「なんで、テメェがここにいんだ。ルーナっ」
目の前にいる科学少年が今までこんなに、あからさまな怒りを表したことがあっただろうかとゲンは思考する。少なくとも"怒る"事はあっても"憤慨"する事はなかったと記憶していたはずだ。命を狙われようが、それこそ殺されかけようが怒りも恐怖も振り払い先に進んできたのが石神千空という男なのだと、その場にいた者たちはみなそう思っていただろう。
ほんの数分前に再会を果たした千空たちであったが、現状が良いとはいえず、今後の行動次第でどう転んでもおかしくない状況ではあった。旧知の仲の二人が、ゼノと千空が対面して話し合ったとしても思想が違ければそう簡単にまとまる話でもない。ましてや千空はゼノたちに殺されかけているのだ。千空が許したとして、はいそうですかと周りにいる人間が納得できるかと言われれば考え深い。表面上仲良くできたとして、蟠りは残る可能性は充分にあるだろう。
とそこまで考えて、ゲンは羽京の眉間に珍しく皺が寄っていることに気がついた。
「どうしたの、羽京ちゃん。そんな顔して」
「いや、何というか。千空が撃たれたと聞いてたけど、傷を庇うそぶりがないなと思ってね」
「……そう言われれば、元気そうだね千空ちゃん」
隈は酷いけど。
羽京にそう言われて千空の背を目で追えば、至って普通に岩の上を歩いている。どこをどのように撃たれたかは知らないが、二週間余りで楽々と体を動かせるものなのかゲンには知る由はない。だか自衛隊員であった羽京が首を傾げたのならば、それは確かに"変"なのであろう。
隈の出来具合から睡眠時間は足りてなさそうではあるし、怪我が浅かったのかもしれないと良いように考えて納得してみたものの、その考えそのものが間違っていたと気づかされたのはそれからすぐのことである。
千空から戻る場所はないと、あとは進むだけだと宣言されたことには驚きはしたが、確かにそれしか方法はない。ペルセウスが占領されてしまったのならばゼノ達の船を拝借すればいいだけ。相変わらず合理的な考えで周りを巻き込み進んでいくその姿にため息は出たものの、いやいや従っているわけでもない。それが最善作ならばそうなのだろうと、ペルセウスにいるであろう茉莉を思い出して頷いた。
きっと彼女ならば、じゃぁそうしよ。ときっと簡単に、当たり前のようにそれがいいと頷いていただろうと。
茉莉の姿を思い出し、それからペルセウスに残ったメンバーを思い出して別行動になってしまうことに些か不安はあったが彼女達ならば大丈夫だろうと勝手に思ってしまった。
彼女達に何があったかなんて、知りもせずに。
「オホー! みっけ! ケータイで放送してたもん、場所♩」
ガサゴソと草むらが揺れ、そこから出てきたのはペルセウスに残してきたメンバーであるカセキとフランソワ。そして見知らぬ人間が二人。ゲンはまさかと逃げ出してきたのかと驚きつつも喜び駆け寄ろうとしたものの、それを静止させたのは他でもない千空の声だった。
「なんで、テメェがここにいんだ。ルーナっ」
「──千空、ちゃん?」
今まで聞いたことないのような低い声。
声音だけで分かってしまう苛立ちと、千空に似つかわしくない憎悪にも似た眼差し。
それを一心に受けているのはカセキ達とともにこの場に来たルーナと呼ばれたアメリカ人で、彼女を庇うようにフランソワが前に立っていた。
「千空様の言いたい事はわかっております。私たちはペルセウスに残るべきであったと」
「じゃあ何でここに来たっ」
「茉莉様に頼まれました。千空様をよろしくと、支えてくれと。もしこのまま争いが続けば医者が必要となるのはこちらであろうと茉莉様はおっしゃっておられました」
「──あの馬鹿」
「……えぇーっと、どういう状況なの、コレ」
「千空、は無理そうだね。龍水、詳しく教えてくれる?」
舌打ちをして頭を抱えた千空から状況を聞き出せると思えない羽京は龍水にペルセウスで何があったかを聞き、そこで漸く千空への違和感の正体が何なのか理解した。
千空は撃たれてなどいなかった。
正確にいえば、撃たれそうなところを茉莉が庇い、現状怪我を負ったのは茉莉だという事。そしてその発端を作ったのは、今ここにいるルーナなのだと。
千空がクロムへと指示を飛ばせなかったのは、茉莉に必要となる鎮静剤や抗生物質の生成を行っていたため手が離せなかった為。
運が良くただの骨折と打撲だけで済んでいるが、肺炎になってしまい薬がなければ、それこそいつしかのルリと同様に死を待つことしか出来なくなる。それを防ぐには薬の生成が一番とされたと。
ルーナはたとえ敵であったとしてもそうなる原因であったとしても、医学生だったこともあり茉莉の病状を診るには適した人間だと重宝された。故に千空は否応なしにルーナを茉莉につけていたのだと。
「……見ての通り千空の精神状況がそれからよくはない。茉莉が撃たれた事が思ってる以上に負担になってる」
小声で囁かれた言葉は、目の前で唇を噛み締める千空の姿がみていなければ嘘だと思えたものだろう。
あの千空が見てわかるほど動揺し、普段であれば誰かを恨みそうにもないのにルーナにだけは確かな敵意を見せている。ルーナもルーナでそれを当たり前のように受け止め、手を握りしめながらも千空から目を離す事はない。
「私、茉莉と約束したの。貴方の役に立つって。お願いって、何回も言われたから! それが私のできる事だからって! だから、千空は嫌かもしれないけど、私は、茉莉のためにここに来たの!」
ルーナのギュッと握り締められた手は白く、目にはわずかだが涙が見て取れる。そんな姿を見てしまえばその場にいなかった羽京やゲンは文句を言えるはずもなく。ただ、だからと言って千空がそれに納得できるわけもなく。
ハクハクと珍しく声にならない音を漏らした千空の肩を叩いたのは、司でもなければコハクでもなく、茉莉を嫌っているであろう氷月だった。
「──千空君、茉莉君の言っていた事は正しいでしょう。このまま進むのであれば、医術を知るものは必要です。茉莉君はちゃんと理解した上で彼女をここに寄越した。そうでしょう?」
「──っあ"ぁ、そうなるな。納得はできねぇが」
「……氷月ちゃんが、茉莉ちゃんを援護してる!? いや、まぁ、いいことなんだけどね!?」
「見ててなんか違和感感じるね、確かに。ってそんなこと言ってる場合じゃないよね、千空が納得しようがしなかろうがこれで進むメンバーは決まった様なものだし、早く行動しないと」
そう羽京が言い出せば千空は一度深く息を吐き、それでもなお鋭い視線をルーナに向けた。ただそこに先ほどの憤りを感じる事はない。
「テメェが何でここに来たかはわかった」
「──私も、許されようとか思ってるわけじゃいの。ただ、彼女の様にやるべき事はやろうって」
「ったく、茉莉の奴余計のことしやがって」
千空からしてみれば、いくら茉莉に頼まれたことだとしても怪我人である彼女を優先されて当たり前で。でもきっと、茉莉からすれば自分が最優先なのだと今までの行動からすればわかりきった事実でもある。かつて自分ためになら死ねると言い切った彼女の事だ、これが当たり前なのだと思い込んでいる可能性すらあるだろう。
茉莉の命を糧にして生きていたとして、それを感謝し受け止められる様な聖人ではない。そう言ったところで彼女からこの行動を反省し次に生かせるかと考えて、千空は首をふった。
次はない。
怖がりな茉莉を傷つける機会など、あっていいはずがないのだ。
だからこそ進まなければ。離れることになってしまったが、これはこれで良かったのだ。もうこれ以上茉莉が自分の選択で傷つくことはないのだと、戦闘と離れた場所で生きていけるのだと。
彼女と離れることにささやかな不満を感じている思考など捨て置くことにして、千空はただ前を向いた。
多分、近いうちにあと二話くらいは書き上げます!