長かった。何度も繰り返し、その度に筆舌に尽くし難い屈辱を味わった。
それがようやく、開放されると思うと自然と力が籠る。
固く閉ざされ、人気のない盗品蔵を前に立ち感慨深く華代はその外観を見つめた。
目標の夕方よりも早い時間にたどり着き、華代とスバルの2人は一息つく。
「この時間ならまだフェルトはここには来ていないはずだぜ」
「フェルト? あぁ、あの金髪の手癖の悪い少女のことか」
「知っているのか雷電!?」
「なんだいきなり大声を出して……」
「いや、ちょっと言うべきかなって。まぁ、あんたの言う通り手癖の悪いガキンチョさ。というか、素で言ってたけどもしかしてハナヨって……」
「フン、もしかしなくてもお前と同類だ」
「やっぱりかぁ。さっきおもっくそ日本って言ってたもんな。だけど、なんでそんな格好してんだ? コスプレか? おまけに妙に口調が古めかしいけどよ。キャラ作りにしちゃ自然だし」
「こすぷれ? 何を言っている。これはれっきときた由緒正しい鬼殺隊の隊服だ戯け」
「鬼殺隊?」
「読んで字のごとく。人を喰う鬼を殺す組織だ」
「おぉ、平成の現代日本にまさかそんな漫画やアニメみたいな組織があったとはな……」
「平成? 戯け、今の日本は文久三年であろう」
「は? いやいや、平成だって何言ってんだよ」
「え?」「ん?」
そこで2人は話が食い違っていることに気がつき、互いに指を指し言う。
「ひょっとして華代さんってば過去の日本から来ちゃった感じ? お侍様?」
「お前は未来からか? あと私は侍ではない。剣士だ戯け」
「「…………」」
まさかの事態である。華代自信、一応は前世の記憶を保持しているがほぼ忘れているようなもので、スバルの格好も「あー、なんかどっかで見たなぁ」程度のものしかない。
「まさか異世界に来たと思ったら幕末の人と一緒って予測できるかよぉ……。というかさっきから何回戯けって言われてんの?」
「おい、そんなことより未来では鬼は居なくなっているのか!? 詳しく話を聞かせろ!」
「ちょ! 掴む力つっよ!? いだ、いだだだだだた! んな話聞いたことねぇよ! 少なくともネット上じゃ都市伝説でも人喰い鬼なんて昔の日本の神話でしか聞いた事ねぇって!! これでいいか!?」
「っ……あ、ああ。すまない…………。そうか、鬼は居ないか……そうか。そうかっ…………!
彼らは鬼舞辻を無事倒してくれたのかッッ!!」
いくら物語の世界だったとしても、結末を知っていたとしても、あくまでもそれは物語としてのものだ。
現実として自分が過ごし、未来のことを知っていても不安だった。だが、スバルの言葉を聞き、華代はようやく1つの重りが取れたように、泣きそうになりながらも笑みを浮かべる。
そんな彼に投げかける言葉が見つからず、スバルはただいつもの調子に戻るまで、何も言わず待つのであった。
「くっ、コイツのまえであんな無様なさまを見せるとは……。穴があったら入りたい!」
「あれおかしくない。なんでナチュラルに俺ってば罵倒されてるの? 酷くない? 泣くよ?」
「喧しいわ穀潰し。はぁ、それで交渉はお前がするとのことだが、私は彼女が盗まれた品を知らないが出来るというのか?
それに、金は持っているのか? いや、持ってるわけないか無一文と言っていたしな」
「よくご存知で。確かに俺は天下御免の一文無し! ……ちょ、待てよ! 刀を抜こうとするなって! 代案はあるから! ステイ! ステイプリーズ!」
「日本男児なら日ノ本の言葉を喋れ。喋れなければ腹切って死ね」
「アンタは何処の島津人だよ!」
「失敬な。私は薩摩出身だ」
「近いじゃねぇか! って、話を戻すけどコレが代案だ」
柄へと手を伸ばした華代を宥めながら、スバルは懐からとある物品を取り出す。
華代はそれを見て、確か……ガラ、ガラ…………、ガラケーだ。と思い出した。
「そんなもの取り出してどうするのだ?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました。これこそ"ミーティア"。時を切り取る道具だ!」
「"みーてぃあ"?」
始めて聞く横文字に、首を傾げて呟く。
とりあえずは気を取り直し、懐かしい品を見ながら華代はスバルへと尋ねた。
「それで、そのみーてぃあとやらが代案となるのか?」
「おうとも! この世界では絶対にお目にかかれないレア物だ。
それじゃよく見ておけよNATUKIフラッシュ8連射!!」
「ムッ……」
突然の光、眩さに堪らず目を細める。
「さぁさぁ、こちらをご覧あれ! ────いってぇ!?
いきなりやって悪かったって! ていうかデコピンの威力じゃねぇんだけど!?」
いきなり何しやがる、という思いを込めてスバルの額を指で弾き汚い悲鳴を轟かせながら、ガラケーの液晶を華代へと見せた。
「写真か……」
「ご明察ぅ。……そういや、文久三年ってその頃にゃカメラが伝わってきてたな。
ということで、これは小型の写真機だ。俺の時代だとこれが出回ってるんだよな。
んでもって、この世界にはこういうものが出回ってない……はず」
「そこは断言しないのか。ふむ、ほぉ。これがあれば妻や子供たちのことを綺麗に記録できるな……」
それから何回か空や植物の写真を撮った後、気を取り直して話を再開させる。
「んで、これなら欲しがるやつは大金を出すって寸法さ。どうだ?」
「確かに、価値はありそうだな。しかし、本当にソレはお前が返そうとしているものと釣り合うのか?」
「おう。コイツは聖金貨で二十枚以上の価値があるってお墨付きだからな」
「この世界の貨幣制度がよく分からんのだがなぁ。まぁ、それならいい」
それから話を聞くと、どうやら二週目にて彼はこのガラケーを使って盗品蔵でこれと徽章の交換を持ちかけたらしい。
だが、それはあの殺人鬼の機嫌を損ねる結果となり、結果として殺される羽目になったようだ。
「しかし、それだと前回の二の前ではないか?」
「それは、ほらエルザが来る前にフェルトと交渉して手早く回収して万事OKって感じだ」
「エルザ……。あぁ、あの殺人鬼か。
それにしても、結局そうなったとしてもお前やフェルトはどの道殺されるぞ?」
「───へ?」
「スバル、考えてもみろ。あの女の狂気を。
あの狂人が依頼した品物を手に入れられず、はいそうですかといって引き下がると思うか?」
「あ────」
何度も死に戻り、視野の狭くなったスバルはひとつの目標しか見えていなかった。
華代からみても、アイツは殺人を楽しんでやるシリアルキラーだ。見せしめにフェルトが殺され、関係者でもあるスバルとエミリアを1人ずつ殺していくのを想像するのも難くない。
「だが、それはお前一人だった場合だ」
「ッ!」
顔を上げたスバルに向け、薄く笑い華代は己の半身を見せる。
「例え異世界だとしても、私は無辜の人々を鬼から守る鬼殺隊の剣士だ。私の目が黒いうちは守ってやるさ」
「っ〜……! すまねぇ、恩に着る!」
「涙を流すのは今ではない。この最悪な運命を打ち破ってから好きなだけ泣くといい。
さぁ、早く交渉を終わらせるぞ」
「おう!」
気合いの籠った声を上げ、スバルは確かな足取りで盗品蔵へと進むのであった。
〇
(そういえば符丁を知らなかったな)
この盗品蔵に入るのには符丁が必要だと思い出したが、スバルはその答えを知っており、盗品蔵の主へ巫山戯ながら答える。
そのふざけた答えに怒りながら出てくるのは、浅黒い肌の筋骨隆々な老人だ。
「あんま頭に血ぃ上らせてると血管切れるぜ。現代医学でもかなり危険」
「ならばご老体をわざわざ怒らせる真似をするな戯け」
最初はこれから交渉があると言って取り繕うとしなかったが、スバルがお近付きの印といって持っていたビニール袋からコンポタ味の菓子を手渡し、中でフェルトを待つことにした。
「無理言って済まないなご老体。このバカがアホな事をやって」
「フェルトの客だと言うのなら一応ワシの関係者とも言えるからのう。おい小僧! ワシに渡した菓子ならば勝手に食うでないわ!」
「おいおいおい、客に茶菓子のひとつもないんだったらみんなで分け合えばいい。知らない? 一人はみんなのために。みんなひとりのためにってなOK?」
「戯けェ。明日の食い扶持にも困るようなこの貧民街ではそんな博愛主義溢れる言葉なんぞで食料を手放すわけがなかろう。言葉でおマンマは食えんのじゃぞ!」
そんな異世界の世知辛い会話を交えつつ、各々は盗品蔵のカウンター席に座り、華代はいざ言う時のために店内を物色し、老人ことロム爺はスバルの渡した菓子をバリボリと食べ、スバルもそれを2、3枚ほど摘み自分の家のように酒を木箱から見つけてソレを飲む。
華代も勧められたが、何が入ってるか分からないため遠慮しておくことにした。
「おい、スバル。お前はまだ未成年だろ」
「いやいや、ここ異世界だぜ? なら郷に入っては郷に従えってやつだって。それにアンタの時代だと15で成人だって」
「ああ言えばこう言いおって……」
「苦労してるなお主も。ほれ、これをやろう」
同情的なロム爺の視線を受け止めながら、華代はロム爺から出された豆をつまみ、口に運ぶや否や顔を顰めてその皿を横へと退かす。
そのことは予想していたのか、ロム爺はそれには特に言うこともなかった。
それからはロム爺とスバルが酒を飲み、華代はロム爺にバレないようにあちこちに小細工を仕掛けていく。
そして、ダラダラと時間が過ぎていき目的の人物がやってくる。
コンコン、とノックの音が響く。
「来たか」
ロム爺が自分たちにやったみたいに符丁の確認をしに行き、スバルは緊張から顔を強ばらせ華代は至って自然体で体を出口に向けるとそこにはいつか見た少女がいた。
「……なぁ、ロム爺。ほとんど客が来ないはずのここに2人くらい見たことない奴らがいんだけど気のせいか?」
「お前さんの客らしいぞフェルト。どうやら、お前さんが今日盗んだものが欲しいとの事じゃ」
「あ? どうしてその事を知ってんだ…………
まぁ、金が貰えるって言うなら何だっていいけどさ」
フェルトはそう言うと、勝手知ったる様子でスバルの横に座るとロム爺から渡された冷えたミルクを人のみし、味に対して愚痴をこぼす。スバルも、もういっぱい酒を飲もうとしたが、華代に引っぱたかれて辞めさせられていた。
「それで、アンタらはアタシの盗んだものにいくら金出してくれるんだ?
言っとくが、これ盗るのにもだいぶ骨が折れたし先約もいる。
生半可な額じゃあ、取引にゃ応じないぜ〜」
「いてて、ンンッ。金はねぇが俺にはこれがある。価値にしておよそ聖金額20枚ほどの値打ちもんだ。
どうだ、悪い提案じゃあないだろ?」
スバルはそう言い、取り出したガラケーをフェルトへと見せる。彼女は訝しげな視線をロム爺へと向ける。
「ホントかロム爺?」
「うーむ、この阿呆を調子には乗らしたくはないが事実じゃ。
このミーティアは時を切り取る魔法器じゃ。最低でも15はくだらん代物じゃ。欲しがるものならばそれ以上の金を出すじゃろな」
「へぇ……。アタシにはそういうのはよくわかんないけど、ロム爺がいうなら確かなんだろーな。そこの兄ちゃんの持ってる剣も高そうに見えるけど」
フェルトは華代がカウンターへと立てかけていた日輪刀を見て、目を輝かせる。
「ん、まぁ私専用に鍛えられたモノだからな。そこいらの刀剣よりも業物ではあるが、売る気は無いぞ?
それよりも、フェルト。お前は盗んだものはきちんと持っているのか?」
「ったりめーだろ?
ほら、これが目的のブツだ」
フェルトはその手に紋様が入っており中心には宝石が埋め込まれている、小さな徽章がのっていた。
確かに、高そうなものではあるがコレがエミリアがあそこまで必死になって取り返そうとするには、些か信じにくい。
それに……
(あのおぞましい気配はこれからはしないな)
逆行するときに感じ取った悼ましく、おぞましい気配はせず、あの現象の引き金がこれではないと分かる。
だが、となるとどうやってあれが引き起こるというのか。何が引き金となって発動するのか。
これが関係ないとなれば、やはりスバルが関係しているのか?
そんな思考をしている華代を横目に、話は進んでいく。
「そんで、ロム爺。これはどんくらいの値打ちがつくんだ?」
「うむ、見たことの無い徽章じゃがこれも相応の価値はあるじゃろう。
だが」
「俺のコレよりは低いだろ?」
「ないとは言いきれぬが……、その通りじゃな」
「そうか! よしっ、よしっ! なら早速コレと交換を───」
「おっと待った兄ちゃん。なんでそんなにことを急ぐんだ?」
フェルトは待ったをかけた。
「な、なんだよ。別に急いでるわけねぇし? ていうか、顔! 顔ちけぇって!」
眉を寄せるスバルにフェルトは顔を近づけ、誤魔化そうとスバルは早口で言う。
「なんだよ、女の子に近づかれて照れてんのか?」
フェルトの問いかけに言葉を詰ませながらも、スバルは引きつった顔で答えた。
「いやお前、何日か風呂とか入ってねぇだろ。目に沁みる刺激臭がする」
顎を真下からブン殴られる。
のけ反って、舌を噛んだ激痛にスバルは涙目で呻く。
音により、思考の海から引きずり出された華代は何事かとロム爺に問い、事情を聞いて呆れてしまう。
「女相手に容赦ねーな!?」
「お前もちょっとした軽口に容赦ねぇな!? 早くも流血沙汰だよ!」
「すまないご老体、台所を貸してもらえるだろうか?」
「ナンジャ藪から棒に。あそこじゃ」
「そうか。感謝する」
スバルとフェルトの漫才を横目に、華代はロム爺に言われた場所に向かい席を立つ。
スバルはそんな彼の行動には気づかず、フェルトに詰め寄られ彼女に主導権を取られていってしまう。
「んで、この徽章は、なんだ? 実はこいつには、この見た目以上の価値があるんだ。だから欲しがるんだろ? それはつまり、魔法器以上の金になる価値ってことだ」
困ったことになった、スバルは赤い瞳に嗜虐的な光を湛えたフェルトを説得しようとするがコミュ障の自分にはいい言葉が思い浮かばず、助けを求めて華代を探すが座っていた席には居らず、空気を読んで沈黙していたロム爺だけが見えるだけだ。
「待て、フェルト。お前、その考えはマジに危ないぞ。話の流れ的に何を言い出すのかだいたい予想がつくのがゲーム脳でアレだけど……それはマジにやめとけ!」
目の前の少女が守銭奴だというのこれまでの経験で理解している。このまま、彼女が釣り上げようとすると待っているのは文字通りDEAD ENDだ。
互いに譲れず、時間がさらに過ぎていく。
そして、ロム爺のグラスに注がれていた酒が飲み干される頃合に新たに扉を叩く音が響き、スバルが肩を跳ねさせた。
「ん、噂をすればってやつだ。アタシの依頼人だろうな。時間にはまだ早いけど」
フェルトはそう言い残し、出口に向かいそのドアノブへと手をかける。
盗品蔵、ノック、フェルトの客──それらが符合し、スバルの中に導き出される答えはひとつ。
「やめろ! 殺され────でァ!!?」
「おっと、すまない。手が滑った」
悲痛な声でスバルが叫ぶ寸前、いつの間にか戻っていた華代が彼の頭に向けて、鞘に収まった状態の刀で叩いたことで痛みに悶絶してスバルはそれが出来なかった。
屈んで悶えるスバルに近寄った華代は耳打ちする。
(な、何されるのでしょうか!? というか、どこいっていたんだよ!)
(腹を満たせるものを作っていたのだ。まったく、黙って聞いていたがなんだあのお粗末なやり取りは。それ以上不利になりたくなければ黙っていろ)
(でもよ! あのままじゃフェルトがエルザに!)
(私がいるだろう。それに、外にいるのはあの狂人ではないぞ)
(それってどういう───)
「───とうとう見つけたわよ。観念しなさい」
華代の言葉に、スバルが言い終えるまでに凛とした声が盗品蔵へと木霊した。
「え?」
「げっ……」
まさに私怒ってます、といった様子の眉をよせる白い少女エミリアがそこには立っていた。
そして、そんな彼女を横目に華代は自分の作った豆と肉の炒め物を口に運び、その出来に頬を綻ばせるのであった。
異世界こそこそ噂話
華代の特技は声真似。割と再現度は高く、その顔も相まって女装などをしたらほぼ別人というのは彼の奥さんのお墨付きらしい