「80キロってフルマラソン二周か、5時間もあれば着くか?」
「それは体力バカのテメーだけだ」
「確実に人間辞めてるだろ大樹君」
火薬を取りに箱根まで向かう最中そんなこと言った大樹を同じ人間とは思えない。
ついでに日の出から数を数えている千空にも同じ感情を抱く。
日の出からって事はつまりその時間寝ててもカウントできてるって事だろう?人間の技とは思えない。
でもそこに痺れる憧れる。
やりたいとは思わないけど。
「いま鎌倉あたりか? 正確な緯度経度が知りてぇ──!」
「むぅ……目印になる建物とかないのか!」
「鉄筋が腐ってんだぞ、残っちゃいねぇよ」
「鎌倉の目印って言えば──」
杠の言葉を引き金に私たちは一気に走り出す。
その先に見えていたのは草の生えてない空間で、遥か昔見た懐かしいもの。
「ククク、わかったぞ現在地は北緯35度19分、東経139度32分だ!」
左手が崩れ落ちてもなおそこに存在していた巨大な銅製品、修学旅行の定番鎌倉の大仏。
私を含め四人全員が来たことがあるだろうその場所だ。
つぅっと涙を流す杠を見た大樹は焦りながらも語りかけ、千空と私はそれをただ見つめる。この四人の中で一番この世界に順応していないのは他でもない彼女で、現実を理解して泣いてもおかしくはない。
崩れ始めた大仏をばらして六分儀に使おうとする千空を止めると大樹と、それを見て青ざめる杠。そしてその三人を少し離れたところで見つめる私。
こんな構図だと寂しいやつだと思われるかも知らないが、私の本心を知ればそうは言わないだろう。
私の本心、それは単純明快。
幼馴染三人尊い。えぇまぁ、尊い。
千空が誰にでも優しいのは頼り頼られるこの二人の存在が大きかったのだろう。
本当に、あの三人は尊いものだ。
「茉莉ちゃん、どうしたの?」
俯き微笑んでいると杠が私の隣はやってくる。考えていたことがバレないようになんでもないよと微笑んで、そろそろ進もうかと話題を逸らした。
本来三人が正しいなんて、誰が言えようか。
言ったところで信じてはもらえないだろうけれども。
鎌倉の大仏を後にした私たちは道中食事をしたり野宿したり、川を渡ったりして箱根を目指す。流石に大きな川は歩いて渡らないので千空と私で筏をつくり、それを大樹が引いて川を降っていく。
「杠それ! つま先が石化のままじゃないか!」
「うん、邪魔っちゃ邪魔なんだけど自分のことだしまぁいいかなぁーって」
杠は平気だというがお優しい千空様は平地へ着くとすぐ彼女の足へと復活液を振りかける。すると石化していた部分はすぐにひび割れて砕け落ちた。
「なんか痛くなってたのまで引いていく…!」
「おおお! 復活液には疲労回復こうかもあるのかー!?」
「ねぇよそんなもん。 石化が戻る時細けぇ破損は繋がるっつうだけの話だ。俺らもちょい顔割れても生きてんじゃねぇか」
千空と大樹は顔に、杠は左肩、私は首にそれぞれひびがある。
そっと触れてみればその部分はぼこぼこしていて、少し不思議な感じだ。
「疲労回復液に早く浸かりたきゃとっととゴール行くぞ!」
「もしかして箱根のゴールって──」
「温泉だー!」
「テメーはネタバラシすんの早いんだよ!」
サーセンと心の中で謝っておく。
だがしかしよく思い出してほしい。私ここまで来るまでそんな話してない。三人のわちゃわちゃ見るの忙しくて会話忘れてた。なので温泉の時くらいは会話に混ぜてほしいものだ。
必死に山を登りついた先には運良く湯が沸き上がっていて、体力が有り余ってる大樹が速攻で温泉の仕切りを作り上げた。
久しぶりのお風呂に期待を込めてザブンと身を沈めるとジンジンするほど熱く、でもそれが心地よい。
「効きますなぁー、疲労回復液!」
「風呂、最高。幸せで死ねる」
3700年ぶりまともな風呂だ、体を水で拭くだけのものではなく、全身でつかれる風呂。
石焼の風呂はやったことかあったが温度調節が出来なくて辛かったななんて事が思い出された。
「ククク、テメーら湯治に来たわけじゃねぇんだぞ。日本はおありがてぇことに火山大国でな、温泉地まで来さえすりゃ火薬の原料の硫黄が取り放題のバーゲンセール! ククク、いよいよvs司の究極兵器黒色火薬の誕生だ……!」
そういえば当初の目的は温泉じゃなくて化学兵器であることを忘れかけてた。それだけ温泉の魅力は凄まじいものだったようだ。
いやしかし、千空様がいった黒色火薬という言葉、どこかで聞いたことがあるな。さてどこで聞いたっけ?
温泉でぼやけた頭で遠い記憶を思い起こすと、ああこれだという一文が思い出された。
「『腹を切れば糞の詰まった肉ぶくろ』だったかな、確か黒色火薬作るのに必要なもの取るのに死体と糞尿を使う話。いや懐かしい」
「──そこからできるのは硝石だ。まさかテメーが知ってるとはな」
「死体集めるの大変だなーって感じで覚えてただけだけどね。 でもまぁそこから作ると二、三年はかかるって話だし千空君はすでに用意してあるんでしょ?」
「あぁ。 って事で茉莉、テメーと俺は先に上がって硫黄採取だ」
初々しい推しカップルに珍しく気を使ったのであろう千空に言われるがまま温泉を出て鞄を装備すると、石器スコップ片手に言われるまま硫黄をとっていく。
用意した皮袋いっぱいになればまた次の袋を取り、その作業を何度も続ける。時折千空と二人で推しカップルの会話に耳を傾けてみるも、肝心な話はしておらず仲良くため息をついた。
「あの二人はなかなかくっつかない、モドカシイ」
「まぁ大樹の事だからどうせすぐに言わねーんだろうよ。で、だ。オメーはよぉくあの二人を見てんだな」
おっとやってしまった。
気づいた時にはもう遅く、真っ赤なオメメが私へと向かっているではないか。
大樹と杠、顔見知りなだけでそこまで仲良くなかった私たちを知ってる千空からしたら不思議に思うのも仕方ない。
さてどうやって誤魔化そうかなと考えて、最も千空が理解できかねそうな事を思いついた。
「所謂恋愛脳ってやつの話は女子の大好物でして、いやでも話は回ってくるんだよ。 あの二人なんか学校でも注目の的だった」
「惚れた腫れたの話がそんなに楽しいかねぇ、どうあがいても非合理的な生体反応じゃねぇか」
「まぁそうだけど、世の中にはそんな合理的じゃないものが必要な人もいるんだよ。現に私なんか非合理的な塊だしね」
原作に拘らないと決め込んだならばさっさとここを離れればいい。巻き込まれて死にたくないのなら、一人で生きていればいい。
でもそれすら出来ない愚か者で、裏切り者だ。
「──もし仮に私が合理的な人間になったら、千空君は私を軽蔑するだろうね」
「あ? 軽蔑も何もテメーに何の感情も抱いてねぇよ。 まぁ、使えるマンパワーぐらいに思ってはいるけどな」
「それはありがたいね。 じゃあ私は心置きなく蝶にならず混沌の中で生きられそうだわ」
神に見られぬように俯いて、歯を食いしばって微笑む。
何の感情も抱いてない、とはそれは良い事だ。
好きでも嫌いでもない。だからこの中に入れる。
だから私は推しで彼を、見殺しにできる。
もう、逃げてしまおう。
司がきたら私がいなくても誰も気にしない。
モブである私がいなくても物語は巡るのだ、これ以上頑張る必要はない。
石戦争が終わったあたりにでもひょっこり現れて、また零から人間関係を結べばいい。そして日本に残れば問題ない。それで行こう。
それが一番、私に辛くも優しい選択だ。
そう一人で心に刻んでいた私は、こちらを見つめるガーネットの瞳には気づくことはなかった。