「さぁ楽しい火薬クッキングの時間だ……!」
そして始まったのが千空クッキング。
素材はこの温泉で取り放題の硫黄と木炭。そして最後に硝酸カリ。これは奇跡の水から取れたものだ。
それらをそこそこ適量な分量で混ぜ合わせ、仕上げは叩いて混ぜるだけ。案外簡単に火薬なんてできてしまうのである。
ただしかし問題というものは起きるもので、大樹が勢いよく石を振り上げ叩きつけると嫌なことが耳にまで届いた。
危険だと察して火薬もどきから距離を取ると鼓膜を破るような爆音と、熱風と黒煙が吹き上がる。
「大成功じゃねぇか火薬クッキング!」
「こんなにすごいんだ火薬って──!!」
「大成功の前に大惨事だよ、下手すりゃあ死んでたよ」
「昔から学生が実験とかでミスして手足ふっとぶレベルの事故もバンバン起きてっからな、その気になりゃ確実に凶器だ」
そんなやりとりをしていれば、嫌でも脳裏に横切るのは司への攻撃方法だろう。
あからさまに不安そうな顔をしてそれを尋ねた杠に、千空は取引すると答えた。
「司は話の通じねぇ殺人鬼じゃあねぇ。 大樹、テメーとバトった時言ってたじゃねぇか『何の取引にもなってない』ってな。 逆に言やあ戦況次第で取引の余地はあるってことだ。 火薬武器さえありゃ優位に立てる」
その言葉に胸を撫で下ろした二人を他所に、千空の顔つきは厳つい。
優位に立てたとしても、取引が成立するとは考え辛い。最悪の場合は殺す事だって厭わない決意をしたのだろう。
二人と違いその千空の姿を見てしまった私は一人、場違いに相も変わらず真剣な顔最高なんて考えていたのだけれども、それでも心の中にしこりは残った。
「さーぁとっとと消すぞ。万が一司が追ってきてたりしたら100億パーセント見つかるからな」
爆発で未だ燃え続ける炎を温泉をかけて小さくしていく。けれどもあくまで小さくて消してはならない、だってこれは──。
「千空君、大樹君、茉莉ちゃん。見てあれ」
杠に言われたまま視線を森へとずらせばそこに煙が、狼煙が上がっていた。
嗚呼、よかった。
私がいてもここまで何も変わっていない。これで私と言うモブが存在していて、尚且つ3年も千空より早く起きてしまっていても大まかな流れはかわっていないことがわかった。
私がいたためのズレはない。つまりは私の存在なんてなかったかのように歴史は改竄などさせずに進むはず。全部が全部あるがままに、私と言う存在を無視して構成されているに違いないのだ。
自分で言ってて悲しくなるが、もとより私はいないはずの存在だ。存在が否定されて悲しいなんて言えるわけがない。むしろそのおかげで物語は改竄されなかったのだ、喜べ私。
「唆るぜこれは! このストーンワールドに俺らの他に誰かがいる……!」
「どうする千空! 消すのか!?点けるのか……!?」
「点けるぞ!狼煙を上げろ!!!」
千空の声を発端に残りの火薬を炎に放り込み、小さな爆発を三度させる。火薬が尽きる前に私と杠、大樹は木を集めるために駆け出した。
王道ヒロインなら杠に大樹からはなれるな、なんて言うんだろうけど私には言えない。
言えることはただの謝罪だけ。
この先の結果を知っててなお見捨てるような、いや、見捨ててごめんとただそれだけだ。
もしもの時ようにカモフラージュ用の木を拾い集め、辛うじて彼らが見えるであろう場所に身を隠す。これから起きることはみたくはないけれど、本当に千空が死ぬかどうかを私は見届けなくてはいけないのだ。
頚神経へ一発ならばなんら改変がなく、多分千空は生き返る。だがもしもそれ以外の攻撃であった場合その時点で物語は終了する。その後は私の知らない世界となり日本復興どころじゃないだろう。
か細い息を吐きバクバクと脈打つ鼓動を感じること数分、司はきちんとやってきた。私の知ってる通り、杠を人質にして。
何を話しているかは聞こえないが、私は知っている。
杠が千空を生かすために殺されようとしたことも、それを覆すため千空が復活液について喋ってしまったことも。
バッサリと髪を切られてしまった杠は司の後方へと解放されて、ついに二人は向かい合う形となった。
この先のことはみたくないと、私の脳が心が全身が叫んでいる。
でも私は逃げ出すことはできない。それは心情的な部分もあるが、身体がガタガタと震えていて動けないことが大きかった。喉はカラカラで、呼吸はヒューヒューと音が鳴る。
見つめるために見開いた目にだけ力が入る。
そしてその時、千空は、推しは、
私の神は、死んだ。
狂いなく頚神経を砕かれた千空はまるでスローモーションのように崩れ落ち、それを駆けつけた大樹が受け止める。
大樹の大声は有難いことに私の元まで届き、現状を把握することができた。
この後の展開がわかっている以上いち早く私もこの場から離れないといけないのだが、うまく足が動かず体は相変わらず震えている。
知ってたからと言って辛くないわけがない。
むしろ知ってたからこそ見殺しにしてしまって、心が壊れそうだ。
荒くなる息を必死に抑え、木を支えにゆっくりと立ち上がる。
大きな爆発音が聞こえ、三人が逃げた事を理解するとノロノロと後方へと歩き始めた。
しかしながら神が死んだ今、私には運がなかったのだ。
ポツポツと降り出した雨の中、彼は現れた。
「──君はどうして一人なんだい?」
「んー、どうしてだと思う?」
颯爽と現れた司はそれ以上の進行を許さないように私の前に立ち止まる。特に殺意も戦意も感じられないが私に対して思うところがあるのだろう、その眉間には皺が寄っていた。
「あの時後方でこっちをみていたのは茉莉、うん、君だね。 君がどうして行動を起こさなかったのか気になるんだ。 杠が、千空が危険に晒されても君は動く素振りを見せなかった」
「……それのどこに問題があるの? 恐怖で身体がすくんでたら動かないに決まってる」
「そうかもしれない。 でもどうしても気になることがもう一つ。 君は何故杠よりも早く目覚めていたんだい? 千空の事だからまずは友人を起こしたはずだと俺は思ってたのだけど、さっきの行動を見てそうとも思えなくなったんだ。 ……君はどちらかと言えば俺と似ているとすら思えるくらいに、君の存在が不思議でならない」
独裁者と似ているなんて言われたくねぇよ、なんて言えない。がそれと似たようなことは言ってもいいだろう。
「私と司君が似ている、ね?私みたいな弱者がどうやって霊長類最強に似てるか知りたいね。 お前は私を買い被りすぎてるんじゃない? それに私は、アイツらの友達なんかじゃない、たまたま復活して、たまたま行動を共にしてただけ。 だからこうして逃げてるんだよ。 見りゃわかんだろうに」
そこまで言えば司の表情はほんの少し緩んだように見えた。
彼からしたら千空たちを見捨てる人間ならばそこまで脅威に感じないのかもしれないし、自分の理想の国を作り上げてくる存在とも取れるだろう。
それに何より司は私が無力だと知っている。
司が復活してからは服を作るか塩をつくるかしかしてないのだから、仮にサバイバル知識があると知ってもそこまで危険視されることはないはずだ。
「なら茉莉、君は俺とこないか。 うん、二人でなら分担して生活できるだろう。 俺が君を守るよ」
「だが断る」
何イケメンがイケメンの台詞言ってんだ、顔と声がいいんだから破壊力考えろよマジで。
それはさておき。
「私が司くんと行ってもそっちに利益があって私にはない。私は科学に発展してもらって生きたい派だったんでね。 それに君の壊す認定者には私の恩人が沢山含まれている。 それを自分から壊す選択するとでも? それならいっそここで餓死するからどっかに消えてよ。 あ、それとも私みたいな無力な女ここで殺しとく?」
にへらと笑いかけてみると司は顔をしかめ、目を逸らしたのちにくるりと踵を返した。
「茉莉、君と言う人間に俺は脅威を抱いていない。だから殺されることを心配しないでいい。 千空が死んだ今、君が混乱して最善を選べないのを考慮するべきだった。 このストーンワールドじゃあ一人で生きていくのは過酷だろう。 気持ちの整理がついたら戻っておいで。 うん、俺は待ってるよ」
「──そりゃーお優しいことで。 でも私はそっちにいく気もないよ。 私は私のするべき事をするまでだ」
なんて立ち去る司に強がってはみたものの、確かにストーンワールドで一生一人で生きていくのは難しいのだろう。私の場合は生きる技術があるとしても精神面が既にボロボロ、どう足掻いても人肌恋しくなりそうだ。
だがしかしそんな事は言ってられない。むしろ言ってはいけない。
推しである神を見殺しにした以上、そんな事言っていい人間じゃないのは分かりきっているじゃないか。
さてまた虚しくも寂しいサバイバル生活を始めようかと思考を改めて、私はただ歩く。
結局そんな考えすら戯言なんだけれどと、心の隅で毒を吐き出した。