怪我をしてからすでに一週間と少しがすぎて、私の記憶が正しければすぐそこまで決戦の時は迫っていた。
肋骨を骨折しているせいで身動きの取れない私はベッドとお友達だし、なんなら言葉を交わすことの出来ないルーナとも多分お友達になっている。ついこないだ聞き取れた英単語でフレンドって言われたからそうだと思うのだけど、言葉の真意は未だに解らずじまいだ。でもまぁ、ルーナも穏やかな顔をしているから、きっと悪い意味ではないと思うのだけど。
何度目か解らない診察を寝ながら受け、ルーナの言葉をフランソワに通訳してもらう。呼吸するのにもピキピキ胸が痛むし、働けるようになるのはまだ先で当分絶対安静。なんなら食事とトイレ以外起き上がらないようにとのこと。ご飯もあまり咀嚼しないですむような柔らかいものになるそうで、こんな状況で手間をかけてしまって申し訳なくなる。しかもこの骨折、甘く見てると肺炎を拗らせることもあるようで、医術の復興がままならないこの世界じゃうっかり死ぬ危険性もないとは言えない。だから大人しく従うのが吉。
私がそんな状態な為か時間が出来れば千空を始めとしたメンバーが私に会いに顔を出すし、今こんなことしてるよと近情報告をしてくれる。それはありがたいのだけれど、その度に決戦が近づいてくるのが分かってしまうから、どうも気が気ではないのだ。
「──茉莉、今、大丈夫か?」
「ん」
目の下に隈を拵えた千空は今日もまた神妙な顔で私のもとに訪れ、近くに設置してある椅子に座る。身動きのできない私を気を遣ってくれるのは有り難いが、正直その隈は心配になるので私のとこに来る時間があったら寝て欲しいものだ。けれどそれを伝えたところでやらなきゃならなねぇことが山積みだと断られてしまったし、手伝いのできない現状が苦しくなる。
本当に私は、何をやってるのだろうかと後悔が日々山積みになっていく。
「……ある程度フランソワから伝わってるかと思うが、テメェは当分絶対安静だ。下手に動くな。手芸部に頼んでコルセットを作ってもらってっけど、それが出来れば動いていいっつーわけじゃねぇ。最低でもあと半月は痛みがあると思え」
「ん」
「──茉莉、てめぇ」
「ん?」
「なんで、あんなことした。テメェらしくねぇ」
「……ん?」
「誰かを庇えるような、そんな人間じゃねェだろ、テメェは。──そんなこと、出来る人間じゃねェはずだろ」
はて、これは貶されているのだろうか。
そう思って千空の顔をきちんと見てみれば、どうやらそれは純粋な疑問のようで眉間に皺が寄っている。
確かに私は千空に言うように誰かを庇えるような人間ではない。だって痛いのは嫌だし、苦しい思いはしたくはない。何より、私は私が大切な臆病者だ。きっと、あの時狙われていたのが千空じゃなくて、死なないと分かっていたら飛び出さなかったかもしれない。
それでもあの時そうしてしまったのは、ただ単に体が動いてしまったからで。何よりも──。
「──たいせつ、だから」
そこのいたのが千空だったから。
理由なんて、そんなもん。
カスカスな声でそう答えると、千空の眉間にはグッと皺がさらに寄った。どうやら気に入らない答えだったらしい。
残念だったな、千空。こんな私にしたのは君なのだよ、ほっといてくれればこうならなかったんだから諦めてくれ。私だって予想外の行動だったんだから、これ以上の答えはない。てか、それ以外の答えを私は知らない。
無言になってしまった千空と同様に私は口をつぐみ、その場にはカンカンと何処かで行われている作業の音だけが響く。
その後も千空はただそこにいるだけで何も言わなくて、私も話せることがないゆえに無言を貫いて。結局のところ杠が呼びに来るまで私たちの間にはそれ以上の会話などなかったのである。
その後も順調にペルセウスの魔改造は進み、とある日の昼下がり、それは訪れた。
この世界に似つかわしくない機械音と、乗組員達がバタバタと駆けずり回る激しい足音。顔色の悪くなったルーナから察するに、決戦の日はついに訪れてしまったのだろう。
私に早口で何かを言ったルーナは医務室から出ていってしまうし、どうしたものかと私は一人思考を巡らせる。
正直言って怖くないわけがない。ぶっちゃけ手が震えるほど怖い。いまだに痛む肋骨や銃弾を受けた肩が、彼方さんとの武力の違いを思い知らせてくれるのだ。この前は即死に至る怪我にはならなかったが、次があってしまえばどうなってしまうかなんて考えたくもない。
けれど、そう、だけれど。
「っ茉莉! 俺らは出てくる! テメェはここから動くんじゃねェぞ!」
「んー」
了解。の一言も言える時間もなく、私は千空の背中を見送った。
それから間も無くしてここまで届くような騒音がして、千空と龍水は飛び立ったのだと理解する。私が記憶しているモノ通りに物事が進んでいるのならば、きっと千空が対峙するのはスタンリーじゃない。スタンリーがやってくるのはペルセウスのはずだ。となるとこのまま医務室にいるのは大変よろしくない。
「……っ、ぐぁ」
動くなと言われたけれど、安静にしていろと言われたけれど。そう言ってられるわけもなく、私はゆっくりとベッドから起き上がる。そしてフランソワが痛み止めだと言っていた薬を取り出して飲み込んで、医務室からノソノソと移動を始めた。
多分だけど、私が銃で怪我をしたってのはスタンリーにバレるのは大変不味い。きっと彼方さんは千空が撃たれたと思って油断しているはずだ。なのに違う人間が、私が代わりに撃たれて千空はピンピンしてますってなったら絶対千空をもう一度狙いに行くだろう。ただでさえ戦闘機なんか出してくる奴らだ、容赦なんてしてくれるわけない。
「茉莉ちゃん!? 起きあがっちゃだめだよ!!」
「──ん、でも、やること、ある、し」
「ダメ! 戻って!」
うっかり杠に見つかってしまい方向転換されて医務室に連行されかけてしまったが、運良く、否、運悪く、ペルセウスがグラリと揺れた。
「っなに!?」
「──ッ」
あーあ、来ちゃったか。来なければいいのに。
なんて、これが正しい展開だとわかっていながらも、痛みからかそれとも恐怖からか震える手をギュッと握りしめて息を吐く。
「ゆず、りは、ちゃん。……わたし、は病人ね?」
「──え?」
「"怪我人"、じゃなくて、病人、ね?」
バレないようにと続ければ、杠は私の言いたいことを理解したのか深々と頷いてくれた。
気を張れ、私。嘘をつくのは得意だろ。ずっと今まで突き通してきただろ。
だから大丈夫。言葉が通じない以上、必要以上に話す必要もないのだ。いつもよりももっと楽に嘘はつけるはず。呼吸が荒いのは体調が悪いせいって思い込んで、怪我を悟られるな。
ドンっと再び大きく船が揺れると、今度は破壊音まで聞こえてくるし。もう逃げ場はないんだなと思わずにいられない。
「っ──! みんなのところにっ!」
「だいじょう、ぶ。だい、じょうぶだよ、ゆず、りはちゃ」
大丈夫、大丈夫。そう唱えて。
「向こうは、人、ほしいから、誰も、殺せないよ」
だから大丈夫。
恐怖で震える杠の手をギュッと握りしめ、私は出来るだけにっこりと笑った。
「いっしょに、きて、くれる?」
「茉莉、ちゃん?」
「大丈夫」
信じてくれなんていえないけど、スタンリーは誰も殺してなかったはずだ。だから大丈夫。誰も死なない。
怪我はするけど、死には、しないのだ。馬鹿なことしでかさない限り。
杠の肩を借りて移動して、道中すれ違う人達には無駄な抵抗はしないようにお願いして。その中にはフランソワもいたから、もしもの時は約束守ってねと釘刺しておくのも忘れない。そんなことをしながら私は外を目指した。相変わらず時折戦闘音が聞こえてくる事から、銃火器を知らないモズ達が戦ってるんだろうなとなんとなく察している。
てことは、もうすぐ最強軍人のご登場だというのに、なんで私はわざわざそこへ向かおうとしてるのだろうか。
多分きっと、私の精神はズタボロなのだ。恐怖を感じすぎて、バグっている。だから早く現状を終わらせたい。変に動くのはダメだと分かっているのに、この恐怖から解放されたくもあって。
甲板に到達してみれば、案の定スタンリーさんはいらっしゃるしこっちに怖い顔向けてくるし。でもまぁ、怪我をしてしまった二人に申し訳ないけど、そのおかげで私がここに来たのが早すぎたという懸念は消えた。故に、敵対意識ないよと両手を上げて私は笑う。
「たたかう意志、ないので。それ以上は、やめて、ください」
誰か一人でも日本語分かればいいなと思いつつ話しかけてみると、どうやらスタンリーはなんとなくニュアンスだかでわかってくれたようでこちらに向けていたソレを下げてくれた。
とりあえず、あれだ。
あれだけは言っておかないと。
「あいきゃん、のっと、すぴーく、いんぐりっしゅ」
悪いけど、英語の成績は1だったんだ。諦めてくれ。
そんな思いでもう一度笑えば、スタンリーは呆れたような顔でタバコの煙を吐き出した。
茉莉ちゃんの行動の意味、本人は恐怖でバグっているんだけど杠ちゃん達からしたら違うんだよね。
真っ先に恐怖に立ち向かっちゃってるんだよね、撃たれたのに。普通フラッシュバックとかで銃から逃げそうだけど、茉莉からしたらスタンリーに殺意はないって思ってるからもうやめよ?って感じなんだけど。その他大勢からしてみたら撃たれて怖いはずなのに、なんで真っ先に向かっていくの?なんで?どうして平気なの?どうしてそんなに強くいれるの?って感じ。
いや、そうやないんだって。