「待ってくれ。───サテラ!」
シン……と、沈黙が場を支配し黒い髪の少年は少女の元へと歩み寄ると、その細い肩へと手を乗せた。
「無視、しないでくれ。いなくなったのは本当に俺が悪かった。でも、俺もわけがわからなかったんだ。あのあとも盗品蔵まで探しにいったし、それでも会えなくて……」
その少年は早口で言い訳の言葉ばかりを述べ、自己弁護を続ける。
だが、振り返ったエミリアの表情は驚きから段々と憤怒のへと変わっていくのに気が付かない。いや、気付こうとしない。
「ごめん、自分のことばっかだ。……でも、無事でよかった」
少年はそう言い終え、顔を上げる。
そして、少年はようやく気がつく。彼女が自分見る目を。その瞳に宿った感情に。
「あなた……」
少年の手を払い、震わせた唇からは敵意に満ちた声が放たれる。
「どういうつもり──? 人を"嫉妬の魔女"の名前で呼んでどういうつもりなの!?」
頬を紅潮させ、問い詰めるエミリア。少年はその言葉を予測していないのか戸惑いの表情をうかべる。
周囲にいる人々の喧騒も静まり、ただ両者の間だけの会話が嫌に響き、その場を支配していた。
「もう一回、聞くわ。──どうして私を、『嫉妬の魔女』の名で呼ぶの?」
「いや、だって。そう呼べって……」
「誰に言われたのか知らないけど、タチの悪い趣向すぎる。乗る方も乗る方よ。──禁忌の象徴、『嫉妬の魔女』。口にするのも憚られる、そんな名前を呼び名に選ぶなんて」
嫌悪感を露わにして、エミリアの声に少年は困惑しかできず何も言うことが出来ない。
項垂れる少年を前に、エリミアは時間の無駄だと悟ると身を翻してその場を後にしようとする。
そして、どこからともなく風が吹くと、見知った頭髪の少女が彼女の懐から小さなナニかを取り出し、走り去っていく。
その姿を見て、少年は叫ぶ。
「フェルト!?」
一瞬とも言える時間、少女は疾風となって路地裏へと消えていき、エミリアは慌てたようにローブの中をまさぐり盗まれたことに気がつくと原因となった少年を睨む。
「やられたっ。このための足止め……あなたもグル!?」
「な、違っ!? 誤解だ! 俺は…………!」
エミリアは少年の言葉を最後まで聞かず、すぐにフェルトのことを追いかけるために走り出した。
その場には少年だけが取り残され、呆然と立ち尽くす少年は何かを叫ぶとそのま後を追うように駆ける。
「……なんだったのだ?」
一連の流れを見つめていた華代は首を傾げながら呟く。
いくつか分かったことは、一方的だったが少年はエミリアのことを知っていた。そして、『嫉妬の魔女』という単語。これは周囲の反応かわかる通り彼女に対して特大の地雷らしい。
その魔女とやらの名で呼ばれた彼女は、短い付き合いとはいえ会話していた時からは想像もできないほどの激昂ぶりには華代も驚きを隠せず、同時に困惑した。
「……なぜ、少年は彼女をそのように呼んだのだ? 見たところ、それが忌み名だとは知らなかったように見えるが」
むしろ、彼はそれが真名だとそう思っていた節がある。
なぜ、どうして? 疑問は増えるばかりだ。
「だが……、彼がこの逆行の鍵になるのかもしれないな」
重い腰を上げ、華代は彼らが入っていった路地へと向かう。
しかし、入り組んだ路地は迷路のようで少年のことを見つけることが出来ず、華代は自分が行動するのが遅かったことを察して舌を打つ。
「クソッ、どこに行ったあの少年は?」
額に滲んだ汗を拭い、気配を探るがあるのは感じ取れない。
「はぁ、どうせ原因はあの場所だ。ならば、予めそこに行けばいい」
今の時刻は昼ほど、あまり宛にはならないが最終目的地はあの酒場だと言うのはわかっている。
あの黒髪の少年がどう影響しているかはまだ分からないが、まだ夕暮れには時間がある。
「しかし、あの少年はどう関係があるのだ?」
姿を思い出すが、彼からはそこまでの邪気などな感じられなかった。むしろ常になにかに脅えているかのような感じだ。
それに、気になるのはあの女。やつは言った「新しい取引相手を連れてきた」と。先の流れを見たら、あの少年が2回目になにか関わっているという予測をすることが出来る。
そして、結果的にあの殺人鬼に殺された。
「しかし、これはあくまでも私の予測だ。真実はこの目で見なければ意味が無い」
幸いにも先のある場所はわかっている。壁を蹴り上がり建物の屋根に着地すると華代は屋根伝いに貧民街へと目標を定め、空を駆ける。
「到着……と」
2度目となる酒場の前に立ち、華代はゆっくりと外観を見る。
あの時のようなおぞましい気配と血の匂いは感じられない。
どうやら、まだ中の住人は無事のようでほっと胸を撫で下ろす。
だが、安心はできないため華代は少しだけ警戒しながら扉の前に立ち2回ほどノックし、反応を確かめる。
「……大ネズミに」
(そう来たか……)
まさかの不調和である。予想していなかった事に華代は額へと手を当て、返ってきた言葉に顔を顰めた。
そう言えばここって盗品蔵だったのを思い出し、確かに符丁が使わるのも納得だ。大ネズミ、大ネズミか……
考えていると、訝しんだ扉の向こうにいる人物はなにやら大きなものを握る音が聞こえ、荒ごとになりそうなことを予見する。
紳士的(物理)なお話になりそうだ、と華代は日輪刀の柄に手を添えて勢いよく扉を蹴り飛ばす────
直前に3度目となる逆行へと対面し、実行に移すことが出来なかった。
〇
「…………クソッタレが」
3度目となる巻き戻った世界。頭痛と吐き気を抑えながら華代はどす黒い感情を込めて悪態を着く。
(どういう事だ、起点はあの盗品蔵であったはずだ。なのに、今度は匂いが盗品蔵から別の場所へと移っていた)
その場から動くことなく、華代は顎に手を添えて思考する。
微動だにせず、何かを考える様子の姿は絵になっており人々は彼を避けるように歩く。
(逆行の時間がだんだんと早まって言っている。私が前回と違うことをしたからか? いや、何かをずらす様なことはしていないはず)
高速で思考し、仮説を立てる。
その中で、これらの大筋を変える存在が1人いたということに気がついた。
(あの黒髪のガキか)
無意識にコツコツと踵が石畳を鳴らし、華代はいつかの目つきの悪いガキの顔をう浮かべるやいなや歩き出す。
向かう先は、あの少年とエミリアの2人が邂逅した通りだ。もしかしたら何かを手がかりがあるかもしれない。
そして、
「ちゃーんちゃーちゃちゃっちゃっちゃっちゃ!」
と、記憶の彼方に前世で聞いたラジオ体操の間抜けな歌声が聞こえてきた。
そこには青果店の隣の露店で体を動かす、ジャージ姿の特徴的な黒い髪型の目つきの悪いアイツがいた。
「見ぃつけた……」
自然と呟き、華代の口角が吊り上がる。(それを見た通行人は悲鳴をあげていた)
「男にはやらなきゃならねぇときがある。──そうだろ、オッサン」
「そのことで自分の首を絞めかねない事実にも目を向けたらどうかね、少年」
へ? という呆気に取られた声を上げ、少年が声の聞こえた方向へ視線を向ける。
そこにいたのは、腰から刀を提げ、学生服のような制服に桜の柄をあしらった羽織を纏う中性的な顔立ちの剣士がそこにいた。
「やぁ、こんにちわ。早速で悪いが────ちと、ツラァ貸せ」
にこやかに笑うが、その目は笑っておらずスバルはなすがままに首根っこを捕まれ裏路地へと引きずり込まれるのであった。
「フンッ」
「ブゲッ!?」
人の目が無くなるや否や、放り投げられ放物線を描いて少年は汚い地面に転がり、汚い悲鳴をあげる。
「いっつつ、何すんだよアンタ────うぉおお!?」
堪らず少年は華代へと掴みかかろうとするが、突きつけられた日輪刀の切っ先を見て踏みとどまった。
「簡潔に問う。貴様は何者だ?」
「なんだよ、これ。どっかの聖杯戦争みたいなシチュエーションはよぉ・・・・。な、何者って……名前はナツキ・スバル。右も左もわからない上に天衣無縫の無一文! としか言えないんですがねぇ」
「巫山戯ているのかお前?」
華代の問に、黒髪の少年スバルは言うが空気の読めない発言にイラッときた華代は青筋を浮かべる。
だが、このままでは話は進まないと思い刀を下ろした。
とりあえずは目下の命の危機が去ったのか、スバルは胸を撫で下ろす。
「さて……、質問するが少年。君は盗品蔵に用があるのだな?」
「ッ、どうしてそれを!? アンタ───」
「質問を質問で返すな。いいか、貴様は私の問いかけには黙って答えろ。わかったな?
コホン、話は戻すがなぜ君は盗品蔵に用がある?」
濃密な殺気を叩きつけられ、スバルは顔を青くし口を閉じてしまう。そのため、華代は自分の中にあった答えを口に出す。
「あの金髪の少女が盗んだものが目当てなのか?」
「あ、あぁ……!!」
「そうか……」
自分の中の推測が正しかったことが分かり、幾ばくが殺気がやわらぐ。
あの殺人鬼の言っていた新しい交渉人は、どうやらこの目の前の少年らしい。
「それで、なぜ君はそこまで盗品を欲しがるのだ?」
「違う! おれはただ、……ただ、あの子に」
「あの子? なんだ、その盗品を別の誰かに贈るのか」
「そんなんじゃねぇ! ただ、俺は盗まれた者を本人に返したいだけだ!!」
その叫びに、しばしの間目を瞬かせ、華代は口をとざす。
「返す、だと?」
「ああ」
「何のために?」
「り、理由なんてねぇよ」
「そんな訳があるものか。彼女に恩を売って金品をせびるつもりではないのか? 彼女はどうやらかなりの身分らしいからな」
「違ぇよ。ただ、あの子を……。あの子に…………。理由なんてねぇ。人助けに理由が必要か!?」
「…………いや、ないな」
スバルのやけくそ気味のセリフに毒気を抜かれ、華代はその純粋な気持ちにどこか感慨深く思い、自然な笑みが浮かぶ。
「……それしても、あんたが言う通りあの子が位の高い身分ってことは俺ってばすげぇ失礼なことしてたってことがよぉぉぉ…………!」
くねくねと見悶え、なにやらキモくブツブツ言いながら自己嫌悪に陥るスバル。
「さて、少年。ここで分かったことがある」
「お、おう。さっきまで俺の事を殺そうとしていたとは思えないくらい爽やかな顔してるなアンタ……」
「茶化すな。それと私は歌風 華代という名前がある。ンンッ、スバル。君は世界のぎゃ────」
「おっ、見ろよ」
「金づるハッケーン。弱そうなガキとヒョロい奴じゃねぇか」
「ハッ、んじゃ出すもん出すんだな」
華代の話の腰を折る3つの声が響く。
1回目にて華代によって衛兵に突き出され、2回目でスバルに気絶させられたいつかのチンピラ3人組だった。
いままさに、核心をつこうとしていた華代の表情は能面のような無表情が張り付いている。
だが、握られた刀の柄からはミシミシという音が聞こえてきたスバルは小さく悲鳴を漏らして、何度目か分からない顔を青くする。
異世界こそこそ話
華代は常に何があってもいいように、各種薬品や補助道具などを隠し持っている。
火をつければ爆発するものや凄まじい光を放つものや少しでも摂取すれば、大事に至る毒物などなど。