、こういうのは気が進まないのだがなぁ」
頭をかき、華代は己の不運を僅かに呪う。
だが、仕方ないとばかりに息を吐き出した瞬間、その姿が掻き消える。
「済まないが、少々手荒にいかせてもらうぞ」
「! リアッ!!」
いつの間にか少女の背後に立ち、その首筋へと手刀を当てようとしたら、彼女の髪から小さな猫が現れる。
その猫の手から氷の塊が形成され、華代の顔目掛けて射出された。
「チッ」
だが、難無くその攻撃をかわし、跳躍すると再び少女と対峙する形となった。
「何者だ?」
「うん、自己紹介をしてないから知らないで当然だね。僕の名前は”パック”。この子の親さ。それと、僕の可愛い娘に手を出そうとするなんて見過ごせないなー」
ふよふよと少女の隣に浮遊する猫のような生物から感じ取られる気配から、アレがとてつもなく巨大な存在だと言うのを感じ取り、華代は僅かに顔を顰め刀の柄へと手を添える。
「なぁ、証明する手段は俺にはないが、アイツらは俺がやった訳でもないし、あのクソガキの仲間でもない。付け加えて言うのなら俺は今かなり急いでいるんだ。
ここは大人しく、何も無かったことにして素通りする。悪い話ではないだろう?私も、君も無駄な時間を取られない。実にいい提案だと思うが」
なすりつけられたことに対する憤りとあと少しで元凶へと辿り着けれるというのに、邪魔をされたイラつきからか、口調が荒くなりながらも華代は冷静にそう投げかける。
「確かに、リアのためを考えたらあの盗人を追いかけた方がいいと思う。だけどね、僕の娘に手を出した罪人には裁きが必要なんだよね」
平行線か、瞬時に悟り華代は極力傷をつけないことを心がけ日輪刀を抜き放つ。
薄紅色の刀身が露出し、その美しさに白い少女は僅かに目を奪われるが、すぐに頭を振り気持ちを切替える。
「リア、彼結構強いから油断しちゃだめだよ。多分、隙を見せたらヤラれるから」
「うん、私がんばるんだから」
「まったく、今日は厄日だ!」
恨み言を紡ぎながら、呼吸を使わず華代は勢いよく地面を踏み込む。弾丸のように真っ直ぐ直進し、刃ではなく峰を向け切りかかる。
その速さに少女は僅かに驚くが、咄嗟に後ろへと飛び華代と自分の間に氷の盾を作り出す。
「フッ!」
短く呼吸し、峰から刃へと向きを変えて氷を切り捨てる。
なんの抵抗もなく分厚い氷は切り裂け、その間から殺意溢れる氷柱が飛んできた。
「シッ……!」
体を沈みこませると、頭上を氷柱が通り過ぎていき手の中で刀の向きを変え切り上げる。
「危ないなぁ」
壁から串刺しにするかの如く、氷の棘が飛び出しすかさず攻撃の手を中断させ跳躍する。
建物の壁を足場に、上空から地上へ袈裟斬りを放つ。
「やぁ!」
少女が手を振るい、氷の剣が刃とぶつかり勢いが僅かに弱まる。
「フッ!」
斬撃が氷の剣を粉砕し、細かく刻まれた氷雪がキラキラと光を反射し気温を下げ、息が白くなる。
しかし、全集中の呼吸の恩恵でこの程度の寒さには動きは鈍ることはなく、更に動きのキレは良くなっていく。
「なーに、別に悪いことしようってわけじゃないんだよ?
暴れるとちょっと、痛いことになるけどね」
「その割には、随分とシャレにならない攻撃ばかりだ!」
「大丈夫よ。わたし、細かい傷なら治せるんだから。
あ、でもパックやり過ぎないでよ? 治せなくなっちゃうから」
「大丈夫に見えるのが何とひとつ見えないのだがなぁ」
どこかズレた会話をするひとりと1匹に緊張感が削がれつつも、握る力を弱めずに次々と氷を切り捨てる。
そこから短い時間に剣戟と氷がぶつかり合うが、終わらせるために呼吸法を使用することにした。
「シィィィイ……」
独特な呼吸音が漏れ、パックという猫はそれから何かが来ることを察する。
「風の呼吸……」
壱ノ型 塵旋風・削ぎ
凄まじい勢いで螺旋状に地面を抉り、突進する斬撃が放たれた。
もちろん、だいぶ加減されたもので当たってもせいぜい全身が打撲する程度のものだ。
「うーん、見た目は派手だけど殺気がないのは喜ぶべきかな? ……リア」
「うん」
地面から氷の牙が突き出し、いつか見た鬼の攻撃と似たようなソレは華代の剣技とぶつかり幾つもの氷が粉砕され、狭い路地に季節外れのダイヤンドダストを形成される。
大した傷もなく、消耗もしていないが埒が明かない思い華代は『桜の呼吸』を使おうとも思ったが、少女の背後に見えた惨状を見てやる気が失せ、構えを解く。
「とうとう降参する気になったのかしら?」
「だから私は何もしてないし捕まる気もない。それに、腐っても私は一般人からものを盗るようなことをする気は無い。
こほん、それよりもそろそろ止めといかないか?」
「……確かに貴方はさっきから私を傷つけるようには見えなかったわ。
だけど、止めるのは貴方を拘束してからなんだから」
「やはり平行線か……。なぁ、お嬢さん後ろを見てはどうだ?」
「後ろ? フフン、そんな手には乗らないわ! わるーい人はそうやって騙して酷いことをするってこの前読んだ本に書いてあったんだから!」
「あー、リア? 彼の言うとおり後ろを見た方がいいと僕は思うなー」
「パックも何言ってるの? ついさっき、あの人に隙を見せたらダメだって言ってたのに後ろを見ちゃったらすごーく、すごーく大変な事に……大変……? タイヘン!」
不思議生物パックに促され、白い少女は振り返る。
その視界には戦闘の余波に巻き込まれ、傷だらけの氷漬け寸前でズタボロの気絶中の3人組だった。
慌てて3人組の元に駆け寄っていく少女をみつめ、華代は立ち去ろうとも考えたが、チンピラとはいえ彼らも守る人には変わりなく、日輪刀を鞘に収めて診察を行うのであった。
異世界こそこそ噂話
短い距離なら華代はフェルトよりも早く行動することが可能。