1.2.3……、時を数える。
暗い世界で絶え間なく。いつか終わりが来ることを信じ、千空はかつてと同じように時を刻む。
その時のために用意された塔には鬱蒼と緑が生い茂り、放置された石像にまでうっすらと蔦が這う。人類二度目の滅亡から数年、人の手が入らなければ自然はあっという間に文明を覆い隠していった。しかしながらその日、人類の秒針はまた進み始めたのだ。
ゆっくりと降り出した雨は徐々に力を強め、雷が鳴り響く。そしてその音を拾った器具は激しく振動し、用意された土器を破壊した。そこからタラタラと流れ落ちた液体は、たった一人分だけ残された復活液は、静かに手を伸ばした少女に降り注がれたのである。
「……‼︎」
声にならぬ声をあげ、スイカは目を覚ましたのだ。
目を見開いてまたつぼめて。自分の石化が解けたことに喜びながら仲間を探し、そしてふと現状に気づく。千空もゲンも、そして敵味方関係なく石化したこの世界で、スイカはたった一人ぼっちなのだと。
スイカの浴びたやつが最後だったんだよ。ないんだよもう、復活液なんて。どこにも……。
理解したくない現実。受け入れ難い現状。
それでもギュルルと自身の腹はなり、生きている人間なのだと知らしめた。みんなで用意した保存食はそう多くはない。スイカ一人だとしても節約して持って数ヶ月。これがなくなってしまえば飢で死ぬ。それもひとりぼっちで、寂しく朽ちる。
「っあ、あぁぁああああぁぁあ!」
とめどなく溢れ出してくる涙の止めかなんて知らない。だってこれほど悲しく辛い経験などしたことなかったから。
「起きてよみんなぁぁあ! ご飯作ってよぉぉフランソワ! どうしたらいいんだよ、教えてよ千空! ぎゅっとしてよぉおお! コハク! 無理なんだよ、世界にひとりぼっちなんて……」
こんな世界で、たった一人でどうやって生きていけばいい?
そう考えた時スイカの脳にはにっこりと笑った彼女の姿が思い出された。
茉莉の知る世界であればたった一人で生きていたのは千空であったはずだが、ここでは違う。この世界でたった一人、それも三年もの間生活してきた人間は茉莉だった。そしてそれをスイカは知っている。
知ってたからできただけと、いつも笑っていた茉莉の背中を、何故か安心できるその声をスイカは覚えている。
「……スイカも、色々知ってるんだよ。千空に、みんなに教わったから!」
生きねば。
復活液さえできれば石化は解けるのだから、みんなと会えるのだから。
「ちりぢりなっちゃったみんなを集めるんだよ! 何日かかったって……!」
その日からひとりぼっちの戦いが始まったのだ。
最初に始めなければいけないのは拠点つくりだが、それはあっさりと終わった。何故ならばすでにここが拠点として作られていたからである。鬱蒼としていた草花を取り除けば、簡易的な住居にはなる。次に水や食料の手配だが、これまた、スイカがこの時代に生まれた人間ゆえに容易くできた。ここにいたのがもし大樹やゲンであったのなら、食べても平気な植物や動物を探すのにも一苦労だっただろう。
ある程度自身の生活基盤が整うと石化したメンバーを探し集め、割れてしまったところは糊で接着。
糊探しの途中に千空の懐から復活液のレシピを見つけ出し、早速スイカはクラフトに取り掛かる。とは言ったもののスイカにはまだまだ難しい作業で、けれども諦めるなんてできるはずもなく。
「みんなと会えるんだよ、スイカがゼロから科学をやれば──」
科学は人を平等にする。
そう千空が言っていたから。何十回何百回間違えたとしても、科学は裏切ることはないのだと信じて。
「千空をお手本にがんばるんだよ……‼︎」
左胸に特殊相対性理論を刻み、スイカは未来へと歩みを止める事はない。
復活液のレシピを頼りに素材を集め実験し失敗し、それをなん度も繰り返し。どうしようもなくなったところで動物の糞を使い硝石を生み出す方法に舵をとり。それから何十回何百回何千回ものトライアンドエラー。雨の日も風の日も、一人が寂しい夜だってみんなを思って日々を過ごし、時よりその小さな唇からはニッキーや茉莉から教えてもらった歌が溢れた。遠い過去のような記憶を思い出し懐かしんでは、またみんなに会うのだと決意を固めた。
何十回何百回、気の遠くなる作業は数年も続き、ひとりぼっちの青春時代はあっという間に過ぎていく。それでも諦めなかったのは全てみんなに会いたいという思いと、みんなも待っていてくれるという気持ちから。
その日が訪れたのはスイカが目覚めてからどれくらい経った頃だろう。すでに日数を数えるのはやめていた故に、正確な日時なんてわからなかった。ただ一つ分かるのは、いまさっき作り終えたそれが、それが伝った場所が、ピシリと音を立てたということだけ。
「すっごいお待たせしちゃってごめんなんだよ。もう、誰だかも分かんないと思うけど──」
「ククク、お役に立つじゃねぇかスイカ。……たった七年か、早かったな……‼︎」
ようやく、正解に辿り着いたのである。
「何年も何年もかかっちゃったんだよ。何度も何度も失敗して──」
「糞から作る硝石畑か。アホほど時間がかかるやり口だがな、その代わり一歩一歩地道にやりゃ百億パーセント復活液までたどり着ける。やるじゃねぇか、スイカ‼︎」
残念なことに作れた復活液は一人分であったが、最初に千空を起こしてしまえは問題は解決してしまう。数日かけて竈をつくり珪砂を集め、必要となる器具の生成。それができればあとはもとより手元にあったプラチナを使えば、スイカが数年かけて作った硝酸も一日で作る事は可能なのだ。材料となるアルコールは発酵まで半月はかかってしまったが、全員復活させるのに用いた日時は二十日弱。
「スイカ──っ」
「スイカはねっ、コハクとおんなじくらいの年になったんだよ。もうギュッてしてとかはお願いできなくなっちゃったんだよ!」
涙を流しながらそんな事言い出すスイカをコハクは力強く抱きしめ、そんなことは関係ないのだと、何があったとしてもスイカを大切に思っているのに違いないと成長したスイカを褒め称えた。
その後も千空達は一人また一人と復活させ、わずかな謎と不穏を残しながら全員が復活を遂げることになったのだ。
「はっはー! 明日からはふたたび北米や日本や宝島! いや、世界中全ての人間を復活させるわけだがな! 今夜だけは皆で勝利のうたげと行くぞ‼︎」
「おぉぉおおお‼︎」
この場に目覚めているのは千空達だけで、ゼノ等アメリカ側の人間はいない。故にこれは千空達が勝利したと考えていいに違いない。けれどもそれと同時に出てきてしまった事実もある。それすなわち──。
「石化は死を拒絶する──」
一人席を離れた司を追った千空は、彼らが戦いの末に命が尽きた事を知った。しかしながら石化を解いてしまえば、そんな事はなかったかのように息を吹き返したのだ。
千空とて一度首を折られた事と司のコールドスリープの件からその可能性は見出してはいたが、こうはっきりと示されてしまうとは……。
司と千空がその事実を不穏と捉えたが、その一方で盗み聞きをしていたクロムは眼を煌めかせホワイマンは実はいいやつではないかと思考し始める。彼曰く、カセキも死なないのはいい事だと。
「わっけわかんねぇ、どういう奴だよホワイマン……?」
「聞きに行くしかないね。地球に再びメデューサが降り注ぐその前に」
「あ"ぁ、はるばる月にまでな──」
となればもう敵味方など関係ない。司と氷月、モズ達と同様に昨日の敵は今日の味方と、あっさりとした思考で千空はゼノの石化をといた。スタンリーを抑えさえすればゼノ達と戦う事は可能なのだ、今更恐れることはない。
まぁ、その武力もメデューサの出現で問題にすらならない状況に陥っているのも確かではあるが。
「不死の光‼︎ おおなんとエレガントで、自然の摂理を蹂躙する邪な科学だ……‼︎」
「ヨコシマ? 悪いってことか? なんで悪いんだよ⁇ もうこの先誰もしなねぇとか、ヤベーほどヤベー科学じゃねぇか‼︎ 」
その事実を皆に知らせようとしたクロムを司は引き留め、永遠の生ほど死と同様に恐ろしいものはないと説いた。
終わりのない世界。老いはするが、終わらない世界。終わりがある資源の中、人間だけが終われない世界では誰を生かし残すか厳選されていくだろう。
「ククク、細胞の老衰に永久に対抗できんのかは謎だがな」
「装置が電池切れでは現状では実験のしようもないがね」
もしも不死が可能な世界だと漏れてしまえば、今度はそれを求めて新たなルールが生まれ争いが始まるのもまた必然。この世界が文明が、制御不能になるのは避けなくてはならない。それ故に──。
「直接話をつけに月に赴くしかないというわけか……」
人が石の牢獄に囚われぬように。
人類二度目の滅亡から、ホワイマンからの通信は途絶えている。けれどもまた人が文明を築き始めれば、きっとその日は訪れてしまうのだろう。
一難去ってまた一難と、まだまだやる事が山積みで今後も忙しなく行動しなくてはならない事は分かりきっている。だからこそゼノを味方に引き込むのが、文明の針を進めるにあたって正しい選択だと千空は考えた。
いくら生死をかける争いをしたとて、それ以上の危機があるのならば状況次第で手を取り合うのは当たり前のことで、それは今までもこれからも変わる事がない。
「──詳しい話は明日にでも煮詰めりゃいい。ゼノセンセェもいつまでもその格好でいるわけいかねぇだろ」
「……たしかに、この格好はいただけないね」
「なら早ぇこと準備でもすっか」
耳をかきながらそそくさとその場を離れ、千空は一人月を眺める。3700年前から変わらずそこにある月に何がいるかと、もしくは何があるのかと正直言って唆られてはいる。未知の科学とはどんなものだと胸が躍っていた。
そしてそれと同時に、この世界がもう一度人類が石化したという事実をありがたがっている自分がいるのも確かだった。
死をも覆すあの光は、あの時全ての人類に平等に降り注がれた。
ならば、と。
「──怪我、治ってんだろ」
自分を庇ったあの大馬鹿モンの怪我も、まるッと傷跡すら残らず治っているのだと僅かながらに安堵して、ようやく肩の力が抜けたのだ。少なくとも、これで怪我の悪化を心配する事は無くなったのだと。
彼方で何が起こったか知りもせず、思いもよらず。
千空はただ、その時ばかりは安堵の笑みを溢していたのである。